18話 話し合い
ツフト共和国首都ニラグルの中央に、百人の子ども達が暮らす孤児院を作ると言うのが今回の計画らしい。今は浮浪児達を保護している最中だそうだが、スラム街まで手を伸ばすと百枠ではとても足りないらしい。
そこで、今回の新孤児院計画が成功した暁には、同じ様なパターンで増設するつもりとの事らしい。浮浪児対策の本気を感じさせる、かなり大きな取り組みだ。
「浮浪児達による窃盗の被害も報告されていてね……治安の悪化にも繋がるし、早めに手を打つべきと上に進言したのよ」
シスター・ペルフェはあっさりとそう口にする。やはりこの女性は、ツフト共和国のかなり上のポジションの人と繋がりがあるのだろう。
しかし今はそんな事を考えている場合ではない。集中しなくては。
ペルフェと初めて会った早速次の日だが、私は朝から話し合いに参加していた。ちなみに三つ子達の機嫌は、起きると多少良くなってはいたものの、私が出勤すると見ればまた難しい顔になってしまった。それでも、アルクが「いってらっしゃいだろ」と口にすると全員それを繰り返して手を振ってくれた。
――さて、話し合いの参加者は全員で六人。ニラグルの孤児院を統括している議長のペルフェに、新孤児院の管理者に抜擢された私、そして残りの四人も今後お世話になるであろう人物達だ。
「家具なんかはさっさと入れちゃってい~んでしょ~?」
そう問うのは狐の獣人、サーシュ。どこか遊び人風の青年で、建築関係の仕事を任されている。孤児院自体は空き家を改造、増築したものだそうだが、彼がかなりの部分を手掛けたそうだ。
「ダメです。まだ部屋の割り振りも決めていませんから」
頭に花を生やした女性がサーシュの問いかけを一刀両断する。彼女の名前はロゥと言うらしい。彼女はペルフェの秘書を務めている。ペルフェと行動を共にしている事が多い為、孤児院の仕事内容にも明るいのだろう。
「新築じゃないから多少コストは抑えられましたけど、それでもかなり予算食ってますよ。これ足りますかね……」
椅子に腰かけ眼鏡をずり上げながら独り言の様に口を動かしているのは、ほっそりした小人の中年男性。カンマニと名乗っていた。事務……特に経理を任されているらしい。
「……うぅ」
おどおどとした態度を取っているのは、随分若い女性だ。長い茶髪に青の瞳で恐らくニンゲンだと思うが、恐らく十代だろう。名前はマルウィン。シスターを志していて、今はまだ修練を積んでいる最中なんだそうだ。マルウィンは一緒に子ども達を見る機会も多いだろうし、交流を深めておくに越したことはない。
「……場所と規模は決まってる。では、次は何を決めましょうか?」
ペルフェは試しているかのように私に視線を送った。
緊張しないと言えば嘘になるが、なるべく落ち着いて話をしよう。
「……まず、配置できる人員がどれだけいるのかを把握したいのですが」
私の質問に、ペルフェの秘書であるロゥが手元の書類に目を通しながら口を開く。
「管理者のサクラさん、そしてマルウィンも現場に入ります。あとは各教会と孤児院から六人のシスターが配属先変更と言う形で勤務する事になります。……今のところ、確保出来ているのはこれだけですね」
「う……子ども百人に対して、職員八人は流石に少ないです。これから休日や夜勤の交代なども行おうと思うなら尚更。せめて最初の一ヶ月はその倍は欲しいですよ。子ども達が生活に慣れてくれて、下の子の世話も任せられる様になれば少しは回るかと思いますが」
私がそう返すと、経理のカンマニの眉がピクリと吊り上がり、テーブルを小さな手でパシンと叩いた。
「シスター達への支払いは結局孤児院への支払いと同義なので良いですが、他の方々には給金を払わねばなりません。あまりにたくさんの職員は雇えませんよ!」
