3話 ドンの決断
こちらに向かってきていたいくつかの影……それは三人の鳥人だった。一人はヴァーラルと同じ白銀の羽を持ち同様の色の長髪が目を引く、眼鏡を掛けた美青年。後の二人は鳶色の羽と髪を持つ瓜二つの美少女だった。
長髪の青年は、ヴァーラルを見るや否やバサリと羽ばたかせて彼に近づき、右頬を強かに張り叩いた。
「愚か者が」
「兄上……申し訳ありません……」
ヴァーラルは悲痛そうな面持ちで俯いた。そして青年はこちらを振り向くと、頭を下げる。
「この度は愚弟がとんだ迷惑を……私は、ケリクツト国防軍将校レオダール・アングダールと申す者」
「そして、ケリクツト第二王子……だろ?」
「存じておられたか」
「ケリクツトの王族の髪と羽の色は有名ですからねぇ。弟君を見た時も、そうじゃないかなと思いましたよ」
ドンがヴァーラルを横目にしながらそう言った。彼は居た堪れないのか羽を畳み、離れた所で小さくなってしまっている。
「レオダール、お迎えご苦労様」
「エミーリ……よくぞ無事で」
エミーリ王女は長髪の青年―レオダールーの前に出て、花のように笑い右手を差し出す。レオダールは跪いてその手の甲に軽くキスをした。流れるような自然な仕草だ。
「ヴァーラルは、カッサ国境付近で貴女が捕らえられたと聞き、怒り心頭のまま領海のパトロールに出たのだが……案の定この様だ」
「仕方ないわ。ヴァーラルは昔から、わたくしの事になるとああなのよ。ねぇヴァーラル!」
呼びかけられたヴァーラルはフイとそっぽを向いてしまった。
ドンは旧友の様に話す彼らに、「交流が?」と問うと、レオダールは薄っすらと笑顔を浮かべた。
「五年程前は今ほどカッサとの関係は悪く無かったのでな。式典などで顔を合わせる機会もあった。この大陸には国の数が少ない……いや、少なくなった、か。王族同士の繋がりは大切にしなくては」
「それにしても、王子自らが国防軍の将校とは……」
「ケリクツトは中立故、常に敵の脅威に晒されている。王家と国防は殊更密接である必要がある。私やヴァーラルだけでなく、第一王子である兄は国防軍の最高司令官も担っておる」
レオダールはドンから視線を外すと、甲板の上を見回す。自分の国の兵士である鳥人達が満身創痍で転がっている姿に肩を竦めた。
「こちらから仕掛けた上に、命は見逃して頂いた事感謝する。――ヒィナ、ミィラ、回復に当たれ」
「ハイ」
鳶色の羽の二人組は二手に分かれると鳥人の兵士達の傍へ座り込み、患部に華奢な手をかざした。その手が青白く光るのを見て、私は彼女達が使っているのが回復魔法だと理解する。
「続けざまに悪いのだが、私達をこのまま乗せて貰っていても構わないだろうか。回復に時間がかかってしまう」
「停泊するのはタッセ港だが、それでもよければ」
「ああ、それで良い」
レオダールはドンと握手を交わすと、傷ついた兵士達の近くへと寄って行き一言二言声を掛けて回る。大してヴァーラルは叱られた犬の様に船の端っこで体育座りをしたまま動かなくなってしまった。
鳥人達は大部屋の船室で一晩を明かすらしい。これ以上事態が混乱するのを防ぐ為にも、詳しい話は王城に着いてからとなった。
そして私達『不滅の灯』のメンバーは、戦闘前にドンがするはずだった話を聞くために船室の一つに集まる。
「悪いな、何度も」
いくつか簡易ベッドの設置された船室の中で、それぞれが腰を掛けられる場所を探して座っている。
「さて……集まったのは他でも無い。『不滅の灯』がエミーリ王女と魔王どちらに加担するのかの決断を伝える為だ」
「決まったんだね」
「ああ、マリオ。正直悩みはしたが……これが最善手だろう」
ドンは一度船室内の仲間一人ひとりを見ている様だ。ロンドに聞いたところによると、ドンが義賊として活動し始めたのは七年前。それがレジスタンス組織『不滅の灯』になったのは二年前。今いる大人のメンバーの中で一番日が浅いロヘイネルでさえ一年以上の付き合いで、古株のロンドやイオーラ、ニーナに至っては義賊の時から一緒にいるらしい。
それだけの付き合いだ。彼なりに悩んだだろう。悩んだ末の決断なのだ。
私は、ドンがこれから何を言うのか大体の見当は付いていた。
「『不滅の灯』は、エミーリ王女側に付く」
「!」
緊迫した雰囲気が船内に広がった。
そんな中、おずおずとロンドが右手を挙げる。
「でもぉ、魔王との契約はどうするんですかぁ……?」
「そうだな。そこがネックでもある……だから俺は、――――『不滅の灯』を抜ける」
「……へっ!?」
一瞬何を言っているのか分からなかったのだろう、ロンドがとぼけた声を出し、マリオを始めとする仲間達は、口をぽかんと開けたまま一瞬フリーズしていた。
「明日のケリクツトの王族との会談で俺の『不滅の灯』としての仕事は終わり。次のリーダーはマリオに任命する。以上」
「はっ! ま、待って待って……え? なんで僕?」
「お前が一番適任だと思ったからだ。王女と共に反乱軍の指揮をやれ。お前なら出来る……あとの奴らが、俺に付いてくるか、マリオに付いて残るかはそれぞれに一任……したいのは山々なんだけどな。マリオのサポートをして貰いたいから、特にこっちに付いてくる理由の無い奴らはケリクツトに残ってくれ」
「……そんな一方的に決められて、納得出来るわけないだろ……!」
