3話 最後の隠し事②
「……俺は、お前と出会う一か月と少し前に、召喚妖精と偶然出会った……それは、神による気まぐれでもたらされる奇跡だ。俺は当時、頭数の多いゴブリン達と盟約を結ぶ為に奔走しててな……そのリーダー格だったのが、ウルヒムの親父だった」
「ウルヒムの……」
しずむ陽と闇に包まれていく景色の中で、その声はやけに耳に残る。
「彼らと手を組んだら、ネフカロン地区にも行こうと思っていた。ゴブリン軍団と獣人軍団、それと『不滅の灯』が三十人程。あの村からなら、王都へ攻め入って国王の首を刎ねるのも……まぁ、多分難しかったんだろうが、出来なくは無いかと思った。そしてそこに召喚妖精が偶然登場だ……俺は、『いける』と思ったよ」
蓋を開けてみれば、ネフカロン地区の戦力はドンの期待よりもかなり下回っていた。その為、難しいと言うよりも無理だったかもしれないが……当時は確かに、革命成功の期待が持てただろうと、私も納得した。
「俺達は願ったさ、“有能な剣士”を呼びたいってな。即戦力が欲しい。カッサを落とせるだけの腕を持った奴が……妖精が対価にと提示した金額には心が折れかけたが、ウルヒムの親父がゴブリン達をなんとか説得してくれたのもあって、期日までになんとか用意出来た……なのに」
「……」
ドンはそこから先を言うのを少し躊躇っている様だった。私もちらりとは聞いた気がする。ゴブリン達との密会中に攻撃を受けて、ウルヒム、エル、オルレリ、カント、キルンの親は死んだと……。
その部分は話さなくて良いと伝えると、彼は頷き私の頭をぽんと撫でながら話を続けた。
「それから、一時はまとまりかけたゴブリン軍団と揉めに揉めた。金も出して貰ってた上に、リーダー格が死んじまったし……元々組むのを拒否してる連中も互いの陣営にいて、話し合いは決裂、掴み合いの末に姿を消しちまった……残ったのは、親を失って泣きじゃくるチビ達と、異世界から誰かを呼び出す事が出来る権利だけって訳だ」
「……戦力を失ったのなら、尚のこと剣士が欲しかったんじゃない?」
「まぁな……だが、泣いてるチビ達が引っかかって、踏み出せなかった。ゴブリンの子どもの成長は早い。悲しくてぐずぐず泣いててもすぐに吹っ切れると思ったが、どうも駄目そうだった。泣かなくなってきたなと思うと、暴れて手あたり次第の物を叩き壊して大声出して、外に連れ出すとどっかに消えちまう……俺が付きっ切りで面倒見れればよかったんだが、立場上それも難しくてな……」
その日へと至った理由を思い出させてしまうのは胸が痛んだが、同時にそれでも多少は吐露させるべきなのだと思った。少なくとも彼の場合は、秘密主義者だが抱え込むのに向いていない。
「悩んだ末に俺は妖精に対して“孤児院の子ども達の面倒を見れくれそうな奴”って条件を出した。あいつ焦ってたよ。そりゃそうだよな、“有能な剣士”って条件からの変更だし。『具体的には!?』とか言われちまった……説明出来ねぇって答えたら、確認に連れて行かれたよ」
「えっ、き、来たの?」
「一瞬な。こいつで良いって言ったら、『そうなの?』って不思議そうだった」
あの表情豊かな妖精も漠然とした依頼に相当焦ったのだろう。自分と依頼主の判定基準が一致しているかの確認は必要だ。
「話してくれて良かった」
私はそう告げたのだが、彼はまだその続きを秘めているらしかった。
どうやらむしろ、ここからが本題らしい。
「……“有能な剣士”それから“孤児院の子ども達の面倒を見てくれそうな奴”に条件を移行したが……もし、お前だったらどうする? 仕事上で急に相手から受けていた注文を変更されたら」
「……?」
急な例え話に、私は目を白黒させた。何を言っているのだろうか。
ドンはそんな私に対して、
「例えばな、サクラが肉の仕入れをする商人だったとして、牧場に出向いてから豚じゃなくて鶏に変更だと聞かされたら……どうする? わざわざ別の牧場に探しに行くか?」
わざわざ具体例を挙げて質問をしてきた。
それは……そんな面倒な事はしないだろう。どうせ同じ牧場だ。もしもその牧場に、豚も鶏もいるのであれば、多少は味の違いはあるかもしれないが、出来ればその牧場で要件を終わらせたいと思う。近場の他の牧場に、当てが無ければ尚更。
「そりゃ……出来れば、その牧場、で……」
「……」
その時私は、ドンが申し訳無さそうにこちらを見ている事に気が付いた。
妖精だって、“有能な剣士”を探すのに一定の苦労はしただろう。そこへ突然の条件変更。そこからまた苦労して探すのは面倒だ。しかも提示されたのは、どう受け取るか今一つ曖昧な条件と来た。
だったら――だったら……そうだ、誰だって目を付ける。
「私が……“鷹村刀次”の、お隣さんだったから……」
