13話 女の園⑤
保育士の仕事の中で、最も重要なものは “環境づくり” であると私は考える。異論はあるだろうと思うが。
子ども一人ひとりと対面して触れ合う事も大切な事なのだが、そもそもそうやって子どもと安心して遊ぶ上でも環境づくりは必須なのだ。
園庭一つとっても、誤飲に繋がる様なゴミや、転んだ時に大きな怪我を負う可能性のある石などが落ちていないかの確認、鳥や猫が侵入して糞をしない様に網を張り、日差しの強い季節にはシェードを用意、虫の出る時期には遊び始める前に蚊取り線香をいくつも設置したり、おもちゃは場所を予め決めて子ども達が自分で出したり片づけたり出来る様にする……これら環境整備がされているかいないかで、その後の関わり方は随分と変わってくる。
口うるさく、「アレに触るな」「コレは駄目」と言う前に、危ない物は排除する。
一々、同じ事に対して「コレをしなさい」「ああやってしなさい」と指示を出す前に、子ども達が見て分かるよう明確にパターン化しておく。
そうする事で子ども達の主体性も育っていくし自立に繋がっていく。整った環境の中で身の回りの事が「自分で出来た」という経験は、彼らにとっては自信になる。
「だからって……四十二人分は……多い」
シスター達が子ども達を見ている間に、環境づくりとして私がまず手を付けたのは、子ども部屋だ。ベッドの移動は一人では無理なので、荷物や着替えを班ごとに分けていく。ぴったり十四人の部屋にする事は今は出来ない為、小さな物音で起きてしまうような小さな子達を優先してシスターと同部屋に変えている。
アンルニルが四日間ノータッチと宣言したのだ、部屋替えをしたところでなんら問題はないだろう。
子ども達の荷物の引越しを急ピッチで終わらせて、昼食の準備、食事の補助、幼児達のお昼寝の寝かしつけ、その間に大きな子ども達を引き連れて孤児院内の掃除、お昼寝が終わったらおやつ、夕方子ども達が遊ぶ姿を監督しながら今日の活動を書類にまとめ、終わり次第子ども達を順番に入浴させて、夕食、小さい子ども達から順番に就寝
――――正直、休む暇が見当たらない。『不滅の灯』と違って食事を作らなければならないので、子ども四十二人と大人五人分の食事を先ほど準備したと思ったら、もう次の食事準備に取り掛かっている……まぁ、パンは配給で頂いているので準備するのはスープくらいなのだが。
これまでは、アンルニルが怒鳴り声を上げて子ども達を抑制している間に、シスターニ、三人で雑用を行っていたらしい。確かに二人でもいれば雑用の仕事は軽減されてくるだろう。
だが……それを続けていては今回の様に綻びが出る。やはり、根本的に変えていかなくてはならないのだ。
私は子ども達が全員就寝してから、シスター三人を事務室に集めた。
「今日はありがとうございました。特に怪我なども無かったみたいでよかったです」
「いえ。いつもは掃除や食事作りばかりでしたので……こんな風に子ども達と過ごせたのは久しぶりでした……一所に集まる子どもの人数が少ないと、私の声も通りますし……見ていると、子ども達も普段より苛々せずに遊べている様な気がいたしました」
シスター・リリーンは私に頭を下げて、小さな体を尚更小さくしてそう言った。アンルニルが気に入るかは分からないが、現場で働くシスター達にそう言って貰えるとやはり嬉しい。
「シスター・ドゥパラとシスター・アモネはどうでした?」
私が二人に問いかけると、アモネは微笑みながら「シスター・リリーンと同じです」と答えた。しかしドゥパラは少し難しい顔で、
「子ども達はとても快適そうなのですが……私が抜けたい時に抜けられないのは困りました……お手洗いなどは、どうしたらいいのか……」
そう恥ずかしそうに言った為、私は慌てて「そういった時は廊下から顔を出して私を呼んで下さいね!」と伝えた。保育士にとっても膀胱炎は職業病の一つと言われている。子ども達が落ち着いたらトイレに行こう……そう思ってもなかなか抜けられないものだ。
「この班での暮らしに慣れていけば、年長の子ども達に頼る事も出来ていくと思うんです。少しの時間なら抜けても大丈夫になるかと。……今は室内や庭で大人が目を光らせなくては何をするか分からなくて怖いかもしれませんが、皆成長していってくれれば多少自由にさせていても問題無くなると思いますよ」
私の言葉にドゥパラはまだ不安そうだ。何がそんなに気になるのかを訪ねると、彼女は尖った耳をいじりながら続ける。
「……ペンスがいつもルーアダをいじめるのです。何度注意しても止めなくて……とてもじゃないけれど目を離せませんわ」
ペンスと言うのは、この孤児院の中でもかなり発達の進んでいるドワーフの子どもで、ルーアダはまだ三歳程のニンゲンの子どもだ。
「シスター・ドゥパラは、その様な時にどんな対応をされていますか?」
