15話 敵襲②
今回は地図として画像を載せさせて頂きました。
北の森を背に立つこの教会は、礼拝堂と居住スペースの大きく二つに分かれている。
礼拝堂には二階があり、そこから鐘が取り付けてある屋根へ梯子を使って上る事が可能だ。居住スペースには二階は無いが、代わりに地下室が付いている。
そして教会全体を石の塀が取り囲んでおり、礼拝堂入口正面の鉄柵には今現在鍵がかけられている、と言う状況だ。
私達は全員礼拝堂屋根の上へと上がる。そこから見ると、南の方角から何かがこちらに近づいて来ている事が分かった。
そのタイミングで村の入口の見張り台にいたニーナが礼拝堂にて合流する。これで『不滅の灯』のメンバーで動ける者は、全員この教会の屋根の上に集まった事になった。私を入れて十三人。……私が抱えているキルンとクロを含めれば十五人だ。
「サクラコ……ドンに伝えろ。姿が見えている部隊とは別に、北の森、南の森、西出入り口にも潜伏している兵がいると」
クロの思念体が私にそう囁いた。いつの間に出て来たのかと思ったが、魔王形態のクロの姿は見えない。私に抱かれている赤ん坊のクロだけだ。その事については「索敵にエネルギーを要するのだ」と一言だけ返ってくる。つまりは力を温存するために姿を見せていないと言う事だろうか。
私はクロに言われた事をドンに報告する。彼は「なるほど」と考え込んだ。
「ニーナ、正面に近づいてきた兵はどれくらいだ?」
「三十人……、もいないくらいかしら。あと、騎兵が一騎見えたわね」
「ご丁寧に松明を掲げて登場か……恐らく正面にいる騎兵が指揮官だろうな。そして残り三方向に潜伏部隊。正面の数より多いとは考えにくいから、多くてそれぞれ十人前後と見るか。全体で五、六十人の小隊だろうな……動きがやたら速いのは、隊長の独断で動いてるからかぁ?」
ドンは手や肩の関節をバキバキと鳴らしながら呟いた。そして思案をまた続ける。
『不滅の灯』のメンバーは全員、ドンの次の発言に備えてその場から動かずに待機していた。
そして考えがまとまったらしい彼は、「よし、作戦を説明する」と口にした。
「まず俺達の目的は、“サクラが村から離脱し、安全な場所でチビ達を召喚するまでの時間稼ぎ” 及び “チビ達離脱後は迅速に全員離脱” だ。相手を全滅させる事じゃねぇから間違えんなよ」
「大丈夫だよリーダー。そういうの言い出すヤコポはもういないから」
「それもそうだ。はっはっは」
「全然笑えないですぅ……」
マッテオとドンはげらげらと笑っている。この状況で笑えるメンタルが羨ましい。
「とっととサクラを逃がすのも一手ではあったがな、四方を取り囲まれてるんじゃそれも難しい。それに、多少数を減らす手伝いはして貰わねぇと俺達の離脱も怪しくなるしな。サクラ離脱のタイミングについては俺から直接指示を出すから、それまではこの教会にいろよ」
「う、うん。分かった」
「よし、マリオは火の準備だ。炎の矢を大量に作ってくれ。……イオーラがいねぇんだ、弓はカユに任せるぞ」
「りょーかーい」
カユと呼ばれたのは、茶髪をだらりと伸ばした女性だ。ボーっと空を眺めているのを村の中でもよく見かけた。剣使いのはずだが、弓も得意なのだろう。
「リンダはいつも通りに。ロンド、テヒング、リュナウド、ランはここで待機」
「了解です」
今名前を呼ばれたのは全員魔法使いだ。
リンダは自分以外の人に筋力を強化する魔法をかける事が出来るため、剣使い達の所に回って魔法を施して回っている。腕力や脚力がアップするため、走るのも早くなるらしい。後程離脱の際には私にもお願いしたいところだ。
「ロヘイネルは、やばくなった時のみ魔法を使うのを許可する。お前の攻撃は目立ち過ぎるからな」
「はい」
