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保育士の異世界事情は反乱の灯と共に  作者: レン.S
第4章 やるべき事
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12話 女の園④


 夜が明けた。夜中と早朝の見回りがあったので少し眠い。

 私はアンルニルに朝の報告に向かいながら、昨晩のアモネの発言について考えていた。

 正直、「勝手にしてくれ」以外の感想が見つからない……が、彼女に去られてしまえば残りの面々が苦労するのは目に見えている。アンルニルに私から話すと約束した以上、行動に移さなくては。


 私は彼女の部屋の扉をノックする。


「……どうぞ」

「おはようございます、体調はどうですか?」

「一晩寝たら随分すっきりしたわ。……もう仕事に戻ってもいいかも」

「! や、まだ顔色も優れませんし、お医者様もしばらく安静とおっしゃっていたでしょう? ゆっくり休んで下さい!」

「……そう? まぁ、頭痛も残っているしねぇ……」


 アンルニルに今戻られては困る故に、つい必死に復帰を止めてしまって内心冷や汗まみれだ。その後、手早く子ども達についての報告をして昨日の班分けについても説明する。しかし、シスター一人に十四人を任せたと話をすると、アンルニルは眉を顰めた。


「彼女達が……そんな人数を見れるとは思えない。戻すべきよ」

「いえ……四十二人を四人で見るよりは、ずっと楽な筈です。死角も減りますし、子ども同士の衝突も減りますから」

「それは、私や貴女が入っていればの話でしょ? あの三人には到底無理だわ」

「……」


 断言の後の沈黙が棘の様に刺さる。するとおもむろに、アンルニルは自身の長い黒髪に櫛を入れ始めた。もしかすると、身なりを整えて仕事に出る気なのかもしれない。


「シスター……」

「別に、すぐに出ようって言う訳じゃないわよ。どうせすぐに呼び出されるだろうから、着替えくらいしておこうと思って」

「な、何かあれば私が出ますし、大丈夫ですよ。寝ていて下さい」

「呼び出してくるのが一人とは限らないじゃない。ふん、なんならもう一人必要よね、三人がそれぞれに『助けて下さい』って懇願してくるだろうから」

「そんな…………シスター・アンルニルは、あの三人を低く見過ぎです」

「なに?」

「三人とも、真面目に働いています。……ただ、足を引っ張っている様に見えるのは、彼女達が、“今、どう動くべきか”の判断が未熟なだけ……見るべき事やるべき事の見極めが不十分だからです。……そして、それを教えていくのは貴女の仕事なのではないですか……?」

「……」


 ぴく、とアンルニルの眉が痙攣したかのように吊り上がった様な気がする。しかし私の口は止まらなかった。


「彼女達が、貴女の求めるレベルまで働けていないのは分かります。それで悩んで苦労されて、こうやって倒れるまで休み無く働いてしまった事も……しかし、シスター達に対し怒鳴りつけて委縮させていては、逆効果です。『叱られたくない』と彼女達が思えば思うだけ、また判断が遅れます。何か失敗をしたのであれば、彼女達にどうして駄目だったのか考えさせなくてはいけません。……それは、子ども達に対しても、です。でなければ、同じミスを繰り返すだけになります……」

「……貴女って、私の仕事ぶりにケチ付けに来たわけ?」

「……! 違います、そんな事……っ」

「出て行って」

「!」


 昨日、少しだけ距離が近づいたと思ったのに、今向けられている声と視線はこんなにも冷たい。

 紫の瞳が抱える感情は、私への拒絶――それも一昨日に対面した時よりもよっぽど強い。


「この部屋から出て行って。――貴女がここにいるのはあと四日だったわよね……? だったら私はここから四日間仕事には出ない。貴女の言葉通り、ゆっくり休ませて貰うわ。……もう、報告も結構。なるべく顔を合わさずに、やりたい様にやったら良いわ……貴女が去った後に私が戻せばいいだけだもの」

