18話 敵襲⑤
突然告げられたその言葉に、私は頭が真っ白になる様な感覚がした。
そんな。
「でも! ちゃんと全員倒したはず……」
「そうだ……そのはず、だったが」
屋根の上の敵は全員倒した。地上に降りて行った敵も、今頃は全員に囲まれて為す術も無く倒れ伏している頃合いだろう。どうして。
「……待って。違う」
北の森に集まっていた兵士……私は初めから十三人全員が森から現れたと思っていたが、そうでは無く……“待機していた兵士”もしくは“何らかの理由で戦線を離脱していた兵士”がいたのではないだろうか。
そうだ、一人目はカユの弓。
二人目はロンドの魔法で押しつぶした。
三人目、四人目はドンが相手をし、
五人目、六人目、七人目、八人目は地上へと。
九人目はランの魅了にかかりその後ドンの剣に刺されて、
十人目、十一人目、十二人目は魅了にかかった魔法使いの攻撃で焼けた。
十三人目は……つまりまだ、この森の中に。
「!」
その時、ガサリと誰かが草を踏みしめる音が聞こえてきた。
敵を全員倒したと思い込んだ私は、ここへ来るまでの自分の足跡を隠蔽するなどの工夫をまるでしてこなかった。
極め付けに、私はこの洞窟にたくさんの子ども達を呼んでいる。多少トーンは落としていたとしてもまだ暗い夜の森。声はとてもよく、響いただろう……。
とりあえず松明を消そうかと私は判断した。しかし、これを消してしまえばもう、誰かを召喚する事は出来ないのだ。
――どうする。
洞窟の奥にはまだ細い通路が続いているため、私は子ども達に口を閉じて進む様に促した。今だけは、キルンが声を発しない事を祈るしかない。私は松明を持ったまま、一番後ろで入口の様子を窺う。敵も、こちらが何人いるのか分からずに様子を見ているのだろうか。
洞窟は段々と細くなる。この通路もいつ途切れてしまうのか、気が気でない。
「……」
誰かを、呼ぶしかないだろう。
ドンは駄目だ。彼を呼んでしまえば、教会にいるであろう仲間達の方に兵士が雪崩れ込む可能性がある。
教会にいる仲間達はどうだろう? あちらは全て終わっているところだろうが、今ここで呼ぶとしたら確実に剣士一択……つまり、カユ、アッドルフ、ニーナ、マッテオのうちの誰か……だが、ここで気になるのは、彼らが私と別れた後に……もしくは北の森で、大きな怪我を負ってしまっている可能性。もしも戦えない状態の誰かを呼んでしまえば、その仲間も私達も窮地に晒される。
つまりは。
「地下室にいる、アルクとイオーラに来て貰うしかない……」
私は無意識にぼそりと呟いた。
ここに呼ぶと言う事は、私達の為に戦ってくれ、敵を殺してくれと言うことと同義だ。それを私の口からあの子達に頼むのか……苦しいし辛い。正直なところ、呼びたくないし戦わせたくない……が、ここで呼ばずにいれば、赤ん坊二人も含めて全員が死ぬ事になる。
覚悟を決めなくてはならない。
アルクやイオーラに背負わせる事の重大さを理解した上で、私は、“二人をここに呼ぶ”。
私は急いで二人分の“召喚許可申請書”を取り出し、いつも通り自身の影に食べさせた。しかし、通常であれば魔法を使う際には眩い光が足元から溢れてくるはずなのに、今はそれがとても微弱なものだった。離れた場所の召喚対象を捉えた時の感覚も無い。
魔力切れだ。先ほどの頭痛は多少収まったが、魔法が使える程に回復はしていないという事か。
「どうしよう……」
私は頭の中が真っ白になる感覚がした。指先から感覚が無くなっていく。
――コツリ。
ブーツの底が洞窟の地面を叩く音が響く。こちらに大した戦力はいないと踏んで、とうとう洞窟に入って来たのだろう。
「ママ……」
「大丈夫……大丈夫だよ……」
「ふぅ……ッ、ヒィ……ック」
