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9話 捜索②


 夜な夜な、私はルームメイト達にバレないよう、こっそりと部屋から出る。

 ぺたり、ぺたり……駆け出したくなる衝動を抑えつつ、なるべく音を立てないように歩き目指す先は、毎日使っている手洗い場。

 職員がいない事を確認すると、私は水道の蛇口に口を近づけて一心不乱に水を飲み始める。水滴が首に滴って、寝間着を濡らしてもお構いなしだ。

 

 大量の水で誤魔化さなければならない程、私は空腹なのである。


 昨日は日曜日だった。小学校が休みの日は最悪だ……何故なら給食が食べられないから。馬鹿みたいな理由に聞こえるかもしれないが、この施設で過ごす私達にとって給食は命綱なのである。給食を何回もおかわりして、デブだブスだと同級生に笑われるのは確かに気が重たい事ではあるが、餓えているよりはよっぽど良い。


 この養護施設では、朝食は出ない。今日の昼食はおにぎりが一つに、夕食は小さなロールパン一つとスープが少し。育ち盛りの私達にはとても足りない量だ。そして、職員の機嫌を損ねてしまえば、この僅かな食事だって与えられない事もある。

 

 ――ここから出て行きたい。そんな事、何度だって考えた。だが、児童養護施設は帰る家のない子ども達のセーフティネット。ここまで失えば、私に行く場所なんて無い……当時はそう考えた。今思えば、どこかへ相談する事はいくらでも可能だったのだが……そんな思考さえ生まれない様な環境だった。


 そうだ、これは遠い過去の話……久々に見たけど、本当に嫌な夢だ……。

 しかし、確かに……。





「お腹……すいた……」

「あらあら、何か運ばせましょうか?」

「……!!」


 鈴の鳴る様な声に、一瞬にして夢から覚めた。

 やけに背中や腰が痛いと思ったら、手足を縛られた状態で石畳の上に直接転がされているらしい。私はあまり若くはないのだから勘弁して頂きたい。


 石の壁に囲まれ、正面には分厚い扉と鉄格子。これは……牢屋だ。

 そしてその鉄格子の先には、薄暗い中でもよく目立つブロンドの髪と青い瞳……エミーリ王女がこの空間に似つかわしくない豪奢な椅子に腰かけてこちらを見ていた。

 彼女は普段、レースやフリルがたっぷりのドレスやワンピースを身につけている事が多いはずなのだが、今は女性物の軍服に身を包み、髪は一つに纏めている。


「どうですか? なかなか似合いますでしょ?」

「何故、王女がここに……どうして私は捕まっているんでしょうか……」

「嫌ですわ。誤解なさらないでね、サクラさん。私だって大切な貴女にこんな事したかったわけじゃありませんのよ。ただ……サクラさんの周りには、常に誰かがいらっしゃるでしょう? ゆっくりお話をする為に、少し離れて頂こうかと思いまして」

「何を……いっつぅ……」


 突然走る顔周辺への痛み。手が自由でないので触る事は出来ないのだが、どうやら擦り傷を負ったらしい。

 私が痛がる様子を見て、エミーリ王女は心から申し訳なさそうに謝る。


「ごめんなさいね、眠るお薬を使う時にちゃんと支えなかったみたいで……地面に倒れちゃったんですの。お話が終わりましたら、すぐに回復が出来る者を呼びますわ」

「そう……ですか。それで、話って……?」


 この様な恰好で長時間に渡って問答をする気はない。早く解放される為にも、私は早々に本題に入る。

 エミーリ王女は椅子から立ち上がると、鉄格子の前に腰を下ろして私に視線を合わせる。


「……ねぇ、聞きましたわよ。『不滅の灯』から離脱するって。んもう……何の相談も無いんですもの、困りましたわぁ……。お願いです、この国に留まって下さいな、サクラさん?」


 エミーリ王女は人差し指を唇に当て片目を閉じながら、空気交じりにそう囁く。彼女は聞くところによれば十四歳……とてもじゃないが私の十歳下とは思えない迫力と色香を持ち合わせている。

 だが、その願いを聞くわけにはいかなかった。


「……ここには残りません。明日か……明後日には別の国に向かいます……それに……」

「それに?」


 彼女の青い瞳が、今は夜の海の様に黒々して見える。プレッシャーに耐えきれそうに無く、私はつい視線を逸らしながら言葉を繋ぐ。


「……エミーリ王女が残って欲しいのは、私じゃなく……ドンですよね」


 すると王女は「ふふ」と弾んだ毬の様に笑って立ち上がる。


「……そうです、わたくしはドン様に反乱軍の指揮を執って頂きたいんですの。確かに、他の『不滅の灯』の方々も皆様魅力的でいらっしゃいますけど……やはり、指揮官としてマリオ様では力不足ですわ」

