4.5話 救出作戦②
※桜子不在シーンの為、別のキャラ視点です
三つの見張り台に各二つの松明を括り付け、リーダー、イオーラ、ドワーフの二人組であるレパルダとエーデン……そして俺、アルクはカッサ王国側の砦に潜入する。リーダーとイオーラが最初に降り立った見張り台の下に梯子が取り付けてあった為、敵の有無を確認しながら降りて行く事になった。
その前に、
「……よし、これでパッと見た感じはカッサ兵だな」
「俺は……まぁ、バレますよね、これ」
リーダーと俺は倒した兵士の軍服と鎧を身につけた。本来ならば六人分の衣装が手に入ったはずなのだが、いずれも血にまみれていて臭いが強く、とてもじゃないが屋内で着られそうにない。着るとしても、イオーラでは銀髪や顔などあまりに目立ちすぎるし、ドワーフ二人では身長が合わないだろう。
一応身につけた俺だって、遠目や暗闇の中なら多少の誤魔化しが効くだろうが、接近すれば違和感だらけだ。兜は手に入らなかったため、獣耳は見えているし、獣毛がチクチクとあちこちからはみ出してしまっている。
「いいんだよ、騙されてくれたなら儲けもん程度で」
「そっすか……?」
「とりあえず俺が先に下を見てくる」
「うっす」
「気を付けてね、リーダー」
梯子を降りて行くリーダーを、俺とイオーラが見送る。レパルダが茶色の長い髭を撫でながら見張り台から少し顔を出して様子を窺っているが、今のところ上の兵士が全員やられた事には誰も気づいていないらしい。しかしそれも時間の問題だ、見張り交代の時間がいつなのかは分からないがいずれ知られる。それまでには終わらせなければ。
「……そういえば、サクラがなんか変だったわね」
首を傾げたイオーラが、小声で俺に話しかけてきた。
「えっ……気づかなかった」
「車から降りてからやけに挙動不審だったのよね……なんかあったのかしら」
「なんかって?」
「やぁね。リーダーと……に、決まってるじゃない。しばらく二人でしゃべってたみたいだし。……ふっ。何よアルク、気になる?」
「……気になる」
「いい加減諦めなさいよねー。むぼーよ、むぼー」
「うっさいなぁ! イオーラには関係ないだろ!」
イオーラに揶揄われていると、俺の背後で待機していたドワーフの割に細身の戦士であるエーデンが、小さく「ガキ、呼んでるぞ」と声を掛けてきた。見れば、リーダーがこちらを睨んで口を動かしている。『早く来い』……しまった……叱られる。
慌てつつも静かに梯子を降りて行くと、リーダーが俺の額に拳骨を軽く押し当ててきた。
「――お遊びじゃねぇんだ。真面目にやらねぇんだったら今からでもサクラに回収して貰うからな」
「ごめんなさい……」
「はぁーい」
「イオーラ」
「……はい」
気ままなイオーラも、流石にリーダーには敵わないらしい。叱られた猫の様に小さくなってしまった。
梯子を下りた先……砦の二階の端っこは食糧庫になっているらしかった。小麦粉、野菜、水や酒が入っていると思わしき樽などが、所狭しと並べられている。しかし管理が不十分なのか整頓はあまりされておらず、足の踏み場も無い程だ。しかも、どこかで何かが腐っている気がする……臭い。
「ここを出て右手に階段がある。そこを降りると一階だ……ただ、見張りがウロウロしてるからな、用心しろよ」
「了解っす」
他三人も頷いている。ドワーフ二人の同行については、一時どうなる事かと思っていたのだが、彼らも姫を助ける為なので今のところ素直にリーダーの指示に従ってくれている。
食糧庫からそっと顔を出すが、廊下には人気が見当たらない。耳を澄ますと、離れた場所からいびきの様なものが聞こえてきた。恐らく奥の部屋で兵士達が集まって眠っているのだ。
