9話 女の園
保育士のほとんどは女性である――これは、紛れもない事実だ。
なんでも全体の6%ほどしか男性保育士はいないのだとか……仕事内容を考えれば仕方の無い事ではあるかもしれない。また給料も低く、夢を叶えたはいいが家族を養えないからと転職する男性も少なくない。
こちらの世界には、“保育士”と言う職業は無い。と言うか、保育園などの託児施設は存在していないらしい。もしも親に急用が入った場合、基本的には家族や近所の誰かが面倒を見たり、仕事場に連れて行く。中には子どもを布でぐるぐる巻きにして、“死なないように”固定してから自分の作業をしている親もいる。中世ヨーロッパでもこの様な子育て法があったらしいが、この国ではそれと同レベルの保育もされているのか。
貴族や金持ちはシッターを雇い、成長すれば学校へと通わせる事が一般的だが、庶民には到底難しい話だ。
そうだ、男女比の話に戻そう。こちらの世界には託児施設は存在しないが、孤児院はある。大体は教会のシスターが兼務して子ども達の面倒を見ているらしいが……そこは、男性6%、女性94%……なんてもんじゃない。男性0%、女性100%。紛れもなく、女の職場――だ。
パナエスに孤児院巡りを頼んだ次の日の朝。私は住まわせて貰っている屋敷から少し離れた教会に併設されている孤児院へと早速出向いた。ネフカロン地区の元住人三人と一緒に働けると思っていたのだが、全員バラバラに出勤する事となった為、アルクとクロが危険の無い様にとわざわざ送ってくれた。
栄養を渡しているクロと離れるのは心配だったが、今日は見学だけなので短時間だし大丈夫だろう。
「……貴方が手伝いに入るって言う?」
私を出迎えたのは、黒髪を一つにまとめた、ニンゲンの女性だった。年は私より一回り程上だと思う。
「サクラコです。サクラって呼んで下さい」
私は握手をしようと手を差し出したが、彼女は面白くなさそうにそっぽを向いた。似たような事をイオーラがやっていたが、彼女の照れによる行動とは全く違う。私を受け入れたくないという頑なな思念が伝わってくる。
「ろくに働けない奴は追い出すから」
「……」
「返事は?」
「は……はい」
彼女の名前はアンルニルと言うらしい……彼女が名乗ったので無く、他の人が彼女をそう呼ぶのを横から耳にした。どうやらアンルニルがここの孤児院の管理を任されているらしい。そこまでベテランと言う訳でも無さそうなのに……と私は疑問に思ったが、すぐに答えは出た。
「いつまで掃除をやってんのよ! とっとと片づけなさいな!」
「ご、ごめんなさい……」
「毎日毎日、床拭き一つにどれだけ時間を掛けたら気が済むわけ!?」
「は、はい……」
アンルニルが若いシスターを捕まえて怒鳴りつけている現場に出くわしてしまった。私は今日は見学日なのだが、すでに居心地が悪い。
その場から離れる事も出来ず様子を窺っていると、食堂の方から何かが盛大に割れる音がした。
「! 今の音は何!? シスター・リリーン、何があったの!?」
慌ててアンルニルが食堂へと駆けて行ったので、私もそれに付いて行く事にした。
食堂の中には四十人程の子どもが鮨詰め状態でテーブルについており、一斉に食事をとっている。中には赤ん坊くらいの子どももいれば、十歳程の子どもまで。種族は様々だが、心なしかニンゲンらしき子が多い様に感じた。
「ごめんなさい、シスター・アンルニル……私達は見ていなくて……」
「見ていなかったじゃ済まないでしょう! ああもう破片が散らばってしまっているじゃないの……ほらそこどきなさい! 貴女も、見ていないで手伝う!」
「……はい」
私と、床拭きをしていたシスターは食堂の中に足を踏み入れた。どうやら食事に使用していた皿を盛大に割ってしまった子がいたらしい。赤ん坊の食事の補助に付いていたシスター達は、年長児の様子にまで気を配れていなかった様子で、何が起きたのかも把握していない。
子ども達は各々に、「あの子が割った」「違うあの子が」「そもそも喧嘩をしていたから」と発言をしていて、大して広くもない食堂中に声が響き渡っている。
食堂内に二人いるらしい若いシスター達が「静かに」と口にしてはいるが、まるで聞く耳は持たない……と言うか、その声がか細過ぎて聞こえていないのだと思う。
青筋をぴくぴくと脈打たせたアンルニルは、喉が引き攣れんばかりに大声を出してそれを諫めた。
「やかましい! 静かに出来ないなら食事は取り上げます!!」
すると食堂内に響くのは、彼女が見せしめに取り上げたパンの皿を、返してと訴える少年の泣き声だけになり、皆黙々と食事に戻った。私とシスター・リリーンと呼ばれた若い女性とで手早く割れた皿を片づける。
なるほどこれは……やりがいのありそうな職場だ。
この孤児院には、赤ん坊からニンゲンで言う十歳前後の子ども達が四十人程暮らしている。その面倒を見ているのはアンルニル含め四人のシスターで、アンルニル以外は皆とても若い。
アンルニルが彼女達へ向ける指摘が特に見当違いであるとは私には思えない。食事が始まっているのに床掃除をしていたり、補助に付いているのに様子を見ていなかったと答える彼女達に、苛立つ気持ちは分からなくもないからだ。しかし、大人に対しても子どもに対しても、とにかく言葉がキツイ。そして人前でも容赦なく怒鳴りつける。これはパワハラだ。
