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4話 はじめまして、可愛い(?)子ども達②

 ドンの姿が見えなくなり、私も教会内に戻る。

 さて、勤務一日目だ。



 教会の扉を閉めると、内鍵があるのを発見した。多分あの様子じゃ間違いなく施錠はした方が良いだろう。

 私はバタバタと走り回る子ども達の所へ近づき、先程紹介されたアルクと言う少年に声をかける。


「えーと……皆は午前寝が終わったのかな? 朝ごはんは食べたの?」

「朝食は済ませてる……ます。えぇっと、三つ子はいつも朝起きるのが早くて、キルンが午前中に寝る時に一緒に寝落ちすることが多い……っす」

「なるほど、ありがとねアルク」

「いや……わかんない事があったら、いつでも」


 人当たりの良さそうな少年だ。このまま教会内の事や子ども達について等色々聞かせて欲しかったのだが、アルクとイオーラの二人は今から他の大人の手伝いに出かけないといけないらしい。


「て言うか、さっきも途中で呼び出されたんだから! 早く戻らないと終わらないわよアルク!」

「わーったよ。――じゃぁすんません、夕方には戻ると思うんで」

「いってらっしゃい、アルク、イオーラ」

「……ッ」


 去り際にイオーラが鋭い目つきで私の事を睨んでくる。「あなたなんか認める気はない」という事なのだろうか。それともアルクとお話をしていたのが気に食わないのか……何にせよ思春期らしい反応だ。とは言え、女同士仲良くしたいものだ。


「ロンド、今日はいつものように生活してみてもらっていい? あなたの指示で私も動くから。直した方がいいところは後で改善していけばいいと思うし」

「うぅぅ、わかりましたぁ。やってみますぅ」



 ロンドの指示で動く、とは言ったもののその後は目の回るような時間だった。

 気に入らないことがあると大声を出し物に八つ当たりをするウルヒムと、戻しても戻しても棚の物を床に落とす三つ子と、彼らに踏みつぶされそうになるキルン。おんぶ紐が見当たらないため、とりあえず私はキルンを腕に抱えて過ごした。

 食事は『不滅の灯』の食事当番が一括で作ってくれるため給食の様に時間がきちんと決まっているが、それ以外のスケジュールなどは特に無く、礼拝堂や居住スペースを行ったり来たりしながら各々適当に遊んでいるようだった。


 ウルヒムと、オルレリ、カントの三人は私の体によじ登って遊びたがったが、いつその長い爪が私の肉に食い込むかと考えるとゾッとした。


「ねーねー」

「なぁに、オルレリちゃん」

「びゅーんピッってやってー」

「びゅーんピッ?」


 高い高いの事を言っているのかと予想し、キルンには床で遊んで貰って私はオルレリの体を抱えて上へ下へと動かしてみる。見た目よりは軽い体で、持ち上げるのはそこまで苦ではない。


「ちがーう」


 違うとはいいつつ、これはこれで楽しいらしい。「うふふー」と可愛らしく笑っている。

 そう……その姿に素直に可愛いと思えた。子どもを可愛いと思えてホッとする、というのは初めての経験だ。


「ねぇロンド、びゅーんピッって何か分かる?」

「多分……上にびゅんって放り投げて欲しいんだと思いますぅ……」

「えっ危なくない!?」

「大丈夫ですよぉ~ニンゲンと違ってそれくらいの高さから落ちてもなんともありませんからぁ」

「そ、そうなの……? じゃぁ……」


 私は膝を曲げ一度オルレリの体を下に降ろすと、「せーのっ」の掛け声で上に軽く放り投げた。と言っても転落したらどうしようと思うと、結局はほんの数センチしか飛ばせなかった。一日目から怪我とか勘弁してほしい。