「……」

「ほら、サクラさんもそう思ってらっしゃる」


 マリオでは指揮官として力不足――そう思っているわけでは断じて無い。彼には冷静な判断能力が備わっているし、ぱっと見の雰囲気とは違って狡猾な一面もある。

 しかし、“指揮官”として考えるのならば、贔屓目無しにしてもドンとは見劣りがするのは紛れもない事実だろう。

 何故なら、マリオの能力は「武器や道具への属性付与」と言うバリバリのサポートタイプ。身長も成人男性にしては小柄で、どうやっても隠せそうに無い優しい雰囲気は、反乱軍の指揮とは結び付き辛い。


「……だからって、必ずしもドンじゃなくてもいいでしょう。他にも人員はいます」

「そうですわねぇ……ニーナ様だったらなかなか相応しいかもしれません。美しい女性指揮官、響きも良い……ですが」


 王女の声を聞いていると、胸のあたりがざわついて落ち着かない。

 多分、怖いのだと思う。一回りも小さな少女に対して、毒蛇や牙のある野生動物と遭遇してしまったかの様な、身のすくみそうな恐怖。私はそれを彼女に感じている。


「わたくしの命を預けるのです。一度気に入ってしまった人材を簡単に手放したくはありませんわ……それに、耳にしたのです。貴女方の別行動の理由を……“魔王”、と繋がってますわね? サクラさん」

「――!」


 魔王の話は王女にはするな、と言うドンの判断が正しかった事がここで証明された。

 エミーリ王女は鉄格子の鍵を開けると、牢屋の中に一歩踏み込んできた。私は縛られ床に伏したまま、ずりずりと後ろに下がる。


「王族であるわたくしも、ハネプ神による契約の縛りを受けております。剣か魔法か、どちらを使うと思いますか?」

「な、何を急に……」

「答えは――」


 ちゃきりと音がしたと思った次の瞬間に、細身の剣を振りかぶる彼女の姿が見えた。


「あッ! あ……ぐ、く……」


 次の瞬間に走ったのは、縄で縛られていた足首付近に感じる鋭い痛みと生暖かい感触。太い縄ごと、私の足を深く斬り裂いたらしい。


「剣は師範が付きっ切りで教えてくれましたのよ、案外上手いんですって。……痛いですわよね、“後で”すぐに治してさしあげますわ」

「うぅ……あ、“後で”、って……」

「ドン様をここに呼んだ、“後で”……ですわ」

「は……」


 縄からは解放されたのにも関わらず、痛みで立ち上がる事が出来ない。

 ドンをここに呼ぶ……それはつまり、彼を王女に差し出すと言う事だ。きっとこの牢屋の周囲には多くの兵士が待機している。召喚し次第、彼を捕まえるつもりなのだろう。


「さ、早く呼んで下さいな」

「……私の力、船上で……」

「ええ、拝見致しました。とても便利な能力ですわね?」

「こんな回りくどい事……しなくても、普通にお話……あっ、うぅ……出来たでしょうに……」

「……ふふ。そうですわね」


 含む言い方だ。そう、王女はただドンにこの話をするのならばいつでも出来た。私達は王城であんなにのんびり過ごしていたのだから。――しかし、しなかったその理由。私を捕らえると言う力づくをこのタイミングで行っている理由。それは……。


「これは……王女の、独断、ですね……? ケリクツトの方は無関係の……」

「……まぁ、サクラさん。よくお気づきで」

「城の中には、たくさんの人がいます……王女が城内で、強行に走るおつもりなら、王族の方の許しが……必要でしょう……? しかし現に……私が一人になるのを待って、誘拐まがいの事をされている、と言う事は……この行為は秘密裏に行われている……」


 じっとしていると足首の痛みはかなり薄らいで来た。しかし、血をたくさん失った為か、目が少し霞んでくる。早く治療しないとまずいかもしれない。


「無理にドンを引き留めて軍に加えても、王族の方々は……納得されないんじゃ、ないですか」


 なんとかして言い含めなくては、との思いでそう口にするが、王女はニコリとほほ笑むだけだ。


「大丈夫。その為の貴女ですもの」

「ど、ういう……」

「ドン様はお強い方……ですが少し泣き所が多すぎますわ。こうやって人質に何人か取れば、この国からは出られないでしょう? ……それにはまず、サクラさんを封じる事が必須。誰かを捕らえても貴女が外にいれば魔法で逃がしてしまいます。同時に、貴女ならドン様をすぐに呼べるので、サクラさんだけをこうやって捕まえてしまえば、効率が良い」

「!! ひっ……」


 今度は細い剣先が左肩を深く刺す。貫通するのではないか……いや、もしかしたら貫通したかもしれない。刺された箇所だけでなく、心臓にまで響くような痛みに私は横に倒れて悶絶した。


「――――ッッ!」



 生まれて初めて感じる痛み。

 痛みに喘ぐ私を見下ろして、王女は続ける。



「……ドン様には、貴女の無事と引き換えにわたくしの元で働いて頂きます。それが……行く行くはカッサの為、民の為……サクラさんには申し訳ありませんが……さぁ、早く彼をここに呼んで下さい。でないと、回復が間に合わずに足にも手にも障害が……下手したら、死にますわよ」







 次の回と繋げて一本だったのですが、長くなってしまったので途中で切らせて頂きました。

 こんな痛々しい所で終わってごめんなさい!

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