6話 タヅ姫
残りの兵士二人も召喚し、車は新たに三人を加えて走り始めた。私達は交代でクロを膝に乗せ、なるべく詰めて座席に座り直した。ドワーフ達は背丈は低いものの、総じて筋肉質なため人数の割に場所を取る。
助手席に乗り込んだタヅ姫は心から楽しそうにデズン達と語り合っており、夏の快晴を思わせる溌溂さを感じながらの帰路だった。
「ご苦労じゃったな」
夜道だったため休憩をマメに取りながら城に戻ると、空はもう白み始めたところだった。ソマラン国王が夕方とは違い、小綺麗な服に着替えて私達を出迎えてくれる。
「よぉ、とうとうアタシに王座を譲る気になったって?」
「タヅ……戻って一言目がそれか。そもそもお前が不用心にも攫われたりしなければ……」
「へぇへぇ」
帰りの車でもリラックスして眠る事が出来なかった私達は、流石に疲労困憊だった。移動、移動、戦闘、移動……とにかく今欲しいものは寝具以外に何も無い。それにしても夕方の謁見とは違い、二階の応接間に通された事は救いだった。これから十階までまた上がってくれと言われたら、多分へたり込んでいたと思う。
アルクとイオーラはソファに背中を預けているうちに眠ってしまっていて、クロは相変わらず起きない。ロンドや他の子ども達は別室で休んでいる。私も彼らに続いて夢の世界に行きたいと思いながら、意地でなんとか踏み止まっていた。
「なぁ、こちとらまともに休んでいないんだ……さっさと進めてくれ」
「おお、そうであったな」
「もう契約は結んでるんだろぉ? アタシの無事が確認出来次第、ソマラン国軍は魔王軍に協力。なら何も話す事ないじゃないか? アンタ達は疲れてるんだろうからさっさと寝たらいいよ。ホラ、案内してやんな」
タヅ姫は控えていた男達にそう命じるが、ドンが片手を低く上げてそれを制した。
「待ってくれ。今後の話も多少はしてしまいたい……」
「ふぅん? まぁアンタ達がいいならいいけどね。アタシは牢屋でゆっくり眠ってきたからさ。それで、今後の話って?」
ドンと私の対面のソファに、ばすんと音を立ててタヅ姫は腰かけた。国王はやれやれと頭を抱えながら彼女の横へと歩いてくる。
「……国王が姫にその座を譲るかどうかについては、今更と言われるかもしれないが、こちらとしては正直どちらでもいい。どちらが国王であっても、先程の契約は変わらないからな。ソマラン国軍には、魔王軍に加わって貰う。期間限定でな」
「カッサとの戦争が終わり次第、こちらに指揮権は戻される。そういう取り決めで間違いないんだな? しかしこちらも国防の為の兵は残して貰う必要がある……いいね?」
「ああ。それに、まだ各国境は睨み合いの段階だ。今すぐに戦いが始まるわけじゃない……今後暫くは俺達から要請があり次第、少数精鋭で駆けつけて貰うという形になる」
そう。カッサ王国と中立国ケリクツトもそうだったように、国境付近で多少揉めてはいるものの未だ戦争は起きていない。こちらの準備、そしてエミーリ王女が率いる反乱軍の準備が整うまでは他の国々にはなんとしてでも国境を維持して貰う必要があるのだ。
タヅ姫はうんうんと大きく頷きながらドンの話を聞いていたが、おもむろに足を組み替えて一つの質問を寄越した。
「魔王軍の参謀殿は、その“時期”をいつだと思ってるんだい?」
「……そうだな……来年の、春。かな」
「春? ほぼ一年先って事かい? そこまでカッサが大人しくしているかねぇ」
私もタヅ姫と同じ感想だった。国境を無断で越えて他国の砦に侵入する程の大胆な動きを見せているのだ。カッサ王国にはすぐにでも戦争をする準備があるように見える。
「俺達は領地を持っているわけじゃないし、冬や真夏の決戦は不利でしか無い……次の雪解けまではカッサと対峙する全ての国が協力して、国境の平和を持ち堪えていて欲しい」
「なるほどねぇ……」
タヅ姫は手元にあったナッツか何かを口に放り込み、ガリガリと噛み砕いて食べ始めた。それにしても彼女からは、先程まで自分は敵国に囚われており、その自分は国を揺るがす立場だと言う緊迫感がほとんど伝わってこない。
