13話 ササルーファ砦②
夜が明けて私を待っていたのは、隣の部屋だったイオーラからの「うるさい、こっちもエルが起きた。迷惑」と言う説教だった。
同室にいる他の面々にもこの姿を見られながら羞恥に顔を熱くさせて聞き流していると、その問題の張本人である彼から「昼前に面会だってよ」と告げられた。
「誰と面会なの、リーダー?」
イオーラがドンにそう問いかけるのを、私は横目で眺めている。昨晩はキルンとクロがもう一度寝静まってからまたしても傷痕の話が持ち上がってしまった。結局はすったもんだの末に私が折れたのだが、その騒ぎをイオーラに怒られて災難だ。
残っているのは痕だけで、皮膚の下はケリクツト王城直属の偉い魔法使い医師により治っている筈だが……今になってじくじくと疼く様な気がする。絶対にこの男のせいだ。
「……エミーリ王女だ」
「!! あの女、今更何を話しにくるってわけ!?」
ドンの放った名前に、イオーラだけで無く、その部屋にいたロンドとアルクまでもが曇った表情を見せた。この話を持って来たドン自身も、気が重たそうだ。
「謝罪だろ……多分」
「でも……謝罪って……まさか、サクラさんも出るとか言わないっすよね?」
「冗談じゃないわよ! ね、出ないわよね……?」
アルクとイオーラの二人は、私の事を思ってそう確認してくる。確かに彼女のした事を思えば、あれから一日しか経っていないのにも関わらず顔を合わせるのは気が引けた。しかし、わざわざ追いかけてまで会いに来ると言っているのだ。ここは受けるしかあるまい。
私は二人に「ごめんね」と謝る。それで察したのか、アルクは獣耳をぺたんと垂れ下がらせて俯く。イオーラは憤慨しながら近くにあったテーブルの脚に八つ当たりをして、私にそれを注意されるともっと腹を立ててソファに寝そべってしまった。……後でフォローはしよう。
「……エミーリ王女とは会う。もしかしたら……魔力の泉についての話を聞けるかもしれないし」
「お前、図太いな」
「……まぁ」
互いの間に密かな沈黙が訪れる。それをアルクは不思議そうに、ロンドは楽しそうに見ていた。ちなみにロンドは「この光景、リンダさん達に見せたいですぅ」とまで呟いている。心からノーサンキューだ。
「それに、バタバタと出て来たからな。せめて王女をケリクツトまで送った礼金の半分……は、言い過ぎか……だが多少は貰っておかねぇと。次の国に行く前に金が底を尽きる」
「ほんとですよぉ……」
「つまりだから、アレ? 王女から金を巻き上げるって事?」
口元をひくつかせながらそう聞くと、ドンとロンドは爽やかな良い笑顔でこちらを見た。マリオがいれば、ここに嬉々として混ざるだろう。
私は静かにアルクの背後へと回ると、彼の目元を手で覆った。
「な、なんすか!?」
「アルク……あまり見るんじゃない」
心が汚れてしまうから……。
昼前に、私達が泊まった部屋とは違う、豪華な装飾が施されている部屋へと通された。すでに中にはエミーリ王女と、ケリクツト第一王子ゴードルがソファに腰かけていた。
王女は開口一番に私への謝罪をする。この期に及んで言い訳は無いらしい。イオーラとアルクはそんな彼女にあれやこれやと言いたい事が山ほどあった様だが、王女とこれ以上揉めるのは私達にとって益が無い事なので控えて貰った。
「う……」
「ごめんね、イオーラ。気持ちだけは受け取っておくね」
「うぐ……ば、ばかぁ! もう知らない!」
急にボキャブラリーが貧相になった彼女は憤慨しながら部屋の隅へ行ってしまう。この光景はそろそろ定番だろう。
「それで? わざわざゴードル王子が引率で来られたのは何か理由でも?」
ドンが椅子にどっぷりと腰を掛け、足を組みながら問う。『不滅の灯』のリーダーから降りて責任が軽くなったからの行いなのか、それともその横柄な態度すら計算なのか。
「俺も謝罪だ。実は、エミーリに協力して兵も貸した」
「! ……そう、ですか」
「ママさんはあまり驚かないんだな」
「そりゃぁ、“魔王の卵”について知っていた人物は限られてきますし……中庭に誘ったのも貴方ですから……」
むしろ疑われない方が不自然だろう。しかし、魔王についてはあんなにきっぱりと「誰にも言わない」と口にしていたのに、とんだ大嘘つきだ。ゴードル王子は、優雅にお茶を飲んでいるクロを見ながら楽しそうに続けた。
「“魔王システム”が俺の研究テーマなんでな。手放すのが惜しくなったんだ」
「“魔王システム”?」
「ま、俺が仮の名称として呼んでいるだけだ。――数百年に一回のペースで現れる魔王と勇者。それぞれの陣営が戦い、約束されたかの様に勇者が勝利を収めて魔王は封印される。その繰り返し……これの一連の流れが定期的に訪れるのは、偶然なのか人為的なものなのか……」
大雑把そうな雰囲気からは縁遠い真剣な眼差しで、彼はブツブツと呟いた。そんな彼にとって、クロの存在は喉から手が出る程欲しい研究材料と言うわけだ。一度言葉を切ると、彼は首を傾けながら「だが」とこちらを見る。
「このシステムを観測できる貴重な機会に、俺の手が入り過ぎるのは如何なものかと考え直したわけだ。このまま目の届く範囲に魔王を泳がせた方が、俺にとっては都合が良い」
「目の届く範囲……だと?」
ドンが王子に対してあからさまに不審そうな表情を向ける。
「うむ。立場上限りはあるが、俺は君達の支援者になろう。これから国境を越える君達に、情報、移動手段、住まいを提供する。ただ……」
「――行く先々にゴードル王子の配下の目があると」
「その通り。魔王として行動を大々的に行うのならば情報は今後いくらでも入ってくるだろうけどな……俺はそれまでの成長段階を是非とも記録に収めたい! 誰が俺の配下だとは伝えるつもりは無いが、俺の提供した通りに動けばどこかで君達を見張っている。そう言う話だ」
「ちっ」
ゴードル王子から目を離して忌々しそうに舌打ちをする彼を、私は肘で小突く。厄介に思う気持ちは分かるがいい加減に見ている方も冷や冷やする。
提案された内容は確かに有難い。しかし今後の旅先に必ずケリクツト側の目があると言うのは気持ちの良い話では無い。それが計略によるものならともかく、王子一人の利益の為のそれだ。ドンに取っても私達にとっても受け入れ難さはあるだろう。
「……」
暫くの間ドンは沈黙した。私は小声で「悩むね……?」と彼に問いた。
『不滅の灯』からは抜けたものの、彼は私達にとってのリーダーである事には変わりない。決断は彼に委ねている。
しかし、それで良いのだろうか?