「……シスター……」

「……」


 もはや私を視界に入れるつもりも無いらしい。彼女はまだ覚束ない足取りでタンスの中から着替えを取り出す。「着替えるから出て行け」と、何も言わない背中が語る。私は一礼をして、アンルニルの部屋から退出した。

 なるべく音を立てないように扉を閉め、ふらりと廊下の壁に背中をもたれ掛ける。


 ――――しまった。早まった。


 アンルニルの、シスター三人を見くびる態度にカチンときてしまって、つい口が滑ってしまった。もっとオブラートに包んで伝えるつもりだったのに、何故こんな喧嘩を売る様な事を……そんな後悔の念に駆られる。

 しかしこのまま廊下でぼんやりしていても仕方が無い。とりあえずこの場から立ち去り、仕事をしつつ今後どうするか考えるしかないだろう。


「母上!」


 その時、クロが私の背後から声を掛けて来た。私が部屋を出る時にはまだ熟睡していたので、そのままにしていたのだった。探させてしまっただろうか。


「おはよ、クロ」

「おはよう。……兄上や姉上が来ておるのだが」

「えっ、何かあったのかな……」

「いや、着替えを届けてくれたと」


 昨日の夕方、迎えに来てくれたアルクに何日か泊まり込むと思うと伝えたので、わざわざ持って来てくれたらしい。私はクロと共に孤児院の出入り口まで向かった。



「あっ、ママ―!」

「サクラさん、おはよっす」

「おはようございますぅ」

「わ、皆で来てくれたの!」


 そこには、アルクとロンドが、三つ子とキルンを連れて待っていた。まさか六人で来てくれているとは思わなかった為、少し驚いてしまったがとても嬉しい。

 私はアルクから着替えの入っている袋を受け取った。


「ありがとう。ごめんね、しばらく留守にしちゃう事になって……」

「いえいえ、あまり気にしないで下さいっす。それにしても大変っすね」

「うん……」

「ママ? どうしたの?」


 カントが心配そうに私の顔を見上げる。馴染みのメンバーに安心して、先程の失敗を表に出してしまったのかもしれない。

 私は「大丈夫だよ」と彼らに笑いかけるが、ロンドやアルクは納得してくれていないらしい。


「何かありましたぁ?」

「……俺達で力になれる事ってあります?」

「本当に大丈夫。それに、皆の顔見れたらなんかホッとしたって言うか……頑張れそう」

「ちゃんと言ってくださいよぉ。心配で帰れないじゃないですかぁ」

「……ロンド……うん、そうだね……でも大した事じゃないんだ……なんかこう、大人同士で拗れちゃってて。仲裁しなきゃいけない筈が、上手く言葉に出来なくって……まだまだだなぁって……」


 苦笑いを零しながらそう口にして簡単に状況を説明すると、ロンドとアルクは目を合わせてきょとんとした表情で私に聞き返してきた。


「……それ、サクラさんが仲裁する必要あるんすか? 孤児院の仕事と関係無いっすよ」

「そうなんだけど……」

「サクラさぁん、もしかしてリーダーみたいに言葉でどうにかしたいって思ってますぅ?」

「……!」


 ロンドは、「だったら無理ですよぉ」ところころと笑った。


「……ちょっとは、上手になったと思ったんだけど」

「そうかもしれないですけどぉ、やっぱり経験の差ってあると思うんですぅ。……それに、相手も違うでしょぉ? 一回関係が拗れたものは、契約書では戻せませんしぃ……下手に第三者が出て行っても、益々拗れさせるだけですぅ」


