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保育士の異世界事情は反乱の灯と共に  作者: レン.S
第4章 やるべき事
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22話 二人


 ドンに屋敷に連れて帰って貰った次の日から、私は発熱により丸二日寝込む事になった。三日目の今日にようやく調子が戻ったのだが、様子見で本日も仕事を休む事にした。これまでに色々と進めて来た事もあるが、一人いないからと言って職場が急に混乱するほど社会は脆くは出来ていないんだなぁと実感しつつ、案外気兼ねなく休む事が出来ていた。

 ならば何故前もってちゃんと休息を取らなかったのかと聞かれれば、やはり指摘された通りで、焦っていたのだろうとしか答えようが無かった。


「熱が下がって良かったですぅ。お薬は継続して飲む様にと言われてるんですから、忘れないで下さいねぇ」

「うん、ありがと」


 甲斐甲斐しく世話をしてくれるロンドに頭が上がらない。

 医者からは、疲労と流行りの風邪だと診断された。本当にアンルニルの事を何も言えなくなってしまうとは思わなかった。


「休むには丁度良かったかもしれませんねぇ。リーダーとイオーラちゃんが合流して、チビちゃん達も大喜びですぅ」

「うん……」

「どうかしました?」

「え、いや……なんでも」


 三日前の晩の事を思い出すと、喉がつかえてしまうようだった。

 雰囲気に任せてつい口を滑らせてしまった自分が恨めしい。あんな流れで伝えるつもりなんて微塵も無かったのに。

 このままではロンドにあらゆる事を報告してしまいそうなので、「ちょっと寝ようかな……」と、横になって布団を被り直す事にした。


「そうしてくださぁい。またお昼ご飯の時に来ますからぁ……あ、私がいない間にお仕事してちゃだめですよぉ」

「…………うん」


 流石ロンド、全てお見通しだ。

 私は机の上に置かれたままの書類に視線をやったが、諦めて本当に寝る事にした。しっかり休んだ後なら、夕方頃にカリキュラム案の見直しくらい手を付けても罰は当たらないだろう。

 ロンドは満足げに少し笑ってから、なるべく音を立てないように配慮してくれているのだろう、そっと扉を閉めた。


 静寂が訪れた部屋の中で私はひたすら目を瞑った……が、この二日間眠ってばかりいたのだ。どうもこれ以上は眠れる気がしない。


 となると、思考の辿り着く先は決まっている。


「あーもぉ……どんな顔して会えば……」


 結局あの後は体が辛かったのもあって言い訳も何も出来なかったし、多分ドンも言及してこなかったような気がする。屋敷に戻ってからは心配してくれていた皆に出迎えられて、あとは部屋で眠っているばかり。彼もお見舞いに何度か顔を見せに来てくれたが、常に誰かが一緒にいたのでそんな話を切り出す雰囲気ではない。

 なんと言うか、これでは告白をした自分自身があまりに恥ずかしい。


 寝付けずに唸っていると、ぽつ、ぽつ、と音が聞こえてきた。どうやら雨が降り始めたらしい。子ども達の「きゃー」と言う楽し気な叫び声も聞こえてくるので、彼らは庭で遊んでいたのだろう。


 体を起こして外を眺めると、頭を庇いながら走っていたエルが、二階にいる私に気が付いて控えめに手を振ってくれた。休みが来たらいっぱい遊ぼうと思っていたのに、体調を崩してしまい申し訳ない事この上ない。

 濡れて風邪をひいたりしないだろうかと心配しながら見守っていると、彼女の後ろからアルクとイオーラが走って近づき屋敷へ戻るように伝えている姿が目に入った。あの二人が付いているなら大丈夫だ。


 その様子を微笑ましく見ていると、突然部屋の扉がノックされる。


「は、はいっ」


 答えてすぐに、私は寝たふりでもしておけばよかったかと後悔した。ロンドは私が眠りにつくと思っているし、子ども達は外で遊んでいてびしょ濡れできっと今頃着替えを始めている。ネフカロン地区の住人達やミィノは仕事中だろうし、私が寝込んでいる間の屋敷の相談はロンドにと頼んである。

