14話 ササルーファ砦③
ゴードル王子とクロの結んだ契約は以下の通りだ。
ゴードル王子は我々魔王一行に対し、今後の進行に関する情報、移動手段、住まい、彼個人が所有する各国の伝手、魔王軍設立の協力が望めそうな地域のリストを譲渡する。
代わりに魔王一行はゴードル王子に対し、ゴードル王子が所望する魔王に関しての情報を譲渡。それに加えて、我々の行動をゴードル王子が把握する事を許可する事とする。
「ゴードル王子は本当に“魔王”の研究にご執心なんですねぇ……」
会談を終えると、ロンドがしみじみとそう呟いた。私達は今、男女に分かれて着替えを行っている。
会談中、エミーリ王女から詫びの品として差し出された箱の中には、人数分の新しい装備や服、そして多額の金が入っていた。ケリクツトまでの護衛任務の報酬の全てと、私への慰謝料らしい。慰謝料はともかく、護衛任務は他のメンバーの働きもある為全額は受け取れないと辞退したのだが、最後に言葉を交わせなかったマリオ達からの餞別であるとの事で有難く頂戴した。
「なんと言うか……マイペースな人だよねぇ」
「そうですねぇ。掴み所が無いと言いますかぁ……それにしても最終的にはぁ、情報と情報の交換って形に落ち着きましたねぇ」
「多分……クロも最初からこの辺りに落ち着きたかったんじゃないかなぁ。あのままじゃゴードル王子の手の平の上だったし」
エミーリ王女に貰った服は、丈夫そうな生地で作られたチュニックと伸縮性のあるぴったりとした黒のパンツだった。何枚か洗い替えもあるらしくてかなり嬉しい。ここ最近ずっとブラウスとロングスカートと言う代り映えのしない服装だったため気分転換にはなる……が、動きやすくなった分、下半身の締め付けが少し苦しい。ロングスカートに慣れてしまった事の弊害だろう。
「痩せようかな……」
「えぇ~そうですかぁ~? 痩せなくていいと思いますよぉ?」
「そっ、そうよサクラ! サクラは全然、ぜんっぜん! 太ってないわよ!」
ロンドとの雑談の延長でぼそりと呟くと、少し離れた所にいたイオーラが血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。彼女は私の過去を知っているので、何か気にしていると思って心配しているのだろう。
「足のラインが出るから恥ずかしくって……」
「気にする事ないから! 毎食ちゃんと食べて! ひもじい思いはしないで……!」
「わ、わかった……わかったよ、イオーラ……」
彼女の前でダイエットの話題は出してはいけないらしい。まぁ、イオーラに心配して貰えるのだからまんざらでも無いのだが……。
各人着替えを終えたものの、服装が大きく変わったのは私だけで、他二人はあまりデザインに大きな変化は無かった。ロンドは体の線が出にくいローブ風の装備、イオーラは私と同じくチュニックとパンツだが色は白を基調としている。
しかし、ゴブリン四人にと貰ったお揃いの剣士風の服は非常に拘りが見られて大変可愛らしい。軽い素材のアーマーと短いマントは共通だが、ボタンや飾りの位置、基調とする色などのデザインが一人ひとり違っているのだ。
ブラウスと黒のパンツとマントだけだったクロに比べるとかなり気合が入っている。
「あーん可愛い~。でも、すぐにサイズが合わなくなっちゃうんだよねぇ……」
叶う事ならばウルヒムも入れた五人で写真が欲しい。一生の宝物にすると思う。私が同室で着替えていたエルとオルレリに擦りつくと、二人は顔を見合わせて「ふふー」と笑った。しかし、この子達にとってはアーマーとマントはいくら軽くても鬱陶しいらしいので、危険な場面以外では外しておく事にした。
「ねぇママ―、クロはー?」
オルレリが私のスカートを引っ張ろうとして、スカッと空を切った。いつもの位置に布が無くて少し驚いた表情をしているのが可愛らしい。
「クロは……ちょっとお話し中」
「だれと?」
「……さっきの王子様」
「えーずるーい。たのしそーう」
楽しいかどうかは分からないけど。
