7話 城下町②
獅子頭の店主はドンの知り合いだったらしい。私とオルレリ、カントの緊張が一気に解ける。
中に入って良いと言うので、遠慮なくお邪魔した。店内の商品のほとんどが陶磁器で、美しい花瓶や食器類が所せましと並べられている。
オルレリとカントが走り回れば大惨事に違い無いので、私は彼らの手をしっかりと握り、「棚にぶつかると危ないので走らないように」と言い含めた。
「急に訪ねて来て、どうした」
獅子頭の店主はドンに訪ねる。ドンもかなり身長がある方だが、店主はそれよりも頭一つ分程大きい。
「詳しくは話せないんだが……ちょっと場所を探しててな。魔力の湧く泉、って聞いた事あるか?」
「ほー? 俺は知らんがなぁ……奥にいる若い職人連中にも聞いてみるか」
「悪いな」
「あー、そーいやオメーのとこの親父……国境が怪しくなってからはピタリと見なくなったな。やっぱ危ねぇんだろうなぁ」
「! ……そう、か」
二人が話している横で、子ども達二人がうずうずと体を動かし始める。こんなに興味をそそられる物が並んでいるのだ。触りたくて仕方がないのだろう。
しかし商品に下手に触ってしまっては迷惑だし、一度外へ出て待っていた方がいいかもしれない。
「ドン、この子たち連れて外にいるね」
「えー! まだみるのー」
「ぼくつかれたー、ここにいるー!」
予想以上にこの店を気に入ったらしい。梃子でも動くつもりは無い様だ。じゃぁせめて店内の端っこの方にいようかと提案していると、店主が不思議そうな顔をした。
「お前の嫁さんと……連れ子か?」
「どっちも違いますっ!」
私が否定をすると、店主はその勢いに苦笑いで肩を竦めた。こちらに近寄ってくると、オルレリとカントの前にしゃがんで、頭をぽんぽんと撫でる。
「じゃぁお前ら、工房の見学でもしていくか? 時間があるなら、なんか作らせてやってもいいぞ」
「えっ、いいんですか?」
「つくりたい!」
「ママ、行っていい!?」
二人は目をきらきらと輝かせて、私の顔を見上げてくる。どうやら許可を待っているらしい。私が「店長さんの言う事聞くんだよ」と送り出すと、嬉しそうに店主と手を繋いで店舗の奥の工房へと向かって行った。
「……」
「おい、何笑ってんだ」
「んん? だって……あの店長さん、ドンと似てるんだもん。……あ、逆か。ドンが店長さんに似てるんだね」
「……どこがだよ」
「なんだろう。子どもへの関わり方かな……」
「それは……」
言いかけた口を閉じて、彼は店の中を見渡した。
そして一つの商品を手に取ると、じっと見つめた後に短いため息を漏らした。
「……俺がガキの時にここへ通ってたからかもな」
「そうなんだ。でも、こっちに住んでたわけじゃないんだよね」
「ああ。カッサの王都に住んでた……父親が買い付けにケリクツトに来る時は同行して、この工房で……まぁ、なんだ」
ドンにしては珍しくハッキリしない話し方だ。何か隠したい事でもあるのだろうか。 私は彼の手にある商品……磁器のティーカップを見ていて、ハッと気が付く。
「何か作ってたんでしょ!」
「……」
どうやら大正解な様だ。ドンはじろりとこちらを睨んでくる。
「まだ持ってるの? 見たい見たい」
「無ぇよ。それに……十年以上前の話だ」
「えぇー」
それは残念だ。
しかし、ドンの子ども時代の話を直接聞かせて貰うのは初めての事で、私はじんわりと胸が温かくなるのを感じる。
……今なら、もう少し踏み込んでみても大丈夫だろうか。私は以前から聞きたかった事を、勇気を出して聞いてみる事にした。
「なんで、王都を出て……レジスタンスを始めたの?」
「……なんで、レジスタンスを、か。それは説明するのが難しいな……。だが、王都を出たのは…………父親が原因だ」
「お父さん……?」
ドンの緑色の目がぼんやりと遠くを見始める。
聞くべきで無かったのか、聞いて良かったのか。私は早くも後悔の念に苛まれた。
「アイツ……父親とは本当に合わなくてな。……俺が綺麗だとか好きだと思うもんにはケチを付けるのに、俺がドン引きするもんには飛びつくし……訳が分からんヤツだったよ」
ぼんやりとした目のまま、彼はガリガリと音をたてて後頭部を掻きむしる。
