15話 訪問
私が一週間の孤児院勤務を終えてから三日が経った夜に、突然アンルニルが訪ねてきた。忙しい中、私の顔なんか見たくないだろうにわざわざどうしたのだろうかと思いながら対応すると、彼女はじとっとした目で私を見ながらこう言った。
「……貴女はどんな魔法を使ったのよ」
と。
「へ?」
「シスター達よ。一週間前とは人が変わったみたいに働けているじゃない。……もしかして今までは私に対する嫌がらせで手を抜いていたのかしら」
「いやいや、そんな事は無いでしょう」
「……じゃぁどうして、あんな短期間で動ける様になってるのよ。そんな簡単に人が成長するわけ無いじゃない!」
アンルニルは長い黒髪を振り乱しながら私に突っかかってくる。
分かり切った事ではあるが、私はシスター達に魔法をかけたわけでも、知らず知らずのうちに人を入れ替えたわけでも無い。
「シスター・アンルニル、私がやった事は別に大した事じゃありません。――まず、すでにお話しましたが、一塊の子どもの人数を減らす……これはかなり重要な事です。貴女の様に声が通る人なら多少人数が集まっていても平気かもしれませんが、働く人の全員が全員大声を出せるとは限りません。“指示が通らない”事は、子ども達が集まっている環境ではかなり不利です」
「だから十四人に分けたんでしょ? まさかあのシスター達がその人数を見れるとは思わなかったけど……」
「シスター一人で急に十四人は難しいですよ。……だから、多少工夫はしました」
「工夫?」
私は立ち話もなんだからと、彼女を客間に通す。ミィノがお茶を運んで来てくれたので、アンルニルと共にソファに腰をかけた。
「……工夫と言うのは……“視覚で伝える”と言うことです」
「視覚……?」
「子ども達の棚、ご覧になりました? 絵の描いた紙が貼ってあったと思うのですが」
「ええ……何かマークの様なものが色々……。あれって貴女がやったの? 子ども達の悪戯かと思っていたわ」
「あっ、もしかして取っちゃいました!?」
「いえ、そのままだけど」
ああ、危ない危ない。そうか、ちゃんと伝えておけばよかった、結構時間のかかった作業だったので、無駄になってしまっていたらどうしようかと思った。
「あれは、四十二人全部違うマークなんです。そして、棚やタンスだけじゃなく、子ども達の服なんかにも刺繍をしました……ああ、刺繍は流石に大変なので小さい子だけですけど。『自分のマークが付いている場所に、自分の持ち物を片づける』この習慣が身に付けば支援は一段と楽になりますよ。……あとは、共用の棚にも『ここは何を片づける場所なのか』と言う事を伝えるために簡単な絵を描いた紙を貼りました。本とか人形とか」
「ああ……あったわね」
「元あった場所に片づける、と言うのはかなり高度な事なんです。なのでまだ記憶出来ない子達の為には、視覚に訴える必要があります。口で言っても伝わり辛い時は、絵を使う……これはかなり有効です。指示が通りやすくなればその後の活動も進めやすくなりますし、片付けなんかも子ども任せに出来る様になれば、シスター達は他の所に手や目を使えます」
「ふぅん……」
アンルニルは頬に手をやり、訝し気に私の話を聞いていた。見定められている様であまり気分は宜しくない。それを誤魔化すように私は「……まぁ、他にも色々と……」と言葉を濁しながら紅茶に口を付けた。
私が紅茶を飲み始めたのを見て、アンルニルは「ふぅ」と息を吐いてから暗い窓の外を見た。
「……ニラグル全ての孤児院をまとめている、シスター・ペルフェと言う方がいらっしゃってね」
ニラグルと言うのは、ここツフト共和国の首都の名前だ。
アンルニルはまだ窓の外を見ながら話を続けている。暗くて庭は大して見えないだろうに。
「今日、その方が抜き打ちで監査に来られたのよ……で、お帰りの際に、『この人数でよく回せている』とお褒めになってね……」
「あら、それは良かったです」
「……そうしたら、シスター達が『外部の指導を受けたからです』って余計な事を言ったの。シスター・ペルフェは興味津々。是非話を聞いてみたいって」
