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7話 謎の石板

 次の日。


「あー、良く寝た!スッキリ!」

「本当だねぇ。いやぁ、呼んで貰えてラッキーだった」


 昨晩宿にて召喚したマリオが、ニコニコと朝食を頬張っている。


「すいませんっす、マリオさん急に」

「でもここ食事も美味しいし、温泉もあるし、布団もふかふかだし最高ですよねー」

「本当だね。あれ、この卵どうなってるんだろう? ゆで卵とはちょっと違うね。黄身も半熟で…」


 恐らく温泉卵的な食べ物だと思う。元の世界では好きでも嫌いでも無かった物のはずなのに、懐かしさを覚えて朝から感動的な気分に浸る事ができた。

 宿の食堂には料理を作ってくれた女性と、私達三人しかいない。ドンは早朝から一人でマザーの屋敷に向かって、今頃会議をしているのだと思う。無事に村からマリオを召喚出来た事で、堂々とマザーを村に移す話が出来ると嬉しそうだった。

 

 私達が朝食に舌鼓を打っていると、昨日私達を案内してくれた獣人のデニスが食堂に入ってくる。


「おはようございます、皆様。ゆっくり休めましたか?」

「おかげさまで、本当にありがとうございます。本当に快適に過ごさせて頂いて……お風呂も素敵だったし、食事も美味しいですし、器も凝っていて……」

「いえいえ、とんでも無いです。まぁ、観光客を呼べるわけでは無いんですがね。……閉じこもっていると、段々日々の生活にこだわって来てしまうもので。皆、お客様に楽しんで頂けて嬉しいみたいです」


 デニスは尻尾をピンと立てて嬉しそうに笑う。


「ところで皆様はこの後ご予定はありますか?」

「特に無いんすよねーマジで暇っす」

「実は、マザーから言付かって来た事がありまして…少し外出して頂いてよろしいでしょうか? 私が案内しますし、ドン様には了承を得ておりますので……」





----------------------------





 食事を終えて、私、アルク、マリオ、デニス、そしてクロの五人はネフカロン地区より少し東の森へと向かった。途中までは馬車で、森に入ってからは徒歩だ。

 何でも、森の中に隠された石板があるのだが、どういう物なのかここの獣人には理解が出来ない代物らしい。ニンゲンであればヒントを得られるかもと言う話になり、暇をしている私達が抜擢されたそうだ。


「サクラさん、体調はどうっすか。辛かったら言って下さい」

「貧血っぽい感じもするけど、今は平気だよ。またドリンク飲んで来たし朝食もいっぱい食べて来たし、元気元気!」


 アルクが体調を気遣ってくれる。私の代わりにクロを運んでくれて申し訳ないくらいなのに。

 クロに栄養がいってしまうため気持ち多めに食べているのだが、私の体重が増え過ぎないか実に心配なところだ。


「それにしても、サクラさんは昨日の話聞いて怒らなかったの?」


 唐突にマリオがそう質問してきた。昨日の話と言うと、クロ=“魔王の卵”の話だろうか。


「リーダーってたまに独断専行しちゃう時あるからさぁ……もっと相談してから出かけてくれればよかったのに」

「確証が無かったから言い出せなかったとは言ってたけど……」

「まぁねぇ……でも、サクラさんにだけは言ってもよかったんじゃないかなって。こうやってクロに付きっ切りで面倒見ているのは君なんだから」

「そうなんですけどねぇ……」


 しかしそれは、まだドンと知り合って一か月そこらの私では、信用に値しないと言う事なのかもしれない。

 昨日の話をよくよく考えてみれば、私は今こうやってクロにエネルギー渡して育ててるけど、魔王として蘇った暁には母役などお払い箱なのだろうか。ドンはどういうつもりでクロを私に預けているのだろうか。自分の……「不滅の灯」の目的のために、利用すればいいと思っているのか……私の気持ちなどお構いなしに。

 

 そんな事を悶々と考えていると…。


「なんか、気持ち悪い…」

「えっ」

「ちょっと吐いてくる」

「だ、大丈夫…?」

「平気」


 なんだか胸がもやもやする。

 草陰に体を隠して吐いてみようとしたが、特に何も出なかった。





----------------------------





「こちらです」


 森を二十分程歩いただろうか、件の石板の前に辿り着く。

 表面に何か書いてある様だが、ずっと野ざらしなのだろう。苔が生えていて全く読み取れない。


「元々何が書いてあったんすかね?」

「文字の様ではあったらしいのですが、我々の言語とは違うみたいです。昔は交代で清掃に来ていたみたいなのですが、この辺りに熊がよく出るようになりまして。そのまま足が遠のき、石板はいつの間にかこんな有様に」

「く、熊が出るんですか…」


 デニスの何気ない言葉に、私はゾッとしてキョロキョロと辺りを見回した。


「大丈夫ですよ。もうずっと何年も報告されていません。私の親の代がかなり念入りに駆除作業をしたらしいです」

「よかった…」


 私は石板に近づいて表面を撫でてみる。苔もあるが、汚れもなかなかにしぶとい。デニスがちょっとした清掃用具を持参していたのだが、それくらいではどうにもならなさそうだ。


