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保育士の異世界事情は反乱の灯と共に  作者: レン.S
第4章 やるべき事
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19話 居候

 屋敷に住んでいる皆と相談し、次の日から早速マルウィンを一週間ほどの間だけ居候させる事になった。彼女は「大きなお屋敷ですね」と驚いていたようだが、そもそも私の持ち家では無い。

 これから毎朝彼女と共にペルフェの屋敷へ出勤する事になる。この期間で子どもに慣れる事が出来れば良いのだが。



「と言う訳で、しばらくこのお屋敷に住む事になったマルウィンお姉さんです」

「よ、よろしく、お願いします……っ」


 消え入りそうな声で頭を下げるマルウィンを、子ども達に紹介する。すると、今朝方やっと機嫌を直したばかりのオルレリが目をキラキラさせて、


「マルお姉ちゃん!」


 と声を上げた。マルお姉ちゃんって……その呼び方はいかがなものかと心配になったが、呼ばれた本人はパッと表情を明るくさせていたので良いだろう。

 オルレリはマルウィンに飛びつこうと体を動かしたが、アルクによって止められる。


「……急に抱き着いたら、ビックリしちゃうだろ」

「はぁい……」


 しゅん……と肩を落としたオルレリだったが、「ゆっくりならいいんじゃない?」と私が声をかけるとまた笑顔になって、マルウィンの腕にゆっくりと絡みついた。

 オルレリは本当に初対面の相手にも物怖じしない。そしてアルクは、先日の三つ子の不機嫌騒動から彼女らに対してちょっと厳しくなった気がする。アルクなりに妹と弟を強く育てたい、と言う気持ちの表れらしい。


 マルウィンの顔を見てみると、自分の腕に抱き着くオルレリにどう対処すればいいのかパニックになってしまっている様で、真っ赤になって「あの、えと」と口をもごもごと動かしている。

 これは先が長そうだ。



 子ども達は一旦別室へ移動し、私はマルウィンと共にテーブルを挟んで立っていた。

 今日は、ペルフェに頼んで自宅での仕事にさせて貰った。と言うのも、三日間で調べて来た新入所の子ども達について整理をする必要があった為である。

 なるべく早く終わらせて、三つ子とキルンと一緒に遊びたいと言う思いもある。


「――じゃ、マルウィン。一緒に考えてくれる?」

「はい」


 現時点で入所が決まっているのは六十人程。

 開所は一カ月後だが、子ども達の集まり具合によってはそれも前倒しになるかもしれない。

 私はまず、見て来た子ども達をニンゲン基準での発達段階に分けて行った。実年齢が分かったところで年齢と発達が違うのだから、誕生日が不明でも問題は無い。逆に、誕生日が分かっていてもこの時点ではあまり参考にならない。各種族の発達表を作れば別だが。


「全くの赤ん坊はいないみたいだったよね」

「はい……シスター・ペルフェは『保護する前に命を落としている事が多い』と以前お話されていました……」

「そっか、確かに……そうかも」


 乳飲み子がいればまたミルク騒動の始まりかとも思ったのだがそうでは無かった。良い事なのか悪い事なのかは別にして。

 

 さて、種族を混ぜた状態で発達順に子ども達のリストを並べ替えた。

 このまま東第二孤児院の様に縦割りの班を作っても良いのだが、今回は人数が倍以上集まる為、まずは横割り……つまり、学校で言うと『学年別』に分けていきたい。

 しかし年齢で分けることは出来ないし、『ニンゲン換算の年齢』なんて不敬だろう。どうしたものか。


「とりあえず、乳児期、幼児期、児童期に分けようかな……幼児期と児童期は前期後期でも分けて……これで大体五つの段階別か……ちょっと範囲が広いけど、まぁ仮だし……」

「あの……?」

「あ、ごめん。じゃぁちょっと私が言う様に分けて貰っていいかな?」


 気が付くと一人でブツブツと唱えながら考えていたらしい。マルウィンが不安げに覗きこんでいた。

 大まかではあるが、乳児期と幼児期の間を『伝い歩き』『一人歩き』で区切り、幼児期と児童期の間は難しいが『四角形が描けるか』『両眉、両目、鼻、口の六部分全てがある人の顔が描けるか』と言う課題を出したのでとりあえずそれで分けてみる。基本的に児童期と言うと、『善悪の区別がつく』『生活習慣が身に付く』と言う段階が終わっている事が望ましいが、浮浪児の彼らにその基準は酷だろう。


 幼児前期と後期、児童前期と後期については私の判断で分けるしかないだろうか。試してみて後から変更する事も可能だろうし、今はあまり考えこまないでおこう。



 私はそれからマルウィンと共に、子ども達を五つの段階別に分けて行った。見極めが難しい子もいたし、やはり日本で私が受け持っていた子ども達に比べるとかなり遅れている。それは環境によるものだろうが。