「え? それは……泣いているルーアダを庇っていますが……」
「――もしかすると、ペンスの心中に何か言い表せないモヤモヤとしたものがあるのかもしれません。もしも次に同じような事があれば、ルーアダは他の年長の子ども達に任せて、シスターはペンスとゆっくりお話してみてくれませんか? ペンスも、シスターを恋しく思っているのかも。大きくてなかなか甘えられないと思いますし」
「わ……わかりました、やってみます」
「あと、どうしても小さい子達が泣いていて、手が離せないと言った時にはこれを使ってください」
私は手元から三枚のおんぶ紐を取り出して彼女達に配った。私が持参したおんぶ紐と同じ物を、昨晩のうちに余っている布で作っておいたのだ。手縫いなので時間がかかってしまったが。
この地方ではおんぶをほとんどしないらしい。泣いている赤ん坊は乳母車に入れておいたり、柵付きのベッドに寝かせておく事が主流だ。もちろん肩や背中が痛む時はそれでも良いのだが、おんぶには安心感を与える効果もある。適度な揺れで眠ってくれたり、あとは単純に両手が空くので作業もしやすい。
人形でおんぶ紐の使い方を彼女達に教えると、リリーンは「私より子どもの方が大きい場合はどうしたら……」と苦笑いをした。それは……仕方が無い。
「他に何も無ければ、今夜はこれで終わりにしましょう。夜間の見回りもありますし、明日も早いですから」
一通り言いたい事は言い聞きたい事は聞いたので、私が解散しようかと口にすると、アモネは伏し目がちに口を開いた。
「……あと三日しかいらっしゃらないのですね、サクラさん……。今、とても楽しく働けているのに……シスター・アンルニルが出て来られたら、また元に戻ってしまうのかしら」
「シスター・アモネ! そんな事を言うのはよして!」
「で、ですが、シスター・ドゥパラだってそうお思いでしょう!? 私は限界ですわ! 私だってこうやって的確な指示があればちゃんと動けます! ですがあの甲高い声が響くと、とたんに頭の中が真っ白になるのです!」
「だからって……」
アモネとドゥパラの口論を、リリーンはおろおろと両手を出して聞いている。止めたものかどうしようか決めかねているらしい。
私は小さくため息を漏らした。彼女達の気がかりはやはりここなのだ。
「……シスター・アモネ、落ち着いて下さい。確かに、シスター・アンルニルは私がいなくなった後、この状態を面白く思わないかもしれません」
「そ、そうですよね!?」
「ですが同時に、彼女は見境なく何にでも文句を言う人では無いと私は考えています。いつだって怒鳴るのは子どもの事、仕事の事に関して思うところがあった時のみ……違いますか?」
その質問に、アモネは少し考える素振りをしてから、「……そ、れは、そう……ですが」と口ごもった。
「……ここでとやかく言っても仕方ありません。今私達に出来ることは、あと三日のうちにこの体制をモノにする事です。シスター・アンルニルが戻られた時に、やってきた事を認めて貰えるように。……仕事で受けた不満は、仕事で返しましょう? 本当はどこまでやれるのか、働く姿で見せて差し上げれば、彼女だって納得せざるを得ませんよ」
「……それしか、方法は……無いのでしょうか」
「シスター・アモネ……怒鳴られていた事、恥ずかしかったり苦しかったりという気持ちは、私もよく分かっているつもりです。……ですが、どちらかがここを去れば良い、という単純な話でもありません。勿論苦しくてどうしようもなければ、職場と距離を置く事は重要です。関わっていてもロクな事にはなりません、辞める事も視野にいれるべきです……ですが」
私はアモネの獣毛の生えた手を取って、彼女の黒目を見つめた。
「……一度、試してみましょう。変わったこの孤児院の姿を彼女に見て貰って、それでも以前と同じ様に振る舞うのかどうか。……シスター・アモネが残るか去るかの選択をするのは、それからでも遅くはありません」
「ですが……その時にはサクラさんはもういらっしゃらないのでしょう?」
「ええ……しかし元々、私に出来る事は皆さんのお手伝いくらいしか無いです。それでも精一杯やりますから……きっと、認めて貰えると信じて」
「……」
アモネはまだまだ語りたい事があるのだろう。しかしそれをぐっと飲み込んでくれた。――彼女も決めたのだ「優先順位」を。
「……やりましょう。三日間で、私も変わってみせます」
「! はい! 貴女なら出来ます!」
アモネは私が握っていた手を一度離すと、それを握手に変える。大人には大人の、仕事人には仕事人の、やり方とプライドがある。それを見せてやる――そんな意思を感じた。
「それでは皆さん、今夜はもう休みましょう。明日もよろしくお願いします!」
「はい!」
シスター達のはじけるような笑顔を見て、私も明日を心新たに迎えられる。そう強く思うのであった。




