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11話 スヴェルミ領にて

 コーデリックを助けた後、私達はスヴェルミ領へと寄って行く事となった。

 勿論、謝礼を頂くためと言う理由もあるが、馬を殺されてしまったコーデリックとその妻と娘の移動手段が無いため、私達の馬で彼らの荷物を運ばなくてはならなかったからだ。

 スヴェルミ領は野党と戦った地点からそこまで離れていなかった所が不幸中の幸いだった。コーデリックの妻と娘はとりあえず体を休めたいとの事だったため、先に自宅へと向かい、私達はコーデリックと共に伯爵を訪ねる事となった。

 

「おぉ、コーデリック。使用人から様子を聞いた時はどうした事かと思ったが、無事で何よりだ」


 スヴェルミ卿は白髪に白髭の人の良さそうな人だった。

 コーデリックと私達を屋敷の応接間に通し、お茶とお菓子を振る舞ってくれる。こんな泥だらけの恰好では美しい絨毯を汚してしまわないか心配で仕方がない。


「楽にしておくれ……しかしコーデリック、だからちゃんと傭兵を雇えといつも言っておるだろう。今回はこの方達が偶然通りがかったから良かったようなものを……」

「面目次第もございません……行きと、ケリクツトを出る時には雇っていたのですが、仕入れに予算をかなりオーバーしてしまっていたので……途中までしかお願いできず……」

「全く。それで奥方と娘を奪われてはやり切れんぞ」

「は、はい……」

「それで、収穫はどうであったか」


 少し肥満気味の体を縮ませて落胆していたコーデリックだったが、伯爵のその一言でパッと顔色を良くすると、イキイキしながらも重そうな木箱を運んで蓋を開けていった。


「まずこちらが、ケリクツトの昨年解禁された葡萄酒になります。冬の間は手に入らずやきもき致しましたが、やっとお飲み頂けます。悔しい事に多少野党の腹の中に入ってしまいました……夢を見るような心地だったでしょうね。――抜けるような香り、そしてまろやかな甘みと口の中に残る渋味のバランスが絶妙でして、ここ数年の若い酒の中では断トツかと。もちろん長期熟成の物もいくつか仕入れております」


 彼はペラペラと自分の仕入れた商品の説明をしていく。

 そしてまた木箱を運んでいく。今度は先ほどよりも慎重に。


「そしてこちらが仰せつかっていた焼き物とガラス細工にございます」

「おお!」


 伯爵が椅子から立ち上がって、コーデリックの荷物を間近で見ようとする。


「ケリクツトでは鮮やかな色のガラス細工が流行だそうですよ」

「ほう……ほう! これはなんと美しい!」

「そうでございましょう!」


 伯爵が手にしたのは、真っ赤なガラスの皿だった。細かな細工が確かに美しい。

 満足そうな表情のコーデリックは、次々に応接間のテーブルに食器などを並べていく。


「いつもながらお前の目利きは素晴らしいな」

「恐れ入ります」

「……へー」


 ドンはその様子を興味深そうに眺めていた。何か思う所でもあったのだろうか。


「ドン様、何か気になる物でもございましたか!?」

「い、いや……あの中央にあるポットとカップのセットが……えらい高そうだなと」

「お目が高くていらっしゃる! あれが今回一番の高額商品でございます」


 白地に綺麗な花柄のポットとカップだ。確かに素敵だとは思うが、他の商品と比べて抜きん出ているとは思わなかった。本当に高いのだろうかと訝しむ私が面白かったらしく、ドンが咳をするように笑いながらテーブルに近づいてもう一度その食器を見た。


「――まず、絵付けが非常に丁寧だ。こんなに複雑な模様なのに線の細さが均一で、塗りも全くはみ出していない。恐らくかなり熟練の職人によるものだ。そして白磁の製造ってのはなかなか難しくてな、作る事のできる窯は限られてる。白磁でこの繊細な作りはかなり手が込んでいて値段も高いと見た」

