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保育士の異世界事情は反乱の灯と共に  作者: レン.S
第4章 やるべき事
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16話 訪問②


 シスター・ペルフェの屋敷は白壁の区画の中でもかなり立派な建物だった。庭はシンプルだがやけに広く、芝も手入れが行き届いている。

 屋敷の中はモノトーンで統一されたモダンなデザインになっており、ここの主人のセンスを感じさせる。


「ごめんなさいね、呼び出してしまって」


 案内された客間でしばらく待っていると、上品な佇まいの初老のエルフの女性が現れた。エルフはかなり長命と聞くので、この女性は私の何倍も生きているのだろう。


「お初にお目にかかります、シスター・ペルフェ」

「楽にしていて。東第二孤児院のシスター達がやけに貴女を賞賛するものだから、是非話を聞いてみたくてね、急に申し訳なかったわ」


 “東第二孤児院”は、私が先日まで働いていた孤児院の事だ。

 ペルフェはペンとノートを手に取ると、私の話を記録してもいいかと尋ねて来た。


「書き記す程の話が出来るか分かりませんが……」

「いいのよ、そう畏まらずに。東第二の事は前から気になっていて……辞めるシスターも多かったみたいだし、管理を任せているアンルニルに問題があるのではと抜き打ち監査を行ってみたの。そうしたら驚くほど環境が改善されていてね。どうやったのかと聞いたら、外部からお手伝いに来てくれた人が手を入れてくれたと言うじゃない? 私は、貴女がどんな意図でそれらをやったかが聞きたいのよ。特別な話はしなくてもいいわ」

「わかり、ました……それでは……えと、どこから話せば……」


 私が話の切り口に悩んでいると、ペルフェは前もって質問を考えていたのだろう。流れるように次々と東第二孤児院で気になった事を問うてきた。

 「何故子どもを班ごとに分けたのか」「何故子どもの棚や共用の棚に目印を付けたのか」「監督役の必要性とは」など、アンルニルや他のシスターに説明した事をはじめ、私が作ったおんぶ紐や、掃除のマニュアルとチェック表、手直しした一日の流れの事も次々に説明させられる。ペルフェは私が話す度にすらすらとペンを走らせていた。



「――子どもを背中におぶると言うのは、あまり褒められた姿では無いと言われてきたのだけれど、どうやら改める必要があるわね。この紐を使えば安定するし、両手が自由に使える。他にも理由が?」

「赤ん坊と密着するので安心感があると思います。抱っこでは泣き止まない子、寝ない子も落ち着きやすいですよ。あとは、災害や火事などで避難せざるを得ない時、抱っこでは足元が見えづらく走りにくいですが、おんぶなら走って逃げる事も可能です……ただ、落下の危険性もありますからおんぶしているからと言って気を抜き過ぎない様に注意して頂きたいですね」

「なるほど、避難の時ね。……それとこの、貴女が書き殴ったと思わしき紙なんだけど……これは?」


 それは、私が班を作る時にメモとして使った紙だ。捨てた筈なのだが、どこで拾ったのだろう。


「……子どもの発育と発達の目安表です。ニンゲン換算で申し訳ないのですが、どの程度の事が出来ているのかを確認する為に使用しました」


 それには、ニンゲンの月齢と、『粗大運動』『微細運動』『言語』『社会性』の大きく四項目がどのあたりで身に付いているかの発育発達目安表だ。

 例えば、『粗大運動』の中の“寝返り”は生後四カ月前後頃に出来る事が多い、『微細運動』の中の“両手を合わせる”は生後三か月前後頃に出来る事が多い……などである。

 しかしこれはあくまでも“目安”でしかなく、子どもの多くはこの限りではないので、本来この世界に存在しないこの表は私のメモの為だけに用意したものだった。


「こんな目安表初めて見たわ。確かに言われてみれば、ニンゲンの月齢と大体一致している様だけれど……貴女はどこでこれを学んだの?」

「……それは」


 どうしたものか……真実を話すべきなのか、誤魔化した方がいいのか。

 東第二孤児院では、ケリクツトから来たと嘘を吐いた。カッサ王国と言えば爪はじきにされるかもしれないし、ソマラン王国では嘘くさすぎるからだ。異世界から来る者はこの世界では珍しくない様だが、それでも五~十年に一度のレアイベント。一般の人達にべらべらと話すべきではないのではないかと判断したのだ。