淡々としたドンの台詞と、マリオの狼狽える声。他の仲間達も口々に「なんでだよ」「リーダーがいなくなったらどうしたらいいのか」等と言い始めた。
「ママ……リーダーはどこかへ行くの?」
「ウルヒムはドンと行くよ。私や孤児院の皆もね」
「そっか……」
子ども達の中では唯一話がなんとなく理解できたのであろうウルヒムが、ベッドに座ったまま私の腕にしがみついてくる。家族の様に過ごした仲間達がバラバラになってしまうという不安が彼を襲っているのだろう。
私はウルヒムを抱きしめると、「大丈夫だよ」と囁いたが、彼の表情はあまり晴れなかった。
「なんで君が抜けるのか、きっちり説明して貰おうか」
一度場を落ち着かせ、マリオがドンと対面して話を聞き始める。
「……そうだな。魔王との契約があるからってのが大きな理由だ。一度結んでしまったもんだし、反故にするにはリスクが大きい。だがそっちは『不滅の灯』としての契約じゃなく、俺個人と魔王との契約だ。だから、『不滅の灯』から俺一人が抜ければ、王女と共に反乱軍の指揮を執る事と、魔王軍を結成する事の二つを両立する事が出来る」
「なんで両立する必要があるのさ。魔王との契約が解除出来ない、リスクが大きいなら『不滅の灯』全員で魔王軍に入ればいいだろ」
「お前が言ったろ。魔王軍じゃ戦争が終わってから民衆の支持を得られないって」
「……そうだけど、君が抜けるくらいなら……」
「マリオ……少し落ち着いて」
肩を落とすマリオの背中を、ニーナが優しく撫でる。
そんな二人を見て、ドンは悪戯っぽい表情を作った。
「それに、だ。王女の名で反乱軍を率いて行けばカッサ王国軍からの寝返りが期待出来る……しかしそれでも、カッサとは国土も人員も差が開き過ぎだ。勝てる確率は、ざっと見ても半分も無ぇ。魔王軍なんてもっと勝算が低い。何故なら今から人数を揃えるんだからな。……だが、この二つの陣営が連携していたら?」
「……つまり、片方が正式にカッサ王国と戦い、その横っ腹を残った片方が攻撃する……?」
「そうだ、準備も計画も足並みを揃えて攻撃を開始する。まぁ、それを目指すなら俺達の準備はとにかく急がないといけないけどな」
マリオは下唇に親指を付けて、目を伏せた。ドンの決断を支持するか、反対して付いていくか……はたまたここで決別するのか。彼の脳内にはそんな選択肢が浮かんでいるのだろうか。
そんなマリオの少し後ろに座っていたマッテオが、穏やかに口を開く。
「リーダーとは別行動にはなるけど、目的は同じって事だね?」
「ああ」
「……なら俺は特に反対はしないかな。リーダーが心配な気持ちはあるけど、まぁ、貴方なら上手くやるでしょう」
「悪いな、マッテオ」
マッテオの言葉に、アッドルフ、カユ、テヒング、ラン、リュナウド、リンダ、ロヘイネルが頷いた。……そして、
「長い間、お世話になったわね。リーダー」
「もうリーダーじゃなくなるけどな。ニーナ、後は頼む」
「あらやだ。リーダーはリーダーよ。ずっとね……ね、マリオ」
古株の一人であるニーナがドンと軽くハグをしてから、マリオの方を見る。彼は赤くなった目元を隠す様に俯いて、「……うん」と小さく小さく呟く。
「――全く、君の後継なんて……絶対に、死ぬほど大変だよ……僕なんか、前に出て戦う事も出来ないのに……」
「悪いな、それでも頼めるのがお前だけなんだよ。それに、リーダーの資質はそこじゃねぇだろ」
「……そうだね。よし……じゃぁ、取り合えずやってみようか」
どうやら話はまとまったらしい。
先ほど発言したきり静かになってしまったロンドに、「どうしたの?」と聞くと、
「また人数が減ってしまったと思いましてぇ……」
と、寂しそうに口にした。
確かに、ついこの間まで子ども達を除いても三十人以上いたはずなのに、随分寂しい集まりになってしまったものだ。
「ロンドはどうするの?」
「私ですかぁ? 私はリーダーに付いて行きますよぉ。多分皆分かってて聞きにも来ないと思いますぅ……サクラさんはぁ?」
「クロがドンの傍にいないと話にならないから……クロにはまだ栄養をあげないといけないと思うし」
「じゃぁ一緒ですねぇ! よかったぁ~」
ロンドの嬉しそうな顔を見ていると、こちらも明るい気持ちになる。不安な事もたくさんあるが、子ども達やロンド、ドンと協力しながら進んでいきたいと私は思った。
「よーっし、今夜は航海最終日の記念と、リーダーの新しい門出を祝して飲むわよー」
リンダが威勢よく声を上げながら腕を振り回す。そして全員揃って食堂へと流れていった。騒音で追い出されないか心配だ。
私は子ども達の引率があるため最後にゆっくりと部屋を出ようと、仲間達がいなくなるのを待っていた。その最後となるマッテオが扉の外に足を踏み出そうとした時、動きを止めてこちらを見た。
「……」
「マッテオさん、どうかしました?」
「……いや、何でもないよ。そう言えば、さっき甲板で俺が攻撃された時にすぐ呼び戻してくれたよな? ありがとう助かったよ」
「い、いえ……」
「じゃ、食堂で」
「はい……」
彼の意味ありげな沈黙や視線が気にはなったものの、私はその後のどんちゃん騒ぎですっかり忘却の彼方へと追いやってしまった。その時、もう少しちゃんと考えるべきだったかと、後悔する事になる事も知らずに。




