表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
保育士の異世界事情は反乱の灯と共に  作者: レン.S
第4章 やるべき事
79/161

20話 焦り


「つまり……孤児院で働く者が専門知識を身に付ける為の講習を行いたい……と言う訳ね? それも連続して」

「はい、後は実習なども。……そして、孤児院などの子どもの世話をするような施設には、必ず一人はこの講習を受けなくてはならないという決まりを作る。そうすれば自動的に孤児院のレベルも上がっていきます」

「確かに良いとは思うけれど……急にそんな事言われても、現場は混乱するわよ?」

「講習期間は仕事に通いつつも1~2ヶ月程度になるようにします。ただ実習の間は少し休みが必要かもしれませんが……そして、『施設に一人は講座に通った者を』と言うのは来年春以降の施行にしておけば、期間も空きますから不可能では無いでしょう」


 私はさっそく次の日に、ペルフェに『子どもを育てる大人を育てる』為の企画案を渡した。これを実現するには彼女の協力が不可欠だ。


「来年春って……それを急だと言ってるのよ。せめてその次の年までに引き延ばせないの?」

「……それは……春には私はここに留まっていないと思いますし、その後も戻ってくるか不明ですので……。出来れば、私がお手伝い出来る間に形にしてしまいたいのです」

「前から言っているけれど、春に何があるの? どうしてもその時期に去らないといけない理由って何?」


 ペルフェの視線は私を真っ直ぐに捕らえて離さない。この人のこの目に対してだけは、嘘も隠し事も出来そうにない。

 少し悩みはしたが、私は意を決して彼女に説明する事にした。


「……私は、カッサとの戦争に参加します」

「! 戦争……!?」

「どこの陣営、とは今はまだ言えません。本当に春に始まるかどうかも怪しいですが……」

「ちょ、っと……サクラさんっ!」


 ほぼ白に近い銀髪を振り乱しながらペルフェは立ち上がった。その際にシンプルながら洗練されたデザインの椅子が激しく音を立てて倒れる。きっと高いものだろうし、傷でも付いていやしないかと心配になった。


「シスター・ペルフェ……お、落ち着いて下さい」

「……っ! まさか、そんな事情で『春まで』と言っているとは思わないじゃない……。貴女が戦うって事なの? そんな危険な……」

「いえ、私は敵と直接戦う手段を持ち合わせてはいません……しかし、約束はしました。……戦争が終わるまで、味方でいるって。だから、戦場には向かわなければいけないんです。私の大切な人達を、死なせない為にも」


 私が椅子に腰かけたままペルフェを見上げながらそう口にすると、彼女は唇を少し震わせながら私の肩に触れた。その手はとても温かく、心まで沁みていく様に感じる。


「誰と約束を……とは、聞かないでおくわ。無粋よね。……なるほど、なら春までにその体裁を整えられるように私も上と掛け合ってみるわ。その為には、その講習の内容も見栄え良く仕上げておいて貰う必要がある。勿論、新設する孤児院の準備も並行してね。……かなり忙しくなるわよ?」


 ――上等だ。

 私が口元を引き締めて頷くと、シスター・ペルフェは半ば呆れたと言わんばかりに両手の平を天に向けた。彼女が倒れた椅子を元の位置に戻そうと体を曲げようとしたので、私は慌てて立ち上がる。

