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1話 鳥



 二週間の航海と言うのは案外過酷なものだ。――と言うのは勿論、子ども達の事である。

 

 船だ海だ広い空だと喜んでいたのは最初だけで、二日目にはすでに「まだ降りないの」とウルヒムと三つ子がぼやきだしたからだ。

 『不滅の灯』のメンバーがちょくちょく相手をしてくれていたのだが、それでも暇な時間と言うのは生まれてしまう。船上では今まで落ち着いていたカントの噛み付きは悪化して、オルレリも癇癪を起す様になってしまった。元々大人しい性格のエルは船の中でも案外平気らしく、よく甲板で景色を見ていた。


「あきた、あきた、あきた、あきたー」

「オルレリ、お絵かきでもしよっか」

「だってもうたくさんかいたもん! わたしもうおりたいの! おーりーるー」


 オルレリが仰向けになって足をジタバタと動かしていると、乗組員達が何事かと集まって来た。暴れている理由を知ると、海の男達はゲラゲラと笑い始める。

 そしてベテランの男がオルレリの傍でしゃがむと、顔を覗きながら言った。


「嬢ちゃん、明日にはケリクツトに着くぞ。そう怒りなさんな!」

「ほんとっ!? やったー」


 彼女は笑顔を弾けさせながら立ち上がり、両手を上空に突き出した。

 全く、単純な子だ。


「すみません……それで、明日に到着ですか」

「ああ! 順調な航海で安心してるよ。……しかし、あんたらが降りると、静かになっちまうな」

「お騒がせしまして……」

「いやいや、楽しませて貰ったさ! それにしてもアンタも子沢山で大変だな。旦那がゴブリンなのか?」

「いえ、私が産んだわけでは……」


 もしもそうだとしたらゴブリンの子ども達だけでも五人、そしてクロを含めて六人……そんな子沢山の母親に見えていたのか、この二週間。

 微妙な気持ちに苛まれながらも、明日の到着は素直に喜ばしい。私だってそろそろ地上が恋しくなっていたのだから。


「……あ~、いた。サクラ~」

「あっ、カユさん」


 私の背後から、茶髪をガシガシと掻きつつ現れたのは、『不滅の灯』のメンバーの一人、カユだった。拠点にしていた村が襲撃に会った際に大きな傷を負ってしまったのだがスヴェルミ卿の手配してくれた医師に適切な処置をして貰えた事もあってなんとか回復した。本来ならば治療のためスヴェルミ領に残るべきだったのだろうが、断固として付いてくると主張し怪我を押し切って同乗したのだ。船医が毎日診てくれてはいるらしい。


「傷の調子はどうですか?」

「ん~、もう平気~。リュナウドも毎日回復魔法かけてくれてるし~。ちょっと痕は残っちゃったけど~」


 彼女はそう言いながらペロリと服を捲って腹部の傷痕を見せてくる。確かにしっかりと塞がっている様だったが、皮膚が一部赤紫に変色し、ひきつれを起こしてしまっている。見ているだけで痛々しい。


「――って! こんな所で服を捲らないで下さい!」

「はいは~い。それで~、リーダーから~全員に集まるようにって~」

「え? 私も、子ども達も?」

「そ~。そこで私が昼寝してたらついでに呼んでこーいって言われちゃって~場所はいつもの船室ね~」

「わ、分かりました。今行きます」


 『不滅の灯』のメンバーだけじゃなく、私、そして子ども達にも用事とはなんだろうか。いや、考えるまでも無い。二週間前に彼が……ドンがずっと悩んでいた、カッサ王国と戦うに当たって、“魔王を取るか”、“王女を取るか”の二択への結論を皆に伝えるのだ。 

 

「……」


 どこかに引っかかっていたのだろう、出航の日にドンが破り捨てた“業務委託契約書”の一片が、あの後甲板に落ちていたのを見つけて回収した。私はそれをなんとなく捨てられずに、小瓶に入れて持ち歩いている。

 あの日から、彼との関係性や子ども達との距離などが表立って大きく変わったわけでは無いのだが、本質は全く違っていると私は思っていた。

 今はもう、“契約書があるから、子ども達から離れる事が出来ないのだ”、と言うある種の言い訳が使えない。この世界に縛り付ける枷が無くとも、あの子達をちゃんと巣立たせたいと、親心の様なものを抱いてしまっている自分に嘘がつけない。


「ゴブリンが成人するまでは、長くて三、四年……」


 アルクが言っていた。ゴブリンは成人するまではニンゲンの五倍のスピードで成長すると。彼らをそこまで見届けるのだとすれば、やはり私はあと三年はこの世界にいる事になる。

 三年と言えば……私は二十七歳だ。そこから元の世界に帰ったとして……税金等はどうなっているのだろう、それに解雇されているであろう職場、三年間の空白期間の適当な言い訳をしながら再就職、その後の未来……。


「はぁ……考えるの止めよ……」


 私はクロを抱えると、子ども達に「ドンから話があるんだって」と声を掛ける。ウルヒムはさっと、三つ子はのろのろと、いつの間にか立って歩けるようになったキルンがよちよちと、私のところへ集まってくる。アルクとイオーラは近くにいないので、先に集まっているのかもしれない。