「……待て。お前らは戻ってろ」
「!」
降りて行こうと思っていた階段の下から灯りが見え始める。見回りの兵士達が上がってくるのだ。俺達は今出て来たばかりの食糧庫に戻るが、階段に足を掛けていたリーダーはそのまま廊下に取り残された。
「ん……なんだ、珍しく見回りか? いや……一人ならば違うな」
「いやぁ、今夜は風が冷たくて……上の見張り中に便所に行きたくなってしまったんでね」
「はぁ? ……全くここの常駐の兵は、どいつもこいつも気が緩んでいるな……」
「はは、申し訳無い」
リーダーと、兵士と思わしき男の声がする。彼らにこのまま食糧庫に入られたら、戦闘は避けられない。どうかそのまま廊下の先に向かってくれと願いながら耳を澄ませる。
怪しまれない様、リーダーは実際に階段を下りたらしい。
それに続いて、コツコツコツ……と、固いブーツの底が床を叩く音が、食糧庫の前を横切って廊下の奥へと消えていく。
「行こう」
俺達四人は素早く食糧庫から出ると、階段を降りてリーダーと合流した。
どうやらここは砦入口のホール部分に当たる場所らしい。目の前の大きな扉は、外に繋がっているのだろう。
「……あちらさん、常駐の兵士と、派遣されて来た兵士とで別の管轄らしいな……軍服の色が違う」
「上手くいってないんすかね、あの口ぶりだと」
「だな。ま、仕事してりゃ互いに気になるところはあるだろうよ……さて、姫さんはどこだろうな……多分、地下あたりだとは思うんだが」
リーダーはホール左手の廊下を窺っている。奥から小さな話し声が聞こえてきた為、俺は耳をそばだてた。聴力には自信があるのだ。
「……おい、諜報部隊の連中、いつまでここにいるつもりだ。我が物顔で見回りなんかしやがって。鬱陶しいったらねぇよ」
「あいつらがいると部屋が狭いんだよなぁ……早く出て行って欲しいぜ」
「下の姫様も、攫って来たのはいいが……一体どうするつもりなんだろうな」
「それはソマランとの交渉に使うんだろ? にしても……同じ姫って言ったって、うちの姫様とは大違いだよなぁ」
「そうかぁ? こっちだって大概だろ。城を抜け出して国境付近で捕まったって言うじゃねぇか」
「違いない!」
彼らの話をリーダーに伝える。姫はやはり地下に捕らえられている様だ。
リーダーは「諜報部隊……さっきの奴か」と呟いている。俺達が身につけている軍服は駐在の兵士の物だ。遠目で無く兵士と接近するのなら、同じ軍服の見知らぬ顔では確実に不審がられる。
イオーラは急かす様にしてリーダーの脇腹を小突いた。
「で、どうすんの?」
「あちらさんも話している人数は少ないみたいだし……多分二人か? 諜報部隊の見回りはちょうど二階に行ったばかり。今のうちに不意を突いて正面突破でいいだろう」
「不意?」
「イオーラは下がってろよ。レパルダ、エーデンはフォローしてくれ。アルクはあんまり無理すんなよ」
俺は頷き、レパルダとエーデンは渋々ながらも了承した。
すると、リーダーは小さく咳払いをひとつしたかと思うと、一人小走りで廊下を進んで行ってしまった。俺達もそれに倣う。
「――ハァ、ハァ……た、大変だ!」
「ど、どうした!?」
廊下を進んだ先には角があるのだが、その手前に少し広いスペースが設けられており、長時間の見張りの為の椅子や机が設備として置かれている。そして、見張りの兵士が二人椅子に腰かけていた。彼らが守っているのは、その背後にある……地下へと続く階段だ。
いかにも何かに襲われていたのだとでも言う様に、リーダーはその兵士二人の前でわざと息を切らせて、膝に手をついて顔を俯かせている。