 まさに今の私がそれだ。

 もうすでに下手に手を出してしまった後でもある。


「どうしよう……」

「ま、ママ……だいじょうぶ? つらい?」

「エル……うん、平気。ちょっと悩んでるだけだよ」

「……」


 エルが私の右手をぎゅっと握る。こんな情けない顔を見せたくは無かった。オルレリも釣られて私の左手を握ってくる。彼女達の体温が心地良い。


「大丈夫っすよ。サクラさんが、ここに来た目的を思い出して下さいっす」

「目的……」

「色んな孤児院を見て回りたいって言ってたじゃないっすか。だから別に、ここで何かを解決させる必要性ないんっすよ」

「で、でも……迷惑かけたり、関係悪化させちゃったり……」

「違いますって。それは、元々ここの孤児院の問題っす。――なんでもかんでも、自分の事みたいに考えないで下さい」

「う……」


 確かにそうかもしれない。いつの間にやら、目的がおかしな方向に向かっていた。現場にいるとつい、その場の人達に共感してしまう。職業柄仕方の無い事ではあるかもしれないが……。

 アルクの言葉に私が口に手を当てて考えていると、ロンドが背中を軽く叩いてくれる。


「すぐにその場に順応して動けるのはぁ、サクラさんのいいところですぅ……でもぉ、今回はもっとシンプルに考えてもいいんじゃないでしょうかぁ?」

「……そっか、うん……そうだね」


 私はその場でしばらくの間、状況を整理して考える。

 人手の足りない孤児院、メインで動いているアンルニルの体調不良、アモネの言葉、アンルニルとの口論――――アルクは確かに、この孤児院の問題は私の目的とは関係ないと言ったけれども……やはり、それはそれで納得が出来ない。しかし、大人同士の揉め事なんてものは、それこそ子ども達に関係無い筈のものだ。そんなもので孤児院の子達を右往左往させたくない。


「……分かった。それで、ごめん悪いんだけど……私はあと四日間、ここに泊まり込む」

「えっ」


 三つ子が「ガーン」と言う文字でも浮かんできそうな顔で私を見ていて胸が痛む。


「全力で仕事をする。それで、私に今出来る限りの事をやってみた上で、見ている誰かの気持ちが動かせたらいいな……ってちょっと期待するくらいにしておく。全く何も残せないのは、やっぱり悔しいしね」


 ロンドとアルクは私の言葉ににこりと微笑んだ。彼らが来てくれて良かった。話した事で、優先順位がハッキリした。


「応援してますぅ」

「明日も応援がてら、この時間に来てもいいっすか? こいつらも寂しがると思うんで」

「うん、ありがとう……エル、オルレリ、カント、キルン……寂しい思いばっかりさせて、ごめんね」


 私は子ども達一人ひとりを抱きしめる。四日間と言うのは短いようで、長い。会えなくて寂しいのは、この子達だけじゃなくて私もだ。

 三つ子はそれぞれに、今すぐにでもぐずり出しそうな顔をしていたが堪えてくれた。


「ここでのお仕事が終わったら、いっぱい遊ぼうね」

「うん……」

「……それじゃ、そろそろ戻らないと。皆、本当にありがとう。頑張るよ」

「うっす、それじゃ」



 名残惜しいが私は彼らを見送って、待ってくれていたクロと共に建物の中へと戻った。私が四日間泊まり込みと言う事は、クロも自動的にここにいなければならないのだが、本人は平気なのだろうか。


「構わん。……それに、もしかすると……そろそろ次の形態に移行するかもしれぬ」

「えっ、また石になるって事!? じゃぁここにいるとまずい!?」

「前回は赤ん坊だったので突然に感じたかもしれぬが、今回はちゃんと先に母上にお知らせするので大丈夫と思うぞ!」

「本当……?」


 少し心配な事項が増えた様な気がするが、クロの言葉を信用しよう。


 とにかく私はこの四日間で、“ひたすら仕事をする” と決めたのだ。余計な事になるべく囚われず今はただ純粋に、この孤児院を少しでも良い場所にして子ども達に楽しく過ごして貰う……それを念頭に置こう。その為には、働くシスター達が実力を発揮できる環境づくりが必要になる。

 さぁ……考えろ、私。



 そしてあわよくば、シスター・アンルニルが「元に戻すよりこっちの方が過ごしやすいわ」と、シスター・アモネが「ここでもっと働きたい」と、思ってくれたら嬉しい。しかし……これはあくまでも “ついで” だ。そう、ついで。



 

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