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11話 別れ


「あれ」


 気が付けば私は固い石畳の上では無く、柔らかなベッドの上にいた。明るく清潔な部屋の中での起床は良いものだ。

 そういえば、治療の途中で気を失った気がする。あれからどうなったかと胸元を探ってみると、エミーリ王女に斬られた場所はとりあえず塞がってはいた。残念ながら横一文字に痕になって残ってしまっているが、命が助かったのだから儲けものだろう。


「サクラ……っ、目が覚めたの……!」

「イオーラ、おはよ。心配かけたね」


 ベッドの横で待機していてくれたらしいイオーラが、腫らした目で私の手を取った。

 近くのソファからは、ウルヒムや三つ子、キルンと……恐らくクロだと思われる少年が顔を覗かせ、こちらに近寄ってくる。


「ママー!!」


 まずエルが私の体にすり寄ってきて、オルレリとカントもそれに続く。ウルヒムは一歩下がった所で心配そうにこちらを眺めており、キルンはよちよちと近づくとベッドによじ登ろうと体を動かしている。


「母上。怪我の具合はいかがか」

「……クロ、助けてくれてありがとう。でもなんか、慣れないね」

「気にするな。あと、慣れる慣れないの問題では無いのだから、私がこうやって無事に成長した事を喜ぶが良い」

「は、はぁ……」


 小さな体躯に合わない不遜な態度に、苦笑いを返す事しか出来ない。

 なんとか自力でベッドによじ登ってきたキルンを膝の上に乗せて、私は他の子ども達の顔を一人ひとり見ていく。


「ごめんね皆。大丈夫だよ」

「ほんと……?」


 カントが不安そうな声を出しながら、私の手をさすってくれる。それを真似して、エルとオルレリもそれぞれ近くにあった部位を撫で始めた。


「ところで……他の三人は……?」


 恐らくここはまだケリクツト王城だ。私が寝ている間に日は高くなっている。クロも目覚めた事だし、そろそろ出発しなければならないだろう。ドン、ロンド、アルクはどこにいるのだろうか。

 私の疑問に、イオーラは「それが……」と言い淀む。そして、チラチラと扉の外を見ながら、手をこねくり回し始めた。


「エミーリ王女がやったんだと思うってテヒングさん達が証言したもんだから、リーダーが問い詰めに行くって言い出して……えーっと、一応アルクとロンドさんはブチ切れた時に止める為について行ったけど……」

「あー……じゃぁ私も行った方がいいかな」

「えっ、でももう少し休んだ方が……」

「平気だって。あ、子ども達の荷物纏めてあるよね、一応持っていこう」


 私はベッド横に用意されていた服に着替える。この旅路では村から持って来たロングスカートだと動きづらいし、そろそろ服を新調出来ないだろうかと考えつつ用意を終えると、イオーラや子ども達を連れて部屋を出た。彼らがどこにいるかは分からないが、とりあえず騒がしい方向へ進めば良いだろう。

 案の定、何か激しく言い合う声が聞こえて来たのでそちらに歩を進める。




「そこをどけって言ってんだろが、あぁ!?」

「それはこっちの台詞だよ、君って奴は自分が何をしてるか分かってるのかい!」


 ドンとマリオの声である。

 そして二人を取り囲むように、『不滅の灯』メンバーや、城の使用人が集まっている。ヒートアップした彼を止める為に来たはずのロンドが後ろに下がっていたので、私はそっと声をかける。


「随分派手にやってるね」

「あっ、サクラさぁん。もう動いて大丈夫ですかぁ!?」

「うん。……さてこれは、止めるべきか止めないべきか……」

「あぁ、これはぁ……」


 今ここで入って行けば尚更火に油を注ぐようなものだろうと、様子を窺っておく。するとあの二人の間で動きがあった。マリオがドンの右頬に拳を叩きこんだのだ。小柄な彼からは考えられない威力だったのだろうか、ドンの体は後ろに倒れる。

 その様子に、私は正しく状況を理解した。


「……なるほど」

「あははぁ……結構思いきりますねぇ」


 ガシャンと音を立てて、ドンの背後にあった花瓶が割れて破片が飛び散った。


「ったく……いい加減にしなよ! その状態の君を王女に会わせられる筈無いだろ!」

「ちょ、っと……ま、マリオ……ッ」

「ニーナは黙っててくれないか」

「……分かった……」


 殴られたドンはぬらりと立ち上がるとマリオの胸ぐらを掴みにかかり、背後に居たアルクが止めるまでもなく、そのまま頭突きを食らわせる。


「ぐっ!」

「俺に喧嘩で勝てると思ってんのかテメェ……」

「リーダー、もう止めて!!」

「やかましい!!」

「!!」


 尻もちを付いたマリオを庇う様に、ニーナとリンダが前に出たがドンの恫喝に体をびくつかせる。

 それを見た私は、イオーラとロンドに子ども達を王城の入口へ連れて行って貰う様に頼んだ。これ以上見せるのは子ども達の精神衛生上良く無い。まぁ、しばらくすれば強制終了だとは思うが。


