1話 ソマラン王国
ソマラン王国は工業に力を入れている国である。国民のほとんどは、鍛冶が得意で手先が器用なドワーフと言う種族らしい。レンガの壁の工場がたくさん見え、空を突き刺す煙突からはまばらに煙が出ている。
無事にトンネルを抜けた私達を出迎えたのは、くたびれた服を身に纏ったドワーフ達だった。彼らもまた車に乗っており、私達は彼らの後を追いかけて走行する事になった。
発展途上の街並みに、自動車、そしてボロボロの洋服。これまでの旅路と比べ、随分と頓珍漢だ。
子ども達は度重なる移動で疲れ果ててしまったらしく、後部座席で眠りこけている。仕方ない事ではあるが、そろそろどこかに拠点を持ちたいものだ。
「ここが儂らの王が住んでる城だ」
先行する車が泊まり、私達が乗っている車が隣に駐車する。城、とデズンは言ったが、その建物にピッタリの名称を私は知っている。
――ビルだ。コンクリートで出来た、十階建て程の高さのビルが目の前にあった。ソマラン国王はどうやらここに住んでいるらしいが、これでスーツでも身につけていればどこぞの会社の社長にしか見えないだろう。
入口には一人の衛兵がいるのみで、デズンの口利きで難無く入れて貰えた。セキュリティは大丈夫なのだろうか。そして城内……もといビル内を案内される。ゴードル王子の紹介状のおかげで、王にも謁見出来るらしい。ただ一つネックなのが、謁見の間が最上階にあると言う点だ。しかもこのビルにエレベーターは無い。
「はぁ……ひぃ……」
果てしない階段を見た時、子ども達を連れて行くのは諦めた。今は下層階でアルクとイオーラが三つ子とキルンの面倒を見てくれている筈だ。いつも何かある度、彼らに任せてしまっているのが申し訳ない。魔法で後程呼んでもいいのだが、こんな所で力を使うべきかは悩ましい。
「ちょっと、待って……」
私は階段を上がり切った所で力尽き、壁に手をつきしゃがみこんで肩で息をする。
「大丈夫ですかぁ……?」
「うん……え、ロンドは平気……っ?」
「あははぁ、まぁギリギリぃ……」
こちらの世界に来てからはかなり体力も付いた筈だが……同年代でのんびり屋のロンドが平気だと言うならば、私はまだまだらしい。
クロはどうしたのだろうかと見渡せば、飛ぶ事の出来る彼は一番先頭を歩いている。トンネルとは違って短距離なので、さほど疲れてもいないらしい。
どうにか呼吸を整えてもう一度立とうとすると、先に進んでいたドンが戻ってくる。
「はぁ……。おい、何やってんだ」
「……だって、その……」
車を降りてからも、ドンとはまだ上手く言葉が交わせていない。
今彼と正面切って話せば、自分でも何を言うか分からないし、相手からも何を言われるか分かったもんじゃない。怒って大喧嘩になるか、泣いて険悪になるかするのならば、とりあえず用事が終わってからにしたい。
「ったく、お前は運動不足なんだよ。先方を待たせてる場合じゃねぇだろ、ホラ」
ドンが呆れつつも差し出してきた手を、私は躊躇しながら握り返した。支えられながら立ち上がった時、この世界に来てすぐの時の事を思い出した。契約書の内容に腰を抜かした私と、半ば脅迫して来たドン。あの時と二人の関係は明確に変化した筈なのに、私は彼の事をまた理解出来なくなっている。
「……ドン、あ、あの……」
――私は、いずれすぐに元の世界に帰るのか。ドンは知ってたのか。知っていたなら何故教えてくれなかったのか。何故、何故……。
聞きたい事が頭の中を渦巻いて、それでも場所を考えると言葉には出せなかった。
そのうち彼は、くるりと案内役の方を向いてしまう。
「行くぞ」
「……ん」
――知っていたなら、ずっとあの横柄な上に掴みどころの無い態度で接してくれていればよかった。弱いところなんて見せてくれなければ、私の事を信頼なんてしてくれなければ、優しくなんてしてくれなければ……。
「さ、サクラさぁん……?」
「あっ、うん。ごめん、ぼーっとしちゃって」
「あぅ……」
ロンドが立ちすくむ私の背中を軽く摩りながら、私の顔を覗き込んだ。私は出来る限りの笑顔を作り、早くも張り始めた太ももを上げてドンに続く。
とりあえず今は、ソマランの国王との謁見が第一だ。