 ペルフェの表情を確認すると、その目は真っ直ぐに私を射抜いていた。彼女は、ここツフト共和国の首都ニラグルの孤児院を統括しているシスター長だ。この短い時間の中で話してみて、彼女がどれだけ真剣に子ども達と向き合おうとしているかが伝わってくる。ぽっと出のこんな若造の意見を真面目に聞いてくれているのがその証拠だ。

 

 恐らく、嘘はすぐにバレる。彼女程の人なら他国の子育て事情にも詳しいだろう。発育発達目安表やおんぶ紐を周辺国でも見た事が無かったから、私はここに呼ばれたのだろうし。


「……内密にして頂きたいのですが……」


 私は、シスター・ペルフェに自分が異世界から来た事を告げた。しかしその裏の事情については敢えて「言えない」とする。


「なるほどね、他の世界から……」

「ええ……」

「まぁ、貴女にも色々事情があるのだろうからそこは聞きません。そんな事よりも、他の世界での子育てについて聞きたいわ」


 どう突っ込まれるかと冷や冷やしていたのだが、彼女は私がこちらの世界に来てからの事には特に関心は無い様子だった。むしろ、私が前の世界でどんな風に仕事をしていたのかに興味を持ったらしい。

 私はまず、“保育所”と言うものから彼女に説明した。――ちなみに“保育園”は園の名称として使う事が多いが、法律的には“保育所”が正しい。

 一つ答えるごとに三つ四つと質問が飛び出てくるので、私は答えるのに必死だ。学生時代に習った事を掘り起こそうと脳をフル回転させたのもあって、あまりに喉が渇き飲み物を何杯飲んだかも分からない。


「――――なるほど! ありがとう、とても参考になったわ!」

「それは……よかった、です」


 マシンガン質問コーナーもそろそろ終わりらしい。疲れた。

 私は話せるだけの事は話したと思う。札山彦助の例もあるし、別にこちらの世界で自分の知識を伝えるのは問題ないのだろう……と信じたい。


 ペルフェは満足そうに自身が書いたメモを見返している。そしてそれを指でなぞりながら、私に笑いかける。



「……あのね、サクラさん。新しい孤児院の管理者をやってみない? 給料は弾むわ」

「えっ」



 それは、思ってもみなかったお誘いだった。


「最近、ツフトでは浮浪児が増え続けているの。知ってる?」

「ま、まだこちらに移って日が浅いですが……はい……よく、見かけますし」

「国もね、そういった子達をなるべく孤児院に入れて面倒を見たいと思ってる。ただどうしても、経費はかかるし給料はあまり出せないから成り手も少ない。だから、なるべく少ない人数でも多くの子ども達を世話出来るように、改革をしていかなくてはならないのよ」

「は、はぁ……」


 ペルフェはメモを一旦テーブルに置くと、私の両手首をガッシリ掴んだ。ほっそりとした体の割になんて力だろうか。穏やかな新緑色の瞳の奥に、燃えるような情熱を感じた。


「新しい孤児院には今まで無かったあらゆる事を導入し、それが成功すれば他の孤児院にも広げていく。それをやるには、これまでとはまったく違った考え方の人材が必要なのそれが貴女!!」


 はぁはぁ、と肩で息をする彼女を、私は戸惑いの目で見つめていた。

 管理者、私が? しかもツフト共和国の首都に新設される孤児院の? 『不滅の灯』の孤児院なんて比べ物にならない、大量の子ども達がそこで寝泊まりする事になるだろう。

 ただでさえこの国の事、この世界の事に疎い私が……人の上に立つ? そんな事が出来るだろうか……?


