12話 ササルーファ砦
馬車移動の先に見えたのは、石造りの建物。ササルーファ砦と言うらしい。
ササルーファ砦の向こうしばらくは山脈が続いているらしい為、一旦ここで休まなくてはならない。
「もう暗くなって来たね」
「ママ―……ねむいー……」
「そうだね、カント。中で休ませて貰おうね」
私達は馬車を降りて、案内されるがまま砦の中を進んで行く。事前にここへ寄る事は伝えられていた為、部屋も確保してくれている。王城に比べれば随分簡素な部屋ではあるが、十分伸び伸びと過ごせそうだ。
休む部屋は三つに分けた。ドンとアルクとカント、ロンドとイオーラとエルとオルレリ。そして私とキルンとクロ。
「母上、我も眠って良いだろうか」
部屋に入ってキルンをベッドに寝かせていると、クロまでもそんな事を言い始めた。一番小さかった筈なのに、ウルヒムがいなくなった今では三つ子よりも発達段階が先だ。やる事に違和感しかない。
「う、うん。疲れたよね、お休み」
「うむ……」
クロは長い黒髪をゆらゆらと揺らしながらベッドへと上がっていき、キルンの隣で布団を被る。食事は馬車の中で食べてきたので、もう寝るだけだと思っているらしい。
入浴もさせたいところではあったが、他の子ども達も寝てしまっただろうし、彼らは明日で良いだろう。
クロがこの形態になってから、思念体の……魔王であるクロと話せていない。私は、赤ん坊のクロが成長すれば、中身は自然と思念体の彼になるのかと思っていたが。今のクロは、どう見てもただの少年だ。私の事を救ってくれたり、話し方が偉そうだったりはするものの、“魔王”としての自覚があるようには見えない。
そして“食事”。馬車の中で嬉しそうにパンを頬張る姿には少し驚いた。何故なら彼の栄養は今まで私から送られており、他には水しか飲んでいなかったからだ。今の彼の栄養源はどうなっているのだ、私とはまだ繋がっているのか……そのあたりの事を聞きたいのだが、彼が出て来てくれなければどうする事も出来ない。
その時、扉がノックされる音がして馴染みのある声が聞こえた。
「サクラ、いいか」
「ん、ドン。どうしたの?」
私はそっと扉に近寄ると、彼を迎え入れた。話が長くなるなら留守番にロンドを呼んだ方がいいかと聞くと、彼は「すぐ終わる」と首を横に振る。
キルンとクロが眠っている為、部屋は灯りをほとんど落としている。あまり派手に音を立てると彼らを起こしてしまいそうなので、薄暗い部屋の端に椅子を出して静かに話す事にした。
「もう平気か? 悪いな、慌てて王城から出る事になって」
「大丈夫だって、何回も言ってるじゃない」
「そうだが……ずっと顔色が悪かったからな」
顔色が悪かったのは、失った血液のせいなのか……それとも。
私が口を閉ざすと、ドンは私の頭に手を置いてぽんぽんと軽く撫で始めた。子ども扱いされている様で気恥ずかしい。
「な、何……?」
「ウルヒムの事。俺も気づかなかった……アイツ、あんなに成長してたんだな」
「……そ、そう……だね」
ドンが柔らかい声色でウルヒムの話題を出す。
「まさかこんな別れ方すると思わなかったからな、思い出話でもしようかと思ってさ」
「……ドン」
ウルヒムの事を思い出す。今日別れたばかりのあの子の事を。
ウルヒムの成長は最近顕著だった。私も毎日彼と過ごすのが楽しくて仕方が無かった……まさか、こんな急に別れがくるとは……私だってそうだ。夢にも思わなかった……。
あの子の前では堪えて、馬車の中ではタイミングを失って出てこなかった涙が、今になって後悔と共にじわりと流れ落ちる。もしかしなくとも、ドンは私が泣けるように来てくれたのだろうか。
「……わ、たし……ウルヒムに、もっと何か……」
「十分だろ」
「で、でも……っ! 悩んでた事、すぐに気づいてあげられれば……」
「俺が抜けるって話をしてから、決めたのは一日とかだろ。あれで良かったんだ」
「私は……相談に乗ってあげたかったよ……ウルヒム一人に決めさせたく、無かった……」
涙を袖口で拭いながらそう言うと、ドンは頭を撫でるのをやめ、降ろすと私の手に重ねる。そして柔らかく笑うと、「ありがとな」と口にした。
「あいつらの親が死んでから、ウルヒムは泣いて泣いて暴れまくって……本当に手が負えなかったんだよ。それが、一か月後にサクラが来てからピタっと止んで、今ではあんな立派な事を言う様になった」
ウルヒムと初めて出会ったあの日。彼は妹や弟達が眠っているのをお構いなしに、大声を張り上げていた。礼拝堂の梁に登って、初めての散歩では扉に向かって猛ダッシュをかましていた。手のかかる少年だった。
「そっか……」
「そりゃ、期間にしてみりゃ短いけどな。あいつらの成長スピードは俺達とは違うし……この二か月ちょい、サクラに面倒見て貰えて良かったと思う」
「うん……ありがと」
欲を言えばこの話を、昨晩にウルヒムとしたかった……しかしそれはもう終わった事だ。今は彼の無事と、健やかな成長を祈るのみ。早すぎる親離れではあったが、それも彼が決めた道だ。
「ごめんね、話せて良かった」
「おう……」
ウルヒムの話はとりあえずこれで終わりの筈なのだが、ドンはまだ何か言いたげに私の事を見ている。
「何、どうしたの」
「……傷。残ったんだってな」
「傷……? ああ……」