「もっと! もっと! もっとびゅーんって!」

「ええ~ホント~?」

「もっと!!」

「仕方ないな……行くよ~、せーのっ」


 力加減を調整したつもりだったが、思ったより高く放り投げてしまったらしい。キャッチできるか怪しく、思わず血の気が引いた。

 しかし私のそんな心配はおかまいなしに、そのゴブリンの子どもは宙で私の肩に手をかけ、「ピッ」という掛け声でそのまま倒立をした。


「お、おおぉ!?」

「できたー!」

「す、すごい、ね……?」


 重心が上半身にかかってバランスが悪い。グラグラ動いて今にも倒れそうだ。あと、肩にかかる重みが半端ないし、鋭い爪が少し食い込んでいる。正直、めちゃくちゃ痛い。


「オルレリ……降りよっか……」

「えー」

「おね、がい……」

「しょーがないなー」


 オルレリは不服そうな声を上げながらも元の姿勢に戻ってくれた。思ったより素直らしい。にしてもすごい運動神経である。他のゴブリンも皆こうなのだろうか。


「もういっかい!」

「ご、ごめんね、今ので腕が疲れちゃって……」

「えー」

「じゃぁみんなで輪になって遊ぼうか。手を繋いで……」


 私はウルヒムと三つ子と手を繋いで輪になっていくつか歌遊びをしたが、力の加減のわからない彼らは、腕を引っ張りすぎてしまったり隣にぶつかってしまったりと、思ったよりも遊ぶことができなかった。


「お隣の子に合わせて歩くのよ」


 そう伝えるが、初日なのもあって上手くできないようだった。

 そのうち「楽しくない……」とエルが拗ねて輪から出て行ってしまう。他の三人は高速でぐるぐると回っているだけでも楽しいようだが、これでは遊びと言うよりもおふざけだ。保育園なら怪我を恐れて止めるところだが、先ほどの身体能力を見た後だと、下手に止めるよりもやらせておいて離れるほうが無難かもしれない。

 私は先ほど輪から出て行ったエルの横へ歩みを進める。


「エル、楽しくなかった?」

「おうたはたのしかったよ。でも、わたしはちゃんとやりたいのに……カントがひっぱるからいやだった……」

「そっか…皆ちょっとずつ上手になると思うから、明日も頑張ってやってみよ?」

「うん……」


 エルはあまり乗り気ではなさそうだった。ただ、私が歌った童謡などは甚く気に入ったらしく、「もっかい歌って」と何度もせがんできた。自分でも覚えて口ずさむ姿は、ニンゲンの子どもと変わらない。


「エル……」


 二人で歌っていると、カントが恐る恐るやって来た。

 灰色の瞳がエルの顔色を確かめるようにチラチラと動く。


「……なんのおうた?」

「カントもいっしょに歌う? たのしいよ!」


 カントがエルの隣に座り、「チューリップ」や「ちょうちょ」の歌を聴き始める。何度か一緒に歌おうとするが、そう簡単にはエルと同じように歌えないようだった。彼はエルとオルレリと三つ子だそうだが、二人よりも一回り体が小さく見えるし、舌ったらずな話し方をしているようだ。ゴブリンにもニンゲンと同じ様に発達の差があるらしい。


「やっほー」

「!?」


 平和に歌を歌って過ごしていると、突然頭上から声が降ってきた。驚いて見上げると、ウルヒムとオルレリが天井の梁に登ってこちらに手を振っている。


「い、いつの間に……二人とも、危ないから降りてらっしゃい」

「だいじょうぶ! いつものぼってるから!」

「いやいやいや、一つも大丈夫じゃないから…」


 あんまり大声出すと興奮して尚更危険だ。しかしどうしたら良いのだろうか、あの梁は私では絶対に届かない。こちらの心配を他所に、ウルヒムもオルレリもにこやかな笑顔で眺めを楽しんでいる様子だ。