 失った血液のせいだろう、ずっと立っているのはまだ少し辛い。壁に体を持たれかけながら成り行きを見守っていると、「何事だ!!」と激しい声が響く。白銀の長い髪に眼鏡……ケリクツト第二王子、レオダールが青筋を立ててやってきたのだ。


「貴様ら、ここをどこだと考えておるのだ! つまらん事で一々暴れられては迷惑だ!」

「何がつまらん事だよ、こっちは仲間一人が死にかけてんだ! エミーリ王女を出せと言ってんだよ!」

「下がれ痴れ者が! やはり貴様はこの城からとっとと出て貰って正解な様だな! 今すぐこの城……いや、この国から出て行くがいい!」

「――あ」


 その言葉を聞いて、私は壁から離れる。同じく、ドンとアルク、何ならその向かいのマリオまでが少し表情を緩やかにした。


「おーおー、そうさせて頂くよ。俺はもう引退だ、新しいリーダーさんは精々頑張れや」

「戻りたいって言っても君の席はもう無いからね」

「じゃ、じゃぁ、さっさと行きましょ……!」


 人込みの中からドンとアルクが颯爽と出てくる。私を見つけるとドンは「歩けるか」と小声で聞いてきたので、私は指で丸を作って答える。

 あまりにあっさりと踵を返したため、レオダールは拍子抜けした様だった。背後で『不滅の灯』のメンバー達がわざとらしく「大丈夫か」「痛くないか」とマリオを心配する様な声を出しながら、レオダールの気を引いている。

 私はその三文芝居があまりにおかしくて、笑いを堪えるのに必死だった。


 ――芝居、つまり今の喧嘩は……この城を出る為の“やらせ”である。

 何人か本気で揉めていると思っている人もいた様に見えた。イオーラも含めて、騙すなら味方からといった所なのだろうか。



 王城の入口へと向かって行くと、ロンドとイオーラ、子ども達が先に待っていた。用意された荷物を見て、ドンが「気が利くな」と頷く。このまま手配された馬車で、最寄りの砦に向かうらしい。


「一旦部屋に戻るつもりだったんだが、手間が省けた」

「……それにしても……演技にしては、マリオさん結構本気で殴ったよね」

「あはぁ~……普段の鬱憤を晴らしたかったんですかねぇ……」

「うるせぇ」


 ドンの頬を見ると、私が船内で引っ叩いた時とは比べ物にならない程赤く腫れていた。普段の鬱憤と言うなら、相当腹に溜まっていたのだろうと思う。

 馬車に荷物を運び入れ終えてから、子ども達に奥から詰めて乗って貰おうとする。すると、ウルヒムが申し訳なさそうにその場に立ちすくんだ。


「どうしたの、ウルヒム。おトイレ?」

「ううん……違うんだ。あのね、ママ。オレ……乗らない」

「えっ? な、何言ってるの? これに乗らないと次の場所に行けないよ?」


 冗談や我儘の類かと思いながら、ウルヒムの顔を覗き込む。しかし、彼の真っ直ぐな瞳からはその様な半端な気持ちは全く感じられなかった。


「……オレ、マッテオさんにまだ剣を教わりたい……だから、ここに残る」


 その言葉に、後頭部を殴られたかの様な衝撃が私を襲う。反論しようと口を開いた時、城の中からマッテオが走ってやってきた。


「はぁ……ごめん、誤魔化すのに時間がかかっちゃって……。ウルヒムさ、昨晩のうちに自分で話すつもりだったみたいなんだけど……その事件が起きたせいでタイミングが無くてね」

「ど、どうして……? いや、どうして、は、剣が習いたいから、か……」


 舌が上手く回らない。血が足りない頭が、ぐわんぐわんと揺れて頭痛までする。

 私がそんな調子だからだろうか、ウルヒムは悲しそうに顔を歪めた。こんな事ではいけない――そう思うのに、全く笑える気がしなかった。


「サクラさん、俺はこの子に剣を教え始めて日が浅いけど、剣の使い方と言うより体の使い方が面白くてね。出来ればこのまま継続して面倒を見たいと思っているんだ。……勿論、本人の意思を尊重するつもりだったんだけど、昨日ウルヒムが訪ねて来て、自分からまだ教わりたいって教えてくれた」