 甲板から移動しようと子ども達を引き連れて歩いていると、私の肩にはらりと舞い落ちてくるものがあった。


「ん? ……なんだ、鳥の羽か」


 それは一枚の黒い羽。私はそれを払いのけようと手を動かそうとするが、その右手はエルがぎゅっと握りしめて離さなかった。


「エル? どうしたの」

「……ママ、おそらに……」

「空?」


 彼女の怯えた様な視線の先に目をやると、そこには鳥の羽を持つニンゲンの様な生き物が船の上空を旋回しているのが目に入った。その影は一つ二つでは無い。色とりどりの羽を広げたその人数はざっと数えただけでも十数名程。


「鳥人達だ……警戒態勢に入ってる! こちらに敵意ありと判断されれば攻撃してくるぞ!」

「通行許可証は掲げているのに、どうして……」


 乗組員達が動揺し始めた。何か手段を用いて上空の彼らと交渉しようとしているのを横目に、私は急いで子ども達を船室へと避難させようとする。

 その道中に状況を聞きつけた仲間達とすれ違った。


「チビ達は船室で待機! この状況じゃ光線は打てねぇから、ロヘイネルが面倒見とけ。カユはまだ万全じゃねぇからチビと一緒にいろ」

「でも~空を飛んでる相手なら弓が必要なんじゃないの~」

「もしもの時はイオーラが出るから心配すんな。それに、ケリクツトは元々鳥人が治めてる国だ。下手に撃ったらむしろ大問題になる……向こうが戦闘を仕掛けてくるなら話は別だが……」


 ドンがそう伝えながら足早にその場を去って行った。去り際、私にも上に来るように合図を送ってくる。

 私は船室にウルヒムと三つ子、キルンを預ける。そしてクロをおんぶ紐を使って背負った。出て行こうとする私に、ウルヒムが叫ぶ。


「ママ、オレも行く!」

「だめ。ここで待っていなさい。外は何があるか分からないんだから」

「でも……!」


 最近聞き分けが良くなったはずのウルヒムが食い下がってくる。しかし、怯える三つ子やキルンの姿を見ると、ぐっと拳を握って俯いた。


「ウルヒム……」

「……分かったよ、留守番してる」

「ごめんね。すぐに戻ってくるよ」

「……うん。ママ、怪我しないでね」


 彼はまだ何か言いたそうではあったが、笑って私を送り出してくれた。

 「ここは大丈夫、サクラさんは行って!」と言うロヘイネルに子ども達をよろしく頼み、私は閉じる扉を後にした。


 廊下を進み階段を上って行くが、仲間達はまだ甲板に出てはいない。甲板に繋がる船室で外の様子を窺っている。


「サクラさぁん。チビちゃん達大丈夫でしたぁ?」

「うん……それで、外はどうなってるの……?」

「あちらは領海侵犯だって主張しているみたいですぅ。こちらは通行許可を貰っていると伝えてはいるのですが、聞く耳を持ってくれなくてぇ」


 ロンドが不安そうな眼差しで外を見つめている。これからどう動くのかと考えていると、上空から船に対して威圧する様な声が響いて来た。


「我々は、ケリクツト国防軍! この船にカッサ王国軍の兵士が多数乗船しているとの報告があった! 乗組員は速やかに甲板に出て武器を海に捨てるがいいっ!!」


 すでに甲板にいる乗組員達は戸惑いながらも、相手の指示に従っている様だ。ぼちゃんぼちゃんと武器を捨てているであろう音が聞こえてくる。


「……俺達の事を誤解しているのか。王女を連れてくる事が伝わっていない……?」

 

 ドンは眉を寄せながら船室の小窓から外を見ていたが、どうやら対話を試みるらしい。扉に手を掛けた。その時、私の背後から透き通った声がする。


「わたくしを保護すると言い出したのはあちらですのに、困りましたわね」

「エミーリ王女。王女様自らが出て話をするなんて……言い出しやしませんよねぇ?」


 ドンは美しい少女に対して、敬っているのだかいないのだかよく分からない態度で応える。王女はそんな彼の仕草が一々ツボに入るらしく、口を押えて笑っている。


「まさか! ここでわたくしが出るわけにはいきません……まだ危害は受けておりませんが、彼らの目的が分かりませんもの」

「そうですねぇ……王女様はそこで大人しく見てて下さい。……んじゃ、ちょっくら出るとするか」


 ドンが威勢よく扉を開け、甲板に出て行く。剣士達とアルクとイオーラはそれに続き、魔法使い達は船室内組と、甲板組に分かれた。


「俺達は反カッサ王国を掲げている、レジスタンス『不滅の灯』だ! カッサ王国軍ではない! 訳あって商船に乗り込んではいる為、誤解を与えてしまったのならば謝る! ここへ降りて来て話を聞いてくれ!」


 ドンが上空に向かって叫ぶと、白銀の翼と髪を持つ青年がこちらの言葉にぴくりと反応するのが分かった。遠くて良く見えないが、足には立派な鉤爪が付いている。あれで首でも裂かれたら一巻の終わりだ。


 白銀の翼の青年は、ドンに対して憤りの表情を見せる。


「誰が信じると思うか愚か者が! 抵抗するのならば攻撃を開始するぞ!」


 相手は聞く耳を持つ様子は無い。ドンは面倒臭そうに後頭部を掻くと、「しゃーねーな」と呟き言葉を続ける。


「いいか、相手が攻撃してきたらこちらも応戦だ。……後々面倒だから間違っても先手を取るなよ。あと……鳥人は一人たりとも殺すな。分かったな」



 私達は静かに首を縦に振る。もう少しでケリクツトに到着と言うところで、また一難だ……先が思いやられる。


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