8話 捜索
私の顔の熱さが落ち着いた頃、店主とオルレリ、カント、ドンが戻って来た。さぞかし楽しかったのだろう、二人とも満足そうな顔をしている。
「オルレリ、カント。何を作らせてもらったの?」
「おさら!」
「むずかしかったー」
きゃいきゃいと話す姿を見て、とても良い経験になったのだろうと分かる。私は手ぬぐいで手を拭いている店主に頭を下げた。
「ありがとうございます……何かお返しが出来ると良いのですが……」
「あ? いいんだよそんなの。余った材料で遊ばせてやっただけだしな」
「そうですか……? 良かったねぇ二人とも。ちゃんとお礼言おっか」
オルレリとカントが手を繋ぎながら「ありがとうございましたー!」と大きな声を出すと、店主は笑顔で頷いていてくれた。
作った皿は、乾かして薬液を付け焼く等の工程が残っている為、今日は受け取る事が出来ない。私達がこの国を明日明後日にでも出ると知ると、店長は残念そうに眉を下げた。
「んじゃー渡すのは次の機会だな。絶対取りに来いよ」
「うん!」
「……あ、そうだ。思い出した……ちょっと待ってろ」
「?」
店主はまたしても工房の方へと向かっていく。そしてガサガサと何かを探す様な音を立てた後、一つのガラス製の小さなグラスを持ち出してきた。
「……げ」
ドンが分かりやすく嫌そうな表情を作る。これはもしかすると、先ほど言っていた……。
「おら、ドン。お前が最後に作った作品だ、忘れてっただろ。持って行け」
「なんで取っておくんだこんなもん……むしろよくゴミとして捨てられなかったな」
ドンはしぶしぶと言った感じでそのグラスを受け取った。少し歪な形をしたそれを手の上で転がしながら見つめる。
「……お前にガラスを教えてくれたハルバ爺さん、いただろ。爺さんがここを辞める時に、お前が取りに来たら渡す様にって置いてったんだよ」
「なんだよ爺さん辞めたのか。店にガラス製の商品がほとんど無いから……くたばったのかと思ったよ」
「死んだとは聞かねぇな。ま、折角来たんだ。持って帰れ」
「んあー……これをか……?」
本人は全く乗り気で無いらしい。コーデリックやスヴェルミ卿からの贈り物も拒否していたし、あまり荷物を増やしたく無いタイプなのだろうか。
それを足元で聞いていたオルレリとカントが、すかさず「ほしい!」と騒ぎ始める。この二人に渡せば確実に取り合いになって派手に割る。思い出の品の結末として流石に悲しい。
「ね、私が預かっていてもいい?」
「お前……ここぞとばかりに俺の弱みを握るつもりか」
「そ、そうじゃなくて! だってほら……折角ご厚意で残しておいて貰ったのに……」
「……ま、いいけどな。ホレ」
手渡された小さなグラスは、飲み口が厚すぎるし、底は斜めになっていて、全体的に歪んでいる。しかし、透明の中に差し込まれた黄色が美しい。
私は芸術に詳しく無いが、確かにこのグラスの出来が悪いと言う事くらいは分かる。しかし……。
「いいじゃん。私は好きだよ、コレ」
「……お前って。見る目が無ぇのな、ホント」
そんな事は無いと思うけど。
私がグラスを受け取ったのを、オルレリとカントが不思議そうな表情で見上げてくる。
「リーダーはママにあげたの?」
カントがそう聞くと、ドンは「おう」と頷いた。まだ欲しがっていたらどうしようかと少し心配だったのだが、二人はそれで納得したらしい。
「ママならいいよね、カント」
「ねー」
「そう、なの?」
「うん!」
私はハンカチで巻いたグラスを鞄に入れる。これからの旅で割らない様に気を付けよう。
それからしばらく工房で過ごし、店主と別れた。その後は武器屋に寄ってドンの剣を新調。この辺りになるとオルレリとカントの二人は疲れてぐずぐずになってしまったので、私達は城へと戻る事にしたのである。
その夜。
「サクラー!」
廊下から私を呼ぶ大きな声が聞こえてきた為、私は慌てて廊下へと飛び出た。