言葉をそのまま受け取るのであれば、ただただ“意見の合わない親子”なのだろうと思う。だがその裏に隠されている彼のみが知っている事実が、鋭い棘のように彼の心を蝕んでいる様な……そんな気がした。
「ドン……大丈夫?」
血が出るのではないかと心配になる程強く頭を掻くその手を静止しながら呼びかけると、彼は我に返ったらしい。珍しく焦りを顔に出しながら私の手を追い払った。その額には汗まで滲ませている。
「何でもねぇよ。そんな……ガキの時の話だ。どうでもいい……」
「……十年以上前の事でそんなに辛くなるなら、それは“どうでもいい事”ではないよ。……私でよかったら話して欲しいな」
「……」
ドンは、人の上に立つ事が出来る人だ。仲間からも好かれているし、子どもにだって優しい。――だが、時折見せる凶暴な一面や、強い言葉遣いに、人を騙すような言い回し。カッサ国に少なくない恨みを持つ『不滅の灯』のメンバーからはあまり気にならないかもしれないそれらの事が、ずっと私の中に引っかかっている。
「ねぇ、一度しっかり向き合ってみようよ。何が嫌だったのか、辛かったのか。じゃないと、いつまでも子どもの頃の無念な気持ちが消えずに残り続けてしまうんじゃないかな……」
「……」
私はポケットからハンカチを取り出して、彼の額の汗をぬぐう。手近にあった椅子に座らせると、ドンは話そうか、話さないでおこうかと迷う様に口を薄く開けたり閉めたりと動かしていたが、やがてまたぼんやりと工房の中に視線を滑らせながら語り始めた。
「……俺の父親は、結構やり手の商人でな……一緒に買い付けに行くと、勉強になる事も多かった。だが、俺が良いな、好きだなと思ったものを、帰りの馬車の中で……ずっと否定し続けるんだ。何時間も何時間も……それを聞いていると、俺自身を否定されているような気さえした……馬車から降りたくてたまらないのに、降りなければ家に帰れない。買い付けに付いていかなければとも思ったけど、王都の外には出たい。……結局、ガキの頃の俺は父親の愚痴を我慢して馬車に乗り続けた」
――子どもの頃に大人から受ける影響と言うのはかなり重要だ。適切で無い関わりは子どもに心的外傷……つまり、トラウマを負わせる事に繋がる。
大人にとっては「大した事でない」と思う発言や行動でも、そのストレスをうまく解消出来ない子どもにとっては、一生の傷になる事だってあるのだ。
ドンの父親は、息子の人格を否定するつもりは無かったのかもしれない。しかし受け手は違う。馬車と言う密室で、実の親から否定的な言葉を何時間も受け続ければ、発達途中の脳にはかなりの打撃だっただろう。
「仕事に付いて行ったら、奴隷を売る仕事だった時もあった……売られていくやつらの顔が、夜になると浮かんできて眠れなくて……。なのに父親は、『いい値で売れた』と喜ぶんだ……理解が出来ない、嫌悪感しか持たない。……だが、アレが俺の実の父親なんだと思うと、尚更苦しい……」
「うん……」
椅子に座ったままでいるドンは、段々と項垂れていく。その姿はいつもの彼とは大違いに痛々しく、見ているだけで息苦しくなる程だった。
触れるとまた拒絶されるだろうか、そんな事を考えながらも彼の肩に触れる。――今度は、追い払われなかった。
「お父さんに、“嫌だ”って思う事がたくさんあったんだね……」
「……ああ。でも、一度だって言わなかった……そんな事をするのは止めてくれって、言えばよかったのに。俺が、そのままにさせてた。もしもちゃんと伝えられていたら、アイツだって改めたかもしれない……」
「そんなの、ドンのせいでもなんでもないよ。……言えないよ……だって、子どもにとっては親は“権力者”。簡単に抗えるわけ、ないじゃない」
学童期とも言える頃にトラウマを体験した子どもは、他人の悪意によってそのストレスを受けているにも関わらず、「言い返せなかった、やり返せなかった自分」に恥や後悔の念を抱きやすいらしい。
ドンにも同じ事が言えたのかもしれない。「否定的な言葉を浴びせかける父親」よりも「それを拒絶できない自分が悪い」にすり替わり、我慢をし続けた結果、爆発してしまったのだろうか。
しかし、不適切な関わりをしてくる父親に対するストレスを抱えながらも、彼が大きく曲がって育たなかったのは何故だろう。……それは偏に、他に手本となる大人が身近にいたからに違いない。