馬車の中でエミーリ王女との事の顛末は話したのだが、話せば話すほど機嫌の悪くなっていくドンとロンド、アルクとイオーラが怖くて仕方なかった。彼女には彼女の理由があったのだと説明すると、イオーラが声を張り上げて「何甘っちょろい事言ってんのよバカぁ!」と騒ぎ始め、馬達が大層怯えていた。
「大した事ないから……」
私は見えているわけでも無いのに、服の上から胸元を押さえて隠す。足と肩にも残っているのだが、見た目が派手なのはどうしてもここだ。傷痕が残った事について実はあまり気にしてはいないのだが、指摘されると少し恥ずかしい。
ドンは膝の上で拳を握りしめ、突然私に対して頭を下げた。
「……悪かった」
「な、なんでドンが謝るの? 顔上げてよ……」
「エミーリ王女に対する説明不足が招いた結果だ。言い訳するつもりは無い。――本当にすまなかった」
ドンが頭を下げて私に謝罪をしている――私は目の前の光景をすぐには受け入れられなくてぼんやりと眺めてしまっていたが、ハッとして再度頭を上げる様に頼んだ。
彼はそれでも気が晴れないらしい。額に先ほど膝で握っていた拳を当てると、傷痕の残る私の足を見つめた。
「……捕まるって分かっていても、俺の事を呼んだらよかったんだ。そうすれば足だけで済んだろ」
「出来ないよそんなの……」
「なんで」
「なんでって……だってそんな事したら、ドンはエミーリ王女の僕になるって事でしょ? 魔王との約束が果たせなかったら、ドンにはペナルティがあるし……それに……」
「俺がその場にいたら、大人しく王女に掴まってたと思うのか?」
――別に、王女の事を殺したって良かったんだ。
彼がそう言葉を続けたので、私は即答した。「それは無い」と。
王女が反乱軍を率いなければこの戦いに勝ちは無い。つまりドンに王女は殺せない。彼がそんな間違いを起こす筈が無いし、まかり間違って起こさせてしまう事もNG。だからつまり、あの場に彼を呼ぶ事と、彼を王女に引き渡す事はイコール。それだけは避けなくてはならなかった事だ。
「本当は穏便に済ませたかったんだけどね……あまり揉めすぎて、『不滅の灯』が反乱軍の指揮から降ろされちゃったら困るから。……だから最終的にあんな派手に脱出しちゃってどうしようかなって思ってたんだけど、芝居を打って王族の誰かの目の前で喧嘩別れするってのははいい方法だったかも」
「……俺だって、芝居じゃなく本心から暴れたかったさ。ぶん殴ってやるから王女を出せってな……」
「そんな事本当にされたら、みんな困っちゃうよ」
「お前は、いつも……人の事ばっかりだな……」
そう言うとドンは私の体を引き寄せ、抱きしめた。
あまりに強い力に、身動き一つ出来ない。ダイレクトに伝わってくる熱に、自分の鼓動が段々と早くなるのが分かった。
「ちょ、ちょっと……」
「あんな所から落ちたんだぞ……俺達がどれだけ肝を冷やしたか……クロとロンドがいなければ、お前は今頃……」
地面に帰還した時に見せた、ドンの表情が脳裏に浮かび上がった。私だって、ああやって落ちたのが自分以外の誰かだったらと考えると……確かに、失う恐怖に震え上がるだろうと思う。
「ご、ごめんね……」
心配をしてくれた彼に対して、無神経な発言をした事を素直に謝る。
しかし私は失念していた。彼はそんな謝罪くらいで口を閉ざしたりはしない男だ。
「目が覚めたら全然平気ですって面してるしな……少しはしおらしくしてろってんだ。なんでヘラヘラ笑っていられるんだよ。思い出しただけで腹が立つな本当に」
「ヘラヘラって……失礼な。わざわざそんな事言わなくていいじゃない。なんだかんだ最終的に助かったわけだし」
「――ああん?」
しまった。ドンの言い方にカチンと来て、余計な事を口走った。
抱きしめられていて表情が見えないのだが、彼が今黙っている理由はわかる。私に対する怒りを抑えるためだろう、間違いない。
「そ、その……別に、楽観視してるとかそういう事じゃなくてね、ちょっとなげやりだったと言うか、考え方が雑だった事は謝るけど……その、私だって色々と整理しきれない事もホラ、あるわけでさ……」
まだ何も言われていないのに、口から言い訳がぽろぽろと落ちる。先ほどとは違った意味合いで私の鼓動は段々と早くなっていった。
ドンは「そうか……なるほどな」と声を低くしたかと思うと、私の腕を握ったまま体を少し離した。おずおずと顔を窺うと、彼は魔王もびっくりな邪悪な笑顔を貼りつかせて口を開く。
「脱げ」
「はぁ!?」
「傷痕確認するんだよ、さっさと脱げ」
「ぜぇっっったいに、イヤ!」
「誰も裸になれとは言って無いだろ、痕を確認するだけだ。それ以外に興味はねぇ」
「むしろその言い方が腹立つから死んでも脱がない!」
失礼な事を地で行く男だ本当に。少しでもどきどきしてしまった事を心から悔やんでいる。
そして私達が「脱げ」「脱がない」と言い合いを続けていると、
「ぎにゃああぁぁぁぁ!」
と、あまりの騒音にキルンが泣き始め、隣にいたクロがつられて起きた。しかもキルンの大声に驚き過ぎてしまったらしく、お漏らしまでしてしまったらしい。
「子どもってこういうの連鎖するよな……」
しみじみと頷くドンに、泣くキルンを抱えたままの私は雑巾を投げ付けたのだった。