通常、こんな夜更けに城内の廊下を大声を出して走り回るような子では無いのだ、彼女は。何か大きな理由があったに違いない。
「イオーラ、どうしたの……!?」
「こ、ここにいたのっ……た、大変……ウルヒムと、キルンが……!」
「――おい、落ち着け」
「リーダー……そ、その、私は寝てて、アルクが戻ってきたら鍵が開いてて……そしたらウルヒムとキルンがどこにもいなくて……!」
「!」
私とドンは、石化したクロがいる応接間にて今後の話をしていた。私に宛がわれた部屋にいなかったため、イオーラは慌てて探しに来ていたのだろう。
落ち着きなく体を震わせるイオーラの肩に手を回し、なんとか安心させようとする。
「深呼吸して。……でもなんで……」
「わ、わかんないわよぉ……アルクはまだ寝ないからって鍵持って外に居たんだけど……内側からは間違いなく施錠してたし、二人ともちゃんと寝てたはずなのに……!」
「大丈夫。イオーラ、大丈夫だから」
応接間から子ども達が借りていた部屋までは確かに少し距離がある。しかしそこら中に兵士や使用人が見張っているし、誰かがこの城に忍び込もうとしたり、子ども二人を誘拐して出ようとすればすぐに分かるだろう。……だが、不測の事態はある。
「キルンのおんぶ紐はあったか? イオーラ」
「う、ううん……見当たらなかった……」
「つまり、ウルヒムは自分で出て行ったんだな……」
ドンが顎に手をやりながらそう呟く。
確かに、おんぶ紐の在処は私達しか分からない。この状況では無理矢理連れ攫われたのではなく、ウルヒムの意思で出かけたとしか思えないだろう。
「ウルヒムがキルンを連れてったって事、だよね」
「ああ。キルンが見当たらなくて探しに出かけたんなら、イオーラを起こすだろうからな」
「イオーラが寝てからアルクが戻るまでは、そんなに時間が経ってない筈だよね。じゃぁ近くにいるよ、すぐ探そう。……子ども部屋はどうなってる?」
私はイオーラに他の子ども達の様子を聞く。明かりを付けてベッドの下を覗いたりしたため、三つ子は起きてしまったらしい。泣いたりはしておらず、今はアルクが傍についているとの事だった。
「じゃぁイオーラはアルクと交代して、三人の面倒を見ておいてくれる? 出来ればこの応接間で……クロの傍から離れないで欲しいから」
「う、うん……分かった」
「言っておくけど、間違ってもイオーラのせいじゃないからね。私がもっと小まめに見に行けばよかった……ごめんね、すぐ見つけてくるから待っててね」
「うん……」
私とドンは、子ども部屋にいたアルクと、客室で眠っていたロンドを連れて廊下に集まる。
「う、ウルヒム君……ど、どこに行っちゃったんでしょぉ……」
「サクラさんの魔法で呼んじゃ駄目なんすか?」
「それが……キルンがいるから、呼びたくても呼べないの」
「なるほど……キルンは“召喚許可申請書”が書けないっすもんね……」
この世界の契約書の決まりは厳しい。不正に書かれた物はそもそも契約書として認識してくれない。赤ん坊のキルンやクロの代筆方法が不明な為、彼らを私が召喚する事は出来ないのだ。だから、村が襲撃された時も私は前後にクロとキルンを抱えながら走った。保護者の代筆は可、等の融通をきかせてくれても良いものを。
「……ウルヒムがキルンをしっかり背中におぶっているのなら、もしかしたら一緒に召喚できるかもしれないけど、うまくいく保証は無い。もしもキルンだけが取り残されて、どこかで転落でもしたら……怖いよね」
「ですねぇ……じゃぁ、足で探すしか無いんですかぁ?」
「そうなるな。一応、マリオ達にも声はかけた。あいつらが動けるかは分かんねぇから、あまり期待しないでおこう」
一刻も早く見つけなくては……とは言え広い城内だ。
「ど、どこを探そう……アルク、匂いで分かる?」
「それが……そこの階段を降りてったてのは分かるんっすけど、人通りが激しくてかき消されてて……それに、花の匂いが……」
