16話 予感
多種族連合国の一つであるソマラン王国に向かうには、険しい山脈を越えなくてはならない。幼い子どもを連れている私達には無理難題である。となれば、先遣隊として私を含む数人が山脈を越えてから、子ども達を魔法で呼び寄せた方が都合が良い。その場合は二名程が子ども達の付き添いに残り、ササルーファ砦にもうしばらく世話になると言ったプランだ。
しかし、それには及ばないらしい。この二つの国を遮る山脈には隠し通路……もとい、“秘密のトンネル”があったのだ。私達はゴードル王子の口利きで、特別に使わせて貰える事となっている。
「……と言っても、この山脈はほとんどケリクツトの国土。当然、ケリクツト国民がこれを作った……と、考えたいが? こんな泥臭い仕事……しかも、軍事に力を入れている王がどう見たって馬鹿みたいな規模の工事に貴重な人員を割くとは思い難いな」
「じゃぁ誰が……?」
「ソマランのドワーフ達に依頼をしたと考えるのが自然だろう。それにしても、国土を守る要でもあるこの山にわざわざ穴を開けるってのは思い切ったよな。それほど、ドワーフの持っている技術が欲しいのか」
ドンの説明を聞きながら、私はトンネルの天井を見上げた。車やトラックが通るわけでは無いため、そこまで高さがあるわけでは無い。それでも中は薄暗く、抜けるのにどれほど時間がかかるのかは分からないが、すでに太陽光が恋しくなってきた。
さして多くない荷物を小さめの荷車に載せる。アルクが押すと言ってはくれているが、なるべく全員で交代して運ぶようにしよう。
「馬車では行けないんですよねぇ……」
「うん……途中で置いて行かないといけないから駄目だってね。ゴードル王子が言うには、この紹介状を出せば途中から例の乗り物にって事だったね。それまでは頑張って歩いて……歩いて、貰うしかないね……」
私とロンドは、三つ子以下クロまでの五人を見て先行きが不安になる。「疲れた」「歩きたくない」「抱っこ」の嵐があと十分もすれば始まるのだろうか。
ちなみにゴードル王子は、ここまで私達を馬車で送ってくれた後に王都へと帰って行った。クロと離れるのが口惜しい様子だったが、彼も仕事が山積みなのだろう。挨拶もそこそこに颯爽と飛んで行った。
「大丈夫だ。お前らもうでっかくなったんだし、頑張って歩けるよな」
「疲れたら交代でおんぶするから、それまでは一緒に歩こう」
ドンとアルクが子ども達を励ましている。私も気持ちを入れ替えなくては。
「そうだね。ちょこちょこ休憩入れつつ進もっか」
「うん……」
エルが私の手を握りながらそう返事をする。
薄暗いトンネルが少し不安な様子だが、彼女なりに勇気を振り絞っているらしい。健気なその様子に胸がきゅんと鳴る様な気がした。
そしてどのくらい進んだのだろうか……二時間程だと思う。空が見えない暗い中をひたすらに進んで行った。まぁ当たり前の事なのだが、三つ子とキルンの機嫌は最悪中の最悪で、私達は耳元で鳴り響く泣き声に心を無にしながら、子ども達をおぶって歩いた。
クロは泣きはしないものの、途中で急に歩みを止めて地面を凝視し続けると言うタイプの抵抗を始めたので、彼も問答無用でおんぶの対象だ。
「もっと大きい荷車を用意して貰うべきでしたぁ……チビちゃん達も乗れるようにぃ……」
「こうなる予感はしてた筈なのにね……」
ロンドはカントを、私はエルを背負いながら力無く笑う。汗が止まらないし喉が渇いた。一体いつになったら、その移動手段とやらに辿り着くのだろう。
「あ! アレじゃないっすかね? 俺見てきます!」
「ありがとうアルク……」
背中にオルレリを乗せたまま、アルクは軽快に走って行った。荷車もほとんどアルクが押していた様なものだが、彼の体力には時折驚かされる……それともあれが若さなのだろうか……。
「……あちぃ」
ドンは一度クロを地上に降ろして、自身も地面に座り込んだ。シャツの胸元をパタパタと動かして風を取り込んでいる。
「あちー、あちー」
「えっ、キルンがおしゃべりしてる!!」
「すごいですぅ!」
イオーラの背中から降りたキルンが、私の所までよちよちと歩いてくる。まさか初めて話した言葉が「あちぃ」なのかと少し複雑な気持ちになった。