そしてロヘイネルと呼ばれた青年は色素の薄い髪を揺らして頷いた。私も見た事は無いのだが、どうやら光線で攻撃をするらしい。魔法使いの中でこれだけ攻撃一辺倒な人材は珍しいと前にドンが話していた。ただ、撃てるのは一日一回が限度らしいので、使いどころは難しい。
「ニーナ、マッテオ、アッドルフは俺の指示まで待機。指示があり次第移動。とりあえず斬れ。いいな」
「はい」
「……さて、来なすったぞ。マリオ、カユ、準備はいいな」
「大丈夫だよ」
「ま~かせて~」
見れば、カッサ王国兵はもうすぐそこまで迫って来ていた。
村の周囲には木の柵が立ててあり、入口には鍵が掛けられているものの、高さは腰くらいまでで森の動物の侵入を妨害する程度の物でしかない。すぐに壊して入ってくるだろう。
野党退治を近くで見た時とはまた違った緊張が私を襲う。今回は、私も動かねばならないからだ。私がうまく逃げおおせなければ、全員の命を危険に晒す事になる。そして私が抱えているクロとキルンの命も危うい。……心して動かなければならないだろう。
「サクラ、いいか」
「な、なにっ?」
ドンが、先ほどまでとは違い、少し声のトーンを落として私に話しかけて来た。そして、「ん」と言いながら何かを押し付けてくる。
それは、スヴェルミ領でコーデリックに貰った、攻撃を三回まで弾くと言う魔法の指輪だった。
「どこから攻撃が飛んでくるかも分からんからな。一応装備しとけ」
「でも、ドンの方が敵の前に出るのに……」
「あのな。こんな保険を“リーダー”が付けてちゃ士気に関わるんだよ。使わねぇと勿体無ぇしお前が付けときゃ丁度いいだろ」
「わ、分かった……ありがと」
受け取った黄色い石の光るそれを、私はサイズの合いそうな自分の左手の中指に装着する。
付けた瞬間、自分の体に薄い膜が出来たかのような感覚を覚えた。指輪の機能がしっかり働いている証拠だと受け取っておこう。
「毎回一番敵の前に出るのはリーダーだし、ちょっと魔法具使ったぐらいで士気は下がんないけどね。サクラさんが一人で離脱するのが心配なら素直に言ったらいいのに」
私達の会話が聞こえていたらしく、待機していたマリオが小声で口を挟む。そしてもれなく「うるせぇ」とドンに足蹴にされた。
「いてて……あっ、入って来たね」
「入口近くの家から捜索してるみたいだな。カユ、準備いいか? ……よし、放てっ」
「はいよ~」
気の抜ける声のカユが放つ、マリオ作の火の矢。それは兵士を直接攻撃するのでは無く、彼らが捜索する建物の屋根に当たった。私は彼女の狙いが外れてしまったのだと思い、「あッ」と声を上げそうになったが、どうやらそれは違ったらしい。
矢に灯っていたのは小さな灯だったはずだが、屋根に刺さった瞬間に大きな炎へと姿を変える。
兵士達が慌てて家から飛び出してくるのがこちらからでもよく見える。カユはその後も弓を引くのを止める様子は無く、次から次へと兵士達が捜索する家々を焼いていった。
「もしかして、何か……」
「油だよ。寝る前に撒いてきたんだ。臭いで気づかれるとまずいから、屋根だけにね」
「え、マリオさん一人で?」
「いや、さすがに一人では……まぁ、大体ロンドの魔法に手伝ってもらったけ――」
その時、マリオの穏やかな表情の向こうで、激しい音と共に、空に上がっていく光の弾が見えた。
どうやら、村の正面入り口付近から発された物の様だ。
「……王国兵が使ってる合図かぁ? 多分、“敵がいる”、“警戒せよ”……その辺りだろうな。発射したのは恐らく指揮官殿だろう。早々に撤退して頂くか……サクラ」
ドンが私に目配せする。とうとう来たか。
私は書類入れのペンダントから、ドンのサイン入りの“召喚許可申請書”を数枚取り出した。
「見えるな? あの一人だけ馬に乗ってる奴。俺をあいつの頭上に落としてくれ。あんま高くしすぎんなよ」
「“落とす”の?」