「そうだったんですか……私、何にも気づけなくて……」


 確かに、ドンが今後の方針を全員に話した時、ウルヒムは落ち込んだ表情をしていた。私は他の人達と離れるのが嫌なのだろうと……つまり、ウルヒムがこちらに付いてくるのは当たり前の事だと決めつけてしまっていた。情けない話だ。


「オレ……昨日、ママと話さなきゃって思って……それで、綺麗な花を摘んでプレゼントにしてから、ママの所に戻ろうと思ったんだ……」

「だから、部屋を抜け出したの?」

「うん。そしたら部屋から出る時にキルンが起きちゃって……泣きそうだったからおんぶして連れてったんだ。お花を探そうとしたら、王女様が中庭を教えてくれて……」

「……エミーリ王女が、『心配しなくても大丈夫』だって、『ママには伝えておく』って言ったのね?」


 するとウルヒムは首を縦に振った。そういう事だったのか。頭の中が整理されると共に、私はこの少年との別れを覚悟し始めた。

 ウルヒムは本気だ。本気でもっと剣を習いたいと思っている。私達に付いてきたとしても、その様な鍛錬の時間はなかなか持てないだろう。明確な目標があるのなら、マッテオに付いて残るのが正解だと思う。


 だが、頭では分かっていても、感情を制御出来ない時もある。


「……っ」

「ママ……」


 目が熱くなって、視界が潤み始めた。しかし、絶対に涙は零すものかと下唇を噛みしめる。しかしこうなると気の利いた事は何も言えなくなってしまうのが難点だ。

 ウルヒムはそんな情けない私の腰にぎゅっと抱き着いてくる。


「――オレ、ママの事守れるくらい強くなりたいんだ。リーダーやアル兄みたいに強くてカッコいいお兄さんになりたい……!」

「……っ、そっか……。うん……うん、なれるよ、絶対」

「ほんと!?」


 曇りの無い灰色の瞳が私を見上げる。彼の真剣さに応える為にも、私は溜まった涙を袖口で押さえた。呼吸もなんとか整える。――泣くなら、ウルヒムと別れた後でいくらでも泣けばいい。

 私はウルヒムと視線を合わせる。彼の肩をポンと軽く叩いた。


「あまり無茶はしないでね……マッテオさんや、他の人の言う事をちゃんと聞く事。怪我は……なるべくしないように気を付けて」

「うん」

「……ぎゅーってしていい?」

「いいよ!」


 私はウルヒムの体を抱きしめる。今は私の両腕にすっぽりと収まる彼だが、次に会う時はどのくらい大きく成長しているのだろう。

 体を離した後、私は彼の頬に軽くキスを送った。「へへ」と照れて笑う仕草が愛おしい。


「ウル兄、いっしょにいかないの?」

「ど、どうしてぇ……」

「やだー!」


 エル、オルレリ、カントが馬車から降りて来た。それぞれに涙で顔を歪めている。ウルヒムはそんな三人をまとめて抱きしめると、「またすぐ会えるよ!」と笑った。

 三つ子はまだ別れを拒んでいたが、これ以上はウルヒムの決意を阻害してしまうかもしれない。私もまだ彼と話していたかったが、それをぐっと堪えて嫌がる三つ子を抱え馬車に向かった。


「あ……」


 ウルヒムの声が耳に残る。

 しかし、彼が決めた事だ。私は彼を応援する事しか出来ない。


「マッテオさん、ウルヒムの事をよろしくお願いします!」

「ああ。君達も、リーダーも気を付けて!」


 他の面々も馬車から乗り出して、マッテオとウルヒムに言葉を送る。

 三つ子はまだ泣いていて、それに釣られてキルンもぐずり始めた。クロは、神妙な顔でその様子を見ている。


「ママ―! みんなー! 絶対強くなるから待っててねー!!」


 馬車が動き出す。

 私は窓から顔を出して、彼へ別れの言葉を送った。


「ずっと待ってるよ! 頑張ってね!」



 


 不思議と、馬車に乗ってウルヒムが見えなくなったら思う存分に泣こうと思っていたはずなのに、本当に別れた後はもう涙が出なかった。代わりに、三つ子とキルンはいつまでも目が濡れていたが。



 新しい場所。新しい出会い。……そして、別れ。

 馬車の中には大した会話が生まれる事も無く、しばらくの間は三つ子がぐずぐずと鼻を鳴らす音のみが響いていた。






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