「――これは、特にソマラン王国に言っているんだが? 頼むから今回の様な事は二度と無いようにして頂きたい。カッサ側は恐らく、アンタの身柄を引き換えにソマラン王国が多種族連合を抜ける事を要求するつもりだった筈だ。共同戦線を張っている多種族連合を抜けてしまえば、ソマラン王国が侵略されても他の国からはどうする事も出来ない。そしてここを占拠されてしまえば、多種族連合の本部であるツフト共和国はお隣だ。一気に攻め込まれ、多種族連合は崩壊する可能性が出てくるぞ」
「むぅ……」
「……その通りだ。タヅ、身勝手な行動は慎む様に」
「余所者にそこまで言われると面白くないがなぁ。ま、今回ばかりはアタシが悪かったよ」
ずっと静かにしていたソマラン国王はゆっくりと口を開き、タヅ姫はナッツを指先で遊ばせながらも、申し訳なさそうに目を閉じた。
「儂も娘も……いや、他のドワーフ達も皆、恥ずかしながらあまり政治に向いておらん。しかしそうも言ってられんがな……」
「多種族連合から誰か顧問に付けた方がいいんじゃないか?」
ソマラン国王の困り果てた表情にドンはアドバイスを送ったが、深いため息と共に首を横に振った。
「以前それも考えたのだが……三日と持たなかった」
「あぁ……確かに、あんたら血の気が多いからなぁ。普通の奴じゃ続かねぇわなぁ」
ドンは「どうする?」と言いたげに様に私の顔を見てくる。そう聞かれても、彼らに強気で接せられる上に、こういった事に強そうな人物に心当たりがある筈が……。
「あー……」
数秒思考を巡らせた後に導かれた答えを、ここで口にするべきかと私は悩んだ。
多分……かなり忙しくなる。しかし、この国を放置すれば、先ほどドンが言った事態に陥る可能性が高い。そうなる前に手を打つべきだ……うん。
「ね、あのさ……」
「……嫌だ」
私が続きを言う前に、拒否の言葉が出てきた。私が何を言いたいか早くも分かったらしいが、「無理」ではなく「嫌」なのか。
向かいに座っているタヅ姫も、私達の様子から察したらしく、ドンの方を指さしながら笑っている。
「ああ! アンタならジジイ共でもこき使えるだろ」
「……くそっ、おいサクラ」
「だ、だってさ、ここだけはカッサに突破されたら困るでしょ……? それこそ期間を決めて……ね? このままじゃ背中が不安じゃない」
「そりゃぁそうなんだが……チッ」
一応謁見中なのだが、段々素が隠せなくなってきている。多分彼も相当眠いのだろう。ソマラン国王にもこの話の流れで何となく伝わったらしく、少し渋そうな顔をしながらもドンに小さく頭を下げた。
「……すまんが……この国に協力して欲しい。もしも引き受けてくれるのならば、魔王軍の拠点として冬越えの間はこの城を貸し出そう」
一国の王にまで懇願されたのでは拒否もし辛いだろう。ガリッと後頭部を掻いたかと思うと、彼は苛立ちながらも了承する。
「ったく仕方ねぇな……ただし、一ヶ月だ。それ以上面倒は見ない。こっちも忙しいんでな」
「よしっ」
タヅ姫がガッツポーズを決めるとソファから立ち上がり、何かを準備しに行った。それに付き添うソマラン国王と何か相談もしているし、間違い無く契約書だろう。こちらは今眠くて頭があまり回っていない。おかしな契約を結ばないように注意せねば――私がそう考えていると、不意に肩を掴まれる。
「おまえ、なぁ……」
「ご、ごめんって」
「はぁ……まぁ、やるしかねぇわな……腹括ろう」
ドンは怒っていない、むしろ観念していると言った方が適切な雰囲気を醸し出している。もしかすると、私が言い出すよりも先に自分自身でこの選択肢を導いていたのかもしれない。
そして彼は私の肩を掴んだまま、こちらの目を見据えて言った。
「俺はここからほとんど動けなくなる……その間、俺の代わりに働いてくれるんだよな? サクラが」
「えっ」
「やるよな? お前が言い出したんだもんな?」
「……はい」
この押しの強い感じ、なんだか出会った時の事を彷彿とさせる。私は彼をこの国に斡旋した事をもうすでに後悔し始めていた。