「……子どもの頃に、お父さんが間違っていると思えたのは、店長さんみたいな人がいてくれたからなんだね」
ドンは少しだけ顔を上げてくれた。なんだか少し毒が抜けた様な表情をしている。
「……ここの職人達みたいな大人になりたかったんだ。全然出来てないけどな」
「出来てるじゃない」
「出来てねぇよ、何にも」
「喜ぶ顔が見たいからお菓子を買ってあげたり、菓子くずがついた服を払ってあげたり、そういう小さな事って普段から身に付いていないと出来ないと思う。あの子達の素敵なお父さんだよ」
「……フン。でも、俺だけじゃあいつらをきっちり面倒見てやる事なんて出来ない……やろうとしたんだ。最初は……だが、ゴブリンの子どもじゃ、残った奴らからもなかなか受け入れて貰えなかった。……それじゃ、死んだ仲間達に顔向けできねぇ。だから、俺は……」
「…………そ、っか」
私は、ここでやっと思い至った。ドンが、私をこの世界に呼んだ理由が。
本来であれば、五年十年に一度偶然手に入れた召喚の奇跡は、『不滅の灯』の戦力の補充に充てたかった筈なのに、“保育士”の私が何故彼に選らばれたのか。
――助けて欲しかったのだ。死んだ仲間達の忘れ形見を守るのを。
――知っていたのだ。私の仕事の事だけでなく、生い立ちも、暮らしも。
だからこそドンは、“私なら味方になってくれる”と思って選んだ。
なのに私は……ネフカロン地区で彼を一度拒絶した。
それに、ドンが自分の事を話してくれないからと意地になって、こちらから聞こうとしたり自分の話をする事を避けてしまっていた。信用して貰っていないから話してくれない、出会ってさして時間が経っていないから話してくれないのだと、そんな風に決めつけて。
後悔に苛まれながら、私は座ったままの彼を抱きしめた。私の頬に細くて短い髪が触れる。
「ごめん……!」
「なんで、お前が謝るんだよ……」
「だって……私、分かろうとしてなかった……ドンが、どういう気持ちで私を呼んだのか。それが、申し訳ない……っ」
「……いいんだ。俺が、俺の都合で呼んだくせして無理やり契約書掲げて脅したり、説明を省いたりしなきゃよかっただけの話だろ。でもサクラは、契約書が無くても俺の味方でいてくれると約束してくれた。だから、俺は本当にもう……大丈夫なんだ」
抱きしめていた手を外すと、彼は顔を上げた。先ほどまで不安定だった視線が真っ直ぐに合う。行き場を失った自分の両手を、私は胸の前で合わせた。
「ドン……」
「父親の事、聞いてくれて恩に着る。少しすっきりした。それでも多分、アイツの顔が浮かんでくる事はある……ただ、今までよりは前向きになれると思う」
ドンは自分の腰に携えている剣を手に取って私に見せる。
「これな……父親が、絶縁する時に俺の事を殺そうとした時に奪って持って来たやつなんだ。刃がダメになりそうな度に、修理に出して使ってる。これを見てると……いつか、アイツを殺してやるんだって、そう思うんだ。むしろ……そう思いたくてずっと持ってた」
「……捨てよう。そんなの持ってるべきじゃない」
「……ふ。そうだな。じゃぁ、サクラが代わりに捨ててくれないか?」
「分かった」
受け取った剣は、見た目の何倍も重く感じた。実際の重量だけではなく、怨念にも似たものがこの剣には宿ってしまっているのかもしれない。私は使えもしないその剣を腰に装備する。
一方、剣を手放したドンは憑きものが落ちたかの様に晴れやかな笑顔を見せた。
「なら、剣を新調しないといけないな! 後で店に寄ってもいいか」
「う、ん……」
ドンは椅子から立ち上がると、私の額に自分の額をコツリと当てて「ありがとな」と呟いた。普段とは違う、穏やかな緑の目が私を一瞬捉えてすぐに離れた。彼は工房の方に視線を向ける。
「あの二人、奥で何作ってんだろうな」
「そ、そうだね……」
「ちょっと見てくる」
「……ん」
店の奥へと進んで行く彼の背中を見送って、私は熱くなる顔を腕で隠した。突然見せた爽やかな笑顔に胸を揺さぶられる。
あんなのは……反則だ。
書いていて凄く苦しい回でした。
大人と子ども、その関わりって難しいですよね。
きっと必要なのは「一人の人間として尊重する」って事なんだと思います。