……つまり、アンルニルの強く当たるこの態度によって孤児院からは働き手が去っていくのだ。残ったのは「辞めたい」と言い出せない若いシスターのみで、まともに指導を受けていない彼女達の仕事の不十分さでアンルニルはまた苛々する事になっている。そもそもは自分が原因で生み出された環境とは言え、悪循環に苦しんでいるだろう。
「……シスター・アンルニル。お疲れ様でした」
「え? ……あぁ、貴女は通いだったわね。明日は来るの? 来ないの?」
「伺いますよ。一週間お世話になる事になっていますから」
見学終了の時間になったので、廊下で掃除をしていたアンルニルに帰宅する旨を伝えた。彼女達は勿論ここに住み込みだ。夜は四人で交代しながら子ども達の監督をするのだろう。
「明日からなのですが……実は、お願いがあって」
「何?」
アンルニルの迷惑そうな声音が耳に痛い。
「実は、私が育てている子どもがいるのですが……毎日置いてくる訳にはいかないので、明日からは連れてきてもよろしいでしょうか?」
「それは、構わないけど……」
「ありがとうございます。……それと、あれ……シスター? 顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「……なんでもないわ。で、他には?」
よく彼女の顔を見てみると、顔が少し青ざめている様に感じた。しかし本人はどうでもよいと、私の視線を払いのけるかのように手を振った。
「無理はされないでくださいね……? ええと、それで他には……いえ、何でもありません」
「……? まぁ、なんでもいいけど」
本当は、今日気になった事を修正する様にと伝えたいくらいだが……それはまだ止めておこう。孤児院に寄付を行っているパナエスの名前を出せば、恐らく私の意見をないがしろにする事はないだろうが、それでは駄目なのだ。まずは、彼女達に信用される事。仕事を円滑に行う為にはそれが必須だ。
「それでは、シスター・アンルニル。また明日」
「えぇ……お疲れ様」
その夜、通信機の方にドンからの定時連絡があった。
昨晩は、私がしばらくツフト共和国に滞在したいと伝えると、「……なるほど、そう来たか」と、変な納得の仕方をしていた様だったが、快く了承してくれた。
今夜はそれに伴って、ソマラン王国に残してきた子ども達をどうするかと言う話になった。
『どうもこの城、チビ向けの場所じゃねぇんだよな。階段は多いし、なんかそこらじゅうに作りかけの機械が放置してあってさ』
「じゃぁこっちに呼ぼうか? どうせこの屋敷に住む予定だったんだし……でも、私が日中いないから……ロンドかイオーラも呼んでいい?」
『悪いな……ただイオーラがまだこっちに滞在したいらしくてな、ロンドに屋敷へ行って貰うか』
イオーラがソマラン王国に滞在したいとは意外だった。なんなら彼女は、私とツフト共和国に同行すると駄々をこねてドンに止められていたくらいなのに。
詳しく聞きたいのは山々だったが、この通信機は電池で動いているので、電気切れになってしまえばソマラン王国でないと交換が出来ない。節約の為、なるべく最低限の連絡に留めておかなくてはならないのだ。
「なら、明日の朝に五人をこっちに呼ぶね」
『ああ。――なぁ、サクラ。お前……なんかあったか?』
「……ん」
問いかけるドンの言葉に、私は言葉を詰まらせた。
何か……か。“魔王の素体”と名乗る彼との話は、結局ドンには話すタイミングが無かった。それに伝えるのは、元の世界に帰る、帰らないの答えが出てからでも遅くないだろう。“やるべき事探し”の事については、話し始めると……まだ自分の中に留めておきたい気持ちまで言わなくてはならなくなる。
「……あった、けど……合流してから、話す」
『そうか。……それと、分かってるとは思うが、チビ達をそっちで預かって貰うなら、お前は暫くずっとツフト共和国に滞在だ。ソマラン王国に戻ってくる事は難しいだろうからな』
「あっ! う、うん……だから……次に会うのは、一ヶ月後だね」
そう。私がこっちに子ども達を召喚するならば、早めに孤児院巡りが終わったとしてもソマラン王国に戻る事が困難になる。つまり、一ヶ月間ソマラン王国に滞在する必要があるドンとは、しばらく会えない――。
そこまで考えていたか、と聞かれると……実は何も考えていなかった。今言われて初めて気が付いたのだ。
『ま、一ヶ月くらいあっという間だけどな。お互い忙しいし』
「そうだね……」
『じゃぁ、そろそろ切るぞ。通信機が一ヶ月持たねぇと困るからな』
「うん……じゃ、おやすみ」
『……おやすみ』
機械音だけが残る様になったので、私は一度回線を切る。
ノイズ越しに聞こえる声は普段よりも優しく聞こえる様な気がして、実はこの定時連絡の時間は嫌いじゃない。しかしまだあと一ヶ月続くぞと聞かされると少し、いやかなり複雑だ。
傍にいる為の選択で、結果離れなくてはいけないと言うのは……本末転倒だろうか? いや、そんな事は無いはずだ。そう信じたい。
「って……そう思わなきゃ、やってらんないな……」