志村桜子は、その能力を買われて選ばれた訳では無い。
ただ、隣に住む、優秀で、有能で、天才的な、あの青年の“隣”に住んでいたから、突然の代打として抜擢されただけだったのだ。加えて、失踪したとして家族はいない為大した問題にはならないし、急に欠勤が続いても不思議でない職場だ。異世界に呼び出すにはこれ以上無い好条件。
「……なるほど……ずっと不思議だったんだよね。なんで私“なんか”がって……そっか。刀次が第一候補だったんだ……」
ずぶりと、足から底なし沼に嵌って行くような感覚。何を聞かされても切り替えられると大口を叩いてしまったが、これは無理だ。刀次は確かに、弟の様に可愛がってきた大事な大事なお隣さんだ。しかし、同時に私の弱い所でもある……。
「今言っても無駄かもしれないが、“俺は”ちゃんと見て決めた。他の候補者なんてその時にはいなかった事は認めるが、もしいたとしてもサクラを選んでいたと思う」
「そんなの……分かんないよ……」
「……まぁな」
誰にだって分からない事だろう……それに、私にとっての地雷はそこでは無い。
急に前が向けなくなり、目線は段々と足先の方へ降りて行った。あ、車のシートにゴミが落ちている――そうやって思考から逃げてしまう程に、私の脳はこの話題を避けていた。
だが、私はつい忘れがちなのである。この男にそんな逃げは通用しない。
「話せよ」
「……やだよ」
「なんで」
「だって……な、情けない、話だもん……」
「……言え」
「はひすんほ……」
両頬を彼の褐色に焼けた手で挟まれ、そちらを強制的に向かされる。
「自分で切り替えられないなら、俺が無理矢理切り替えさせる。言え。今すぐだ。命令だ。言わねぇと一人だけ山奥に置き去りにすんぞ」
「う……」
ドンは、するつもりも無い事を言って、私が話す為の逃げ道を作ってくれているのだ。私は彼の事をまた理解出来なくなっている――と、昼間にはそう感じたが、アレは一時の勘違いだったらしい。実に分かりにくくて、分かりやすい男だ。
私は頬を挟む手を払いのけて、意を決してドンに話す事にした。
しかし、これに関しては本当に本当に情け無い上にわざわざ説明するほどの事でも無い、仕様も無い内容なのである。どこにでも存在し、ほとんどの人が気にする事無く流していく様な……些細な出来事。
そんな、どうでもいい様な話をドンは静かに聞いていた。私の劣等感にまみれた過去を。盛り上がりも落ちも無く、自分でもどこを終着点にするのか分からずに「……それだけ」と口を閉じた。するとドンはシートの上で胡坐をかきながら、
「お前の甘え下手は昔からか」
と言い放ち、それからは如何に私が素っ頓狂な思考で、どれだけネガティブに考えているのかを延々と全て説き伏せられた。「でも、だって」と一つでも反論しようものなら、何倍にもなって返ってくる。
――そうやって問答を繰り返しているうち、何年も放置して腐ってしまった実がぽとりと地面に落ちて、首を垂れていた枝が太陽に向かう様に、私の心の靄が見る影も無いほど小さくなってしまったのだった。
「もう無いのか」
「……在庫切れ」
「そうか。にしても面白いなサクラの前の職場。人間関係ドロドロで」
「全っ然、面白くない!」
最終的には語る過去も無くなってしまった。終盤は関係の無いただの仕事の愚痴で、ドンがああしろこうしろと改善策を打ち出すのが少し面白かった。彼なら良い経営者になるだろうと思う。
「……ドン、ありがとね」
「別に」
フイとそっぽを向いてしまった彼の横顔に、私は自分の胸にある一つの感情を露わにしてしまいたくなった。しかし、何故すんでの所でそれを止めたかと言うと、前後の席で他の仲間が眠っていて、ドワーフが運転席に座っている。そしてこれから戦闘に赴かなくてはいけないと言うこの状態では憚られたからだ。
後先考えずに行動出来るほど私は子どもでは無かったが、今はその若さが喉から手が出る程欲しかった。
「……ッ」
「どうした? 疲れてるなら寝てろよ」
「うっ、ううん……大丈夫」
触れたくて伸ばしかけた手は、誤魔化すように自身の髪の毛へ、そして頬を触っていた。随分と熱い。月明かりの下では私の顔の色までは分からないであろう事が救いだった。
ずっと考える事を拒否していた事を、認めなくてはならないらしい。
出会った当初は……いや、未だに要所要所で腹が立ってしまう程憎たらしいこの男の事を、今では心の底から愛おしいと思っている。
そうだ、私は――――ドン・ドルータが好きなのだ。
桜子と刀次の過去話は、はじめ書いていたのですが、蛇足かと思い全カットしました。
本当に、何でも無い様な事なのです。でも、何でも無い様な事が何年もずるずる足をひっぱる事ってありますよね。