「はぁ……」
話が読めずにぼんやりとした返答をする私に、アンルニルはキッと鋭い視線を向けた。
「だから! ニラグルの孤児院を統括するシスターが!」
「わ、分かってますよ……ですから、褒めて下さったんでしょ!」
「違うわよ! その方が! 貴女に! 会うっておっしゃったのよ!」
「えっ? 話を聞いてみたいって……社交辞令では無くって事ですか?」
「そうよ! 鈍いわね!!」
彼女は私に一枚の紙を渡してくる。受け取るとそれには、簡単な地図と住所、日付と時間などが書かれていた。
私はそろりとアンルニルに問う。
「一方的に日付と時間が決められてるって事ですか……?」
「シスター・ペルフェはお忙しいのよ? この日はどうかと打診されたから、私から『大丈夫です』とお伝えしておいたの」
「また勝手な……」
「何?」
「い、いえ……」
もう一度その紙をよく見てみると、シスター・ペルフェの住まいは首都ニラグルの中でもパナエスと同じく白壁区画の中にあるらしい。つまり彼女はツフト共和国の中でもかなり影響力のある人物と言える。
そんな人に会いに行くのはかなり緊張するが、これは滅多にない機会だ。
「分かりました、伺います」
「は? 当たり前じゃない。貴女に選択権無いわよ」
左様ですか。
アンルニルは紅茶を飲み干すと空になったティーカップをテーブルに置き、立ち上がった。話は終わったと言う事だろう。
「暗いですよ、送りましょうか」
「結構」
「でも……」
すたすたと玄関まで移動していく彼女の背を追いかける。多少丸くなった気はするのだが、なかなか棘は抜き切れていない様子だ。シスター・アモネは大丈夫だろうか。出来れば辞めないで欲しいのだが。
外はやはり真っ暗で、私は颯爽と出て行こうとする彼女に再度送る旨を伝えるのだが、「いらないって言ってるでしょ!」と怒鳴られてしまって肩を竦めた。
「あ、危ないですって……今、私と同行してくれる人を呼びますから……」
「……貴女にこれ以上、借りを作りたくないのよ」
「借り……ですか?」
問い返す私の事なんて気にも留めずに、アンルニルは門の所まで出て行ってしまった。どうやら本気で送らせる気は無いらしい。
「じゃ、シスター・ペルフェの件は伝えたわよ。仲介した私の顔に泥を塗る事はしないでよね」
本人の知らぬところで勝手に面会の日取りを決める事を仲介と言うのかどうかは怪しいが、とにかく私は頷いた。
それに満足したのだろうか、アンルニルは門の外へと足を踏み出す。この暗闇の中に送り返すのは実に心配なのだが、これ以上言っても彼女は承諾しないだろう。
仕方なしに私は、一方的に伝えたかった事を言葉にした。
「あの! シスターは私の事がお嫌いかもしれませんが……私は、お一人で四十二人もの子ども達を責任持って見ていらした貴女を尊敬しています。ですから……その、体にはお気を付けて……今夜は、会いに来て下さって……嬉しかったです……」
「……」
アンルニルは何も言わない。そのまま帰路につき始めたので、私はそのまま彼女の背中を見送っていた。
すると十メートル程進んだ所で、彼女はくるりとこちらを振り向いた。暗くて表情まではよく見えないが、相変わらずよく通る声で、
「……そのうち、顔を出しなさい。シスター達が会いたがっているから」
と言った。
その言葉に何を返そうかと一瞬考えているうちに、彼女は早歩きで角を曲がってしまう。
全くもって、難しい人だ。
屋敷に戻るとミィノがお茶の片付けをしてくれていた。
「ごめん、ミィノ……もう一杯貰ってもいい? なんか疲れちゃって」
「は、はい! お待ち下さい!」
私は先ほどまで話しをしていた客間のソファに体を預けて、アンルニルの残した紙を今一度眺める。
――首都ニラグルの孤児院を取り纏めているシスターと話が出来る。またとない機会だ。
その時、背後からさらりとした長い髪の毛が私の首筋を撫でた。
「……なかなか首尾が良いな」
「別に、計算した訳じゃないけどね」
「母上の手腕によるところであろう? 見事にドンの指示通りではないか」