しかし見ていると少し違うらしい。彼はしきりにアルクの行った方向を指さしている。「あっちに行きたい」と言う意味なのだろうか。急な成長ぶりだ。
「キルン~、ほら、あっちあっち~」
「んでぇう~」
「んー、もう言ってくれないかなぁ」
キルンの発語で疲れを少し飛ばしていると、アルクが血相を変えて戻ってくる。
「ちょ、ちょっと! やばいっす!」
「ど、どうしたの……?」
アルクが何と説明したら……と口をもごもごしていると、彼の背中にいたオルレリが「くろくておおきいのがいた」と代わりに話す。危なくは無さそうなので、全員で二人が見たその黒くて大きいモノとやらを確認しに行く事にした。
歩みを進めると地面に変化が訪れた。これまでは凸凹が多く見られた道だったのにも関わらず、突然舗装された道路へと変わってる。どういう事かと考えていると、その先に現れたモノに全員は歩を止めて驚愕した。
それは、車輪の付いた鉄の塊だ。しかし動物が牽引するわけでは無い。
私はそれに乗った事があるし運転もした事がある。勿論、元の世界では、の話だが。
「く、車……」
黒く塗装されているその物体を見つめてため息交じりにそう呟くと、立ち尽くす私達に野太い声が飛んでくる。
「おめぇら! どこから入って来たんじゃぁ!!」
「!」
見知らぬ筋肉質な男が線路脇より現れ、私達の所へずかずかと向かって来た為、思わず子ども達を後ろに下げて警戒する。その男は立派な髭を蓄えていてるが、身長は私の胸ほどまでしか無い。
彼は、ニンゲン、獣人、エルフ、ゴブリンという組み合わせで、この長いトンネルを子連れで歩いてきた私達が物珍しくて仕方ないのだろうか、じろじろと無粋な視線を送ってきた。
「……俺達は、ケリクツト第一王子ゴードルから紹介状を貰っている」
ドンが紹介状を見せながらそう説明すると、正面の男は「ああ」と頷いた。
「そういやぁ連絡が来とったな、十人にアレを貸してやってくれってよぉ。お前さんらで間違いないようだ」
「連絡って……どうやって?」
「あー……トンネルの端の方に電話があってなぁ。そこからここに直通で……まぁ、言ってもピンと来ねぇかもしんねぇけどなぁ」
男が指した先には壁に取り付けられた機械と思わしき物が多く見られる。そして今、彼は“電話”と言ったか? 私は一つの質問をする事にした。
「あの……“札山彦助”さん……って、知ってます……?」
「……! お前さん……どこでその名前を……」
「やっぱりご存じですか……出来れば、詳しくお話を聞かせて貰いたいのですが」
すると男は腕を組みつつ眉を寄せて、周囲に集まって来た仲間とぼそぼそと相談を始めた。そしてあらかた意見がまとまると、
「そうしてぇのは山々だが、儂らも好きには話してやれんのだ。王に直接確認してくれや」
と目つきを鋭くしながら口にした為、私はこの場での聞き取りは諦める事にした。とりあえず札山彦助が関わっている事が分かっただけで儲けものだ。
「んでコレが、移動手段……だよな?」
「おう。自動車っつーもんよ。これに乗っていけば楽に移動できるぜ……ただな、言いにくいんだが……」
ドンが物珍しそうにしながら車に軽く触れると、男は申し訳なさそうに顎髭を触って、近くにあるタンクを指さした。
「ガソリンっつーんだがよ。こいつが無けりゃ自動車は動かせねぇ。……実は、今積んである量じゃ……ソマランまでの給油所まででも足りないんだよな……」
「えっ、なんでもっとたくさん持って来なかったんですか!?」
「違うんだよぉ! そ、その……っ、うっかり帰りの分を忘れてきちまって……いや、一応ソマラン側にも連絡を入れてんだけど、ゴタゴタしてるからか通じねぇしな……丁度、歩いて取りに行くかって話してたとこでぃ……」
顔を赤らめバツが悪そうに説明するその男を前に、私はあるひらめきを得た。パッと彼女の顔を見ると、他の面々も考えている事は同じだったらしく、私達の視線は一点に集中する。
「えぇ~、な、なんですかぁ~?」
本人だけは、何のことやら分かっていない様子ではあるが。
ドンは男に対し、「このガソリンって奴、まだ多少はあるんだよな?」と確認を取った。
