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5話 ケリクツト城


 タッセ港から馬車に乗り継ぎ、王都、そして王城へと向かう。

 そこは城と言うよりも要塞と表現した方がいいのかもしれない。先端が尖った柵がぐるりと立てられ、その先の塀は見上げる程高く、武装した様々な種族の兵士達が周囲を常に死角の無い様に見張っている。

 

「なんか緊張する……」

「ですねぇ……」


 同じ馬車に居合わせたロンドと顔を見合わせる。

 中立国だからこそ、武力を持つ必要があると……そう、レオダール王子は言っていた。中立を宣言するとを敵を作りやすい――それならば何故エミーリ王女を保護すると言い出したのだろう。関わった事が知られれば必ずカッサとは揉める。彼女が王城から抜け出したと情報が入ったとしても、静観すべきだったのではないだろうか。

 

「……大方、こっちも戦争がしたいんだろうよ。だが中立の立場は崩したく無いから、カッサ国王女が反乱軍を率いて攻め込むのを裏から支援するだけって形に持っていきたいんだろうな」


 別れる他の仲間達と同じ馬車には乗り辛いのだろうか、子ども達で満員だったこちらの馬車に乗り込んできたドンが私の疑問に答える。


「戦争がしたいって……そんな事あるの?」

「あー。国境付近の睨み合いが何年も続いてるからな、商人や農民で仕事にならん奴も多いだろう。コーデリックさんみたいな貴族に身元を保証されている様な人じゃないと行き来は出来ない。他にも、兵士の馬鹿にならない遠征費とか、増え続ける難民問題とか、単に戦争やれば市場が回るって理由もあるだろうが。……だから、ケリクツトに被害の無さそうな場所で軽く反乱軍に暴れて貰って、カッサとのごたごたを解消したいんだよ」

「でも、エミーリ王女はそんなつもりで来てるわけじゃないでしょ?」

「当然。王女様の事だ、火消しに使われるのは分かった上でやるんだろ。だがそれで終わるとは思えない。王都まで攻め込んで、自分の父親の首を獲る気満々だろうよ」


 血生臭い話だが、戦いの絶えないこの大陸では仕方のない話かもしれない。それでも、実の親子が殺し合うと考えるだけで胸が痛い。


 話をしながら馬車に揺られている間に到着したらしい。

 城の外装から予想を裏切らない、簡素な応接間に案内される。


「サクラも会談出るか?」

「うーん。子ども達も長旅で疲れてるみたいだし、遠慮しておこうかな……」

「おう。んじゃこのは部屋使っていいって事だし、チビ達休ませとけ。――俺達は謁見の間だ、ロンド行くぞ。他の奴らはそのまま向かったってよ」

「はぁいぃ~、じゃぁサクラさん、あとでまたぁ」

「うん、いってらっしゃい」


  重厚な扉が閉められ、応接間には私と、ウルヒム、三つ子、キルン、クロ……そして、昨日にレオダールと共に私達の乗っていた船に現れた鳥人の双子。ヒィナ、ミィラと呼ばれていた。

 アルクとイオーラは、他の仲間達と共に馬車に乗っていたから、そのまま謁見の間に通されたらしい。


「お茶をお運びしましょうか」

「えっ、あっ、お気遣い無く……」


 見分けが付かないのだが、羽や髪が鳶色の少女の片割れが声を掛けてくれる。とても綺麗な顔立ちなのだが、船の中も今も全く笑う様子が見られない。


「えー! ママ―、ぼくのどかわいたー」

「あれ、そうなのカント。じゃぁ頂こっか……ごめんなさい、お願いします」

「かしこまりました」


 ヒィナとミィラがお茶の準備をしてくれている間、ソファに体を沈ませて時間を潰す。子ども達は浮足立っていたが、簡素な応接間なので特に興味を引く物が無かったらしく、並んで窓から外を眺めている。ひよこの様で可愛らしい。


「あれ……?」


 その時、私はふと腕に抱えていたクロの体に違和感を覚える。

 その小さな体がやけに熱いのだ。朝からずっと傍にいるのに、どうして気づかなかったのだろう――そう自分を責めかけたが、いや違う。朝は平熱だったし、魔王形態の彼とも言葉を交わしたのだ。では、いつから?

