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外伝① ドン・ドルータ13歳

 以前アップしたものの再掲となります。





 彼の父親は商人だった。


 王都ではそれなりに有名な商家で、暮らしぶりは随分と派手であった。貧乏貴族に比べてよっぽど良いモノを食べて良い服を着ており、自宅は王都の一等地に構えていた。



「良いなドン。ペンは刃、インクは血。それを心して商売しろよ」



 そして彼、ドン・ドルータは後継ぎとして何不自由なく育てられた。

 勉強も運動も剣の鍛錬も、何でもそつなくこなす器用な少年は、父の期待に応え続けていた。父に似て口が達者な為、交渉の真似事もさせられた。父は彼を大いに可愛がり、自分が地方や他国に出る際には必ずドンを連れて行った。





 その日は、国境を越えて中立国ケリクツトに向かった。

 懇意にしている工房へ、王都で売る繊細なガラス細工の買い付けに同行した。

 獅子の頭を持つ獣人が管理するその工房には、職人が多く在籍している。ドンは父が他の店に出入りをしている間、その工房で時間を潰すのが楽しみだった。


 彼は、ガラス細工だけでなく、陶器、竹細工、塗り物、絵画……芸術品は何でも好きだった。しかし本人には美術、造形の才能が全く無く、出来上がった作品はどれもこれも壊滅的な出来だった。

 そこでドンは、職人になる道を潔く諦めて、工芸品や芸術品を専門に取り扱う商人になろうと決めたのだった。

 空き時間で彼にガラス細工を教えていた職人は「とっとと諦めちまって。ガキなんだからこれからまだまだ上達するだろうに」と小言を漏らしたが、ドンにとっては、不細工な自分の作品と向き合うよりも、美しい職人の作品を売る方が魅力的だったのだ。


 父は獅子頭の職人から作品を仕入れる。


「いやぁ、こんなに美しい作品はカッサにはありませんよ。本当に素晴らしい! こちらの値段でいかがでしょうか……」



 終始ぺこぺこと頭を下げ続けた父と、荷台いっぱいの作品と共に帰りの馬車に乗り込む。すると父は顔をしかめてこう言った。




「臭い獣人共と商売をせざるを得ないところが、この仕事の最大のデメリットだ」





 別の日には、王都で流行している紅茶を地方の貴族に売りに出かけた。


 お世辞にも広いとは言えないものの、品のある装飾で飾られた屋敷。丁寧な仕事ぶりの伺える花と緑に溢れた庭。ドンはその空間を好ましく思っていた。


「お久しゅうございます! ええ、えぇ……本日は王都で人気の茶葉を仕入れて参りました……。奥方様の体調はいかがでしょう? 今日は土産も持参致しましたので、こちらをどうぞお渡し下さいませ……いえ、大した物ではございません。ほんの気持ちでございます……」



 帰りの馬車で父は息子に言う。




「貧乏貴族が調子に乗りおって。手間賃と売り上げが割に合わんわ。さっさと潰れてしまえ」






 また別の日には大きな荷台を運び、王都に住む貴族の屋敷へ。


 煌びやかな装飾品が所狭しと飾られた屋敷だった。細かい刺繍が施されたジャケットはきっと高価な代物だろう。


「お待たせ致しました。この度はグリンカから仕入れて参りました」



 中から現れたのは、鎖で繋がれ痩せ細ったエルフの女が二人と、子どもが三人。引き渡されたカッサの国境付近ではまだすすり泣く元気があったはずなのに、段々と静かになってしまった。食事や水は与えていたはずだが、女達は自分達の運命を嘆いてなのか、全く手を付けていなかった。



「上玉でしょう? 特別なお客様ですので、私共も必死で仕入れて参りました。躾がなっておらんかもしれませんが……何、じきに覚えるでしょう」



 帰りの馬車で父は笑う。



「いやぁ今日は儲かった! やはりエルフは高値で売れる。あの屋敷の主人との取引はもう五回目だ。次はもっと状態の良いまま仕入れたいものだな」






 ガタゴトガタゴト。


 今日もまた馬車は揺れる。






 地方に行けば、「王都なぞゴミばかりでよろしくない」と。


 他国に行けば、「カッサには無い技術だ、見習いたい」と。


 王都に行けば、「他国や地方に出向く価値など無い」と。



 彼には父の本性がガラスで覆われているかの様に透けて見えている。

 知ってか知らぬか、父はまたそこかしらでぺこぺこと、禿げた頭を下げては笑い、下げては笑い――その場限りの薄っぺらい言葉を吐いて、金を受け取ってはまた明日――。



 そんな父と行動を共にしているうちに、彼の無垢だった心は払っても払いきれない煤汚れが積み重なったかの様に黒くなっていった。





 ある日の事。


 以前紅茶を売りに行った貴族の屋敷に招かれ、再度同行する事になった。

 しかし、あの綺麗な庭は見る影も無くなり、屋敷の中も荒れた雰囲気に包まれていた。不思議に思いながらも主人と面会する。

 上品な振る舞いの紳士だったはずの主人は、ボサボサの頭に皺の寄ったシャツを着て彼らを出迎えた。そして彼の父親に、「前回の訪問の際に妻へ渡されたモノを購入したい」と口にした。


「はぁ~いはい、アレですねぇわかりました。……しかしアレは今王都でも非常に手に入りにくくなっておりまして……特別に卸すとなるとかなり高価になってしまうのですが、よろしいでしょうか?」



