14話 敵襲
この村で過ごす最後の一日だった。全員で荷物をまとめたら、なるべくいつも通りに過ごす。それでも子ども達は心ここにあらずと言った感じで、そわそわした雰囲気は夜寝付くまで抜けずにいた。
不満も文句も大人の様に吐き出せない分、小さな体にかかるストレスは大きいだろう。折角私が帰って来たのに、これではそのうち熱でも出てしまわないか心配だ。無事にスヴェルミ領へ移動出来た後は、ゆっくり出来れば良いのだが。
そして夕方頃、
「念のため、今晩は全員教会に泊まるぞ」
と、ドンが言い出したので礼拝堂は物を全て端に寄せて雑魚寝する事になった。ただ、子ども達は子ども部屋、私とロンドは書斎兼寝室でいつもの様に寝る。
その為「まだ起きて皆と遊ぶ!」とウルヒムが興奮し始めたので、少し夜更かしをさせてしまった。
私もなんとか身の回りの整頓を終え、明日の出発に備えて体を休める。
「ロンド……明日は移動がんばろうね」
「そうですねぇ……サクラさんは体調大丈夫ですかぁ? クロちゃんにエネルギー吸い取られてるってリーダーが言ってましたけどぉ」
「うん、それがね。クロが目を覚ましてからはかなり楽になったんだ。まだちょっとぼーっとする時はあるけどね。……なんでだろ」
「そうなんですかぁ。でも無理はしないで下さいねぇ」
「ありがと」
私とクロがベッドを、ロンドがソファを使う事になった。他の人達が雑魚寝なのに、一人ベッドを使うのはなんだか申し訳ないくらいだったが、クロと添い寝なのだからとロンドに説得された。
しかし、明日を不安に思う程、寝付けなくなっていく。起きたら慌ただしくなるだろうし、ぐっすり眠るのは今のうちだ。
目を固く瞑り、ひたすら数を数える。
そうするとしばらくして、宙に浮いている様な、浮いていない様な不思議な感覚に襲われた。
眠っているか、眠っていないか。
夢を見ているのか、現実なのか。
よく分からなくなってきて、「あ、これは眠れているな」などと滑稽な事を考え始める。
ごくごく浅い眠りだ。
これでは、仮に眠れたとしても大した体力回復になっていないだろう。
しかし、これでいいのである。
何故なら……。
「起きろ」
何度か聞いた事のある低い声が響く。浅すぎる眠りの中にいた私は、覚醒するまでに時間がかからなかった。小言を言われたわけでも無いのにベッドから跳ね起きる。
左隣にはクロが目を閉じていた。しかし、その反対側。私の右――ベッドの横に、黒い長髪と紅い瞳の彼、つまり魔王が立っていた。恐らく思念体での登場だろう。
「クロ……な、なんで」
「敵襲だ」
その言葉を聞いた瞬間、ざわっと後頭部の髪の毛が静電気を帯びて立ち上がる様な錯覚に襲われる。
私は慌てて、入用になるかと日中のうちに作り上げた抱っこ紐でクロを対面に抱えた。首座りがまだの彼を抱っこするために頭のカバーも作ったのだが、それでも激しく動く時は手で彼の頭を支えた方がいいだろう。
「あと僅かの時間で兵がこの村に到着する様だ」
「どうして分かるの……ロンド! 起きて!!」
「う、うぅん……? サクラさぁん、どうしましたぁ?」
「敵が来るみたい。急いで礼拝堂の皆に伝えてきて。ドンにはクロが言ってるって言えば分かるから! 私は子ども部屋の皆を起こしてくる!」
「は、はいぃ……!」
ロンドも布団を跳ねのけて寝室を出て行った。
小走りで子ども部屋に向かう私に、クロの思念体も付いてくる。赤ん坊のクロを私が抱いているので、当たり前と言えば当たり前だが。
「殺意の様なものを感じて我も目が覚めたのだ。よく気配を探ってみると、王国軍の兵だと分かった」
「……ドンの嫌な予想が当たったわけね。皆! 起きて!!」
子ども部屋の扉を開けてそう叫ぶ。アルクとイオーラは何事かとすぐに顔を上げたが、ゴブリンの子ども達は勿論まだ寝ぼけ眼だ。
「避難するよ、急いで」
私はイオーラにキルンをおんぶ紐でおぶる手伝いをしてもらう。私は前後に赤ん坊を抱えている状態だ。
その後イオーラはウルヒムを背中に担ぐ。彼はそのうちしっかりと歩くだろう。