「石鹸と水はあるんだよね? 僕が少しやってみようか」


 その時、マリオがにこやかに小さなブラシとバケツを手に取った。袖をまくり上げながら、嬉々として石板に向かっていく。


「アルクとデニスさんは火を起こして、お湯を用意してもらっていいかな? 小さなポットはあるよね」

「了解っす。じゃぁクロは安全な所に……」

「マリオさん、どうするの?」


 私はマリオの手元を観察する。彼はブラシを右手に持ったまま左手を石鹸と水の入ったバケツに突っ込む。


「僕の魔法は、片手が触れた物の属性を、もう片手の触れている武器や道具に付与する事が出来る。このブラシの先に石鹸水を付与すれば、効率的に汚れを落とす事が出来るってわけ」

「えー便利! じゃぁお湯が湧いたら、そっちも使えるって事ですか?」

「そうそう」


 なんて羨ましい能力だろうか。ギトギトのキッチンもすぐに綺麗になりそうだ。

 マリオが用意した石鹸水を付与したブラシで、私も一緒に磨いていく。すると、ブラシの先から水がとめどなく溢れてくるので、みるみるうちに汚れが流れていく。

 アルク達が用意してくれたお湯も使用すると、その効果は倍増だ。

 私とマリオがブラシで浮かした汚れを、アルクとデニスが拭き取っていく作業に入る。


「あーこのブラシ欲しーい!」

「あはは。時間が経ったら切れちゃうけどね……」

「そっか、切れちゃうか…。じゃぁ平和になった後、マリオさんが出張で掃除屋さんとか始めたらいいよ。きっと繁盛すると思うな」

「いいね……平和になった後、ね」


 マリオは「楽しそうだな」と笑ってくれたが、目は遠くを見ている様だった。

 そして憂鬱そうに小さな声で呟いた。


「……リーダーが魔王を筆頭に戦争を仕掛けるなんて言い出したら、きっと『不滅の灯』は離散するだろうね。精々残って……半分かな」

「え……」

「そっすね。多分」


 マリオの半ば諦めたような口調のその言葉に背後にいたアルクも同意する。私は「どうして?」と彼らに質問を投げかけた。


「『不滅の灯』は確かに反王政のレジスタンス組織だけど、集まったメンバーの打倒カッサへの想いの強さ……熱量はバラバラだ。国に家族を殺された僕やニーナ、リーダーに心酔しているロンドなんかは確実に残る。ただ、食い扶持が見つからずにリーダーに拾われた奴もいるし、回りくどい事をせずに玉砕覚悟で暗殺を狙おうって短気な奴もいる。彼らはきっと、間違いなく出て行くだろうね」


 ……誰も、魔王軍に入りたくてドンについて来たわけじゃない。そういう事だろうか。

 私はちらりとアルクを見やる。彼は悟ったような表情で、私が聞きたくても聞けなかった事を話してくれる。


「俺は残るっすよ。リーダーの理想を信じて協力した、俺の両親の意思を受け継いでいくつもりっす。獣人達の領土を奪い返して、自由と権利を得る……カッサで隠れながら生活している獣人の目標はそこっすよね、デニスさん」

「勿論です」

「そっか……」


 アルクの目には迷いが無かった。彼は自分自身でしっかりと考え決めたのだろう。

 

 そして、今現在の私の答えも決まっている。


「私は残って子ども達をちゃんと育てる。勿論クロも。……あの子達にはまだ力が無くて、どうしたってドンに着いて行かなきゃいけないだろうから。私はあの子達が自分で決めて自分で進めるようになるまで、責任を持って守らなきゃいけない」


 乗り掛かった舟だ。途中で見捨てる事だけはしない。絶対に。

 そう決意を固めると、石板の下部を磨いていたマリオは私を見上げて微笑んだ。


「サクラさんは責任感が強いよね。君にはカッサ国に対する恨みや憎しみも無いのに、よくやってるなって感心するよ」

「責任感は……どうですかね、そう言って貰えると嬉しいです……。確かにカッサに対しての恨みはありませんけど……皆が背負ってる苦しみを見ていれば他人事ではいられないですよ。あ、汚れかなり落ちてきましたね」


 濃い緑や黒色をした汚れが浮き上がってきたのを、水を掛けて流していく。

 すると、石板に彫られていたと思わしき“文字”が浮かび上がった。


「……うーん、僕にはわからないや」


 マリオは首を傾げながらそう口にした。残念そうにデニスが「そうですか、仕方ありません」と応える。


「なんで……これ……」


 その“文字”を見て、うっかり手に持っていたブラシを落としてしまった。

 ブラシは、パサっと音を立てて地面の草の上に落下する。


「サクラさん?どうしたの?」

「どしたんすか?」

「これ、日本語……」

「ニホンゴ?」


 三人は不思議そうに石板を見ている。

 私はよく見知った言語を難無く読み上げた。



「『ソマランにて待つ 俺は武器を持っている   札山 彦助』」




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