9話 野党退治
次の日の早朝、村へ向かって出発した。
ネフカロン地区には二泊三日の滞在だった。温泉旅館の様な快適さで、私は近いうちに子ども達と一緒に来たいなぁなどと平和ボケした事を考えながら離れたのだった。
村へ戻り次第、通信機でネフカロン地区と連絡を取り、受け取って来た“召喚許可申請書”でマザーと他数人の住人を召喚する手はずとなっている。
ガタゴトと揺れる布張りの荷台。マリオも馬を操れる為、帰路はドンも荷台で休む事が出来ていた。
太陽はいつの間にか頭の上を通り過ぎ、夕方に差し掛かろうとしている。
私と言えば……だるい体を壁にもたれかけさせて、布を口に当てている。起床時から一歩も動けない程体調が悪く、馬車の中でずっと眠っていて、今になってようやく起き上がれる様になってきたところだ。
「あー、しんどかった……」
「サクラさん、今日はマジで辛そうっしたね」
「昨日、クロがでかくなるのにエネルギーを使ったみたいだからな。その分吸い取られる量が増えてるんだろうな」
「はぁ……まだ気持ちわるぅ……」
「お前、魔力酔いが無くなったと思ったらそれだもんな。カワイソー」
「ぜっっったい、思ってないでしょ……」
ドンにつっこむ元気も大して湧いてこない。そもそも昨日の噛み付きは何なのだ。カントの噛み付きに頭を悩ませる必要が無くなったと思ったらお前か。
アルクが私に水を勧めてくれたり、背中をさすったりと甲斐甲斐しくしてくれるのが唯一の支えだ。
クロはそんな私をどう思っているのだろう。ただひたすらに眠っているので分からない。
その時、手綱を握りつつ前方を見ていたマリオがこちらに声をかけてくる。
「リーダー。何か見えます」
「どうした。……ん、馬車か」
どうやら道の真ん中に馬車が停まっているらしい。どうやら車輪をやられている様だ。すぐ近くには持ち主を思わしき人物の影も見える。
「商人でしょうかね。どうします? このまま進みますか」
「迂回のしようも無いしな。ま、いいだろう。アルクは一応フード被って顔隠しとけ」
「うっす」
怪しまれない様、わざと談笑しながら進んで行く。
すると、一人の人物が慌てて近づいて来た。
「お、お助け下さい……っ!」
煌びやかとは言えないがそこそこ実入りの良さそうな服を着た、恰幅の良い男性だった。
「どうかされましたか?」
マリオが柔らかい声で男性に応える。
「野党に、荷物を奪われてしまいまして……! そ、それから妻と娘も……ど、どうか……」
「それはそれは……お困りでしょう……」
答えながらマリオはこちらに目配せしてくる。どうしたものか、ドンは「とりあえず、詳しく聞け」と小声で指示する。
「お助け出来るかは分かりませんが、詳しくお聞きしても?」
「は、はい……っ」
男はここから一番近い、スヴェルミ領を拠点にしている商人らしい。中立国ケリクツトと行き来し遥々荷物を運んできたが、突然野党の襲撃に会い、馬は殺され、荷物は同乗していた妻と娘共々奪われてしまって立ち尽くしていたと言う事だ。
「確か、スヴェルミ卿は種族差別反対派だったな」
「……表向きは違うけどね」
「まぁな。大声で言ったら一発アウトだ」
ドンとマリオが小声で相談している。相変わらず私とアルクは置いてけぼりだ。
「……ふむ。よし、いいだろう」
「協力するの?」
「あぁ、ちょっと寄り道になるな。サクラには悪いが」
「私は平気……」
多分。
マリオは馬車から降り、商人と交渉を始めた。
「微力ながらお助け致しましょう。丁度この馬車には腕に自信のある傭兵が乗り合わせておりまして。野党退治くらいでしたら難は無いかと」
「本当でございますか!?」
「ただ、我々も予定が入っておりまして。こちらを手伝うとなれば、スケジュールの調整が必要となって参ります。無償で……とはなかなか」
「も、勿論です! 今ここでとはいきませんが、荷さえ返ってこればスヴェルミ卿から頂くはずの金でお支払い出来ます! ……本来ならば荷は良いから妻と娘だけはどうかお助け下さいと申し上げたいのですが、皆様にお支払いするには荷が必要でして……ッ」
「落ち着いて下さい、理解しておりますよ。まずは奥様と娘様を第一に。我々もすぐに対価を払えとは言いませんから、安心して下さい」