「ああ……そりゃぁそうだが……」
「クッ。じゃぁ解決だ」
私達は一斉に胸を撫でおろす。未だに状況を把握できていない彼女……ロンドは、何度も瞬きをしていた。
ガタガタと車が揺れる。車と一口に言っても私が乗っていた物とは違い、サイドの壁は無いしフロントも剥き出しスピードも大して出ない。それでも、この大陸には似つかわしくない発達した文化だ。
この車はかなり大型で、私達十人と先ほどの男――デズンも運転の為に乗り込んでいる。ドンに聞いたところ、彼はドワーフと言う種族らしいが、老若関係なく髭を伸ばしている事が多いだとかで、見た目で年齢が分からない。
「……ロンド、大丈夫?」
私は後部座席で額に汗を滲ませている彼女に声をかけた。腕にはガソリンが少し入った小さなタンクを抱え込んでいる。
「だいじょうぶですぅ……ですけどぉ……こ、これあとどのくらい続けるんですかぁ……?」
「そうさなぁ……二時間程走れば給油所があるから……そこまで、か?」
「にじっっっ」
ロンドの顔色が見る見るうちに悪くなっていく。なるべく早めに休憩を取るように私はデズンに頼んだ。
そう、足りないガソリン問題。それはロンドの魔法で即時解決した。出発前、彼女がガソリンが少量入った小さくて丈夫なタンクを抱え、もう片手から燃料タンクに量を増やしたガソリンを流し込んだ。しかしロンドが魔力を使うのを止めれば、すぐにガソリンは無くなってしまうため、彼女は後部座席でずっと目に見えない燃料タンクの中のガソリンと格闘していると言うわけだ。
「ロンドおねーちゃん、あせべたべた」
「あついの?」
「だいじょうぶ?」
「……はいぃ……」
エル、オルレリ、カントがロンドの顔を覗き込むが、二時間かかると聞かされて元気が無くなってしまったらしい。私は水筒を後ろに回して、ロンドにあげてとエルに頼んだ。
「ヒコスケの事……どこで知った?」
ハンドルを握りながら、デズンが口を開く。彼の横に座っていたドンが、「教えられないんじゃなかったのか」と答えた。
「うむ……いや、懐かしい名前なのでな……思い出話がしたくなってしまったわい」
「……懐かしいって事は、やっぱりもうお亡くなりに……?」
私は、苔の生えた石板を見た時に感じていた不安を彼に伝える。しかし、デズンは首を横に振った。
「いや、彦助は二十年前に俺達の国に来てなぁ、色んなもんを一緒に作ったんだが……それから二年後には、自分の世界に帰ったよ」
「え……」
帰った。自分の世界に。
私は、肌に当たる風が急に冷たくなったかの様に感じた。
「元々、俺らの国の工業発展の為って言う契約だったからな、十分働いたと判断されたんだろうて。まぁアイツ、作るのは確かに凄かったが教えるのはてんで駄目でなぁ。置いてった設計図も色々あるんだが、解読するのに馬鹿みたいな時間がかかって仕方がねぇよ……ん? どうしたんだよお前さんら」
「……い、いえ……何、も……」
デズンの声がやけに遠い。同乗した仲間達も急に口を重くしてしまった為、次第に彼も黙ってしまう。三つ子とキルンの楽しそうな笑い声だけが車の中で跳ねている。
――札山彦助は元の世界に帰った。なら、私は? ……私も、いずれは帰らなくてはならないのだろうか? こちらに来て初めは間違いなくそれを望んでいた筈なのに、どうして今はこんなに頭がガンガンと鳴って、胸が締め付けられるほど苦しいのだろう?
私は縋るように、ドンの表情を探った。どうか、私は違うと言って欲しい。まだまだここにいていいんだと、むしろ死ぬ気で働き続けろと指示されたって構わない。
だが彼は、頑なに私の方を見ようとはしなかった。それが答えだと知るまでにそう時間はかからなかった。
予感がする。
このトンネルを抜ければ新しい国が待っている……そして、私が私と向き合うべき時が近づいている――と。
これにて三章は完結です。不穏な終わり方でごめんなさい!
四章に入る前に、「外伝①:ドン・ドルータ13歳」の再掲と、地図を新しくしたのをアップしようと思います。
四章からはカッサとの戦いに向けて動き出しますので、よろしくお願い致します!




