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13話 引越し


 子ども達がまだ眠っている中、告げられたそれはあまりに衝撃的な事実であり、寝ぼけていた頭は冷や水を浴びたかの様に一瞬にして覚醒する。


 「嘘」と言いかけたが、ロンドの慌てぶりを前に、とても口には出せなかった。


「ど、うして」

「昨日、リーダーから全メンバーに話がありましたぁ。サクラさんが知っている内容と一緒だと思いますぅ……ネフカロン地区のマザーをこちらで保護し、獣人一派とも同盟を結んだというのとぉ、『不滅の灯』は魔王側に付くという件ですぅ。リーダーは、魔王からも承諾が取れたと言ってましたがぁ……」

「うん。確かに……私も聞いてた」

「それ全部をリーダーの独断で決めてしまったのでかなり反感を買ったみたいですぅ……赤ん坊の乳を分けて貰うと言って出かけたはずが、これでは騙されたのと変わらないとぉ……」


 言い分はよく分かる。マリオも同じ事を……そして、残って半数だとも言っていた。まさかその通りになってしまうとは正直思ってもみなかったが。


 話し合いは深夜まで紛糾したらしい。その末に「付いて来れないと思う奴は今すぐ出て行け」というドンの一言が止めになり、彼らは荷物をまとめて日が昇る前にはここを去ったというわけだ。


「そ、それでぇ、リーダーからの伝言ですぅ……明日の朝に残った全員でこの村を出るから、準備をしておけと……」

「はぁ!?」

「そのぉ……十五、六人程が一気にここを出入りしましたぁ……その動きが王国軍にバレるとかなりまずいですぅ。なので一度拠点を移すと言うことにぃ……」


 眩暈のする話だ。

 明日の朝までに子ども達全員の荷物をまとめて、彼らを連れてここを旅立つ……赤ん坊が二人もいる状況でまたあの馬車に乗って出かけるのか……。


「それだけじゃないけどな」


 開け放たれたままの教会の扉から、ドンが入ってくる。

 いくつかの荷物を運んで来たらしい。


「結局自分で来るなら伝言はいらなかったんじゃないの?」

「これも渡しておいてくれって言おうとしたのに、走って行っちまったんだよコイツ」

「あぁ~すみませぇん……」


 どうやら携帯食料が入った袋らしい。子ども達の二日分の食料にはなる様だ。キルンに食べさせるには固いため、少しふやかす必要がある。


「それで、ここを出ないといけない他の理由って?」

「ここを出て行った奴の中には、一か八か国王の暗殺を謀ろうと企んでいる過激派の連中がいる。これまでは俺がなんとか抑えて来たし、私腹を肥やす馬鹿貴族への嫌がらせをさせたりでガス抜きしてたんだけどな? 『不滅の灯』と決裂した事で、王国軍に俺らを売る可能性が出て来た」

「なんで国王暗殺と、元仲間を売るって話に……」


 そこがイコールになる理由が分からない。いくら意見が衝突して離れる事を選んだからと言って、そこまで恨まれてはいないだろう。私から見れば、皆仲良くやっていたはずだ。


「『不滅の灯』の拠点を発見しリーダーの首を取ったとなれば、国王軍に入るためのアピールには十分だろ。国王軍に所属し、国王を殺す機会を待つ……そういうやり方もあるってだけだ。……本当に襲われるかは分からない。でも100%無いとも言えねぇからな。回避できるリスクなんだ、とっとと動いた方がいいだろ」

「そう、なのね……」


 その過激派は誰だ、とは聞かなかった。今更、聞いたとてどうしようも無いからだ。

 しかし、残ったメンバーの名前だけは把握しておく必要がある。私はドンとロンドに誰が今村にいるのかを訪ねた。

 ニーナ、リンダ、マッテオ……その辺りのよく交流する人達は残っている様で安心した。もちろんマリオも。

 他の残留メンバーは普段あまり交流の無い人ばかりではあったが、ゴブリンの子ども達とクロを入れずに数えて、十五人。元々は三十人ちょっといたはずなので、半分以下になってしまった。


「あれ、ヤコポさんは……?」


 陽気な彼が出て行くのは予想外だ。出来れば留まっていて欲しかったのだが。


「ヤコポさんは仕事で一緒になった傭兵団からずっと勧誘を受けていたらしいんですぅ……ですのでこの機会にそちらの方へ行かれるとの事でしたぁ」


 転職って事か。上手い事やっていて羨ましい。保育士も他園から引き抜きを受けて辞めると言った事が割とある業界なので、なんとなく納得した。

 

「で、これからどうするの?」

「とりあえずスヴェルミ領へ行く。恐らく伯爵は俺達とコンタクトを取りたいと思っているはずだ。昨日の朝出発するまで俺達は“傭兵”を名乗っていたからな、あの箱に入っていたメッセージは、『不滅の灯』としてまたここへ来るのであれば、カッサの姫君に関する情報を渡そう……と、言うことだろう」