恐怖から、とうとう足が止まってしまったらしい。私は両手を広げて、全員の頭を抱え込む。「大丈夫だから、進んで」と頼むが、彼らはただただ肩を震わせて泣くばかりだ。
どうして私が自分で戦う事が出来ないんだろう。そうすれば、今すぐに敵の前に出て戦えるのに……逃げ場の無い空間に追い詰められながら、考えても仕様の無い事が浮かんでくる。
「サクラコ」
「く、クロ……っ。どうしよう……」
その時にまた聞こえた彼の声。私は自分の頬が涙で濡れている事に今更気が付く。
「我がサクラコから与えられた魔力を、少しばかり戻す。その魔力を使って、味方を呼べ」
「本当!?」
「しかし、魔力をサクラコに渡すには少し手間がかかる……時間を稼げるか」
「……やるっきゃ、ないでしょ」
私は頬をブラウスの袖で拭うと、おんぶ紐からキルンを降ろし、ウルヒムに預けた。松明はエルに。その時、キルンの泣き声が洞窟に響き渡り、全員がギクっと体を硬直させる。
「――貴方達だけで進みなさい」
「でも、ママが」
「いいからッ! 行きなさい!」
この村に来てから、一番大きな声を出した。今思い返してみれば、この子達に対して怒鳴ったりきつく当たったりと言った事は一度も無かった。聞き分けの良い子達なのだ。
私に大声を出された事に驚いたのだろう、全員目を丸くして言葉を失う。
察してくれたのか、ウルヒムが「行くぞ」と三つ子に声をかけてくれたおかげで、四人とウルヒムに抱かれたキルンが洞窟の奥へと進んで行った。暗い道だ。彼らが怪我をしないように祈るしかない。
私は、クロを抱きかかえながら来た道を戻っていく。
「女……一人か」
赤い鎧を身につけた兵士と出くわす。やはり敵で間違いなかったらしい。
「この先は、小さな子どもしかいないわ……声が聞こえたでしょ? あの子達を殺したって、あなたの名誉が傷つくだけ」
「……本当に子どもしかいないのならば殺す事はしない。しかし確認は必要だ」
兵士は私を捕まえて、且つ洞窟の奥へと進もうとするだろう。そうはさせない。
私は洞窟の入口へ全速力で足を動かす。つまりは、兵士の方へ向かって走って行く。
「大人しくしておれば斬りはせん。暴れるのなら、容赦はせんぞ」
「……あなたに私は殺せない」
呆れた様に兵士が振り下ろした剣を、私は右手で受け止める。その瞬間、キィンという金属音が鳴り、兵士の剣と体は洞窟の壁へ弾かれた。
コーデリックからドンが受け取った、魔法の指輪の効果だ。
「ぐっ、貴様子どもを見捨てるのか」
「フッ……この洞窟の奥はね、子どもしか通れない出口があるの。あの子達は今頃そこから脱出してるわよ!」
嘘だ。
これは賭けだ。もし乗ってこなかった場合は、子ども達の命を危険に晒す事になってしまう。しかし私には多少なり自信があった。彼の、「本当に子どもなら殺さない」と言う言葉に、信憑性があったからだ。
この兵士にとって重要な物は、『不滅の灯』のメンバーを捕まえた、もしくは殺したと言う手柄であって、幼い子ども達の首では無いのだ。私は今、コーデリックの指輪の力を彼に見せた。攻撃を弾き返す力を使いこなす、魔法使いだと思い込んだだろう。
いるかいないか分からない誰かを子ども達の声を辿って追いかけるより、目の前にいる、力の使い処が限定される魔法使いを捕まえてしまった方が、彼にとってはよっぽど早いし確実なのだ。
「クソッ!」
彼も決断したらしい。私を追いかける事を。
そうだ。私を追いかけて捕まえて尋問すれば、他の仲間達の居所や、他の拠点なんかを話すかもしれない――なるべく、そう期待させなければ。私は餌だ。
「……はぁ、本当の所は、大して、教えて貰ってないけどね!」
私はひたすら走った。向こうは鎧や剣を身につけているため、私の方が身軽ではある。しかし、彼に見つけられない距離になるのは困るのだ。追いつけそうと思わせなければ、また洞窟に引き返されてしまう。