案外リーダーとは孤独なものかもしれない。責任や期待を一身に背負う立場だ。ならばせめて、『不滅の灯』から抜け、今後魔王軍の指揮系統に携わる……それまでの間だけでも、ドン以外の誰かが意見をするべきなんじゃないだろうか。そう考え、私が何か発言せねばと口を開きかけたその時、
「……受けても良いのではないか?」
「クロ……?」
取引の条件である人物が話に加わり始める。手にはアップルパイの様な物を握り、口の周りをカスまみれにしている所は見た目の年齢と相応だ。クロはもしゃもしゃと口を動かしながら、ゴードル王子の方を向く。
「……んぐ。ん、先の事とは別に、我が覚えていることならいくらか教えてやろう。お前の研究の足しにするが良い。……ごくん。だがしかし条件がある。それが飲めれば、の話だが?」
「……ほう! 小さな陛下の条件を聞こうじゃないか」
彼はキラキラとした眼差しで、自分の半分程の身長も無い少年を見やった。クロは薄っすらと笑みを顔に乗せて言う。
「我が出陣の際にお前の手持ちの兵を貸せ。出陣のタイミングは今後わざわざ連絡を取るまでもないであろう? 貴様はこれから我々を監視下におくのだから……」
「!」
「クロ……いや、陛下……」
彼の放った条件に、ゴードル王子はピクリと眉を動かし、ドンは言い淀む。
クロはパイを食べ終えた手をパンパンと叩いて食べかすを払い落としてから椅子に登り、座ったままのドンの背中に正面からもたれかかる。
「“契約”だ……お主、口先だけではどうとでも言えよう? 私事に兵を使っても構わんと思えるそこまで大切な研究であれば、ここで我と契約を交わせ」
相手の出して来た条件に、こちらも条件を重ねて提示する……。幼い少年の姿とそのギャップに私達は戸惑うものの、目の前の白銀の翼を持つ青年は「はっはっは」と大口を開けて笑った。
「私兵を貸せと! つまり部下を一時的にでも魔王軍に下らせろと言いたいわけだ! 我々の様な目立つ存在が戦場で飛び回れば、一発でバレて俺の責任問題に発展するぞ」
「では、無理と言う事だな?」
「……ハハッ……いや、兵は貸せないが、こんな取引でどうだ? 俺の持っている国外の伝手の紹介や、魔王軍に縋るしかなさそうな地域をリスト化して渡す。紹介者として俺の名前を出して貰っても良い」
「貴様の名を? それではどちらにしても悪名が轟く事になるのではないか?」
「問題は無い。俺は、“エミーリ王女と共謀して客人に失礼を働いた謝罪として、他国でも安全にかつ快適に生活出来るように手配の手伝いをした”だけで、“魔王軍の手引き”はしていない……と、本国では主張する。俺は大雑把な性格で通っているからな、“魔王とは知らなかった”と言いふらしておけば、大体の奴は信じるさ」
自信満々にゴードル王子はクロに答える。エミーリ王女の行いについても、彼なら上手く言いくるめるだろう。それに対して、クロは両方の口角をきゅっと上げて頷いた。どうやら交渉成立だ。
「な? それで構わないだろう? 我が軍の参謀よ」
クロは自分が体重を預けたままのドンを見下ろした。小さな魔王と目が合うと、彼は肩を竦めて諦めたかのように言った。
「……陛下のお心のままに」
「全く、その話し方はやめろと言っておるのに。……さて母上よ、契約書の準備だ。その前に我のお茶とお菓子をここに持ってきてくれんか」
「お茶と、お菓子……まだ食べるの……?」
威厳があるのだか、お子ちゃまなのかよく分からない。
私とドンは目を合わせて、同時に痛くなる頭を押さえた。
すったもんだは……!
すったもんだです……!
その辺りも書いたんですが、ちょっとなろうで上げられないのでそのうち……!




