10話 捜索③
痛みのあまりに流れる涙。刺された箇所を庇いたいのに動かせない手。浅くなる呼吸。意識を飛ばしてしまった方が楽だと思う苦しさだったが、それでも私は彼女に伝えなくてはいけない事がある。
なんとか歯を食いしばると、石畳に頬を擦り付けたままエミーリ王女を見上げて口を開いた。
「……はぁっ、よっ、呼べま、せんッ! ドンにはドンの、やるべき事が……あります……! 私に彼を売る事は、出来ませんっ」
「貴女は……どうしてそこまで強情なんですの? ……ここで死んでしまっても良いと言うのかしら?」
「エミーリ王女は、私を、ハァ……死なせないです……っ。私を死なせれば、それこそ『不滅の灯』は誰も貴女の指示を聞かなくなりますから……!」
「随分自信がおありですのね……しかし、それは紛れもない事実…………ここへ」
エミーリ王女に呼ばれて、一人の鳥人の男性が私の元に現れる。彼は私の手を縛るロープを解いた後、斬られた足と肩に手をかざした。青白い光と共に痛みが随分と引いていくのが分かる。
当然だが、完全に治すつもりは無いらしい。見た目は傷口が塞がりかけているものの、動けばまた出血するかもしれない。
その鳥人が下がってすぐ、私はなんとか立ち上がり王女と距離を取る。しかし、出血した事で貧血を起こしてしまっているのだろうか、壁に手をかけないと身動きが取れない程だった。
それでも、手足が動かせればとりあえずは十分だろう。
「サクラさん、お話は終わっておりません。動かないで下さいな……ッ」
「うっ……」
「反抗なさらないで。どうせここから逃げる事はできないのですから。動けば動くだけ、また痛い思いをするのですわよ」
王女の剣先が私の胸元をブラウスごと切り裂く。鮮血が見えたものの、先ほどの肩や足程深い傷では無い。私を殺そうなど最初から考えていないのだから、彼女だって急所は深々と傷つけられないはずだ。そうと分かれば、恐れる事は無い。
破れたブラウスの胸元から現れたモノを見て、私は意を決する。説得したかったがやめた。ここは強行で脱出するしか無い。
「っ!」
「何を……」
王女は先ほど私に命令をした……「ドンを呼んでくれ」と、“手足を縛られていたまま”の私に。つまり彼女は、召喚の手順までは知らないのだ。あの慌ただしい船上では詳しく見られなかったのだろう。――胸元の契約書入りペンダントは盗まれてはいなかった。
そして……彼女は過小評価をしすぎている節がある。『不滅の灯』を。
「テヒングさんっ! ごめんなさいっ」
私は頭上にある窓から差し込み始めた、うっすらとした光で作られた影を使い、テヒングを私の横に召喚する。彼は当然何が起こったのか分からずに周囲を見渡した。
「な、ここ……は」
「テヒングさん、“幻覚魔法”を、お願いします!」
「! う、うん……!」
訳が分からないなりに、緊急事態だと言う事は伝わったのだろう。くすんだ色の金髪が揺れたと思うと、すぐに眩い光を放つ。
「なっ!? あ、貴方達はどこから……っ」
間を置かずに、王女や先ほどの回復役、裏に隠れていた兵士達が混乱し始めるのが見えた。彼らは“幻覚”により、いないはずの敵と交戦をし始めたのだ。
そして私はこの隙に、続けてロヘイネルをこの場に召喚する。
少々荒っぽい事をさせるが、致し方あるまい。
「……えっ、サクラさん!? こ、ここはどこですか?」
「説明は後で! とりあえずこの壁壊して下さい!」
「へっ、急にそんな事を言われても……」
「早く!!」
私の必死の形相にビクッと体を揺らしながらも、テヒングの「やってくれ」と言う声によって、ロヘイネルは私の背後の壁に向かってその真っ白な右腕を出す。
「こ、これ……あとでニーナさん達に怒られませんかね……て、言うか王様にも……」
「怒られたら私とドンが責任取るから!」
「二人とも『不滅の灯』抜けてるじゃないですかー! あーもう、どうにでもなれだ!!」
半泣きの青年の声が響いた後、眩い光の束が放たれる。そして激しい音を立てて、牢屋の壁は壊された。どうやらこの牢屋は城の塔の上にあったらしい。崩れた壁の向こう側には明け始めた空が広がってる。