 立ったまま横に並ぶと、彼女はやたら細く、小さい存在に感じた。


「マルウィンが貴女に教わる事が出来てとても良かったと話していたわ。迷惑をかけてはいない?」

「とんでもないです。……どうぞ、座って下さい。……私も、マルウィンに教える事でこの考えに至れましたし」


 ペルフェが椅子に座り直してから、私もまた席に戻る。

 それにしても書類等の紙の量が日々増えていく。もっと整理しなくては、自分でも何が何やら分からなくなりそうだ。


「……それにしても、戦争……ね」


 憂いを帯びた顔で、ペルフェは重々しく“戦争”と言う言葉を紡いだ。先の大戦は150年前だ。もしかすると長命の種族の彼女は、その戦火を体験しているのかもしれない。

 だとすれば、私は軽々しくその単語を使ってしまったかもしれない。今更ながらに私は口元を抑えながら、ペルフェの顔を窺った。

 そんな私に、彼女は眉を寄せながら笑う。


「私が昔住んでいた国はここよりもまだ西だから、直接戦争を体験してはいないわよ。……でも、幼いながらに恐怖はあった。いつ大国がこちらにも責めてくるのかってね」

「……」

「貴女がそんな所に赴くなんて……心配で堪らないわ……」

「……心配ついでに一つ。……シスター・ペルフェは、多種族連合を纏めている方と交流はありますか?」

「多種族連合? 最高責任者のズゥグィとは昔から親交があるけれど……最近はあまり顔を合わせてはいないわね」

「そうですか……すみません、ありがとうございます」


 紹介して貰えないかとも思ったが、それはドンがこちらに着いてからでも良いだろう。ペルフェと最高責任者に繋がりがあると分かっただけで十分だ。

 

「貴女って……色々抱えてるのねぇ」

「……そんな事は」


 ――――あるかもしれない。




 ***




 新設孤児院の方は、子ども達の発達に合わせて外部から二人を新たに雇う事となり、私を含め計十人の職員でのスタートとなった。経理のカンマニはかなりごねていたが、正直二人でも足りないくらいだ。

 そこで私は、その職員達には前もって保育についての簡単な講座を行う事と、入所する子ども達と交流しておく事を提案し、ペルフェも了承してくれた。

 百人の子ども達と一度に対面では流石に地獄を見るだろうが、全員じゃなくても顔見知りであれば少しは違ってくるだろう。


「……やっぱり、“子ども”に関係する本って……ないよね」


 夜、私は自分の住んでいる屋敷に戻り、書斎の本棚と睨めっこをしていた。

 すっかり書斎の住人になってしまったクロは、隅に置いてある椅子に腰かけたまま「確かに」と返答した。

 

「クロはここの本を大体読んじゃったの?」

「いや、まだ半分くらいか。地下にも書庫があるらしいが……ミィノによれば、『とてもじゃないけどご案内できる環境にありません』だそうでな」

「……それは……怖いね」


 私達が生活しているスペースや庭だって、やっと整ってきたばかりだ。地下室なんてまだ手をつけられていない。そのうち天気がいい日にでも勇気を振り絞って確認してみようか。

 クロは手元の本を音を立てながら閉じて、テーブルの上に置いた。歴史の本を読んでいたらしい。


「自分の事について調べていたのだが……あまりに記載が少なくて参考にならん」


 どうやらここ最近、彼が本ばかり読んでいたのは“勇者と魔王”について調べていたからだったらしい。クロは椅子に両足を乗せ、椅子の上であぐらをかいた。そのまま器用に膝に肘をつき、さらに頬杖をつく。


「マザー・ネフカロンに訊ねた方が早いんじゃない……?」

「それは……そうなのだが……」


 クロが閉口した姿を見て、私もハッとする。そう、マザー・ネフカロンはここ数日体調を崩して寝込んでしまっている。今のところはまだ単なる体調不良で済んではいるが、かなり高齢な上、元々持病も抱えているので心配だ。長年の緊張状態が解けたからなのか、新しい環境に慣れていないからなのか、ここへ来てすぐも微熱を出していたが……。

 マザーを案じたデニスはかなり狼狽えていたが、マザーから喝を入れられたらしく今日もパナエスのところへ仕事に行っている。もう夜も更けたが、まだ帰れないのだろうか。


「マザーが元気になったら、一緒に聞きに行こうか」

「うむ……」


 私達は書斎から出て長い廊下を歩いて居間に戻る事にした。一人だけ成長してしまったクロは、エル達とは就寝時間が少しずれてしまっていて、まだ眠くはないらしい。彼ももう書斎に用は無いらしく、椅子からぴょんと飛び降りてついてきた。