ソマラン国王は、デズンと同じく髭を生やしたドワーフだった。身につけているのはスーツでは無く、かなりラフなトップスに褪せた色のズボンと使い込んだブーツと言う、紹介を受けなければ国王だとは分からない出で立ちだった。
「さて。紹介状の通りだ」
「フゥ……魔王軍、か……この様な茶番に参加せよと言うのか、己らは」
ドンが対面しているソマラン国王は逞しい体つきの老人であったが、初めて対面する私達から見てもかなり衰弱している様子だった。ビルの景観と不似合いな古めかしい椅子に深く腰掛け、気だるげに宙を見ている。
「魔王が勝てた試しは一度も無いと文献には残っておるじゃろうが……死にに行けと言う様なものと分かっていて誰が加担する? ……生憎、この国は今そんな世迷言に付き合っておる暇は無い」
「まぁ聞けよ、今回は勝ちの目がある……と、俺は確信している」
「お前さんの意見なぞに、どれほどの価値がある? ……そこの小さいのが、魔王の卵……もはや違うか。仮に、雛とでも呼ぶか? そっちが説明してみたらどうだ?」
「……ほう、我か。良いぞ」
ソマラン国王は魔王軍に下るつもりは毛ほども無いらしい。勧誘が簡単で無い事くらいは私にでも分かる。しかしこの国は、ゴードル王子が“魔王軍に協力する可能性が高い”とした場所の一つだ。
ドンはソマラン国王の要求を受け、クロに対し「陛下」と小さく口にしたが、声を掛けられた方は見た目の年齢に合わない優雅な歩みで場所を入れ替わった。その振る舞いは二日前にお漏らしをしたと人物と同じとは到底思えない。
「雛……なるほど、良いな。これから我は“魔王の雛”と名乗ろうか」
クロは楽しそうに口に手を当てて笑う。対するソマラン国王は急かす様に咳ばらいをした。
「――それで、魔王陛下殿はどう儂らを言いくるめて戦争に駆り出そうとしておるのか? 聞かせて貰おう」
「ふむ。……恐らくそちらの主張する所は、ソマラン王国とカッサ王国の間には険しい山脈が聳え立っている……この国が今すぐに攻め込まれる心配は無い。非戦闘状態であるのにも関わらず我々に協力したところでうま味は無い……そうであるな?」
「……あぁ」
クロは編み上げブーツの底をカツカツと鳴らしながら、ソマラン国王の椅子の横まで歩いて行きビルの窓から地上を見下ろす。
日が沈みかけている地上には、人気はほとんど見当たらない。
「しかし現に国王はやけに消耗して、城の管理もお座なり。我々がこんな紹介状一枚でなんの検査も無くここまで通されるのだから、警備兵の教育も粗雑としか言い様が無い。そして、折角の二国間を繋ぐトンネルはケリクツト側には駐在の兵士がいるのにも関わらず、ソマラン側は電話とやらも繋がらないとの事。――これは、“何かあった”と見るのが自然では無いか?」
地上を見ていた瞳はいつの間にかソマラン国王の横顔を鋭く捉えていた。夕日に照らされたクロの影が室内に濃く伸びる。
「……なるほど、小さくとも見るべき所は見ているらしい」
「このままこの国を放置してカッサに獲られるのは、周辺国にとっても我々にとっても迷惑極まりない。貴殿がこの国をどうしたいのかは知らんが、客人をその様な恰好で出迎える程に政への関心が無いのであれば、とっとと引退して息子か娘にでも譲ったらどうか? 貴殿以外の誰かであれば、猿でも代わりになるだろうが?」
「オイッ! チビガキ……王になんちゅう口きいとんのだ!」
「で、デズンさんまぁまぁ……わっ」
後ろで聞いていたデズンがクロに掴みかかろうとしたので、私とロンドで止めようとするが思った以上に力が強い。撥ね退けられた衝撃で私達二人は尻もちを付く。
「オッサン、落ち着け」
すかさずドンがデズンの前に出る。しかし、怒りに身を任せているデズンに対し、どの様な言葉も通用する気がしない。
「そこどけぇ! どうやらここに連れてきたのは間違いやったって事じゃなぁ! 窓から叩き落してやらぁクソガキ共!」
「――聞こえなかったか? 落ち着けって言ってんだ。そりゃ、ここにいるまともに戦えそうなのは俺だけに見えるかもしんねェけどな? その気になりゃいくらでも“呼べる”んだよ……まぁそうで無くとも、窓から落ちるのはアンタだと思うけどな」