「……チ。芝居がかった事を」
レパルダの忌々しそうな声が微かに聞こえてくる。ドワーフは正々堂々と正面から戦う事が戦士の誉れとする種族だから、こういった事はあまり好きではないのだろう。ついでに言うと、俺達獣人も正直こういう作戦は得意では無い……しかし、リーダーと行動を共にするのであれば、多少は真似出来た方がいいのだろうか。
「くっ……侵入者が……見張り台から……ッ、諜報部隊の奴らも数人やられた……!」
「なんだと……? くそ、警報も鳴ってないぞ」
『嘘を吐く時は、必ず真実を混ぜる事。その方が信憑性が上がるからな』……と、昔リーダーが言っていた。彼ら自身が口にしている“諜報部隊”と言うワードが、この演技に真実味をもたらす。ただ、それでも完全に騙せるわけでは無い。
「ちょっと待て、お前……ここの所属の奴じゃ……ッ」
顔を少し隠していても、褐色の肌と金髪の同僚に心当たりは無いのだろう。二人組の兵士が顔を顰める。しかし、もう遅い。
膝をついていた右手はすでに腰の剣を引き抜いていた。そのままリーダーの顔を覗こうとしていた兵士の腹部を薙ぎ払う。
「だから言ったろ、侵入者だって」
「ぐ……っ」
鮮血が舞う。
俺はリーダーが動き始めた瞬間にその場を飛び出して、一直線に駆けた。
「き、貴様らっ!」
もう一人の兵士は、壁に取り付けられている“何か”に右手を伸ばそうとしている。恐らく警報装置か何かだろう。そうはさせまいと、俺はまず相手の右腕に爪を立てた。皮を裂いて肉を断つこの感触は、実はあまり得意では無い。気を抜くとすぐに獣の血が湧いてきて、自分が自分で無くなってしまうからだ。
「――ガァッ!」
「ぐあぁぁぁぁッ!」
気づけば俺は、兵士を床に叩きつけた姿勢で相手の首元に深く噛みついていた。鉄の臭いが口内から広がり、吐き気を覚えて思わず口を離した。兵士は最後の力を振り絞って俺の喉元に剣を突き刺そうと動いていたが、左側から姿を現したレパルダがそれよりも早く斧を振りかぶり、無情に兵士の首を切り落とす。その衝撃で、俺の頬に真新しい血液が付着した。
口元も顔も、きっと血まみれだ。血濡れの狼なんて、きっとサクラさんが見たら引いてしまうだろう――と、俺は一人尻尾を垂らす。そんな俺の背中を、バシンと勢いよく叩く手があった。
「……おう坊主。おめぇなかなか思い切りがいいな、気に入ったぜ」
出る幕が無かった、とエーデンが俺に笑いかける。レパルダも斧を仕舞いつつ、頷いて俺を見ていた。生まれながらの戦士である彼らに褒められると悪い気はしない。
「無理すんなって言ってんのに」
「すんませんっす……」
「……大丈夫か?」
「うっす」
リーダーが俺の事を心配してくれる気持ちはよく分かっているつもりだ。親を失った俺が、進む方向を間違えないようにいつも気にかけてくれている。
しかし彼の様に強くなりたければ、どこかでその庇護から抜けなくてはならないのだと思う。今はまだ少し怖いけれど、それはあまり遠くない未来の事なのだ。
「アルク、口拭いてあげる」
「ありがとうイオーラ……でも自分で拭ける……」
「は?」
「いや……お、お願いします……」
「そうそう、それでいいの」
イオーラのひんやりとした手が顔に強めに添えられて、ハンカチで強引に拭われる。彼女は線の細い見た目とは裏腹に、“繊細”という二文字をどこかに置いてきてしまったのだといつも思う。
「いよいよ地下牢に突入だ」
「お姫様はこの先っすか」
「恐らくな」
階段の先には分厚い扉が見える。リーダーは兵士の懐からくすねたと思わしき鍵をこちらに見せつつ「気張れよ」と口角を上げた。