その時、背中に衝撃が走った。攻撃を受けたのだろうが、指輪の力でまた弾いたので痛くは無い。
「何……!?」
足元に落ちていたのは矢だった。あの兵士は弓も使えるらしい。
指輪の効力はあと一回。
私はその後も放たれる矢を必死に避けたが、ギリギリのところで左手首に当たってしまう。その矢も綺麗に弾かれはしたものの、金属音と共に魔法の指輪についていた石が割れてしまった。
それと同時に、私を包んでくれていた見えない膜の様な物も消えてなくなってしまう。
私は急いで近くにあった草の茂みに体を隠した。兵士が私を捜索している気配が伝わってくる。今度こそ絶体絶命だ。私がここで捕まれば、洞窟の奥も捜索されてしまうだろうか。それだけは避けなくては、それだけは……。
「くぅ……!」
当てずっぽうなのか、当てがあるのか……また矢が飛んできて、それはとうとう私の肌を突き破った。運よく肩を少し掠めた程度ではあったため、大した出血では無い。しかし、今の漏れた声でここの場所がバレてしまったのではないだろうか。
その時、
「サクラコ、待たせたな」
クロ……!
クロの思念体が姿を現す。私は思わず叫びそうになったが、すんでの所でそれを堪えた。
彼は手に、青白い光の球を手にしている。どうやらそれが、私が送った魔力の一部らしい。
「我も一緒にやろう。サクラコと同時に魔力を使えば、一度の召喚で二人を呼べるはずだ」
「わ、わかった」
私がその球を両手で包み込むように触る。“召喚許可申請書”は先ほど影に食べさせたばかりだ、新しく必要ではないだろう。
どこかの場所で、私の魔力が二人の影を捉える。
二人を、この場に呼ぶ。危険な目に合わせるかもしれない、突然急な戦闘に呼ばれて混乱だってするかもしれない。それでも呼ぶと決めた。今はこれしか確実な方法がない。
「お願いっ! 来て!」
暗い森に、大きな光が二つ現れる。
一つは、普段よりも狼に形態を近くした少年。
もう一つは、弓を引き絞った形で構える少女。
光が消え、完全にその場に降り立った瞬間、少女は何も言わずに兵士に向かって矢を射る。それは剣を持っていた兵士の腕に見事に命中する。
「……ふぅ」
月光を浴びながらため息をつき、髪をかき上げる少女の姿は、相変わらずとても美しかった。
「いいとこ譲ってあげるわよ、アルク」
そして、獣毛が体を覆った少年は、剣を構える事の出来なくなった兵士に向かって、大きく爪を振りかぶる。
「畜生」
死を覚悟した兵士の最後の声が聞こえる。
私は、アルクが爪で兵士の首を掻き切る姿から、決して目を離さなかった。
血しぶきを浴びた少年は私の姿を確認すると、あどけない表情で笑う。比べて銀髪の少女は、「全くもう、タイミングが良いんだか悪いんだか」と不満そうだ。何の事だろうか。
何はともあれ……。
「お、終わった……? 今度こそ……」
気が付けばクロはぐっすりと眠っている。こんな状況でよく眠れる、とも思ったが、魔王が魔力を私に渡した事で、また睡眠を欲しているのだろうか。
「ごめん、あの洞窟の奥に皆いるから、呼んであげてくれる?」
「分かったわ」
「ありがと、イオーラ」
イオーラが洞窟へゴブリンの子ども達を呼びに行ってくれる。私は安心で腰が抜けてしまったらしく、その場にへなへなと座り込んだ。
「だ、大丈夫っすか」
「うん……よかった……助かったよ、本当に……」
頭がくらくらし始めた。それに、眠くて目が開けていられない。
「……サクラさん、お疲れ様っす。休んでください」
「うん……」
体が急に宙に浮く。多分、アルクが抱きかかえてくれているのだろう。ふわふわとした毛が頬をくすぐって、笑いが零れてしまいそうになる。
しかしもはやこの眠気に抗う事は出来ず、私は体を預けたのだった。




