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22話 出航

「おふね、おふね」

「ねぇオルレリ―、おふねってしずまないの?」

「カントってばへんなの! しずむわけないじゃん! ……ねぇ、ママ、しずまないよね……?」


 オルレリとカントが手を繋いで歩きつつその様な事を話している。出航前に沈むとか沈まないとか物騒な話をしないで頂きたい。私はクロを抱えたまま乾いた笑いを漏らした。


 スヴェルミ卿の屋敷にて二泊、体を休ませて貰ってから私達は出発した。しばらく馬車に揺られて着いたスヴェルミ領内の港には、立派な帆船が泊まっていた。


「沈まないよ、大丈夫。ただ、お船から落ちちゃうと大変だから、上に出ている間は走ったり、どこへでも登ったりしない事。いいね」

「はーい!」


 二人は元気に手を挙げた。本当に本当に気を付けて貰いたい。

 フードで体を隠す彼らを連れて、私は乗船した。今日の海は非常に穏やかだ。出航日和だろう。

 先に上がっていたウルヒムやエル達とデッキでしばらく過ごしたいと言うので、出航まではフードを被る事を条件に了承し、私はそれを見守る事にした。


「ママ、クロも一緒に遊んでいい?」

「いいよ。優しく抱っこしてあげててね」

「うん」


 ウルヒムが意気揚々とクロを迎えに来た。最近彼はクロのお世話がしたくてたまらないらしい。新しい弟分を可愛がる姿を、私は微笑ましく思った。



「サクラ様」

「エミーリ王女……! そ、その、様って言うのはよして下さい」

「あら、照れなくて結構ですのに。ふふ」


 その時、背後から私に声を掛けてきたのは、フリルやレースの施された淡い紫色のワンピースに身を包んだエミーリ王女だった。いつの間にか私の名前を憶えてくれていたらしいのだが、“様”は本当にやめて欲しい。


「ではわたくしも、ママとお呼びすれば?」

「……呼び捨てで結構です」

「あら残念。ではサクラさん。……サクラさんは、他の世界から来られたとか? いつこちらに?」

「え、ええ……一か月半ほど前に……」


 私がそう答えると、王女は形の良い眉を少し寄せた難しい表情で、「一カ月半……?」と聞き返してきた。私はこくりと首を縦に振る。何かおかしいことを言っただろうか。


「召喚妖精による召喚のチャンスは、最短で五年と言われていますわ……ですが、わたくしは王都を出る直前に、つい先日異世界から来たと話している方をお見掛けしましたの……」

「そうなんですか?」


 私のいた国からだろうか……それとも全く違う所から? 私はその人物に興味を抱いたが、王女が王都から脱出するごたごたの直前だったため、名前は聞けなかったらしい。


「知られているよりも召喚の期間はまちまちなのかもしれませんわね……わたくし達が知らないだけで、これまでも多くの方が異世界からいらっしゃったのでしょうか」

「……呼ばれる側にしてみれば、割と迷惑な話ではあるのですが……」

「ふふ! そうでしょうね」


 そうでしょうね、とは実に他人事だ。

 上品な笑い声を漏らした後、王女はスッと目を細める。

 

「……サクラさんは、ドン様の考えがお分かりになるの?」


 そして唐突にそんな質問を投げかけてきた。

 

「考え、と言うと」

「ドン様に言われましたわ。ケリクツトまでは護衛に当たる、しかしそれ以降は分からない、と。何をお悩みになる必要が? 『不滅の灯』は離散同然で、拠点は敵襲に会い戻れない。この状況でカッサ王国に勝とうと思うのならば、わたくしと手を組む事は得でしかないはずでしょう?」

