10話 野党退治②
「がっはっは! いや~しかしこるぁ~上等な酒だなぁ! 領主サマへの土産もんかねぇ」
「ケリクツトは葡萄が有名だからなぁ。あの国俺らじゃ門前払いだしよ、飲めてラッキーだぜ」
「下手したら俺の一年分の稼ぎより高いからなぁ」
「そりゃぁお前がミジンコみたいな量しか稼げねぇからだろうが!」
「違ぇねぇ! はっはっはっはっは」
豪快な笑い声が聞こえてくる。
それらに紛れてにぬらりと一つの影が現れた。
「そりゃぁいい。……ご相伴に預かっても?」
ドンが背後に現れた事で男達は慌てて立ち上がり武器を手にする。全員刃物を握っている事がこちらから見て取れる。つまり、種族がニンゲンの彼らの中に魔法使いはいないだろうという事が分かった。
「なんだぁてめぇ……」
「いやいや、名乗るほどの者ではないさ――」
「なッ!」
ドンが体を屈めて素早く踏み込む。中央にいた男の懐に入り込むと、あっという間にその剣を腹部に突き刺した。炎と纏った刃に飛び散った血液が、ジッと音を立てる。
どよめく一同。
「ち、くしょ……」
刺された男はその場に倒れ伏す。刃が傷口を焼いたからなのか、刺された場所にしては血液が流れていない。
「俺にゃ勝てねぇよ酔っ払い共。高ぇ酒飲んだんだろ? いい冥途の土産になったじゃねぇか」
「っざっけんな! ――全員でやっちまえ!」
リーダー格の男がそう叫んだその時、一番ドンの近くにいた斧を持った男の体躯が真横に吹っ飛んでいく。
「うッ!?」
「……グルゥ……」
アルクだ。しかし、普段の彼とは姿が少し違う。顔面や腕などはニンゲンのほとんど同じだったはずなのに、今の彼は狼にとても近くなっているように見える。鼻先が伸び、顔にかかる毛量が増えているし、上腕が長く、手足も大きくなっているのだ。
吹っ飛ばされた男は痛みに呻き、顔を歪ませている。アルクが背後から爪で薙いだ、深々とした傷が痛々しい。
突然戦闘に参加してきた人狼に驚いている間もなく、残り三人のうち一人の男がまた燃える剣で左斜めしたから切り上げられる。残り二人。
「ひ、ひいぃぃ!」
「おいっ!!」
そのうち一人が恐怖に剣を落として逃げ去る。
ドンは軽く顔をそちらに向けて「捕まえて来い」とアルクに伝えた。
「グウゥ」
唸っているのか了解と言っているのか分からない声を残し、アルクは四足歩行で走って追いかけて行く。
「さぁて、残ったのはお前だけだなぁ。聞きたい事があるんだよ。教えてくれるか?」
「へ、へへっ……何を馬鹿な……んがぁッ!?」
この状況でもニヤニヤと笑う野党の男の腹部を、ドンはブーツの底で強く蹴り飛ばす。そしてズボンの股部分に剣を突き刺した。どうやら切れたのは布だけだったらしい。切り裂かれ、焦げた匂いのするズボンを凝視して、男はぐっと息を呑んだ。
「最近ここいらでカッサ王国軍って見かけてるか?」
「ンなんの……話だ……」
「いいから答えんだよ、オラ」
ドンは男の側頭部を踏みつけると鋭い眼光で睨みつける。正直ここからだとどちらが悪党かは判別出来ない。
尋問をしている間に、アルクは先ほど逃げて行った男を肩に担いで連れ帰って来ており、マリオはコーデリックの妻と娘の救出を終えたらしい。姿が見えないと言う事は、コーデリックの元へと先に送って行っているのだろうか。
「み、見た! 最近増えてる! 俺らは軍の奴らの動向は常に気にしてるから、これは確かな情報だ……!」
「ふーん。で? その理由は分かるか」
「噂に過ぎんが……なんでもカッサ国の姫さんが攫われただかで……、軍が血眼になって探しているとか……」
「はぁ? 適当ほざいてんじゃぁねぇだろうなぁ……?」
益々頭を地面に擦り付けられる野党の男。彼は汗を垂れ流しながらドンに請うた。
「本当だって! 信じてくれっ!」
「ま、一応頭に入れておくか。……おうアルク、そいつこっちに置け」
「グルゥ」
アルクが連れて帰ってきた男をその場に横たわらせる。彼は足が折れているのだろうか、痛がっているばかりで立ち上がろうとはしない。
「コーデリックさんを故意に狙ったとか、そう言う事はねぇな?」
「さ、さっき襲った奴の事か!? なっ、無いっ。偶然通りかかっただけだ! 」
「そうか、じゃぁ問題ねぇな」