 そう言えばロンドはどこに行ったのだろう、いつの間にか礼拝堂からいなくなっている。


「まぁ、オレはダイジョーブだけど、オルレリは降りた方がいいんじゃないか?」

「えー! ウル兄ずるい!」

「オルレリ、よそ見はしないで、まずは横の柱で体を支えて……」

「んもーわかった、って、アレ?」


 バランスを崩したオルレリが、梁から足を滑らせる。

 ウルヒムが咄嗟に手を伸ばすが、残念ながら袖口を掠めていっただけだった。


「オルレリっ――!」


 頭から床に激突するかと思ったその時、突然オルレリの体と床の間に、大きな水のクッションが現れた。そのクッションは、転落したオルレリの衝撃を一度吸収すると益々大きく膨らみ、最終的には、パシャン! と音を立てて風船のように破裂して無くなった。そして辺りは一面水浸しになる。


「あ、危なかったぁ~……何やってるんですかぁ~……」


 右手を前に向け、左手にはグラスを手にしたロンドが、居住スペースと礼拝堂を繋ぐ入口で立っている。足元にはキルンもいた。


「あーびっくりした―!」

「それはこっちのセリフでしょ! 怪我が無くてよかったけど、危ないからもう登っちゃダメ!」

「はぁーい」


 悪びれる様子の無いオルレリは、舌を少し出してエルの傍へ歩いていった。

 梁の上にいるウルヒムに視線をやると、こちらはバツが悪いのか柱に掴まりながらゆっくりと降りてくる。


「ごめんなさい……」


 素直に謝れるのだから大したものだ。


「心配するからやめてね……。それで、ウルヒム。オルレリの洋服がびしょびしょなんだけど、お着換えさせてあげられる?」

「!! うん、オッケーまかせて!」


 ウルヒムが居住スペースへ着替えを取りに走っていく。

 その横を眉尻を下げたロンドが小走りで寄ってきた。


「サクラさんごめんなさぁい……キルちゃんが汗をかいていたので、ちょっと飲み物を取りに行ってましてぇ……」

「そうだったんだ……。それよりさっきのは……」

「あぁ~これが私の魔法ですぅ。手にしている物の形態や大きさを変化させることができるんですぅ」


 そう言いながら手にしたグラスを見せてくれる。中には水が入っていたと思わしき水滴が見えるが、今は空っぽだ。


「す、凄いね……」

「そんなぁ~大した事はないんですぅ~距離制限もありますしぃ、こうやって手に持っていないと変化させられないのでぇ……」

「いや、ただのニンゲンの私からは十分凄いよ」

「えぇ~? サクラさんは他の世界からいらっしゃったんですよねぇ……こちらに来られた時に、魔法か剣かどちらかの契約しませんでしたぁ?」

「いや、特には…」


 全く身に覚えは無いのだが、ドンが預かっている“例の書類の束”を思い出す。もしかしたらあの中にそれについての契約書も入っているかもしれない。ハッキリ「貰ってない」と口にしたいが、こればかりは自分が悪い部分もあるので何と言ったらいいものかわからない。


「しかし、びしょびしょね……」

「ごめんなさいぃ……」

「いや、ロンドのせいじゃないでしょ。むしろありがとう、私もちゃんと全体を見てなかった。ごめんね」


 床には三つ子――と言うかほとんどオルレリとカント――が、ありとあらゆる棚から出してきた物が散乱していたため、水濡れの被害が凄まじい。


「これ、魔法でなんとかならない?」

「“手に持ってる”って実感がないと、私にはどうすることも……申し訳ないですぅぅぅ」

「いやいや、だったらいいの! ……がんばろ」



 私とロンドは、子ども達を横目に見ながら雑巾を片手に掃除を始める。

ウルヒムが手伝ってくれたが、昼食を挟んだり、喧嘩の仲裁をしたり、お昼寝の寝かしつけをしたりと作業はなかなか思うように進まず、とりあえずなんとか片付いたと思った頃には、日が沈みかけていた。ここから夕食と風呂と、また寝かしつけがあるのだ……。


 休めるのは何時だろうかとため息を漏らしつつ、怪我が無くて本当によかったと改めて思ったのだった。









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