10話 女の園②
ツフト共和国に来て四日目。そして孤児院勤務二日目の朝……私は、クロと共に出勤した。
朝から、エル、オルレリ、カント、キルン、そしてロンドを屋敷に召喚する仕事を終えてきたばかり。アルクも四人の世話に入ってくれている。
「母上、姉上達も来たがっていたな?」
「そうだね……でも、まだ二日目なのに五人も連れて行くのはちょっとねぇ」
そんな会話をしながら孤児院の扉を開ける。するとまだ朝だと言うのに、「いい加減にしなさい!」と言うアンルニルの甲高い声が響いていた。
クロが察したかの様に肩を竦めたので、私は彼の頭を軽く撫でる。とりあえず今日は彼女に従って精一杯やろう。そしてなるべく彼女と距離を近づけ、改善点をそれとなく伝えていく。もしも聞く耳を持たない様であれば、パナエスの名前を出す事も視野に入れるしかない――。
私が勤務に入った頃には、子ども達はまた食堂に集まって朝食をとっているところだった。ひやりとした空気を感じる。恐らく廊下でアンルニルが悪戯好きそうな子どもを三人ばかし叱りつけている声が、彼らを委縮させているのだろう。
クロは朝食を済ませて来ているので、部屋の隅で座って本を読み始めた。私は三人のシスターの目があまり届いていなさそうな所に腰を下ろして、彼らの食事を見守った。
そこから、とりあえずはアンルニルの指示に素直に従い、または彼女がして欲しそうな事を先回りして行ってみた。すると昼過ぎ頃に彼女からは「貴女って意外と使えるじゃない」と、棘だらけの誉め言葉を頂戴する事になった。
「シスター・アンルニル。この洗濯物はどこへ運べば良いですか?」
私は取り込んだ洗濯物を籠に入れて運んでいた。子ども達の人数が多いため、洗濯物の量も大量だ。
「ああ、それはあとから他のシスターがサイズ別に分けてくれるから……テーブルにでも置いておいて……。はぁ……」
彼女の深い溜息から察するに、昨日から体調は良くなっていない様だ。むしろ悪化しているのかもしれない。
「まだ体調は優れませんか?」
「……大丈夫、なんでもないから。ところで貴女は随分この仕事に慣れている様だけど……他の孤児院で働いていた事が?」
アンルニルは事務用の椅子に座って書類に目を通しながら、私にそう質問を投げかけてきた。多少は私に興味を持ってくれたらしい。
レジスタンス組織の拠点で……とは少し言い辛いので「小さい孤児院でしたけど……その前は、託児の仕事を」と、はぐらかしながら伝える事にした。
「託児? シッターの仕事をしていたの?」
「いえ、子ども達を数十人まとめて預かって、大人数人でお世話をしていました」
「学校とは違うのね?」
「そうですね、もっと小さい子どもばかりで……日中仕事をしている人の代わりに養育する仕事でした」
「へぇ、そういう仕事もあるのね」
アンルニルは保育園の仕事に興味を持ったのか、ようやく私と目を合わせてくれた。黒髪に紫の瞳がよく映えている。そして彼女は事務机の上に積まれている書類と私とを交互に見て、多少忌々しそうにしながらも提案した。
「……少し、書類を始末しなければならないの。貴女の退勤時間まで、貴女主導で子ども達を見ていてくれない? 流れはこの紙に書いてあるから……他のシスターよりは貴女の方がマシだろうしね……」
「! 分かりました、やらせて頂きます」
予想以上にアンルニルは私の事を買ってくれているらしい。勿論、比較対象が頼りなさすぎると言うのもあるのだが。
「じゃ、さっさと行って」
「はい」
私は嬉々として子ども達の所へ戻る。他のシスター達に「アンルニルから頼まれた」と説明すると、少し眉を顰めながらも「分かりました」と答えてくれた。
とは言え、私の退勤時間までは二時間ほどしかないし、夕食まで彼らが遊んでいるのを見ている事ぐらいしか仕事が無い。しかしここをそつなくこなせば、明日はまた仕事を割り振って貰えるかもしれないし、最後の二日間あたりには私も改善案などを提案しやすくなるかも……そう考えながら、私はまだ危なっかしい、ニンゲンで言うと三歳程度の子ども達を中心に関わった。丁度エル達三つ子と同じくらいなので私も慣れていて遊びやすい。
「お姉さんはどこからきたの?」
庭で泥団子を作っていると、背中に黄色の羽を生やした鳥人の女児が私の背中へと抱き着きながら訊ねて来た。“お姉さん”と呼ばれるのはなかなかくすぐったい気持ちもあるが、他に何と呼ばせるべきか思いつかないため、とりあえずはそのままだ。
「カ……、あ……ケリクツトから……」
「そうなんだぁ」
下手に“カッサ王国”などと言えばどのような扱いを受けるか分からない。この国はカッサに対抗する“多種族連合”の中心地なのだから。
その後も私は子ども達が怪我の無い様に見守りつつ、適度に彼らと遊んで過ごした。ただ、年齢が入り混じるこの孤児院だと、子ども達の運動量が違い過ぎる故にいつ衝突するかと冷や冷やしてしまう。せめて庭で遊ぶ時間くらいは発達別に分けるくらいの工夫はして欲しいものだ……そう考えながらもそろそろ退勤時間である。私はずっと本ばかり読んでいたクロを呼び、シスター達に挨拶回りをして帰る事にした。
