8話 ツフト共和国②
ツフト共和国は国土こそ広くは無いが、人口は他の多種族連合に所属する国家に比べて遥かに多く、ここ首都ニラグルも当然の様に賑わいを見せている。煌びやかな街の中に、白で統一されている一角があるのだが、そこは政治などを担う首都の中心地らしく、なんでも大統領もそこに住んでいるのだとか。ビグーラ大陸の国々はほぼ王政であるが、ツフト共和国に影響されて王政を廃止する国々も増えているらしい。
「こっちっすかね」
「あっちじゃない?」
「……お二人とも、まだ直進です」
「母上、兄上……」
入国一日目は召喚と掃除に費やしてしまったので、その次の日に私は人が激しく行き交う町の中を、アルク、デニス、クロと共に歩いていた。ツフト共和国の首都ニラグルに住む政治家に会う為である。――まぁ、ドンの代打なわけだが。
「デニスさんは、マザーからの言付けで?」
「ええ。以前、ネフカロン地区に住んでいた人で……折角なので一緒に、と」
「じゃぁ、ネフカロン地区から出た後にツフトの政治家に? 凄い」
「……どうなんでしょう。元々そういう引き抜きがあって、出て行ってしまったのかもしれませんし……」
人の波の中を、私はなんとかクロを庇いながら進んで行く。すれ違い際にエルフの女性とぶつかってしまい、互いに会釈をする。それにしてもさすがは多種族連合の本部があるだけあって、多様な種族がひしめき合っている。
ドワーフが営む露店に、小人のカップル、あちらで食事をしている獣人達はそれぞれ猫、犬、馬の身体的特徴を持っていて、頭上を鳥人が羽ばたいて通り過ぎようとし、それはルール違反だと上半身はニンゲンだが下半身がヘビの警察官に止められている。何とも不思議な光景だ。
「サクラさんとクロは、真ん中歩いて下さいっす」
「え? 私は大丈夫だよ?」
「いえ……なんか、見た感じニンゲンが少ない気がします。絡まれるといけないんで」
「でも……」
「俺は、リーダーからサクラさんとクロを守れって言われて来てんすから! はいっ交代!」
「あ、ありがと」
私はクロと共に、アルクとデニスに挟まれる形になって進むことになった。大げさなと思わなくも無いが、優しい気づかいを頂いておこう。
それにしてもドンからその様な事を言われていたとは知らなかった。
「リーダーから定時連絡あったんすよね? なんか言ってました?」
「状況報告しただけだからなぁ……あっちも忙しいみたいだし」
「そっすか。……あ」
アルクが視線を伸ばした先にいたのは、ほとんど裸同然の恰好で座り込むニンゲンの子どもだった。皮が骨に張り付いたかのように痩せ細り、虚ろな目をしている。駆け寄りたい気持ちを抑えながらも進む。先ほどから……いや、昨日国境を越えてこの国に来てから、浮浪児のあまりの多さに驚きが隠せない。
「裕福そうな町なのにね……」
私がそう呟くと、デニスが「ツフトの貧富の差は年々広がっていくばかりと聞いたことがあります」と添えて来た。それと、他の国からの難民が後を絶たない事も一つの原因かもしれない、とも。
「……」
「行きましょう」
「そう、ですね……」
デニスがいてくれて良かったと思う。私やアルクでは、ここからなかなか離れられなかったかもしれないし、もしかしたら下手に手を出して面倒事になっていたかもしれない。
私達は後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ地図と睨めっこをしながら、白壁の一角へと足を踏み入れた。
「ようこそお出でなすった! デニス、立派になったなぁ」
「ご無沙汰しております、長老」
「長老はやめぇよ。にしても、マザーがツフト共和国に……こっちから挨拶に行かんとあかんわなぁ」
白壁の大きな屋敷に通されると、白い羽で覆われた老人が現れた。ネフカロン地区に数年前まで住んでいて、「鷹の長老」と呼ばれていたらしい。マザー・ネフカロンから、鷹の長老が多種族連合へと移ったと言う話はドンも聞いていたが、偶然にもゴードル王子が用意した例のリストに彼の名前を発見したのだと言う。ソマラン王国での滞在時間が延びなければ、自分で訪れたのだろう。
「パナエスだ、よろしく。……それで、あんたらはドンのお使いだって? 義賊の真似事をやってた悪ガキが偉そうによぉ」
「えぇ。今日はご挨拶に」
「それだけかぁ?」
「……いえ」
私はソマラン王国から持参したお土産を手渡しつつ、パナエスの目を見据えた。彼は確かに年老いてはいるが、纏っているオーラは覇気があって実に若々しくエネルギーを感じる。これに飲み込まれてはいけない――私は心を落ち着かせる為に一呼吸置いた。