 その時、私の目の前が急にチカチカと点滅し出す。思わず歩を止め、手で両目を覆った。


「うっ……?」

「いかかがされた?」

「いや、ちょっとなんか目が……あぁ、もう大丈夫」


 その現象は一瞬にして収まったので、私は何でもないよと目を少し擦る。クロが真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「擦らない方がいいのではないか? 母上は休んだ方が良い」

「そうだね、あんまり触らないでおくよ。……やる事が山積みでさ、続きはソファに座りながらやろうかな」

「もう寝るわけにはいかぬのか? 我がエネルギーを貰っているから、母上は他の人よりも疲れやすいのだぞ。しかも、そのエネルギーの供給だってかなり減ってしまっている。自分で気づいているかは知らぬが」

「そ、そうなの?」


 全く気が付いていなかった。そういえば、お昼を食べ損なう日がここのところ続いた気がする。クロに栄養を送らなければならないのだから、食べ物だけはちゃんと腹に入れなくてはいけないのに。


「ごめんね、クロ。お腹すいてない?」

「我は平気だ。腹が減れば自分で食べる事も可能だしな……いや、そうで無く」

「それなら良かった……。じゃぁクロはそろそろ寝なよ、もう遅いんだからね」

「あ、ああ……」


 私はほとんど強引にクロを子ども部屋へと連れて行く。彼はまだ納得いっていない表情ではあったが、何かを諦めた様に「……おやすみ」と小さく呟く。


 子ども部屋の扉が閉まるのを見届けると、どっと疲れが襲ってきた。昨晩は企画案を作っていたのであまり寝ていない。……いや、昨晩だけで無く、ツフト共和国に来てから満足に寝た事が無い気がする。


 クロの言う様に、今日はもう寝てしまおうか?


「……だめ。まだやる事が……」


 一度目を閉じたら、朝まできっと起きれないだろう。きっとここにイオーラがいれば、『寝不足アピールすんな!』と怒るのだろうなと、私は力無く笑った。

 

 それからマルウィンを呼びつつ居間に戻り、まずは大人向けの子育て講習のカリキュラムについて考える。子どもの発達について、言葉がけなどの実践的なことについて、そして一日の流れ、計画案の立て方――私が教えられる事はそう多くは無い。しかしここに、実習やペルフェの講義なども付け加えていくと、なかなかそれらしく見えて来た。

 そっちがひと段落してから、今度は新設孤児院の準備に入る。子ども達を前倒しで大人と交流させるので、どう組み分けるかを急いで考えなくてはならないし、百人の子ども達のネームプレートや着替えや食器などの個人の持ち物の準備も必要になってくる。



「……ッ」


 ほんの一瞬、視界が真っ暗になっていた。数秒の間だけ寝ていたらしい。


「サクラさん、今日はもうお休みになられた方が……昨日も随分遅くまで起きていらしゃったみたいですし……」

「え? いやいや、あと少しだけ……ね!」

「そんな、サクラさんが倒れでもしたら大変ですもの。今夜は早く寝て下さいませ」

「う、うん……」


 初対面の時はおどおどしていた筈のマルウィンだったが、随分押しが強くなった。ペルフェと遠い親戚と言うのも頷ける。私が就寝しなければ、ロンドやアルクを呼んでくると脅しまでかけてきた。私はそれを笑い飛ばしながら、注文したい物品のリストに手を付ける。


「……とりあえず、ここまでやっちゃうね。残しても気持ち悪いし」

「もう……なら、すぐに終わらせちゃいましょう」


 東第二孤児院では、ちゃんと自分で休む事が出来ていた筈なのに……何故こんなにも必死に仕事をしているのだろう。


「確かに、孤児院を始めるまで時間があまりありませんけど……焦らないで下さいね」


 マルウィンの言葉を聞きながら、私は額に手を置いた。少し熱っぽい気がする。


 焦る……? そうなのだろうか、焦っているのだろうか……私は。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