 となるとノックの相手は、ほとんど二択と言う事だ。


「……悪いな、寝てたか」

「うえっ、いや、だ、いじょうぶ……」

「母上、お邪魔する」

「あっ、クロも……」


 部屋に入ってきたのは、ドンとクロの二人だった。どちらかの来訪だと思っていたのだが……そうか、二人でと言うパターンもあるわけか。

 正直、ドンと二人きりになるには心の準備が足りないので、クロの姿を見てかなり安心した。二人は近くにあった木製の椅子に腰を掛ける。


「何かあった? あんまり長居すると風邪がうつるかも……」

「サクラのそれはほとんど疲労だろ」

「うっ……」


 まともにドンの顔を見る事が出来ず、私は視線を落とす。するとクロが私の下半身にかけられていた布団をぎゅっと握りながら見上げてきた。長い黒髪がさらりと揺れる。


「……母上に伝えなければならない事がある」

「え、何……?」

「ドンと今後の事を話し合った結果だ。我がこのまま成長を続けて完全な姿となった暁には、ここより西……ビグーラ大陸最果ての国“グリンヴォ”に向かう事にしようと思う。グリンヴォには古の種族が住んでいるらしくてな、多分味方になってくれると思う」

「……それ、は……」


 私はクロからも視線を外し、指先で少し乾燥した自分の唇を触った。ドンとイオーラと合流したばかりで、やっと全員で一緒に過ごせると思っていたのだが……いや、これは言うべきではないか。


「……また二組に分かれる事になる。しかも次の方が長く、な」

「そうだよね……そういう話だよね、これって……」


 ドンの補足に、私は少し項垂れる。分かっていた事だがやはり心は付いて行かない。

 するとクロが少し慌てながらも、「我が成長してからであって、今すぐでは無いぞ!」と付け加えてくれたので、私は彼に向き直って頭を少し撫でた。


「ソマランとツフトは隣国だから何かあればすぐに駆け付けられただろうが、今度はそうはいかないからな。勿論緊急時はサクラの魔法で呼んで貰わないといけないんだが、そうで無ければしばらくは向こうに滞在する事になる」

「しばらくって……?」

「クロの成長スピードにもよるが……再来月には発って……それから多分、グリンヴォまでにも寄り道しながら進んで行くから……下手したら半年かもな」

「半年……」


 クロが申し訳なさそうな表情を作っている横で、ドンが淡々と説明する。

 “半年”と言うワードに、私は意識が遠のく様な気がした。


「……私は、行けない……孤児院の事を投げ出して行けない」

「そうだな。それに、グリンヴォがどんな場所かも分からない上に今までとは比べ物にならないほどの長旅になる。チビ達はとてもじゃないが連れて行けないから、どちらにしてもサクラにはここの屋敷に留まっていて欲しい」

「で、でも……半年って」


 半年と言ったら、私がこの世界に来てからの月日よりも長いのだ。その時間を、ドンやクロのいない環境で過ごさなければならないのかと思うと、言い様の無い不安に襲われた。

 それに何より、グリンヴォがどのような国かは分からないが、今よりもきっと危険な旅になるのだろう。彼ら二人、そして同行するであろう他の仲間達の身も心配だ。


「悪いな、こんな時に話して」

「そんな事は、無い……けど、あの……」


 何を言うべきなのか分からず、口をついて出るのは「あぁ」とか「えっと」などの意味のない音だけだった。するとクロは一瞬スッと目を細めたかと思ったら、彼の体には少し大きかったであろう椅子から降りて扉の方へ向かって行く。


「……母上、諦められよ。決戦はそう遠くは無い。今は体を癒し、互いに為すべき事を為す。それだけであろう」

「クロはどこへ……」

「我はまた書斎に行く。ドンが何冊か土産に持って来てくれたのでな」


 そう言い残し閉められた扉から私は目が離せなくなった。為すべき事……”やるべき事”……今のは、往生際の悪い私へのクロなりの喝なのだろうか。



 クロが去ってドンと二人、静かになった室内で視線も言葉も交わさずに数分が過ぎる。するとおもむろにドンが立ち上がった。


「……明日から仕事行くんだってな。あんま無理すんなよ」

「う、ん。わかった……」

「なら今日は眠くなくても寝てろ。……邪魔したな」

「あっ! ま、待って……っ」


 小さな魔王に続いて退室しようとした彼の背を、私は思わず呼び止めた。少し驚いた様子で、ドンはこちらを振り返る。今日、初めてまともに顔を見た。いや、三日前の晩以降初めてだったかもしれない。


「……」

「あの……私、道端でへばって、運んで貰ってる時……その……」


 自分からあの告白をぶり返すべきかどうかは悩みどころであったが、このまま自分の中に留めておくのもなかなか辛い。時間が過ぎれば過ぎる程言い出しにくくなるのは目に見えていたし、しばらくしたらまた離れる事になるのだと思うと黙ってはいられず、私は話を纏めきれないものの必死に言葉にしようとした。