「し、シスター・ペルフェ……光栄です……が、私の手には余る……かと」

「何か気がかりな点でも?」

「いえ……あの、私は本来ツフト国民でもありませんし、今住まわせて頂いている屋敷には面倒を見ないといけない子ども達もおりまして……それに、その、来年の春にはここを去るかもしれなくてですね……」


 狼狽えながらもそう伝えると、ペルフェは「気にしなくていいのよ」と自信満々に告げた。


「多種族連合内は人の行き交いが元々激しいから、貴女の出身なんて一々誰も気にしないわ。そして、面倒を見ないといけない子どもがいるというのなら子連れで出勤しても構わないし、これから人を集めるに当たって今までの勤務体制も変えていきたいの。ずっと泊まり込みって言うのもどうかと思ってね。だから貴女が管理者になったって通いで大丈夫。――そして来年の春にはどうだかと言ったけど、私はそこまでのんびりと進めるつもりは無くてよ。箱はもう決まってるから、一ヶ月後には子ども達を預かり始めるつもり」

「へ? あ、はい……」

「管理者に就いたはいいけれど来年の春には出て行かないといけないと言うのは無責任か? と気にしているのならそれも大丈夫。上手くフォローするし、なんなら貴女はそう言って断ったけれど私が無理矢理任せてしまったのだと予め言い含めておいたっていいわ」


 掴んでくる手の力が段々強くなってきた。見れば、私の手首から先は血が溜まって少し赤くなってきている。

 ペルフェの顔が一層近づいてきて、今にも唾が飛んできそうな距離だ。


「……」


 例の下心を優先するのなら、これは受けるべきだ。孤児院の管理者だったらツフト共和国でも上の立場の人と話す機会もあるかもしれない。それに、きっとやりがいは十二分にあるだろうし、私のやるべき事も見つかる可能性は高い筈。


「パナエス先生のご紹介であらゆる孤児院を見て回っている最中なんでしょう? それは私の伝手で継続して行ってくれて問題はないわ。……まぁ、管理者の仕事をしながらだから、一日入るのは難しいかもしれないけれど」

「シスター・ペルフェ……何故、そこまで私を……」

「……貴女なら、この国の子ども達に新しい風を吹かせられそうだから。……それに、」


 私の何倍も生きているであろう目の前の女性は、年端もいかない少女の様なイキイキとした声で続ける。


「貴女が私と同じなら、きっと東第二孤児院での仕事を“物足りない”と思った筈だと感じたの。人手不足だから手数が限られているし、子ども達だってかなり育ってしまっているから良い事であってもなかなか挑戦してくれないでしょ? そのもどかしさが伝わってきたのよ……そして同時に、貴女の理想の詰まった孤児院を見たいと思ったの」


 圧迫されていた両手は解放され、一気に血が巡っていく感覚に襲われた。

 なんと返答すべきなのだろう。優先されるべきは何?

 確かに、シスター・ペルフェの言う通りだ。結局のところ、私はあの東第二孤児院で精一杯の事をやったつもりだが、限界はあったしそれは当初の予定よりも早く訪れた。


 やりたい。やらせて欲しい。


 そんな正直な想いの裏で、屋敷で待つ子ども達の顔がちらついてしまう。彼らは毎日私の帰りを楽しみにしてくれているのだ。これまで四六時中一緒に過ごして来たのに、留守番ばかりで寂しい思いをさせるのではないだろうか。子連れ出勤したって、私はずっと構ってあげられるわけじゃない。アルクやロンドにも負担をかけてしまうだろう。ドンは……何と言うか。


「……っ」



 そうだ。きっとこんな切ない胸の内を抱えながら、保護者達は私達に大切な子どもを預けて仕事に行っていたのだ。今更ながらに痛感する――私は、何も分かっていなかったのだと。



 私は大きく息を吸い込み、静かに長く吐き出した。

 両手を足の上で揃え、ペルフェに向き直る。


「……お受けします」

「本当!」

「ええ。ご指導のほどよろしくお願いします」


 彼女の嬉しそうな顔を見て、私も小さく微笑んだ。


 エル、オルレリ、カント、キルンには本当に本当に申し訳ない。恨まれる可能性だってある。それでも、決めた。

 彼らの様に、誰か特定の安心できる人がいる幸せを浮浪児達にも分けてあげたい。離れる時に君達が泣けば、後ろ髪を引かれて胸を痛める者がいるのだと教えたいのだ。それは、傲慢かもしれない。いや違う、これは……願いだ。

 だから、エル達には理解して貰うのが難しくても受けようと思った。私の力がどこまで通用するかは分からないが、きっといい孤児院を作ってみせる。その代わり空いた時間は全て、屋敷の子ども達に捧げよう。



「それじゃ早速、明日の朝から話し合いがあるから参加して頂戴ね」

「分かりました」



 結局私は、骨の髄まで“保育士”なのだ。

 





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