「……サクラさんはこの様な知識をどこで……?」


 テーブルの上に散乱させてしまった書類をかき集めながら、マルウィンは私に訪ねた。異世界から――と言うのはなるべく言わないでおきたい私は、


「転々としながら……色んな先生に教えて貰ったり……」


 と、言葉を濁した。

 しかし目の前の彼女は目をキラキラと輝かせて私に一歩近づいてくる。


「素晴らしいです……っ! 勤勉でいらっしゃるのですね……!」

「いや……?」


 確かに保育士になる為に通っていた短大では割と真面目に授業を受けていた方だと思うが、その他の科目はお世辞にも良いとは言えなかった。そんな事は口に出せないけれども。

 明後日の方向に視線を飛ばす私を他所に、マルウィンは未だ興奮した様に続ける。


「言われてみれば確かに、と思えるような事ばかりで……むしろ何故思いつかなかったのか不思議でたまりません。赤ん坊の体の発達に順番があるのですね……」

「中には寝返りの前にひとり座りをする子もいるよ。ただ、かなりの割合の子が『首が座る』『寝返り』『ひとり座り』『つかまり立ち』『ひとり立ち』『歩行』の順番で成長していくと思う」

「なるほど……」


 ペルフェとは違った視点で、マルウィンは私を質問攻めにした。子どもと接する事がまだ苦手だと言ってはいたが、子どもを好いているのは間違いないらしい。知識を取り入れられる事がたのしくて仕方が無いと、全身から伝わってくる。


「……私も勉強し直したいな」


 ぽつりと呟いてみる。しかしここには教科書も何も無い。知識を絞りだすか、子ども達を観察して、また新たに知識を取り入れていくしかないのだ。


「何かおっしゃいましたか……?」

「ううん。……とりあえず発達段階別に分けるのと、ここまでで必要になりそうな職員の数は出せたから、休憩にしようか。子ども達も呼んでお茶にしよう」

「あっ、は、はい」


 私はこの日の仕事はここまでにして、残りの時間は子ども達とのんびり過ごす事にした。久々に私が屋敷にいて、しかも遊んでくれるお姉さんまで居候する事になったので、子ども達の機嫌はとても良かった。次は休みの日にどこか連れ出して遊びたいと思う。



***




 この日から、子ども達が寝静まった後にマルウィンは私の所に手帳とペンを持ってやってくるようになった。


「サクラさん、またお仕事について教えて下さい。私……皆さんのお役に立てるようになりたいです」

「うん、私でよかったら」


 教え始めてすでに三日が経過していた。マルウィンが訪ねてくる事は予想出来ていたので、私も何を彼女に伝えたら良いのかと空き時間に考える様になっていた。

 それに、私も教えながら自分の中で知識を整理していく事ができる。マルウィンはとても勤勉で私の言った事を何回も復習しているらしいので、下手な事は教えられないと身が引き締まる思いに駆られて、それが良い刺激になっていた。


 私はこのひと時を心から楽しいと思えたし、自分が直接子ども達の面倒を見るよりもよっぽど有意義に思えた。何故ならば、知識を私一人が持っているだけでは子ども達に活かそうにも数十人程がやっとであろうが、私の持つ知識を彼女に伝える事で倍の子ども達の為になる。――単純計算ではあるが。


 そんな事を考えていると、ペンを走らせていた私の手がぴたりと止まる。一つの閃きが脳を支配した。


「……そうか」


 私が覚えている事は、教科書の様に完璧では無い。しかしこの世界で知識を補完していく事はできるだろう。幸運にも一緒に子どもの研究を行ってくれそうな人も周りにはいる。

 そしてその知識をシスター達や子どもに関わろうとしてくれている人達にどんどん広めていく事が出来れば、私一人では到底成し得ない人数の子ども達を良い環境で育てる事が出来るのだ。


 勿論、孤児院の運営も必要な事だ。まずは衣食住が整っていなければ話にならない。

 しかしその先に必要になってくるのは、『子どもの面倒を見る大人のスキル』――――それで間違いないだろう。


 だったら……だったら私は。


「サクラさん、あの……お疲れでしたら……」

「ううん……違うの」


 思考し始めると押し黙る癖でもあるのだろうか、すぐにマルウィンに心配をかけてしまって申し訳ない。

 私は今猛烈に彼女を抱き上げたいくらいの衝動が襲ってきていた。間違いなく腕が悲鳴を上げるだろうから止めておくが。


「ありがとう、マルウィン。私……やっと見つけたかもしれない!」

「な、何を……ですか?」

「私の……“やるべき事”……ここで、」


 この世界で――と言おうとして、慌てて口を閉じる。

 マルウィンのきょとんとした表情があどけなくて可愛らしかった。


 


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