「リーダー……詳しいっすね」

「ああいうの好きなの?」


 ドンの解説に、私とアルクが呆気に取られつつそう言うと、本人はバツが悪そうに「別に」とそっぽを向いた。

 しかしコーデリックは彼の解説を聞いて尚一層盛り上がる。

 テーブルに並べた商品を端から端まで説明していき、価値を伯爵にアピールしていく。対する伯爵はそれをウンウンと頷いて、片っ端から購入していった。


「そうだ、こちらは皆様に」


 そして別の箱の中から、これはまた美しいガラス製の花瓶を出すと「本日のお礼です。お金とは別に、こちらもお受け取り下さい」とドンや私達に対して頭を下げた。

 もしかするとそれは、コーデリック自身の土産に買っていた物なのかもしれない。

 しかし、ドンはその申し出に対して首を横に振った。


「いや、遠慮させて欲しい。俺達はフラフラと住む場所が変わるし、そんな良い物貰っても飾る所無いんで……割ったりしたら尚更悪い」

「そうですか……でしたら、こちらの魔法具はいかがでしょうか。攻撃をはじいてくれるアイテムです。ただ、三回までの制限付きではあるのですが」


 差し出されたのは小さな箱に入った一つの指輪。不思議な光を放つ黄色い石が埋められている。


「じゃぁ、ありがたく」


 それをドンが受け取ると、コーデリックは満足そうに笑う。それからまた伯爵への商品説明に戻って行った。


「スヴェルミ卿の買い物が終わらないと、コーデリックさんから代金は受け取れないね……しばらく待ちますか」

「そうだな……ん?」


 マリオが諦め顔でドンに話しかけていると、応接間のドアの向こうに人影が見えた。すぐに隠れてしまったが、裾のレースがふわりと翻ったのが辛うじて確認できる。


「娘さん……かな?」

「ああ。そうかもな」


 その人影は結局応接間には入ってこなかった。

 誰だったのだろうとぼんやり考えつつ、隣にいたアルクの様子を窺うと、彼はドアでは無くある一点を見つめている。


「……」

「アルク?」

「! す、すみません……」

「何? どうしたの」

「い、いえ……」


 アルクが見つめていたのは、三人並んで立っているメイドだった。顔立ちの整った女性ばかりだったので、彼が見惚れるのも頷ける。年頃なのだから仕方がないだろう。


「……言っときますけど、サクラさんが考えてるのとは違うっすから」

「へっ」

「美人さんだから俺が見てたと思ったでしょ」

「違うの?」


 はぁ~……とアルクは大きくため息を吐いた。そして私の耳元で囁く。


「右端のメイドさん。多分エルフっす」

「!」


 そう言われて彼女をもう一度見る。耳元は長い髪で隠しているためよく見えない。全体的にスラっとした肢体と、どこか人を寄せ付け辛い高根の花の様な美貌の持ち主だ。


「な、なんで分かるの……?耳さえ見えなければほとんどニンゲンと変わんないじゃん。確かにイオーラに負けず劣らずのえらい美人さんだけど」

「なんとなく……あとちょっと変わった匂いがします」


 変わった匂いってなんだ、と心の中で突っ込む。それはあまり女性に言わない方が良いだろうとも思ったが今は言葉にしなかった。後程ちゃんと説明しよう。

 しかし、まず気になるのは彼女がエルフだと仮定して、スヴェルミ卿のメイドをしていることは普通なのか否かと言う点だ。


「カッサ国内ではまずありえないっす。奴隷として置いている人はいますけど、あんな風にニンゲンのメイドと同じ扱いなんて」

「そっか……じゃぁ」


 私達がじろじろと不躾な視線を送ってしまったからだろう。不安そうなメイドさんと目が合った。ごめんなさいの意味を込めてペコペコと頭を下げて、なんでもないよの気持ちを込めて手を振る。横から「何やってんだ馬鹿共」とドンに小言を言われてしまった。口が悪い。


「だ、だってリーダー、あのメイドさん……」

「ハァ。分かってるよお前の言いたい事は。とりあえず大人しくしてろ」

「うっす……」


 耳を折り肩を落とすアルク。私達はとりあえず出されたお茶でも飲んで待つ事にした。私はこの隙にクロの口に水を運んでいく。ごくごくと喉を鳴らして飲む姿は相変わらず可愛らしい。




「お待たせしました~。いや~時間がかかってしまって申し訳ない」


 イキイキと笑うスヴェルミ卿は五歳程若返ったかの様に見えた。

 コーデリックはさっそく受け取った金の中から、野党退治の報酬をマリオに渡している。マリオは「確かに」と口にして、領収書をサラサラと書き始めた。


「スヴェルミ卿は工芸品がお好きでいらっしゃるので? 買い物の量の割に堅実に暮らしていらっしゃるようにお見受けするが」

「好きは好きなのだが……私はこれをこの土地の特産に出来ないかと考えていてね。見本として置いておくためや流行りのデザインを学ぶために、コーデリックに頼んで買い付けに行って貰っておるのだよ。実際に工房ではケリクツト風の食器を量産していてね、王都に持っていくと高く売れるらしい」