そう、クロはゴードル王子との契約に則って自分の事を多少教えてあげているらしい。私も、彼とは話す時間が欲しい。思念体の彼は、未だに現れていないのだ。
「母上、お待たせした」
ゴードル王子との話がひと段落したらしいクロがマントを揺らめかせながら、廊下で待っていた私の所へとやってくる。自然な動作で抱き着いて来たかと思えば、きゅっと手を繋いでくる。
「お疲れ様。どうだった?」
「うむ、それがな……これからソマランへ向かおうと思うのだが、道中に“魔力の泉”へと寄る事になった」
「ソマラン……多種族連合国のうちの一つだよね」
「そうだ。ドンの意見もあってな……そう、それでゴードルが泉の場所を知っていると言うのでな、案内する代わりに付いてくるそうだ」
ソマラン……その国の名前には聞き覚えがある。
ネフカロン地区の傍にあった石板に“日本語”で書いてあった……『ソマランにて待つ 俺は武器を持っている 札山 彦助』の文字。その人が今もソマランにいるのか? もしいるのならば話を聞きたい。しかし、あの文字はかなり古いものの様に見えた為、彼が生きているかも怪しいものだ。
「クロの話は? 嫌な事聞かれなかった?」
「案じるな母上。……何、我にとっては他愛のない事を話したのみ。それでもあちらは随分興奮しておったがな……これくらいで今後の伝手が手に入るのだから安いものだ」
「……クロに頼る事になってごめん。もしも嫌だったらちゃんと言ってね」
私が彼の顔を見てそう伝えると、クロはニヤッと悪戯好きそうな笑みを見せた。
やはり、これまで助けてくれていた思念体の魔王とは少し印象が異なる様な気がする。この子が成長すると自ずとああなるのだろうか、それとも全く違った人物像になるのだろうか。
「母上は心配なさるな! なぁに、しばらくすれば我の為に散々働いて貰う事になるだろう。今は借りと思っておけば良い」
「うん……わかった。それで、私からも聞きたい事があるんだけど」
「ほう」
「クロへのエネルギー供給って今はどうなってるの? 私、最近体調も悪い事無いし、正直クロに送ってるって感じしないんだけど……自分でお菓子とかご飯も食べてるみたいだし、もう大丈夫って事?」
私がずっと聞きたかった事を質問すると、クロは空中の見えない糸の様なものを指でなぞり始めた。「否、まだしっかり繋がっている」と口にして。
「ただ、食物から取れるエネルギーも増えてきた故に以前ほど母上から取る必要は無くなってはいる。辛くは無くなって来たのもそれが原因だろう。しかし魔力は少しずつ流れ、こちらに蓄えられておるし、“エネルギー以外のもの”もこちらに送られてきておる。この管は、我が完全に復活するまでは消えぬだろうな」
「“エネルギー以外のもの”って?」
「何と説明すれば良いものか……所謂、“感情”に似たものかもしれん。母体の受けるストレス、もしくは心地の良い体験は我の性格を形成するのにも影響を及ぼす」
「えっ、そんな責任重大じゃない……」
するとクロは再度私の腰に抱き着いて来て、会談での契約を迫る姿からは程遠い笑顔を見せた。私はどうしようか悩みつつも彼の頭をよしよしと撫でる。
「大丈夫、ここまでなんの問題も無い。母上には感謝しておる故、これからもよろしく頼む」
「え、そ……そう? うん……へへ、よろしくね」
一瞬ウルヒムに良く似ていると思った。彼も突然私に抱き着いてくる事が多々あったからだ。ウルヒムはクロを良く可愛がっていた。母体である私だけで無く、周りの環境もかなり影響しているのかもしれない。
であれば、私はもう少しクロの前での会話などに気を付けた方が良いのかもしれない。何故ならばクロの雰囲気はウルヒムにも似ているのだが……ドンにも仄かに似てきた気がするからだ。子どもは大人の会話を分かっていない様な顔をして、案外よく聞いている。
「ねぇ……クロはさ……」
「んー?」
「……いや、何でもない」
私は、思念体の彼との性格の違いについて聞こうとしたが、もしもクロが思念体の彼について知らなかった場合に混乱させてしまうかもしれないと思って止めておいた。
焦らずともまた、彼とは出会う機会もあるだろう。