奉仕を目的としているシスター達は、給金が個人に払われない代わりにその生活を教会側が保証している。つまり計算上孤児院が出す給金が、結局孤児院に入ってくるらしい。
「ですが、これ以上回せるシスターはいない。残念ながらどこも人手不足なのでね」
ペルフェは片方の手を頬に当てながらわざとらしくため息を吐いた。『工夫せよ』、と言いたいらしいが八人でどう回せと言うのだ。
だが職員の必要数は状況によって変わってはくる。私はロゥに向かって「すみませんが」と声を掛けた。
「――入所予定の子ども達のリストが欲しいです。どの程度の発達段階にあるのかで、配置したい職員の数は全く変わってきますから。今現在保護している子ども達は他の孤児院に割り振って面倒を見ているんでしたよね。名簿にまとめてあります?」
「勿論です」
ロゥが手元にある書類入れから私にリストを渡してきた。受け取ったそれにざっと目を通す。
一般的に、子どもは小さければ小さいほど手がかかる。
日本では法令により、保育士一人につき子どもを何人まで配置できるかが定められているが、子どもの年齢によってその人数は大きく異なる。
保育士一人につき、0歳児なら子ども三人まで、1~2歳児なら子ども六人まで、3歳児なら子ども二十人まで、4歳児以上なら子ども三十人まで……と言った具合だ。しかし現場でこの通りに配置したらなかなか大変だ。補助が付く事が一般的だと思う。
しかしここで気を付けておかなくてはならない事が一つある。それは、“種族による成長スピードの違い”だ。
ニンゲンならば、年齢に対しての職員の配置の見直しは一年ごとに行えば済む。しかし種族が混ざり合うこの国ではそうもいかない。つい先月まで歩くか歩かないかだったキルンも、今では走り回って二語文を話すのだから。
「これには……子ども達がどの程度の年齢なのかは書いていませんね。種族の記載はありますが……」
「自身の年齢をそもそも知らない子がほとんどですから」
「なるほど……」
ロゥの言葉にひとまず納得した。それに大体の年齢を記載しようにも、種族ごとに成長スピードが違い過ぎて書きようが無いのかもしれない。
これでは職員の配置を考えようにも、どうする事も出来ない。
「……シスター・ペルフェ、今からこの子ども達の所を回って来たいのですが……抜けても良いですか?」
「いいけれど……まだ百人は集まっていないけど、それでも数十人はいるわよ。しかも一つの孤児院では無く、バラバラに」
「一度会って観察してみなくては何も進みませんから。……それと、今後入所が決まった子がいたら、その時は私にも会わせて下さい。また回るのは手間ですから」
「分かったわ。なら、マルウィンも一緒に行って頂戴。足はこちらで用意するわ」
***
それから私とマルウィンは三日をかけて、新しい孤児院に入所する子ども達の所を回った。それほど施設が多いわけでは無いのだが、簡単な身体測定や発達のチェックなどを行ったので時間がかかってしまった。
マルウィンは随分と引っ込み思案な性格なのか、子ども達とはほとんど会話をしている様子は無かった。もしかすると孤児院で勤務するのも初めてなのかもしれない。
私は最後の孤児院から戻る途中の馬車の中で、自分で記した子ども達の書類を眺めながらマルウィンに話を振った。
「マルウィンは、どうして新しい孤児院に配属される事になったの?」
「えっと……」
マルウィンは長い髪を少しかき上げる。そこから覗くのは、ほんのり尖った耳だった。私はつい「エルフだったの!?」と声を荒げる。この三日間の間、彼女はニンゲンだとずっと思っていたのだ。
「いえ、ほとんどニンゲンの血が流れていますが、遠い親戚にエルフの方がいるそうで……シスター・ペルフェとはどうやら遠縁らしいです」
「どうやらって事は、親戚付き合いがもともとあったって訳では無いんだ?」