「それは、そうですが……」


 長く光沢のあるブロンドの髪をなびかせて、王女は首を少し傾げながら私に視線を絡ませる。

 そうか、今気が付いた。これは尋問だ……。王女は、一番情報が抜き取りやすそうな私をターゲットにしたのだろう。


 ドンは魔王云々の話を彼女にはしていない。ここで私が口を滑らす事はあってはいけない。


「ドンは……私に、詳しい事は話しません、ので……」


 そしてこれはほとんど真実だ。


 王女は私の顔をじっと見つめていたのだが、やがて「そうですか」と意外とアッサリ引き下がった。


「あの方、誰も信用していなさそうですものね」

「……ええ」


 なんだか喉が乾燥する。潮風にやられたのだろうか、こんな事では先が思いやられる。

 手を口に当てて喉を鳴らしていると、王女の瞳はようやく私から逸らされた。興味を失ってくれたのかと、安堵のため息が漏れそうになるのをすんでのところで抑える。

 薄紫のスカートの裾を翻して、王女はデッキから海の彼方へと体を向けた。そして歳に合わない艶めいた笑い方をすると、


「――その様な顔をなさるくらいなら、本心で話して下さる様に貴女からお願いしたらよろしいのに。黙っていても殿方は察して下さいませんわ」


 と言った。……一回りも年下の女子からのアドバイスが地味に耳に痛い。


「心に留めておきます……」

「うふふ。サクラさんて素直な方ね。わたくしは好きよ、貴女の事」

「恐れ入ります……」


 そして王女はステップを踏みながら、ゴブリンの子ども達の所へと向かっていく。何か二、三言話しかけている様だ。子ども達もにこやかにそれに返している。

 小さな嵐を思わせる姿に、第一王女のカリスマの片鱗を感じ取った様な気がした。



「はぁ……」

「王女様と何話してたんだ」

「わっ! ……ドン、何。急に。いつから」

「……なんだその反応。まさかお前……余計な事口走ったんじゃねぇだろうな」

「な、何も話してないよ。……探りは入れられたけど」


 ドンは「へーぇ」と声を漏らしながら、王女の姿を一瞥する。

 そして手に持っていた荷物を足元に置くと、「チビ達の荷物、これで全部か」と口にした。


「あ、ごめん。私が運べばよかったのに」

「別に。ついでだろ」

「う、うん……ありがと……」

「……」


 何を話すべきか分からず、会話を続ける事が出来ない。むしろ、私はこれまでこの男とどんな話をする事が多かったか。そこからして思い出せなくなってきた。

 ……いや、何でも無い様な事を話していたような気がする。もしくは、彼にアレコレと指示をされて文句を返していたか。

 思い返せば、彼は自分の事をあまり話さないし、私も彼に聞かれていないため話していない。互いの事をよく知りもしないままに、この一カ月半ほどを過ごしてきてしまった。


 私達はしばらく沈黙し、デッキで楽しそうに話す子ども達と王女を眺めていたが、それを破ったのはドンだった。


「二週間か……」

「航海が? 長いよねぇ……」

「ん? そうだな。……いや、意外と短いんじゃねぇかな」


 子ども達を見ていると思っていたが、彼はその向こうの海を……ひいてはそのまた向こうの国を見つめている様だった。

 そして不意に私の目を見たかと思うと、「なぁ」と声を漏らす。その声は本当に彼のものかと思う程、小さくか細い……迷子の子どもを彷彿とさせるものだった。 


「サクラは……俺が憎いか?」

「んんっ? な、なんでそうなったの?」 

「いや、当然だろ。俺が無理矢理こっちに呼んで、騙し討ちみたいに契約させて、四六時中こき使ってんだから」


 自覚があったとは。

 予想の斜め上の質問に戸惑いながらも、私は本心を込めて彼に応える。


「そんな事は……一度も、思ってない、けど……?」


 しどろもどろの返しに、ドンは毒の抜けた様な表情で「そうか」と呟く。そして何をするのかと思いきや、彼は胸元のペンダント型の魔法具から一枚の書類を出した。


 それは、忘れる事など出来ない。私が夢かと思いサインをした、“業務委託契約書”だった。


「村は無くなったが、これは俺とお前の直接契約だから、場所は特に関係無ぇ。チビ達がいる限りは“孤児院の運営”はお前の仕事だ」

「分かってるよそれくらい。村に戻れないなら契約は解消だーなんて騒がないから安心しなよ」

「はは。そうか」


 彼は快活に笑ったかと思うと、前触れもなくその紙を……両手で真っ二つに破り始めた。


 私は驚き過ぎて声も出ない。


 真っ二つに紙が割かれ、そしてまた半分に。またまた半分に。

 どんどん小さくなる紙切れが、デッキの上に落ちて、風に吹かれて海へと……ひとかけらも残さずに飛ばされていった。


「な……っ」

「これで契約解消! お疲れさん!」

「――ん、な、わけあるかっ! なにその一方的なっ!」


 わけがわからない。そもそも一度たりとてこの男の突拍子もない事を予測できたことなど無いのだけれども、流石に今度ばかりは怒っていいのか泣けばいいのか喜んでいいのかも分からない。

 私は彼の手や袖を探った。直前に別の紙と入れ替えた手品なのではないかと思ったからだ。むしろそうでなくては納得できない。

 ドンは必死に契約書を探す私の手を取ると、「本物だ」と囁いた。


「なんで……?」

「――――俺は、」


 ドンは、その先を言うか言うまいか彼も悩んでいる様子だった。口元に指を当てて、目を逸らしたり私の方を見たりと落ち着きがない。彼のこんな様子は初めて見る。


「俺は、二週間後に選ばなきゃいけない。王女に付くか、魔王に付くか……それに、他にも。――だから、今ここで聞いておく」

「……」

「戦争に参加はしなくてもいい。手伝いたくない仕事があるなら、最初に言え。だが……」


 翠の瞳が揺れていた。何がそこまで彼を不安にさせるのだろうか。

 握られた手が湿っていくのが分かる。それが頭上に輝く太陽のせいではない事は理解できた。


「……サクラだけは味方でいてくれ。戦争が終わるまで……もしくは、俺が死ぬまでは」


 縁起でも無いと、そう吐き捨てる事は出来た。

 しかし、彼が絞り出して絞り出してやっと出た“泣き言”がこれなのだと、この言葉を聞いた瞬間に私は気づいたのだった。


 もう少しまともに甘える事は出来ないものか、この男は――と、私は力なく笑った。




「いいよ。それに、ドンが危なくなったら私が回収するし」

「……そうか。すまねぇな」







 そして船はもうじき出航の時間を迎える。

 『不滅の灯』一行は、カッサ王国を離れ、中立国ケリクツトへと旅立った。








2章はこれでお終いです。

3章までは登場人物紹介や、設定などの更新をしていくつもりです。

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