2話 最後の隠し事
ソマラン王国の姫を救出しに向かうにはなるべく早い方が良いと言うことになり、私達はまた車で移動する事になった。流石に子ども達が不憫で仕方が無い為、私がここに子ども達と残ると提案したのだが、潜入任務には召喚魔法が不可欠だと言う事で、ロンド、アルク、イオーラの誰かを残す事になった。アルクは暗闇でも鼻がきくので参加。残りは二人だが、ここでイオーラの物凄い反発の前に為す術無く、ロンドが通信機を持った状態で留守番役となった。
「行ってらっしゃいぃ、くれぐれもお気を付けてぇ~!」
「皆をよろしく!」
車に乗り、彼女や子ども達が小さくなって見えなくなるまで手を振った。
私と出会った初日のロンドは子ども達に対してかなり疲弊していたが、今では安心して任せられる様になった。子ども達が成長したのもあるのだろうが、ロンド自身もコツを身につけて、かつ自然体で接せられている気がする。彼女らを見ていると微笑ましい。
砦までは車で三時間だが、エンジンの音に気付かれるとまずいので途中からは歩きになるらしい。今日は、泉に行ってトンネルを歩いて車でソマランまで移動してきて……と、かなりハードだった。少しでも体力を回復する為、車の中で休息を取ろうとドンから指示がある。
全員一度に寝るわけにはいかないので、先にアルクとイオーラとクロに眠って貰う。
私は、三列シートの真ん中の列にドンと並び、“例の事”について聞く事にした。
「ドン……あのね、聞きたい事があるんだけど……」
「……あれだろ、元の世界に帰るとかの話」
「う、うん……手持ちの書類も確認してみたんだけど、それっぽいのは無かったし……ドンなら知ってるかなって」
我ながらずるい聞き方だと思う。
ドンなら知っているか――は、間違いなくイエスだし、手持ちの書類だって彼が抜き取っていれば私の手元に無いのは当たり前。分かっていてこんな風に探りを入れてしまうのは、未だに「違う」の一言を期待しているからだろうか。
「……正直な事を言うとな、俺も詳しくは知らない」
「う、うそ……」
「これはマジだ。もうお前に嘘は吐かねぇよ。……一般的には、異世界から召喚された奴は妖精との直接契約と、依頼主からの代理契約の二種類を行うわけだが、この事については前者だ。だから俺が期間を定めてるわけじゃない。……ただ、サクラの読み通り、書類は数枚俺がくすねてる」
「やっぱり……」
ドンから手渡された書類のうち一枚には『渡航許可証』と書かれており、ご丁寧に私の顔写真まで貼り付けられている。いつ撮られたのかは不明だ。『渡航許可証』の内容は、私がいた元の世界と、こちらの世界を渡る為のものだった。下の方に有効期限が書かれている。
「ハネプ歴155年3月末日……?」
「今がハネプ歴150年の五月で、サクラがこっちに来たのは三月。だからこれの有効期限は五年って事だ。ただ、これは単に二つの世界観を何らかの手段で渡航する為に必須なものであって、契約終了直後に帰らなければならないのかって疑問の答えにはならない……探したが、他に期限が決められている書類の類は見当たらなかったし、後は妖精がどう言っていたかだが……まぁ、あいつらの口約束程当てにならないものはないからな」
召喚の妖精。
私が夢の中だと決めつけて、何も考えずに契約を結んだ相手……彼女の説明をまともに聞かなかった私が悪いのだが。
『私の契約主に選ばれたのよ。あの人を助けてあげてくれない?』
『こことは違う世界で、あなたの力を必要としている人がいるのよ』
『じゃぁこれで契約終了! 期限は特にないから頑張って!』
そうだ、彼女は言っていた。契約主―つまりこの場合はドン―を助けろと、そして期限は特に無いと。思い出した事を説明すると、ドンは口をへの字に曲げて言った。
「なんだそのフワッとした契約内容は……あと書面に残ってねぇのか」
「だからこの『渡航許可証』とそれに伴う『渡航許可申請書』ってのと、ドンと私の『業務委託契約書』でまかなってるとかそういう話なんじゃないの」
「っんな訳…………それか、妖精がこっちに渡し忘れてる書類があるかだな。もしくは俺かお前が紛失したか……一枚だけ拠点にしていた村に置いて来たなんて事は流石に無いだろうが、今となっては確かめようが無い」
結局この事については互いに分からず仕舞いだ。無くすといけない書類関係は一度ペンダントの中に片づけてしまう。
「ただ、基本的に異世界から来た奴は一定の契約期間の後に元の世界に帰されるとは聞いてる。それはサクラも例外じゃ無いだろう。それと、さっき見せたけどな――『渡航許可証』の有効期限が切れてしまえば、あっちの世界に帰ることも、帰った後にこっちの世界に来ることも出来なくなる」
「うん……」
「……もし、お前がこっちに残りたいって思うんだったら、あいつらの契約の隙を見つける事だ。だがその決定は慎重にな。もしかしたら、もう二度と行き来が出来ねぇって事も……あるだろうしな」
「……」
考えると考えただけ、頭が熱くなってくる。知恵熱でも出るんじゃないだろうかと思う程に。
元の世界、本来私がいるべき世界。
本当の親の顔は知らず、幼少期に育った施設は虐待が明るみになって閉鎖、その後里親になってくれた二人は他界、職場はブラック……帰る理由が無い。こちらには私を大切にしてくれる人がたくさんいる。ここにいたいし、ここにいた方が幸せになれると心から思う。
しかし、時折襲われる「この土地に思い出が無い」と言う実感からの寂しさ、切なさ、虚しさ。私はここの住人で無いと言う絶望感。――それらと向き合う覚悟が無ければ、安易に残りたいとは口にしてはいけないだろう。この件はとりあえず保留だ。
「……他には?」
「あ?」
「他にもあるよね、隠し事。確かにもう嘘は吐かないかもしれないけど、まだ隠してる事はあるよね?」
私はずいっとドンの眼前に首を出して、彼を軽く睨む。お得意の「さぁな」「どうかな」が出れば思い切り頬をつねってやる。
そんな気迫を感じたのか、彼は後頭部をカリカリといじった後に観念して私を覗き返した。翠の瞳が間近に迫り、きゅっと胸が縮む。
「……言ってもいいが、その後すぐに切り替えられるか? すぐに戦闘だ。ずるずると引きずられちゃ困る」
「う、うん……分かった」
私が頷くと、彼は言葉を選びながら話し始める。
「なら話す。多分、これが最後の隠し事だ」
長くなりすぎてしまったので、二話に切りますごめんなさい!