「らしい……? それは、伯爵の収入では無く?」

「もちろん。工芸品集めはあくまで私の趣味だ。この趣味に領民は興味を持ち、それが稼ぎに繋がり、最後は納税が滞りなく行われる。特産品でこの土地は潤えば客も来るしな。良い事ばかりだ」

「なるほど……卿は勉強熱心で領民の事をよく考えていらっしゃる。羨ましい限りです」


 伯爵に対してのドンの言葉は、きっと本心なのだろう。


「まだまだだよ。それにしても君こそ随分詳しい様だったが、趣味なのかね?」

「いえ……実家の父が商人だったので、買い付けにも連れ出されていただけです」

「ほう、父上が! どんな物を主に取り扱っていたのかね!」

「……十年以上前に勘当されてしまいまして。あまり覚えていないんです。すみません」


 ドンの出生に関わる話を、私は初めて耳にした。なるほど、商人だったのか……あの押しの強い、よく回る舌も父親譲りなのだろうかと腑に落ちた。

 伯爵は「そうか……」と少し残念そうに呟いたが、すぐに自分の目の前で一度大きく手を叩くと、


「それはともかく、もう遅い。これから宿を探すのも大変だろうから、今夜は我が屋敷でゆっくりしていってくれ。コーデリックは一度家で休め。お前の家族には、わしの用事で迷惑をかけたと伝えておいてくれ」


 と言って立ち上がって、私達の使う部屋の案内を自ら買って出てくれた。後ろからメイドさん達が顔色を変えずに付いてくる。いつもの事なのかもしれない。

 わざわざ伯爵を歩かせるのは申し訳なかったのだが、本人はドンを捕まえてガラス細工や陶磁器の話をしたかっただけらしい。歩きながらもああだこうだと語っている。面倒臭そうな表情を見せるかと思いきや、なかなかドンも楽しそうに見える。


「そう言えばスヴェルミ卿、先ほどドアから女性が覗いていらっしゃったのですが、お嬢様ですか?」


 マリオがずっと気になっていたらしい事を伯爵に問う。

 すると彼は足を止め、考え込む様な仕草を見せた。「うむ……」と唸らせている。


「……人見知りな所があってな。もしも君達が次の機会にここを訪れる事があれば……紹介しよう」

「……はい」


 なんとも曖昧な返答だった。しかし、ドンもマリオもアルクもそれには誰も聞き返さない。そのまま廊下を進み、私は一番最初に客間に通された。


「お食事の時間になりましたらお呼びいたしますので、それまでおくつろぎ下さい」


 先ほど見つめてしまったメイドさんとは違う女性が、優雅にお辞儀をして扉を閉める。


 私は一人部屋だ。荷物を置き、クロをベッドに横たわらせる。彼はまだ軽いとは言え、一日中抱いているとさすがに肩が凝ってしまう。おんぶ紐抱っこ紐も自作しようか……。とりあえず腕をぐるぐると回してストレッチをした。

 いつの間にか体調も良くなっている。夕食まで何をして過ごそうかと考えていると、隣から「うにゃ……」と言う小さな声がする。


「!」


 私は慌てて振り返り、ベッドの上の赤ん坊を見た。

 小さな手を握りこみ、体をくにゃ……と僅かに動かしている。


「クロ…!」


 私が彼の名前を呼ぶと、固く閉じていた瞳が開かれた。紅い瞳はやはり、昨日会った魔王と同じ色だ。ずっと眠っていたためか、目やにが付着していて勝手が悪そうに何度も瞬きをしている。

 濡らした布を用意して彼の目元を軽く拭くが冷たさに顔を振って抵抗された。


「……本当に、起きた……」


 いつ起きるのかと待ち望んでいたはずが、実際起きているのを目の当たりにすると、心底驚いてしまうのが間抜けな話ではある。

 クロの見た目は未だ生後一か月頃の様である。これから成長するまでにどれだけの時間を有するのか、私にはまだまだ分からない事ばかりだ。







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