「それはパナエスさんの所に行ったところまでで、孤児院の事とは別だってば」
クスクスと、無邪気さと妖艶さを兼ね備えた笑声が耳を擽る。顔の左横に視線を送ると、そこには十歳程のニンゲンの子どもがソファ越しに私の背中に抱き着いていた。
長い黒髪に紅い瞳。それだけは赤ん坊の姿からずっと変わらないが、腕や足がすらりと伸び、知らぬ者からすれば少年とも少女とも取れる整った顔立ちになっていた。
「クロ、もう寝なさいって言ったでしょう?」
「……オル姉に蹴り飛ばされて起きたのだ。そんな事より、シスター・ペルフェか……我も行って良いか?」
「一応聞いてはみるけど……気になるの?」
「うむ。――利用できるかどうか、な」
「……」
クロの細い腕が私の首に回される。成長した彼は、一段と“らしさ”を身につけたような気がする。何をと聞かれれば……“支配するもの”らしさと言うべきものを、だ。
……ただやはり根本的には変わっていない部分も多い。
「サクラ様、お待たせいたしました……あら、クロ坊ちゃまも起きていらしたんですか」
「ミィノ、お茶か! 我の分は!? あっ、クッキーもある!」
「えっ……あの……」
「クロはもう歯磨きをしたでしょ、それに寝る時間」
「母上だけずるい! 我も食べる!」
「んもー……」
涙を目に貯めながら駄々をこね始める自称魔王殿下の姿は見るに堪えなくて、私はミィノにミルク多めでお茶を用意してあげてくれとお願いした。「クッキーも!!」と大声を出すので、それは歯磨きをもう一度するのを条件に半分だけ渡す。彼に対して甘いと、イオーラあたりには怒られるかもしれないが……。
嬉しそうにお茶を飲むクロを眺めながら、私はソマランにてドンに頼まれた事を思い出していた。そう、それはツフト共和国への出発直前の事だ。
***
『サクラにお願いしたい事は、何よりも優先してマザー・ネフカロンを屋敷に呼ぶ事。これが一つ目。二つ目は、俺がそっちに行くまでにツフトの政治家とのパイプを作って貰いたい……昔ネフカロン地区に住んでた鷹のおっさんがいるみたいだから、とりあえずは顔見せと、こっちの意向を伝える程度で良い』
彼にしては手ぬるい事を口にしたので、私は国境付近まで送ってくれると言うデズンの車に荷物を積み込みながら聞き返した。
『それだけでいいの? ネフカロン地区からツフトの政治家になってまだ日が浅いし、その人と繋がっただけじゃ……。ドンは、多種族連合の上の人と話がしたいんでしょ?』
少し驚いた様な表情を作った後、彼は気が抜けたかのように笑う。
『よく分かったな。……でも、まぁ……俺が不在の間にそこまでは求めねぇよ。あと頼みたい事の三つ目は、屋敷の管理だ。これから人が増えるだろうからな』
『分かった……』
『よろしくな』
***
シスター・ペルフェが多種族連合のトップとの繋がりを持つかは分からないし、恐らく孤児院での保育についてを聞かれるだけなのに、政治的な話へ持っていく隙があるかも読めない。
それに何より孤児院巡りについては、私の“やるべき事探し”という打算で始めた点からすでに罪悪感があると言うのに、保育が認められてのお呼ばれに魔王軍としての思惑も抱いて向かうのは胸が痛んで仕方が無い。なんならもっと素直に受けたかった。
「……」
しかし行くしかあるまい。『打算で訪問するのは恥ずかしい』など言っている場合じゃないのだ。
やるべき事探しに繋がるかもしれないし、ドンの役に立てるかもしれないし、ただお話をして終わりかもしれないし、もしかしたら何か悪い事が起こるのかもしれない。そんな事はまだ誰にも分からない。
「クロ、やっぱり……シスター・ペルフェへの訪問は、一人で行ってもいい?」
「ん……んぐ? ……ほう」
「あっ! クッキー二枚も食べたでしょ、もうおしまい! ……それで、ああ……とりあえずは、孤児院の話だけをしたいからさ。……次に繋げられるよう努力はするよ。お願い」
「ふむ、母上がそう言うのなら。任せよう」
「……ありがとう」
私は再々度、先程の紙に目を通した。
シスター・ペルフェとの約束は、――どうやら、二日後のようだ。