「はい。ただ私が地元ではあまりに……その、出来る仕事が無かったものですから……両親からも、ツフトで修道女をやった方がいいのではと……それでペルフェ様のところに」
酷く後ろめたそうな顔をして、彼女は私にそう話した。出来る仕事が無かったとの事だったが、彼女の書いた書類はどれも丁寧で分かりやすい。事務の仕事を探せば、案外あっさり見つかったのではないかと思うが。
「それは最近の事?」
「そうです。つい二ヶ月ほど前にツフトに来て、近くの修道院に入れて頂いていました……そちらでもその、上手く馴染めなくて……えと、見るに見かねてペルフェ様がこちらの仕事を紹介して下さったのです」
「そうだったの……」
「ですからその……次もご迷惑をお掛けするんじゃないかと不安で……」
ワンピースの裾をきゅっと握りしめたマルウィンの手は、青白くほっそりしている。ちゃんと食べているのかと無性に心配になった。
「大丈夫。出来るだけサポートするし、まだ開所まで一ヶ月あるんだから!」
「そ、そうでしょうか……」
不安からなのか、彼女の青い瞳はゆらゆらと揺れている。
私は彼女の隣に腰かけ直し、その細い手に自分の手を重ねたが、その手は驚くほどに冷たかった。
「何か具体的に不安に思っている事があるなら言ってみて? 従業員の話を聞くのも、管理者の仕事だからね」
「サクラ様……あの、私……子ども達の前に出ると緊張してしまって……一対一であっても、何を話せばよいのやら……こんな事で一カ月後を迎えられるでしょうか……」
なるほど、確かにマルウィンはこの三日間ずっと私の背後に隠れるかのようにして子ども達と接していた気がする。あれは緊張していたのか。
しかし、緊張している人に『緊張するな、リラックスしろ』と言っても仕方が無い。
「うーん……緊張しちゃうのは仕方が無い気がするなぁ……性格上の問題なら尚更」
「そう……ですか……」
「でも、ある程度緊張しちゃっても平気って開き直った方がいいかも。それと、活動の説明なんかは『完璧』って思えるまで練習してから子ども達の前に出るといいよ。声かけでも何でも、成功するかどうか自信が無いと緊張や不安って大きくなると思うからね……あと、子ども達がどんな反応するかは、時間をかけていけば予測出来る様になってきたりもする。そうしたら対処の仕方も自然と分かってくるから大丈夫」
「な、なるほどです……練習、ですか……練習が必要なのですね」
子どもに何かを伝えるには、こちらは何倍も理解している必要がある。その為、練習はかんり重要だ。
マルウィンはこくこくと振り子人形の様に首を縦に振ったのち、自分のメモ用紙に今の話を書き殴り始めた。なんだか恥ずかしい。
「ですが……どうやって練習すれば良いのでしょうか……」
彼女はこれまで子どもと関わる仕事をしてきた訳では無いし、勉強をしてきた訳でも無い。いきなり、『子どもと話す練習をする』なんて一人では難しいかもしれない。
しばらく私も彼女と一緒に頭を悩ませていたが、一つのアイディアが閃いた。
「マルウィンは、今は修道院で寝泊まりをしているの?」
「いいえ、ペルフェ様のお屋敷に仮住まいさせて頂いております……それが、何か」
可愛らしく小首を傾げた彼女は、アルクと同じくらいの年の少女に見えた。
「うちの屋敷にしばらく泊まり込んでみない? 小さな子どもが五人住んでるから、参考になるかも!」
「で、でもそんな……よろしいのですか!?」
私としても、この状態の彼女を引き連れて一カ月後のオープン初日を迎えるのは心配だから仕方ないのだ。
それに、マルウィンは口では「申し訳ないですっ」と言いつつも、その顔はかなり綻んでいる。一応屋敷の他のメンバーに確認を取った方がいいだろうとは思いつつ、彼女の嬉しそうな表情を見ていると是非皆には賛成して貰いたいと思った。