私達はロヘイネルの光線を知っていたため、しっかりと目を庇う事が出来たが、“幻覚”魔法が効いていた王女や兵士達はそうはいかなかっただろう。皆、目を押さえてうずくまっている。
「うっ……サクラ、さん……それほどまでに、お嫌でしたか……?」
王女のか細い声が背後から聞こえる。先ほどまでとは違う年相応の幼い声音に私は居た堪れない気持ちになって、エミーリ王女に近寄るとその柔らかい髪を一房撫でた。
「ごめんなさい。……ドンを貴女に渡す事も、私が人質に取られる事も、どちらも受け入れられません。ただ、これだけは分かって下さい……私達の進む道は、王女と同じ、打倒カッサ国王に続いていると……私達は、必ず貴女の力になりますから……」
「……そう、ですか……分かりましたわ……」
そして王女はそこから一言も声を出さなくなってしまった。
私は兵士達が動き出す前に、テヒングとロヘイネルの二人を安全そうな屋根の上へと魔法で送る。
そして自分はどうやって降りようかと考えていると……突然強い風が吹き始めた。元々貧血を起こしていた私はバランスを崩し、壊れた壁の一部に手をついた。
ガラリ……世界が反転していくのが分かる。身を乗り出してしまった私の体重と、手をついた時の衝撃で、壁が崩れたのだ。
「あっ」
落ちる――。
屋根の上で顔を引きつらせている、テヒングとロヘイネルと目が合った。
まずい……どうしよう。影が無ければ誰かを呼ぶ事も出来ない。この先は地面だ。私は己の間抜けさに呆れながらも、もはやどうする事も出来ないと両目を閉じた。
折角脱出に成功しかけたのに、なんて馬鹿なんだろう――!
悔やんでも悔やみきれないが、もはや運命と受け入れようとした……その時。
ぶわっと風が舞い上がったかと思うと、落下していた体が急停止する。風の抵抗により息が一瞬出来なくなった。
「ハァっ、げほっ……げほっ」
「……母上は、存外おっちょこちょいでおられる」
「えっ」
聞き慣れない、たどたどしい高い声が響く。
恐る恐る目を開けると、私は空中で誰かに抱きかかえられている様子だった。鳥人の誰かが見かねて助けてくれたのかと思ったが、どうやら違う。私を抱えている手は紅葉の葉の様に小さく、腕も私の体に回りきっていない。
「……ううぅ……お、おも……」
私を抱えているのは、長い黒髪、紅い瞳のニンゲンで言うと五歳程の少年だった。羽が生えているわけでもないのに、空を飛んでいる。
先程までの堂々たる態度はどこへやら、今は顔を真っ赤に染め上げて空中で必死に何かを耐えている。
「も、もしかして……クロ……?」
「そう、だ……が……ふぬっ、うううぅっ!」
「ちょっと大丈――」
「……だ、だめだ」
「えっ」
ガクンと少年形態のクロと思わしき少年の体が力を失ったかと思うと、私は再度空中へと放り出された。
先ほどよりは地上までの距離が短いとは言え、今度こそ駄目かもしれないと私は悲鳴を上げながら再度落下した。
しかし……。
ぼよん。
……とした感触が私の体を包み込む。
その感触の何かが落下の衝撃を吸収してくれたと思ったら、次の瞬間に破裂して――私の頭上から水となって降って来た。私の体はびしょ濡れではあるが、どうやら無事に地面へと帰還出来たらしい。
大きな水の玉がクッションとなってくれた様だ。恐らくこの魔法は…・・。
「さ、さ、さ、サクラさぁん~! お怪我はありませっ、って! その傷どうしたんですかぁあ!!」
「ろ、ロンド……た、助かったぁ……」
彼女が言っているのは、胸の切り傷の事だろう。色々ありすぎてもはや痛みを感じてはいないが。
大丈夫だとアピールする為に立ち上がって手を振ろうとしたが、あっけなく体が横に倒れて行く。力強い手がその体を支えてくれたお陰で、またしても地面とは縁が無かった。
「サクラ……!」
「…………ドン」
力の入らない体を支えてくれた彼は、今にも泣きそうな表情で私の事を見ていた。
言いたい事伝えたい事があるはずなのに、斬られた傷のせいなのかそれとも違う理由からなのか、胸が苦しくてうまく声が出ない。
代わりに私は彼の頬に手を添える。泣かないで――そんな想い込めて。