「当面の生活物資も必要ですしぃ。スヴェルミ領に一度滞在して体裁を整える必要がありますねぇ……」


 ドンとロンドの話に頷いていた私であったが、一つ懸念事項がある。

 もしも私達を売ろうと考えている元メンバーがいるのだとすれば、当然足取りを追ってくるだろう。昨日と一昨日滞在した、スヴェルミ領に行く事なぞすぐにバレてしまわないだろうか。

 私がその事について言及すると、ドンはニヤリと口角を上げて答える。


「心配ない。スヴェルミ領について、そしてネフカロン地区の場所について、あとは通信機の存在についてを、俺はあいつらに話していないからだ。魔王軍として活動していくと伝えれば、何人かは確実に出て行くとは分かっていたからな。質問されても断固として答えなかった」

「あはぁ……それがまた火に油注いでいましたけどねぇ……」


 ロンドが困り顔でそう言った。きっと昨晩の話し合い中も何か話さなきゃと思いながらも怒号の中何も言えずに立ち尽くしていたのだろう。実際に見ていなくても分かる。


「あと、クロが魔王の卵って事も一応伏せた。残ったやつらに話すのは、スヴェルミ領に行ってからにしようと思う。これから抜け出す奴もいるかもしれないからな。サクラもうっかりしゃべるなよ」

「気を付ける……」

「じゃぁ、とっとと荷物まとめておけ。俺は明日使う馬を調達してくるから少し出る。……流石に今日のうちに襲撃、とは考えたくないがな。この近くに王国軍の拠点は無いはずだし。しかし万が一何かあれば全力で逃げろよ」

「うん……分かった。いってらっしゃい」




 昼過ぎには帰る、と言って出かけたドンを見送り、私達は荷造りを始める。

 一度寝室に戻ると、先ほどまで眠っていたクロが目を覚ましてこちらをじっと見つめていた。彼を礼拝堂に運び、危険の無さそうな所で横になっていて貰う事にした。


 個人の荷物がほとんど無いと言うロンドが孤児院を手伝ってくれる事になり、久しぶりに一緒に仕事が出来て、そこはちょっとだけ嬉しかった。そろそろ子ども達も起きるだろう。今日から『不滅の灯』の食事当番も機能しなくなったため、朝食は自分達で用意しなくてはいけない。とりあえず夕食の残りでいいだろうか。


「サクラさぁん、チビちゃん達の着替えここに置いておきますぅ」

「ありがとう」


 黙々と働くロンド。しかし彼女はドンの提案に抵抗は無かったのだろうか。


「……ロンドは出て行こうとか思わなかったの?」

「他の人みたいにですかぁ? そうですねぇ、それは……うーん、無いですねぇ。私の運命はリーダーが進む道に託しましたので……」


 至極当然と言わんばかりの口調だった。そこには何の迷いも、不安も感じられない。彼の選んだ道が“最善”だと言う揺るぎない信頼を感じた。

 ロンドはドンに心酔していると、マリオは言っていたが……。


「ね、ねぇ……こんな事、今聞くのはどうよって思うかもしれないんだけどさ、その……ロンドはさ、ドンが好きなの?」


 私の質問に、ロンドは顔を赤らめて慌てふためくかと予想していたのだが、どちらかと言えば、顔を“青ざめて”慌てふためき始めた。ロンドがこんなに大きく目を見開いているのを初めて目にする。


「えぇっ!? ち、違いますよぉ……その、それよく言われるんですけどぉ……本当にありえないですぅ……リーダーの事は確かに尊敬してますしぃ、リーダーの判断には従うって心に決めていますぅ……でもぉ、恋愛対象としては、ぜぇっっっっったいに見れませぇん! 絶対にですぅ!」


 私の肩を掴み、揺さぶらんばかりの力を込めた力説だった。この質問は彼女にとってタブーだったらしい。過去に何かあったのだろうか。

 ロンドはぜいぜいと肩で息をした後、「あぁっ、すみませぇん!」と離れて行ってくれた。


「ごめんね私こそ……」


 尊敬と恋慕は必ずしも一致するわけでは無い。分かり切っていたはずなのに、変な野次馬根性が出てしまって自分が恥ずかしい。


 必死で話題を変えようと考えていると、「おはよ~」と、キルンを抱きかかえたウルヒムが居住スペースから出て来た。後ろから三つ子も付いてきている。全員今日は泣かずに起きれたらしい。


 まずはこの子達の朝ごはんを急いで作って、それから引越しの話をしよう。


 一つ何かが解決したかと思うと、すぐに次の問題が起こる。いつになったらゆっくり出来るのだろうかと、痛くなる頭を押さえたのであった。






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