 私が考えている間にも、熱がどんどん上がっている事が分かった。これは風邪などの発熱では無い、と気づくまでにそう時間はかからなかった。


「ママ……クロ、どうしたの!?」


 ウルヒムを筆頭に、子ども達がこちらの異変に気が付いて寄ってくる。私はクロの体に触らない様に前もって伝える。クロの熱はもはや私が抱きかかえていられる温度を越えてしまった。仕方なくソファに彼を横たえらせ、私はしゃがんで彼の様子を観察する。


「どうしたんだろ……ね、クロ。クロったら」


 魔王の方の彼が応答しないかと思い、声を掛ける。しかし独特の低い声が耳に届く事は無かった。

 火傷しそうな程の熱に頭を悩ませる。今すぐにでも仲間を呼んだ方がいいのだろうか。しかし呼んだところで彼らにもこの理由は分からないだろう。それに大切な会談の最中だと思うと気が引ける。

 しかし、クロをこのままにしておける筈がない。


「すみませんっ、冷たい水と布を……ッ」


 私は鳶色の羽の双子にそう頼もうと声を上げた。その瞬間である。


 ビシッ……ッ、ビシビシッ……。


 熱かったクロの体の表面が、石のように変化し始めた。驚きのあまり何の手出しも出来ない私に、子ども達は恐怖でしがみ付いてくる。


「ママっ、クロがっ! クロがぁッ」

「ウルヒム、落ち着いて……! やっぱり誰か呼ばなきゃ……」


 ここに誰かを呼ぶか、熱くてもなんでもクロを運んで謁見の間に連れて行くか……私が頭を悩ませている間にも、クロを覆う灰色の石の面積が広がっていく。

 仕方がない、ドン達の所へ連れて行こう――人数が多い方が、この現象を知っている人がいる確率が高いはず。私は発熱する彼を包むために手頃な布は無いか探そうと立ち上がる。


 ゴチン、と私の頭頂部が何か固い物にぶつかった。


「痛ッ……!」

「ってぇ~」


 それは、男性の顎だったらしい。

 ヴァーラルとレオダールの二人と同じ、白銀の羽と髪が目に入った。


「あ、の」

「おお、すまんすまん。俺が見ていた場所が悪かった」


 彼は顎を摩りながら、嫌味の感じられない笑顔を見せる。羽や髪の色は同じだが、あの二人とは雰囲気がかなり違う様に感じた。

 誰だ――と、思考が一瞬そちらへと移行したが、私はすぐに我に返る。


「そ、そうだ……っ、クロが……シーツか何か……」

「クロって、こいつの事か?」

「は、はい……あっ、このテーブルクロスをお借りしてもいいですか?」


 初対面の男性に失礼かなとは思いながらも、私は忙しなく部屋の中をウロウロと動き回る。部屋の端に畳んであったテーブルクロスがあったため、少し薄手ではあるがそれでクロを包む事にした。

 ソファの前まで戻り、もうほとんど石になってしまったクロを布越しに抱えると、ずしりとした重さに腕が悲鳴を上げそうになった。


「どこに連れて行くんだ?」

「えっ、そのっ……謁見の間に仲間達がいるので……っ、そこに……」

「なんだ、重そうだなぁ。……じゃぁアンタもエミーリの同行者か」

「そ、そうです、が……」


 だめだ、一人では運べそうにない。やはりここに誰かを呼んだ方がいいだろうか……クロをもう一度ソファに戻すと、鳥人の男性はまた覗き込んできた。次こそ頭をぶつけないように避けて立ち上がろうとしたのだが、その私の肩に彼は背後から手を掛けてきて言った。