普段接している姿とは違い、マリオの口八丁ぶりに私は驚きを隠せなかった。仕事になるとスイッチが入るタイプなのかもしれない。人の良さそうな見た目も相まって、商売するのにも契約を取るのにもかなり効果は高そうだ。
彼らが話している間に、ドンとアルクは馬車を降りる。私もクロを籠ごと抱えつつ彼らに続いた。
「アルク、辿れるか」
「……殺された馬の血液の匂いがめっちゃするんで大丈夫っす。恐らく森の中っすよ」
「よし。……サクラとクロはどうすっかな。危険だし置いて行きたいのは山々だが、残して行くのも心配だな……あの商人だってなんか隠してるかもしれねぇし。付いてこれるか?」
「う、うん……」
緊迫した状況の方が、気分の悪さが軽減される。それに、自分の身を守る手段の無い私は、大人しくしているより、彼らに付いて行った方がまだ安全だろう。
「確認しました。それでは、すぐに行って参りますから」
「よ、よろしくお願い致します……っ」
マリオが契約書と思わしき物を持ってこちらにやってくる。ドンはそれに軽く目を通して、ペンダントに仕舞い込んだ。
「コーデリックさん、ね。思わぬ収穫だな」
私達の馬車を木陰に隠し、商人のコーデリックにもそこで待機をして貰う事になった。
彼は何か言いたげにこちらを見ている。多分、女と赤ん坊が一緒に向かう事が心配なのだろう。
「大丈夫ですよ、コーデリックさん。こいつも腕の立つ魔法使いでして、ね。我々も来て貰わないと困るくらいで。赤ん坊は……お預けするわけにもいきませんし」
「そ、そうですか……では、くれぐれもお気をつけて……」
ドンの適当な言い訳に、コーデリックは深々と頭を下げた。
「……こっちっすね」
アルクが鼻を利かせて、野党の向かった方向へと案内をしてくれる。
草をかき分けながら私達は進んだ。
やはり歩き続けると、私の体力が持ちそうにない。息が切れそうになるが、マリオが肩を貸してくれてなんとか遅れずにすんだ。
十五分程森の中を歩いただろうか。
それまで黙々と先頭を行っていたアルクが、その足を止めた。
「見つけたっすね」
「よし、よくやった」
木々の裏に隠れ、アルクは10メートル程先を指さした。
そこには五人の屈強そうな男達と、手足を縛られた女性――コーデリックの妻と娘だろう――が見える。全員ニンゲンのようだ。
男達は火を焚いて、その周りを囲んで食事をしている様子だった。よく見れば酒瓶を持っている男もいる。もしかするとコーデリックから奪った荷物に入っていた物かもしれない。
ドンは「五人か……」と呟き、配置を確認する。
「だ、誰か召喚した方がいい……?」
「勿論その方が確実ではあるけどな、ま、特に問題は無いだろう」
「本当……?」
私はそんなに不安そうな顔をしていただろうか。アルクは私の肩を軽く叩くと、優しく言った。
「俺達、普段から資金集めのために傭兵みたいな仕事もやってるんで、こういう野党退治は慣れてるんすよ。だから大丈夫っす」
「そ、そっか……うん」
なんとか笑い返したくて口角を上げようとしてみたが、引きつってしまっているのが自分でも分かった。 ドンには「とりあえず声出さねぇようにだけ気を付けて、ここで大人しくしてろ」と言われ、私はしゃがんでクロをぎゅっと抱きしめる。
マリオはドンの剣を指し彼に尋ねた。
「先に剣に魔法かけるよ。何がいい?」
「派手な方がいいだろうな。炎にしておくか」
「分かった」
下を向いて、何やら作業を始めるマリオ。それは火をつける道具だったのだろうとすぐに理解する。しばらくすると焦げ臭さが漂い始め、マリオの手には炎が灯った蝋燭が握られていた。
蝋燭を地面に置き、左手で炎を包む様に当て始める。火傷をしないかと私は気が気で無かったが、本人はいたって平気そうだ。そして右手でドンの剣を軽く撫ぜる。すると、剣は真っ赤に変色した。剣先は灯のように揺らめき、まるで炎で作られた剣の様に見える。
「アルクは俺が先に出て奴らを引き付けるから、その後に背後を襲え。マリオはその間に奥さん達の解放だ。いいな」
「了解っす」
「オッケー」
ドクドクドク――自分が戦うわけでもないのに、鼓動が耳まで響いてくる。
「よし、行くぞ」
ドンの声が、やけに遠くに感じた。




