15話 泉
ゴードル王子のクロに対する聞き取りが午後にも夕方にも入ってしまった為に、私達はササルーファ砦にてもう一泊する事になった。そして次の日の早朝から、ゴードル王子の案内で“魔力の湧く泉”とやらに向かう事になった。
「あの王女はもう帰ったの?」
イオーラが砦の入口できょろきょろと忙しなく顔を動かしながらそう聞くので、私は「そうだと思うよ」と返した。――実は、昨晩のうちに彼女が私の部屋を訪ねて来たので立ち話をしたのだが、それを言うとまたイオーラを怒らせてしまうのため内緒だ。
***
昨晩会ったエミーリ王女は薄暗い灯りの中と言う事もあってか、少しやつれた様な表情をしていた。私との事で、自らの首を絞めてしまいあの城に居づらくなっているのではないだろうかと少し心配になった。
『大丈夫ですか?』
『……本当に、サクラさんってお人よしですのね。わたくしにそんな言葉……貴女を、危うく死なせてしまうところでしたのに……』
『いえ……塔から落ちたのは、私のドジなので……』
再度謝罪に来たのであれば、それは無用だと私は彼女に伝える。すると王女は否定して、私の姿をじっと見つめた。
『その服、サイズぴったりでしたね。それが気がかりだったんですの……これ、かなり良い布で……誰かに多少斬られた程度ではなんともありませんわよ』
『それ、貴女が言います……?』
『失礼。……ね、サクラさんはケリクツト王にお会いになった?』
『いいえ……結局機会も無く』
彼女は笑いながらブラックジョークを放ったと思えば、急に声のトーンを落とし始めた。指で頬を触りながら少し俯く姿は、一国の姫と言うよりも一人の少女と表現した方が良いかもしれない。
『ケリクツト王は……厳格な方です。わたくしの過ちをお許しにはならないでしょう。ですから、この謝罪での外出以降はカッサへの出陣の時まで城から出られないかもしれません』
『そんな……』
『やるべき事の重圧に耐えきれずにご迷惑をおかけしたのです。これはけじめですわ……ですから、最後に一度サクラさんにお会いしたかったのです……。次は、カッサ国王都で……そう信じていますわ』
『ええ……』
握手をしてから去っていく王女の背を見送っていると、彼女はくるりとスカートを翻してこちらを振り向いた。
『先に、ドン様も訪ねましたのよ。……反乱軍の指揮、改めて就任して下さらないかと聞きましたの』
『ちょ、ちょっとあんまり煽らないでやって下さい……後から機嫌を取るのはこっちなんですから……』
『そうなの! 目がとてもお怒りでしたけれど、よく我慢されているのね? 無言で扉を閉められてしまいましたのよ! フフッ……ごめんなさいね』
目をキラキラさせながら言うような事かと、私は心から呆れてしまった。
そして最後の軽い謝罪は、「後のフォローは宜しく」と言う事なのだろうか……私は今度こそ小さくなる彼女の背を見て、複雑な気持ちになった。
***
一応その後ドンに報告したが、忌々しそうな表情で「そうか」と言うだけだった。今もかなり機嫌が悪く、景色を見ながらトントンと指先で自分の膝を叩き続けている。私がその指を横からちょんと突くと、彼は少し顔をほころばせた……全く、彼女には振り回されっぱなしだ。しかし個人的に思うのは、王女ともあろう人ならばそれくらい周囲を巻き込めなければならないのではないかと言う事。でなければ、自分の親の首を獲ってでも平和を国に……という行動は取れないだろう。
ゴードル王子の手配した豪華な馬車で砦を離れ、しばらく揺られていると森に辿り着いた。森の中は馬車でも通れるように道が整備はされていたが、そこにはケリクツトの兵士達が見張りを行っている。この国にとってはかなりの重要スポットだったらしい。
「ママみてー! あおいおいけ!」
「青い池? いや、あれは泉……かな? 本当だ真っ青だね」
森の奥に進んで行くと、神秘的な水色の光を放つ青色の水の泉に辿り着く。馬車から降りながら、私はその光景に既視感を覚えて首を傾げた。
「……あれ? どこかでこの色の光を見たような……」
「あ! ケリクツト王城の中庭っすよ。ウルヒムが気絶してた……」
私の疑問に、アルクが手を叩いて声を上げる。そうだ。私が失踪したウルヒムとキルンを探して辿り着いた中庭。その中央の池の水は、この様に水色の光を放っていた。
それにしても、私が攫われた後ウルヒムは気絶させられていたらしい。放置のキルンが水の中に落ちたりしなくてよかったと今更ながらに冷や汗をかく。……まあ、そうならない様にゴードル王子もアルクに中庭の事を教えたりしたのだろうけど。
「……えっ、じゃぁ王城でも良かったって事? ここまで来なくても?」
もしそうであればかなり間抜けな話である。目の前にあったのにスルーして来たのだとすれば。
私がそう口にすると、ゴードル王子は「いやいや」と笑った。