「これ、魔王の卵だろ」


 と。


「!」

「やっぱり? やっぱりそうだろ! いやー初めて見た! そりゃそうだよな、はっはっは」


 目の前の男の豪快に笑いに、私は付いていけなかった。肩に置かれた手を払いのけ、子ども達に下がるように伝える。


「そう警戒する事ぁない! 文献で見た事があっただけだ」

「……そうなんですね……じゃぁ、この現象にも心当たりが……?」

「ふむ。これは蛹化とも言える現象だろうな! 魔王の卵は見た目こそ赤ん坊の姿をしているが、どちからと言えば虫の様な発達の形態を取る……らしい!! だが、この石の皮を被っている期間はそう長くはないはずだ。明日の朝には出てくるんじゃないか?」

「よ、よかった……」


 この男性を信用すべきかは悩ましいところではあるが、クロの謎の現象に対して対処が全く分からない私にとってありがたい情報である事は間違いない。


「しかし下手に動かすのはまずい。落としたりして中途半端に傷をつけてしまえば、中にどんな影響があるか分からんからな」

「……わかりました」


 では無理に謁見の間に連れて行くのはやめておこう。この場は誰か一人をここに呼び出してから、ドンの持っている通信機を借りてネフカロン地区のマザーと連絡を取るべきだろうか。彼女なら、この現象にも心当たりがあるかもしれない。


 そして……。


「この赤ん坊が魔王の卵と言う事は、口外すべきで無いと言いたいのだな?」

「ええ……まぁ、そうして頂けると助かります」


 随分と察しが良い。そうだ、クロが魔王の卵である事はまだエミーリ王女にも秘密にしている事だ。せめて、ドンがこの地を離れるまでは、この男性にも黙っていて貰いたい。


「そうか……ふむ! いいだろう!」

「ありがとうございます……」


 私は深々と頭を下げる。

 薄々気が付いていた。王族のあの二人と同じ髪と羽の色、歳も同じくらいだろう。そしてこの豪快さ大胆さ、魔王の卵と言うものへの知識、極めつけはレオダールお付きの二人が突然の襲来に対して端で静かにしている事……それらを加味して考えれば、この男性の正体は一つしかない。


「兄上っ! こちらですか!」


 応接室の扉が勢いよく開けられる。子ども達が扉の近くで遊んでいなくてよかった。

 入って来たのは、ケリクツトの第三王子ヴァーラルだ。


「うわっ、見つかった」

「皆探しております! エミーリも来ているのですよ!」

「知ってる知ってる。ちょっと茶でもしばきに来ただけよ」

「全く! ほら行きますよ!」


 彼はヴァーラルに背中を押されながら退散していく。王族には嵐の様な者しかいないのだろうか。

 無言で見送っていると、彼は去り際に扉から顔だけをこちらに向けて、大きく口を開けた。


「そうだ、名乗るのを忘れていたな! 俺はゴードル。またなママさん!」

「ママさん? ったく何言ってるんですか早くして下さい」

「へいへいへい」


 ずるずると引きずられて消えていく彼……ゴードルの姿が完全に見えなくなると、私は石になってしまったクロの横に座り込んだ。


「ママー……あのおじさんだれだったの?」


 子ども達も緊張が解けたのだろう。私の近くや対面しているソファに腰かけ始めた。

 私は問いかけてきたエルの頭を撫でて、力無く笑う。


「さぁ……誰だろうねぇ」

「んー?」


 ケリクツト第三王子のヴァーラルがレオダール以外に「兄上」と呼ぶ。その相手は一人しかいない。間違いなく彼は、ケリクツト第一王子その人であろう。


「はー……」


 私達の手に魔王がいる事。彼に知られてしまった事は、今後どう影響するのか。私は最近痛くなりっぱなしの頭を押さえて呻いた。

 





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