「花?」
よく廊下を見てみれば、城の中らしく綺麗な花がたくさん飾られている。それがアルクの嗅覚に影響しているらしい。
ドンは「フウ」と息を吐いた後、そわそわと忙しない私達に指示を出す。
「とりあえず手分けして探すぞ。アルクとサクラで下に降りて、微かでもいいから匂いを手がかりに探してくれ。俺とロンドは分かれて聞き込み中心だ。城の外には出てないとは思うが、一応確認しよう」
「了解」
ロンドは客室や応接間のある二階で聞き込みを、ドンは城の警備をしている兵士達の元へ、私とアルクは城内の一階から捜索だ。
「ウルヒム、キルン……一体どこに行って……」
「全然わかんねぇっすね」
広い階段を降りた先で、もう一度アルクの嗅覚を頼ってみる事にした。
「どう、アルク? 分かる?」
「うーん……なんとなく残ってる感じっすけど、やっぱり匂いが多すぎて……」
「もう少し人通りが無い所を探すべきかな……一誰か見かけた人がいないかどうか、私達も少し聞いてみた方がいいかもね」
「そっすね……あ、すいませんっす、あの……」
そのまま進むとだだっ広いホールに出た。扉が多くあり、使用人が慌ただしく動き回っている。夜中だと言うのに仕事はたくさんあるらしい。アルクがその使用人の一人に子どものゴブリンがいなかったかを聞きに行った。
いかにも一般人は通ってはいけないような部屋もあるが、ウルヒムは分別の付く子だ。その様な所へ向かうとは考えづらい。
私は、客人でも動き回れる範囲の中をとりあえず探す事にした。まずは廊下を隅々まで確認しよう。
「アルク、私は一階の廊下を探してくるね」
「気を付けて下さいっす」
「うん、一周したら戻るよ」
とりあえず扉の先や部屋は後回しだ。ウルヒムがキルンを担いで行けそうな場所のみを手早く見て回る。
長い廊下を小走りで進むその途中に、私は面識のある男性とすれ違った。
「あっ! ……ご、ゴードル王子」
私はタイミングが遅かったかとは思いつつも足を止めて頭を下げる。彼は私のバタバタとした動きを全く気にも留めなかったらしく、片手を挙げて挨拶を返してくれた。
「こんばんは。慌ててるなぁ、ママさん」
「はぁ……そ、その……子どもを探していまして。このくらいの背の、ゴブリンの男の子なんですが……ご存じないですか? 多分背中に赤ん坊も担いでいるかと……」
「ゴブリンの男の子? ああ、見たぞ」
「えっ、本当に!?」
ゴードルは口の端を二ッと上げて、廊下の奥の小さな扉を指す。
「ついさっき、あそこの扉から中庭に出て行った。背中に小さな子どもを背負ってるのも見えたな」
「ありがとうございます……! 中庭って、私が行っても問題は無いですか?」
「ああ、構わん。多分その子が行くまではあの扉も開いていたはずだしな」
「そ、そうですか。ありがとうございます……! では……ッ」
私はゴードルに会釈をしてから扉へと向かった。一瞬、アルクに伝えてからの方がいいかとも考えたのだが、来た道を戻るより中庭を確認する方が早い。
扉を開けて中庭に出る。そこは、色とりどりの花が植えられた美しい空間だった。
その中心には、水色の光を放つ小さな池もある。
「ウルヒム、キルン……いる……!?」
私が問いかけると、奥の花畑の方でがさりと音がした。ひょこりと見えたのは、薄緑色の頭が、二つ。
「ママ……?」
「だぁだ」
「ウルヒム、キルン! よかった……!」
ウルヒムはキルンを花畑の中に降ろしている。やはり下手に魔法を使って呼び出さなくて正解だ。
私は二人に駆け寄って行こうとするのだが、当のウルヒムは不思議そうな目でこちらを見ている。
「なんでママがここに? おかしいな……約束したのに」
「え……どういう事……?」
「えっとね……あ……! ま、ママ! 後ろ!!」
違和感を覚えて足を止めた瞬間、ウルヒムは私の背後を指さして咆哮した。
次の瞬間――私の視界は暗転した。