「恐らく、中庭に引いている水がここから影響を受けているのだとは思うのだが、直接繋がってもいないし、恩恵も無い。さて……この泉はケリクツトでもかなり秘密裏に扱われている場所でな。俺が案内した客人は君達が始めてだ」
「それは……悪用されるとかそういう?」
「違う。ここはハネプ神の聖地と言われている場所だからな。通常は国民であっても入れん。不浄な輩に汚されでもしたら大変だ」
「じゃ、じゃぁ……ここに来たのはまずいんじゃ……」
後々大きな問題に発展するのではと考えると血の気が引いて行く。
ゴードルは大口を開けてその不安を笑い飛ばしながら、私の背中をパンパンと叩く。あまりに力が強いので、少し前のめりにバランスを崩しかけた。
「気にするな! バレなければ良い!」
「ええ……で、でもよりによって魔王ですよ? 不浄って……勿論クロが不浄だとかそういう事では無いんですけど……だ、大丈夫なんですか?」
「そもそも俺は父と違ってハネプ信者じゃないからな。本来であれば軍事にバンバン利用していきたいくらいだ! ――まぁ、父が亡くなるまでは手を付けないようにするつもりだけどな」
「は、はぁ……」
「そして、一応名称として“魔王”と呼んではいるがな、ママさん。俺が思うに彼は不浄な存在などではない……宗教家の目線をあえて取り入れるとするのならば、むしろ神の使徒に近い存在の筈だ。つまり、この泉を使用するのにこれ以上適した者はいないと、俺は踏んでいる!」
ゴードル王子が興奮して話始めると、彼の白銀の翼がはためいて羽が舞った。
不安要素はあるが、王族である彼が「使って良い」と言ったのだ。あまり詮索するのは止めた方がいいのかもしれない。
「じゃぁ、さっそく使わせて頂いても?」
ドンがクロを抱えた状態で、私とゴードル王子の間に割って入ってくる。ゴードル王子はきょとんとしながらも、クロに泉のすぐ近くまで寄ってもいいと許可を出してくれた。
「ふむ……」
クロが水面に自身の姿を映しながら何かを考えこんでいる。その様子を見ているこちらが緊張してきた。彼はゆっくりと、ブラウスの袖を捲り上げた右腕を水面に近づける。
すると、突然泉から溢れていた水色の仄かな光が強い光へと変わっていった。そしてその光は、拳ほどの光の球に形状を変えていく。
「く、クロ……大丈夫かな……」
「……」
ドンも他の仲間も、息を呑みながらその成り行きを見守っている。私は両手を胸の前で組み、彼の安全を祈る他無かった。
その間にも生成された光の球は、次々と水中へとダイブしていった。すると今度は、未だに水中に腕を沈ませているクロの体が発光を始める。そして……光の球と同じ様に、水中へと飛び込んでいってしまった。
「クロっ!」
私は慌てて水際へと駆ける。水中を覗き込むが、眩い光によって中がどうなっているのかは全く分からない。
「サクラ、落ち着け」
「で、でも……! 溺れちゃう、助けなきゃ……」
「平気だ。ゴードル王子も何も言って無いだろ、これは儀式みたいなもんなんだよ」
つい追いかけて飛び込もうとしてしまった私を、ドンが腰に手をまわして静止する。確かに彼の言う通りではあるのだが、あの小さな少年が苦しい思いをしているのではないかと思うとこちらまで息苦しい。
不安に苛まれながらもしばらく待っていると、今度は泉の水全体が一層青く光り始めた。そして泉の中央から、光の中を舞う様にクロが飛び出てくる。彼は水面に鮮やかに着地をしたかと思うと、自分の両手を閉じたり開いたりしながら何かを確認している様子を見せた。
「クロ、大丈夫だった!?」
「――ああ、母上。問題は無い……魔力は、かなり貯まった……が、生命エネルギーが足りない故、今すぐには次の形態には移行出来ぬようだな」
水面に板でも張っている様に、難無く歩いてこちらに帰ってくるクロ。それを見てゴードルは苦々しく笑った。
「よく言う。一気に泉の力を使い切ってしまっておいて、”かなり”とは……。君を満たすには一体どれだけの魔力が必要なのか……」
「いやいや、この補充で十分。今後の成長は早く進むだろうて……助かったよゴードル王子」
「それは、光栄だな」
泉はもはや、水色の光を発してはおらず、水の色も青色ではなく透明になってしまっている。魔力を補給出来る様になるまでには、しばらくの間は湧き出る魔力を貯める必要があるらしい。どれだけの月日がかかるのかは、ゴードルにも予想がつかないらしいが……。
「……この状態を父に見られない様にしなくてはな」
ケリクツト王に見られでもすれば、一発でここの魔力を使った事がバレてしまうだろう。まさかこんなに分かりやすく変化してしまうなんて……と、頭を抱えるゴードル王子を私は少し不憫に思いつつ慰めにもならない言葉を送った。
「頑張って隠して下さいね……」
「……さて、これでケリクツトでやるべき事は終わったな。次の目的地へ向かおう」
ドンが私達に向けてそう言葉を発した。次の目的地は……ここより南西、多種族連合国の一つである“ソマラン王国”だ。