 滲み出る笑いを隠そうともしない醜悪な横顔を、彼は一生忘れないだろう。



 帰りの馬車で、彼は寝たふりを決め込んだ。



「なんだ、寝ちまったのか。……いやぁ、最後にいい商売をさせて貰った。まさか使用人達までアレの虜とは思わなんだが。……あの様子ではしばらくともつまいて。いやぁ良い気味」




 その屋敷に赴く事は二度と無かった。





 ある日の夜、彼は父の寝室に忍び込んだ。

 父は寝る前に少量の酒を嗜むのだが、彼はその酒にこっそりと睡眠薬を混入していた。

 机にまとめられている明日の商品リストを手に取ると、サラサラとペンを動かし項目を追加する。


 明日の商品は小人族。仕入れ理由が奴隷としてなのか、愛玩用なのか、武器の試し打ちに使われるのか……彼が詳細を知る由は無い。何故なら仕入れた父ですら知らないからだ。




 そして次の日の夜に取引相手の貴族の元へと出向いた。


 商品リストに目を通していた貴族の男性が、「ハハッ」と空気を吐き出しながら笑ったので、父は何事かと相手を見上げた。


「このリストに書かれているのは、小人の商品番号だと思ったのだがね?」

「そ、そうでございますが……」

「と言うことはつまり、貴公は小人だったと言う事だな。随分と肥えた小人の様だが」


 その言葉に、父は顔をサァっと青ざめさせて、商品リストをもぎ取った。

 慌てて確認する父は商品リストの一番下に自分の名前を見つけると、息子の方を振り返り目を見開いた。その鬼の様な形相に、ドンは首を傾げながら微笑んだ。


「も、申し訳ありません……これは何かの間違いでございます……!」

「フッ、そうであろうな。察するに息子の悪戯の類だろう……しかし、」


 貴族は父に対して冷酷な目を向け、他の書類をぞんざいに投げて返した。

 そして踵を返して取引場所を後にしようとしたので、父は慌てて「お待ちください!」!と叫んだ。


「……直前に書類を確認する、この様な商品を取り扱うなら当然の事と思ったが。それを怠ったのは己だ。この私との取引をどうやら軽んじてくれているらしい……貴公との取引は今日限りで止めさせて貰う」

「そ、そんな……!」


 父は見苦しくも追いかけようとしたが、護衛の剣士に軽く足蹴にされてその場に倒れ伏す。体を這わせたまま、拳を地面に叩きつけて唸り声を上げた。




 ようやっと自宅に戻ると彼は屋根裏部屋に押し込められ、鞭を手にした父に何度も打たれた。父は、この一件を“息子の出来心からの悪戯”で、痛めつければすぐに泣いて謝る、と確信していたのだが、彼は一向に泣く気配も謝る気配も見られない。


 鞭を床に叩きつけ、わなわなと唇を動かしながら父は彼に問いただす。


「何故こんな事をしたぁっ!? 大口の取引先を失い、商会の名も地に落ちたわ!」


 それに対し彼は、顔に飛んで来た臭い唾を袖口で拭きながら白々しく答える。


「ペンは刃、インクは血。それを確かめたくなっただけです」


 と……。そして、「あのまま売られてしまえば面白かったのに」と緑の目を細めた。

 その姿に父は激昂し、腰に携えた剣を手に持ち振り上げると、勢いに任せて愛息子を斬り捨てようとした。

 ドンは後ろで手を縛られたまま、体を振り子の様に動かしてその剣先を鮮やかに避けた。足の力と後ろに手を付いた反動で立ち上がるり、そのまま近くにあった小さなテーブルを蹴り上げる。天板が音を立てながら父の顔に激しくぶつかった。


 父は、「ぐぅっ」と呻いて後ろに倒れた。その隙に彼は、縛られていた縄を隠し持っていたナイフで器用に切り落とす。

 自由になった手をぶらぶらと動かしながら、落ちていた剣を拾いに父親に近づく。胸ぐらを掴んで膝立ちにさせ、目を見開いて息子を凝視する皺だらけの顔に剣先で軽く傷を付けた。


「――父上、この剣下さいますか。俺にはまだ少し大きいけど……ずっと父上の事を忘れない様に……。この剣を振るう度、あの時殺せば良かったと後悔し、いつでもここに帰って来ようと思える様に」


 小窓から差し込む月光を浴びながら、彼はそう口にした。

 父親は叫び声を上げながら彼を突き飛ばして屋根裏部屋を出ると、階段を転がり落ちる様に降りて行く。眠っている家族や使用人を叩き起こし、彼を捕まえる様にと大声で喚き始めた。


 彼は屋根裏部屋の目ぼしい物を出来る限り集めて袋に入れると、小窓から顔を出す。そして屋根伝いに地上へと降りて行き、駆け足で街から脱出した。



「……さようなら、父上」



 満月が彼の旅立ちを祝福している様に見えた。


 そんな清々しい夜に、生まれ育った街を出る彼の心を満たしていたのは、『嗚呼、もうあの馬車に乗らなくてもいいのだ』と言う思いだけだった。





 ドン・ドルータ十三歳。桜子と出会う十二年前の出来事であった。





 以前アップした時に、出す順番を失敗したなと思ったので一回下げたものです。

 割とこのエピソード気に入ってます。



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