そしてアルクがエルを背中に、オルレリとカントを両腕に抱きかかえた。三つ子はまだ眠かったところを叩き起こされて、ぐずぐずと泣き始めている。
「大丈夫だからね、さぁ行きましょう」
ここで私が慌ててはいけない、焦りでくわんくわんと揺れる脳と格闘しつつも、彼らを地下室へと避難させる。
避難訓練は何度か実践してきた。
地震なら――火事なら――そして敵が攻めて来たのならというパターン別に。
敵襲の場合は、子ども達には比較的安全な地下室へ逃がす。この教会の地下室への入口は、住人以外にはなかなか探すのが難しい場所にあるのだ。
そして、子ども達の避難が終わった後は……『私が全力で逃げ出し、安全な所で彼らを召喚する』……以上だ。
段々と目が覚めて意識がハッキリしてくると、ゴブリンの子ども達の目に怯えが見え始めた。当然の事だろう。カタカタと小さな体が震えている。
私は、地下室に備えてあったシーツで子ども達の体を包み、
「すぐに呼んであげるから、それまでアルクとイオーラと待ってるんだよ」
と、諭した。しかし、
「やだあぁぁぁぁぁぁ!!」
と、オルレリが大声で泣き始めたのを皮切りに、三つ子とウルヒム、そしてつられて背中のキルンが泣き始めた。
早く行かなくてはと言う気持ちと、このままここに放置してはパニックで何をしでかすか分からないと言う気持ちがぶつかり合い、身動きが取れなくなる。下手をして兵がすぐにやって来た時、この地下室から泣き声がしていたら一発でバレる。
「……サクラコ、急げ」
クロの思念体にもそう急かされる。分かっている、分かってはいるのだが。ネフカロン地区に旅立った時はあんなに一生懸命送り出してくれた子ども達が、今はこんなにも泣きじゃくっている。今どれだけ彼らが不安に押しつぶされそうになっているのか、想像に容易い。
「皆、ごめんね。怖いよね……でも、避難訓練をした事を思い出してごらん? ここでかくれんぼをして遊んでいるうちに、気が付いたら綺麗な森の中に呼ばれたよね。今日もそれと一緒」
「やだ、ママといっしょ……いっしょにいくの」
エルは涙で顔中をべたべたに濡らし、しゃくりあげながら言った。それでも、私の言葉に耳を傾けてはくれている様だ。
私は思わず彼女の体をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫。……エル、オルレリ、カントの三人で手を繋いでごらん。ほら」
「う、ううぅ……」
これじゃ鼻水が拭けないよと、エルに目で訴えられる。
オルレリとカントもまだしゃくりあげてはいるが、後ろからアルクとイオーラ、そしてなんとか涙を拭ったウルヒムが抱きしめてくれるおかげか、先ほどより落ち着いてきたらしい。
「“ママ”、今から追いかけっこしないといけないの。頑張れ頑張れ~ってしてくれる? そうしたら、きっと誰よりも早く走れるよ」
「う、うん……」
泣きながらだが、ゴブリンの子ども達は「がんばれー」と、か細い声を上げてくれた。声は全く揃っていないが、それでもお互いに少しだけ元気が湧いてくる。
その元気の種が無くならないうちに、私は立ち上がった。
「よし、ママ頑張るね。皆はここで応援してて! 皆が泣いたら元気パワーが無くなってママが転んじゃうから、なるべく泣かないように!」
そして、アルクとイオーラに向き直る。本来であれば二人とも大事な戦力なのかもしれないが、避難の時ばかりは彼らにはここにいて貰わねば。
「二人に任せる事になっちゃってごめん。よろしくね。……アルクは通信機を持ってるよね?」
「持ってます。全員が避難したら連絡すればいいんすよね。サクラさんこそ、気を付けて」
「フン、私達はここでじっとしてるだけなんだから平気よ! サクラこそ、すっ転んでクロとキルンを潰さないでよね!」
「……うん! じゃぁ、行ってくる!」
私は地下室から外に出た。いつの間にかクロの思念体は消え去っていた。どこかに向かったのか、それともクロの体の中に戻ったのだろうか。
背後で鍵のかかる音がした。一刻も早く彼らをどこか安全な所へ呼ばなくては。
「サクラー! 何やってんだ早く上がれ!」
ドンの叫ぶ声がする。私は慌てて階段を駆け上がった。