冷えた声が室内に響く。未だにデズンはドンに食って掛かろうとしていたが、ソマラン国王が頭を揺らしながらそれを静止した。豆の潰れた手がデズンに向けられている。
「良い……儂が国王に向いておらん事は自覚しておるわ。流石にもう潮時じゃろ……」
「……」
デズンは音が鳴りそうな程に奥歯を噛みしめて、自らの足元に目線をやった。静かに呟くソマラン国王の横で、クロの小さな笑みが私に向けられている。
「貴殿の言う通りこの座は子に譲って、儂は物作りでもやろうと思う……が、一つ問題があってな。そしてこれは、魔王軍に協力するか否かと言う問題にも直結しておる」
「聞こうではないか」
クロは満足そうに、軽いステップを踏んで一番近くにあった椅子に軽く腰掛けた。ドンは話をクロに任せ、デズンや他の案内役が暴れないか目を光らせている様子である。
ソマラン国王は壁に貼り付けてある大きな地図の一点を指し示した。
「確かに我が国とカッサの間には深い山脈がある……しかし、この辺り……ここはちょうど山が切れている場所でな……国境沿いに高い壁は建てておるし砦も構えておる……だが……」
益々声から覇気を無くしながら説明するソマラン国王に対し、ドンは乾いた笑いを漏らしながら相槌を打った。
「はは、なるほど。――その近くにもカッサ側の砦がある。そこへ、大事な兵士が連れ攫われたわけだな?」
「いかにも……」
ソマラン国王の深いため息が部屋を揺蕩う。
その後も国王の説明によると、ドワーフ達は週末になると酒を飲んで日頃の疲れを癒す習慣があり、それは砦勤めの兵士達も同じだったらしく、少ない見張りを除いた全員が深く飲酒をしていたそうだ。そして夜な夜な忍び込んできたカッサ兵士に数名が縛り上げられ、何人かがカッサ側の砦に連れて行かれた……と、これが事の顛末らしい。
「……皆さんで交代して飲めばいいじゃないですか……」
つい私の口を出た本音に、デズンがギロリと小さい目で睨んでくる。私は謝罪に頭を下げながらも、――誰でもそう思うだろう――と心の中で付け加えた。
「非戦闘状態の砦だから、ある程度は仕方が無い……ただ、そこにいた人物が良く無かったな。不用心と言うべきだ」
「……どういう事?」
「カッサ国が危険を冒してわざわざ“連れ去った”んだ。“殺した”んじゃなくてな。……なら、この国にとっての重要人物である事は間違い無い。それに……」
ドンの言いかけた言葉と、先程のソマラン国王の発言が私の脳内でピタリと合わさる。
「――次期国王? 国王のお子さん……が、連れて行かれた?」
私がそう聞くと、ドンはにっと口角を上げ……そのすぐ後にいつもの様に私と話をしてしまった事を気まずく思ったのか、神妙で複雑そうな表情を作った。私はそれがおかしくてはつい噴き出してしまう。
「……は。多分な、多分そうだ」
彼らしくなくどもりかけた話し方で、ドンはクロやソマラン国王の方に向き直る。国王は深く頷き、「二日前の事だ……我が子ながら情けない……」と枯れた声で呟いた。
クロは椅子に座ったまま、大仰に手を広げて提案をする。
「ならば簡単な話だ。我々がカッサ側の砦に侵入して攫われた者を救い出す。そしてその対価として、ソマラン王国の兵は我ら魔王軍に加わる……なんなら、打倒カッサ王国後までの期間限定でも良いぞ。革命後は我らも手に余るだろうからな」
「……デズン、どう思う」
「ケッ。チビガキの指示に従うのは癪だが……まさか儂らがトンネルに籠っとる間に姫が攫われてるとは思いませんで……致し方ないかと」
「我が子の可愛さに目が眩み、こ奴らの口車に……と民には蔑まれるであろうな」
「いや、姫の為ならば誰も思いやしません。それに……どっちにしてもこのままじゃカッサに攻め入られ、アレも……」
国王とデズンは静かに話をしていたが、次第に覚悟が決まったのだろう。紙とペンを用意し始めた。
砦に掴まっている姫と兵士を助ける事が出来れば、と言う条件付きではあるが、これでやっとネフカロン地区に続き魔王軍に付く勢力が増えた事になる。
カッサとの戦争はいつ始まるのだろうか、仲間集めはそれまでに間に合うのだろうかと私は改めて焦りを感じるのであった。
4章がスタートしました!
まだまだ続きますー。