「……サクラ」


 笑っているのか困っているのかすぐには判別の付かない表情の彼は、そんな私に向かって一つの問いをよこした。


「あれは、お前のうわ言じゃないって事でいいのか」


 告白の事を言っているのだろう。私は猛烈に顔が熱くなるのを感じながらも、黙って首を縦に振った。

 するとドンはベッドの横に歩を進めて腰を落とし「なら……」と、話を続ける。


「……しばらくしたら、半年間離れる事になる。そして、再会したと思ったら今度はカッサとの対決だ……決着がつくその時、俺が生きてるかどうかは分からねぇし、生き延びたとしてもそれまではお前を優先してやる事は出来ない。出会った時に言ったが、カッサを滅ぼす事は俺のやるべき事だからだ」


 普段のドンからは考えられない程に静かな口調だった。私は相槌を入れる事も出来ずに、ただそれを聞いている。


「だが、もしも……もしも、無事に戦争が終わって、その時に俺が生きていて、俺の目的が達成出来て、サクラがこの世界に残る事が可能になった……そんな奇跡が起こったその時は、…………俺は、サクラと……生きたいと思う」

「……ド、ン」


 真摯な瞳に見つめられながら受け取ったその言葉に、私は呼吸の仕方を忘れそうになる。胸がつかえて、彼の名を呼ぶ以外は口に出す事も出来そうに無かった。


「ずっと戦争をやるって事しか考えていなかったからな、その後の事なんて……正直言ってそれこそ、三日前から意識し始めたぐらいなんだよ。……まぁ、あれはそういう告白じゃなかったらどうすんだって自問自答もしたけどな。なぁ、俺の勘違いじゃないんだよな?」

「うん……」


 ドンは私の肯定に柔らかく笑うと、一度立ち上がってベッドに腰を掛け直した。微笑みは残しつつも、その目は少し厳しいものに変わっている。


「……けど、気持ちだけじゃ乗り越えられない事なんて死ぬほどあるだろ。だからもし、サクラが、半年の遠征の後も戦いの後もずっと同じ気持ちでいてくれたらその時にまた伝え……」


 彼の言葉をそこまで聞き、私の眉の上がぴくりと動く。今の今まで言葉が出てこなかった事が嘘の様に、自分でも驚く程ハッキリと言い返した。


「――え? やだよ」

「は?」

「だって……それ、今は気持ちの確認したかもしれないけど、後々の事は分からないから全部終わってからもう一回改めて決めましょうって事だよね……だったら嫌」

「……仕方ねぇよ。色々不確定事項が多すぎるだろ、俺達」


 ドンが言いたいのは、二人で幸せになれるかどうかは一年近く経ってからじゃないと判断できないから、とりあえず今はこのまま何もアクションを起こさずにおいて、戦争やらなんやらが全部終わるまでは現状維持でいよう……って事なのだ。 

 申し訳ないが――――絶対にお断りだ。


「私は絶対にドンを死なせないし、今はこの世界に残りたいってハッキリ言える。だから……全部終わったら一緒に生きるって、ドンの願望じゃなく二人の約束にして欲しい。その約束さえあれば、半年でも一年でも、なんならもっと長くったって……私は待っていられるよ」


 私自身きちんと答えが出せずに苦しんでいたはずなのに、その言葉は自然と口から出て来た。間違いなく、本心からの言葉だったと思う。


「こんなフラフラしてる奴の事、待ってたり期待したりすんの辛いだろ。だから言ってんだぞ」

「今更でしょ、それは」


 そうは言っても、きっと会えない半年は苦しい事も多いだろう。不安や心配は尽きないし、戦争が始まれば互いにどんな状況に陥るかは分からない。私だって、この世界に残る当てがあるとは言ったが、願いを叶えられると言う魔王との口約束でしか無い……私側にだって課題はある。


 しかしだからこそ、気持ちの確認だけじゃ嫌なのだ。せっかく通じている想いがあるなら、今後離れなくてはならなかったとしても、今は彼の一番近い存在でありたい。


「お前、やっぱ見る目無ぇよ」

「そうかもね」

「……言う様になったしな」




 細かい古い傷痕がいくつも見えるその手が私の髪を撫ぜて、ゆっくりと頬に添えられる。それから先は、時間が進むのがやけに遅くなった様な気がした。

 一階から子ども達の声が響いていて、窓の外の雨音は段々激しくなってきているが、それらが別の世界の出来事に感じられる。



「――好きだ、サクラ。俺を選んで欲しい」



 私の視界が歪んで、彼の手に重ねた自身の指先が震えるのが分かった。「はい」と呟いた声は自分でも驚く程小さかったけれど、彼の耳には無事届いたらしい。

 唇に重ねられた熱く柔らかな感触に、私は目を閉じた。










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