ドンが突然真顔になって剣を振り上げる。
ヒュッと私の喉から空気の音がした。見てはいけない――そう思い咄嗟に目を覆おうとしたが、その判断は一瞬遅れた。
次に目に入ったのは、宙を跳ねる首。そして噴き出る鮮血。
同じ様に、隣に寝そべる男も絶命させ、その場に生き残った野党がいないかどうか、念入りに確認する。
響き渡る断末魔に私は耳を塞いでいたが、漏れ聞こえるその声を完全に消す事は出来そうになかった。
耳を塞ぎ草むらで震えていると、普段と同じ姿になったアルクが私の後ろからやってくる。
「サクラさん……やっぱりコーデリックさんと待っていた方がよかったすね」
「……っ」
私はアルクの顔を見上げて何かを言おうとしたが、うまく舌が回らなかった。クロを抱える腕が震える。しゃがんでいる足もガクガクとおぼつかず、バランスを崩して尻もちを付きそうになる。
アルクは私の背中を支えると、「大丈夫っすよ」と春の太陽の様な声音でそう言った。
「お待たせ。奥さんと娘さんには傷一つ無かったよ。奴隷商に売られるかもしれなくて怖かったって言ってた。先に馬車の所で待ってて貰ってる」
「ま、マリオさん……」
「皆さん……本当になんとお礼を言ったら……!」
マリオがコーデリックを引き連れて帰って来た。彼を連れて来たのは、荷物の確認をして貰うのと、折角の取引相手を逃がさないようにするためだろう。アルクは慌ててフードを被り、頬の毛を隠すためにバンダナを口元に巻いた。
コーデリックはぺこぺこと何度も頭を下げていたが、ドンに荷物を見てくれと呼ばれ、そちらに歩いて行った。
「……リーダーやりすぎる事あるからねぇ。そもそもこういう時一段と顔が怖いし。下手に見せると怯えられちゃいそうだったからさ、奥さん達は先に送り届けてきたんだよ。アルクを見られるのもまずいしね」
マリオは小声でそう言った。そして私の顔を見ると「サクラさんも下で待っていればよかったね」と口にしながら、頬を掻く。そして私の危うい両手からクロを籠ごと抱き上げてくれた。
「ね、ねぇ……全員、殺さなきゃ、だめだった……?」
すぐには追いかけて来られない程の傷を負った者もいた、最後には下手に出ている者も。本当に全員の命を奪わなければならなかったのか――。
私が声を絞り出しながら問うと、二人は顔を見合わせつつも小さく頷く。
「いいかい。僕たちが正規軍ならそういう慈悲もかけられるだろう。でもそうじゃない。もしあの中でたった一人でも生き残ってて、僕たちの足取りをカッサに伝えられでもしたら……『不滅の灯』が危険に晒される」
「サクラさんには酷だと思います。でも、理解しろとも、代わりにやってくれとも誰も言わないす。……ただ、ここは“こういう事”が日常的に起こる世界で、俺達はまだまだこれからも、“こういう事”に向き合っていかなきゃいけない……それだけはわかって下さいっす…………うわっ」
私は思わず、しゃがんだままの私に視線を合わせてくれているアルクの頭を抱えるように抱きしめた。
まだ八年しか生きていない少年が、そんな事を口にしないといけない社会を恨んだ。確かにニンゲンとして数えれば十六歳頃と言っていたが、それでも私のいた世界ならまだ高校生だ。
この世界の子ども達が、勉強をしたり、スポーツを楽しんだり、友情を育んだり、恋をしたり――私にとってのそんな“当たり前”を手にするまでに、一体彼らはどれだけの血を流せばいいんだろう。
「あ……あの、ごめんなさい、悲しませたかったわけじゃないんっすよ……」
「違うの、私こそごめんね」
「いや、えと、その……」
悲しいわけではない。私は猛烈に――悔しい、のだ。
私はがばっとアルクから離れ、思い切りその場で立ち上がった。未だに両足は少し震えていたが、そんな事は言っていられない。
彼らが戦う事でしか平和を手に入れられないのなら、私はなるべくその道のりが険しく無い様にしてあげたい。そして、その平和を得た後は全ての子ども達が平等に健やかに過ごせていけるように、世界を変えていきたい。
「……さて、馬車の所まで戻らないとね。コーデリックさんの荷物ちゃんとあったかな」
「は、はい……」
「……あ、大丈夫そうだね」
私の選んだ道は、長く険しいものになりそうだ。