「ああ。――クッ、得意だろ?」
「るっさい!」
いつまでも最初の失敗を引きずりおって。今ではちゃんと地面に足が触れる位置に穏やかに召喚出来るのだ。しかし今回のオーダーは敵の“真上”。彼らは動いているから難易度は高い……が、やってやろうじゃないか。
ロンドが用意してくれた松明により作られた自分の影。その中に“召喚許可申請書”を放り込む。ドンの姿が金色に光始めた事を確認し、彼を召喚する場所と出現のイメージを頭の中で整える。
兵士の動くスピードを考慮した上でイメージを構築する事が出来た。私は「行けっ」と掛け声をかける。
隣にいたはずの彼の姿は一瞬にして消え去り、村の正面入り口付近に現れた。
「完璧ですぅ!」
「ふぅ……」
ドンは計画通り、兵の中で唯一馬に乗っていた人物の上に“落ちた”。着地の姿勢を取りながら、彼の振るった剣は、指揮官の首を的確に刎ねた。
「ちなみにリーダーの指示で、今日の剣には猛毒を付与しておきました」
マリオが和やかな雰囲気でえげつない情報を流してくる。最近気がついたのだが、敵に回して一番怖いのは彼かもしれない。
正面入り口の方に目をやる。視力には自信がある方だ。
指揮官の首を刎ねたドンは、そのまま踏み込んで兵士達へと斬りかかる。彼らは、捜索していた家には火を付けられ、その後突然どこからともなく現れた謎の男にトップを殺され混乱している。ドンの腕ならば数人は薙ぎ払えると思っていた。
しかし、ドンの剣を相手にしてきた兵士は一人だけ。その一人はあっさりと斬られたものの、他の兵士達は鮮やかとも言える手際で撤退していった。そして後ろに待機していたと思わしき弓兵が一斉に構え、ドンを包囲する。
「ドン!」
「サクラさぁんっ」
「うんっ」
二枚目の“召喚許可申請書”を使って、ドンを私のすぐ後ろに呼び戻した。こちらに呼ぶのはイメージが作りやすいので、“送る”よりは手早く行える。
ただ、先ほどの“落とす”イメージを引きずっていたのか、10センチほど空中に召喚してしまったが。
「――チッ。案外早く立て直してきやがったな」
「歩兵の一人が、指揮官がやられた後すぐに指示を出してるみたいだった。独断で兵を出してきた指揮官と、奔放な指揮官を支える有能で冷静な副官……だったのかな?」
ドンが「俺とお前の事かよ」と口にしながらも、悔しそうに顔を歪めて正面入り口を見やる。
どうやらマリオの他人事とは思えない見解は正しいらしく、一人の兵士の指示で全員が動いている様子が見て取れた。
そして正面の部隊から、村の北と南にある森へそれぞれ二人ずつ兵士が走って出て行く。
「伝令だな。指揮官がやられた事と、突然頭上に現れて攻撃し、その後どこかへ消える――そんな魔法を使ってくると他の部隊にも伝えているんだろう。案外相手さんもやるらしい……正面の奴らを倒して突破するのは難しいな。……仕方ない」
ドンはニーナ、マッテオ、テヒングの三人を呼ぶ。
彼らの表情に緊張が走った。
「北の森にいる兵を一掃したい。正面入り口の本体から二人合流してくるからなるべくその前に……頼めるか?」
「ええ」
ニーナが栗色の髪を揺らしながら頷く。そしてマリオの方を見やって、小さく微笑んだ。そんな彼女に、ぐっとマリオが息を詰まらせる。
「テヒングがいるんだ、大丈夫だよ。任せてくれ」
「……っ、頑張ります」
細身のマッテオは、くすんだ金髪の好青年の背中をポンと叩いて快活そうに笑った。
そして彼らは礼拝堂の屋根から、教会の居住スペースの屋根、そして石の壁、地面……と、軽々とした身のこなしで移動していき、その姿は森の中へと消えて行った。
「ニーナ……」
マリオの呟きが、日が昇るにはまだ遠い暗い空へと消えていく。
そしてドンは、
「……いいなお前ら。……指示を出すぞ」
と、新たな作戦を口にした――。