最後にアンルニルにも退勤を告げようと事務室へと向かったが、ノックへの返答は無い。どこかへ出ているのかと思いながらもそっと扉を開けると、そこで目にしたのは、床に倒れ伏した彼女の姿だった。
「シスター・アンルニル!?」
「……う」
床にうつ伏せになっている彼女のその顔は真っ青で、呼吸は細く荒い。「失礼します」と口にしながら首を触ってみると、特に熱は無い様だったが今に上がってくるかもしれない。
「今、人を……いえ、医者を呼んで貰って来ます」
「……」
無言だが、異論は無いと受け取る。
私は急いで、手が空いてそうなシスターに頼んで医者を呼んでくれと頼んだ。彼女のあからさまに嫌がっている表情が生々しいが、とりあえず呼びに行ってはくれたので良しとしよう。
「クロ、ごめんね。今日は帰るのが遅くなるかも」
「我は構わぬが……兄上が心配して迎えに来るかもしれんな」
「そうだね……そうなったらアルクには申し訳無いけど……」
クロと話しているうちに医者が到着する。シスター達は子ども達の夕飯の準備に戻り、私がアンルニルに付き添う事にした。
医者の診断によると、案の定と言うべきか予想通りと言うべきか「過労だね、あと睡眠不足かな」との事だった。とにかく今は栄養を摂り体を休ませる他無く、ここにいても休まらないだろうから出来れば診療所に泊まりに来いと言われていた。
「……無理」
それに対しアンルニルは当然の様に反発。自分がいなければこの孤児院が回らないとの主張だった。
「シスター……休んでいた方がいいですよ」
「あの三人だけにしておいたら、どうなるか分かったもんじゃないわよ! ……あっ」
彼女は勢いよく上半身を起こしたが、強い頭痛が襲ってきたのか頭を抱え込む。大声ばかり出しているからか喉も枯れているし、今出て行かせても子ども達の眼前でまた倒れるだけだろう。
その様子に私はどうしたものかと頭を捻るが、結論……答えは一つだ。
「――シスターの体調が良くなるまで、私がここに泊まり込みます」
「……!」
私がそう言うと、部屋の端っこでこちらの様子を見ていたクロが「やれやれ」と言わんばかりに苦笑いをしているのが目に入る。彼を付き合わせてしまうのは心苦しいが、今回ばかりは許して欲しい。
アンルニルは紫の瞳を揺らしながら、それを了承すべきかどうか悩んでいる様子だった。
私は彼女のベッドの横に膝をついて座り、その紫の瞳を見上げた。
「……私がここにいるのは、今日を含めて六日です。最終日までにシスターには元気になって頂かないと皆が困ります。今は……甘えて下さい」
「そんな事言われても……」
「なら、シスターは診療所には泊まらずにここにいて下さい。何かあれば適宜報告しに来ますし、朝と晩には細かく状況をお伝えします。もしも少しでも体調が良くなれば、離れたところから子ども達の様子を見に来て下さい。もし気に入らない点があれば、私の報告の際に教えて下さればいいですから」
「…………」
この部屋を出た廊下の先から子ども達の騒ぐ声が聞こえる。そろそろ夕飯時のはずだが、三人のシスター達は上手く進められているだろうか。
アンルニルは、悔しそうに下唇を噛みしめていたが、もはや仕方が無いと踏んだのだろう、
「…………そうね」
と、ぽつりと呟いて私を見た。
「貴女に頼んだ方が、まだ被害は少なくて済むでしょうし」
「……」
どうしても言葉に棘を含まないと気が済まないのだろう彼女は、ベッドに横になると布団を肩まで掛けて壁の方を向いた。
私はそんな彼女の背中に「今しかない」と思い、一つの頼み事をする。
「シスター……これだけは」
「……何よ」
「シスターが休まれている間、“私のやり方”で孤児院を回してもよろしいですか?」
「はい?」
いけない、興奮させては折角の説得が水の泡だ。
「……勿論、それが気に食わなかったり、おかしいとお思いでしたら後々修正して頂いて結構です。ただ、“試験的”に“多少”シスターの配置や、子ども達の班分けをしてみたいだけです。そう大きな事ではありませんから」
「……それなら、まぁ」
「よかった。――では、ゆっくり休んで下さいね」
私は立ち上がり、クロを連れて彼女の部屋を後にした。
自分で言い出した事だが、ここに泊まり込みと言うのはかなり骨が折れそうだ。『不滅の灯』の拠点村の孤児院よりよっぽど手がかかるだろう。
「母上」
「ん?」
クロが私の左手を引っ張りながら、にやりと笑っている。何か面白い事でもあっただろうか。
「随分と楽しそうにしておられる。それに意外や意外、なかなか口が上手くて驚いた」
「……いや、楽しいなんて不謹慎な……それに……むぅ、口は……大して上手く無かった筈なんだけど」
人を言いくるめる専門家の様な人物が近くにいれば、自ずと上達するものかもしれないと思った。嫌な特技を身につけてしまったかもしれない。
「さてと、ちょっと頑張りますか」
アンルニルには悪いが降ってわいたチャンスだ。誠心誠意、やれるところまでやってみよう。人と接する仕事に、裏技や近道なんてものは無い。ぶつかって、だめなら戻って考えてまたぶつかる。それだけだ。