「――今、住宅街の方でマザー・ネフカロンをはじめ、ネフカロン地区の住人が移り住んできます。当面の生活費、後は働き先の斡旋をお願いしに参りました」
私が頭を下げると、隣にいるアルクとクロも釣られてぺこりと礼をした。
パナエスが短くため息を吐く音がして、私はそっと顔を上げる。
「あんたらはともかくとして、今何人かいるネフカロン地区の元住人ってのは不法入国なんだろぉ? マザーはそこから動かないから良いとしてなぁ、他の奴らは……」
「はは……じゃぁ、私も不法入国って事ですね」
デニスがティーカップに口を付けながら力無く笑うと、パナエスは自分の尖った鼻を指先で掻き始める。
「何人だ?」
「! ろ、六人です……あ、でもそのうち二人は屋敷内の雑事をお願いするつもりで……」
「じゃぁ四人か……いいだろう、昔のよしみだ。ただ、それ以上は面倒を見るつもりは無いでなぁ……こんな事に加担してるとバレりゃぁ、記者に何て書かれるかわかったもんじゃない。……生活費の方も少しは用意する。マザーには迷惑かけたかいのぉ」
「ありがとうございます……!」
本当なら今日また何人か、移動しているネフカロン地区の住人からこちらに呼び出そうと思っていたのだが……これ以上パナエスに負担を掛けるわけにもいかないだろう。
「他にも、何か言っていたか?」
「……春には、戦いを仕掛けると……それまで、なんとか国境は耐えて欲しいと……」
「簡単に言いよるわ。……まぁ、多種族連合のどの国も、今は堪え時……そう理解はしている。これ以上カッサに土地も人もやれん」
「はい……」
パナエスが鋭い眼光で壁に貼り付けられている地図を見ている。大陸の半分程はカッサ王国の国土になっている。先の大戦前より五倍ほどに増やした領地には本来様々な種族が住んでいたそうだが……今は国を追われたか、奴隷になりその子孫もまた奴隷に身をやつしている。ニンゲン以外の種族にとっては、これからまた戦争が始まって自分の国がカッサ王国に吸収されれば、彼らと同じ運命を辿るかもしれないと言う恐怖が付きまとっているのだろう。
それを終わらせるべく、動いている人が大勢いる。私も彼らのサポートをせねば。
その時、私達が通されていた広い書斎の扉がノックされた。
「入れ」
「失礼致します。パナエス先生……また、教会からの嘆願書が」
「……シスターも? 今は来客中だが……」
「はい……お帰り頂きますか?」
入って来たのは、パナエスと同じく鳥人で眼鏡を掛けた美しい女性だった。恐らく秘書の方だろうと思う。
パナエスが困ったように口に手を当てていると、デニスは椅子から立ち上がってにこりと笑う。
「ちょうろ――いえ、パナエス先生。私達はまた出直しますから」
「そうか、すまない……あ、いや待てよ。確か……孤児院の方に人手を回して欲しいと、シスターから頼まれていたなぁ?」
「はい。ただ、給金もほとんど無い様なものですから……働き手はなかなか……」
秘書の言葉に、パナエスは私達の方に目線を戻す。
「先ほどのネフカロン地区の元住人を、孤児院で働かせると言うのはどうだろうか」
「……それは構いませんが……お給料を頂かないと、彼らは暮らしていけません」
「心配しなくて良い。俺はデニスを貰うでのぉ……こいつに俺の付き人をやらせれば、四、五人食わせるには十分な給金を支払ってやるわ」
その言葉に、デニスは恐れおののきながらも多少前のめりで椅子に座り直した。
私としては、出来れば全員にちゃんとお金が支払われる様な仕事を割り振って欲しかったのだが、彼はネフカロン地区の元住人の身元の保証もしてくれるらしいので、ここで手を打つ事にした。
「わかりました。ただ……一つ条件が」
「何か?」
「私も、しばらくそこで働かせて下さい。出来れば、他の孤児院も……なるべく多くを見て回りたいです」
「……それは全く構わないが……変わった条件だのぉ」
「ありがとうございます」
私がパナエスと約束を交わしている横で、アルクとクロが不思議そうな表情をしている。この二人には悪いが、ツフト共和国での滞在期間は少し延びそうだ。
なるべく気にしていない素振りを見せてはいたが、多すぎる浮浪児達の事が気にかかる。この国の事情を少しでも良いから把握したい。――もしかしたらそれは、“やるべき事探し”の為と言う打算からなのかもしれないが……それでも良いだろう……見て見ぬ振りをするよりは、よっぽど。




