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5話 ネフカロン地区にて②

「私が、魔王の母役……? それってどういう……」


 疑問は尽きない。

 マザー・ネフカロンは私を離し、元の位置へ下がるように身振りをした。私はドンの横へと歩いて戻ったが、足がおぼつかず躓きそうになった。


「そのままの意味である……魔王の卵を世話し、育てる者に選ばれた……シュー……お前は先ほど……この子に乳をと申したが……乳は必要ない……水と大気、そして……母役からのエネルギー供給があれば良いのだ……」

「エネルギー供給? でも私、クロには何も……」

「サクラ、お前さっきから体がだるいとか眠いとか言ってただろ。それじゃねぇのか」

「えっ……」

「……そうだ……お前と魔王の卵は……母体から胎児へ……臍の緒で繋がっているがごとく……見えない糸で繋がれておる……この老いぼれにはうっすらと……そのエネルギーの流れが見える……エネルギーが十分に溜まれば、完全な姿で……魔王が蘇るだろう…」


 私自身は全く気付いてはいなかったのだが、先ほど階段を上がるのに異常な疲れがあった事も、それが影響していたのだろうか。

 マザー・ネフカロンは背もたれにどっしりと体を預け、またドンに向き直った。


「若頭の頼みとは……この子を確認して欲しいと言う事か……?」

「違う。……クロが“魔王の卵”である、という事実を踏まえた上でネフカロン地区と同盟を結びたい。今日はその話をしに来たんだ」

「馬鹿な……我々もお主らと共に滅びよと、そう申すのか……」

「まさか。これはアンタ達が生き残る唯一の道だ。俺たちは魔王を担いで魔族を名乗り、カッサ王国打倒を宣言する。そうすれば地方に逃げた、本来こちらに住んでいたはずの他の種族も集まるだろう」


 いつになく真剣な眼差しのドンを、マザーは短い呼吸で応える。それは、彼を鼻で笑っている様に聞こえた。ドンも同じ様に感じ取ったのだろう、眉を寄せ不快な表情を露わにする。


「夢物語じゃ……カッサ王国軍から逃げた腑抜け共が……そう簡単に集まるわけが無い……カッサは手が付けられぬ程に……強大な国になった……シュー……お主らも諦めて……どこか田舎の土地で……農民でもやるが良い…」

「……ふむ。がっかりだな? ネフカロン地区の獣人達は、血気盛んな優秀な戦士ばかりで、いつでも反乱を起こす準備があると五年前の俺に豪語したのはアンタだったよなぁ? 随分、お変わりになられたようで?」

「……そう言われても仕方があるまいて……しかし……シュー……あの頃とは事情が違うのじゃ……鷹の長老や戦士達は皆……国境を越え、多種族連合に行ってしまった……カッサに対抗する力を得るためじゃ……」

「ふん、つまりはネフカロン地区と『不滅の灯』が同盟を結んだとしても、俺が期待していた程の戦力は得られないと……なるほどな」


 マザーの主張は、強い戦士がいなくなって戦力がガタ落ちしているネフカロン地区を、無理に戦争に参加させたくない。願わくばこの地で細々と暮らしていきたい……と言う事らしい。

 しかしドンはそれを一蹴する。


「ここでずっと暮らしていけるわけがない。カッサはその多種族連合や中立国のケリクツトにだって進行するつもりでいるんだぞ。こんな大きな集落がいつまでも運良く見過ごされると、本気で思っているのか」

「……」


 その沈黙の答えは間違いなくNOだ。


「なるべく早く、ここの連中と手を組みたい。確かに以前よりは戦力が減っているがそこは致し方ないだろう。それに、顔の広いアンタがうちの後ろ盾になってくれれば、今後の増強は十分見込める」


 静かに聞いていたマザーだったが、やがて頷くと案内役のデニスに体を向ける。


「……だそうだ。デニス……どう思う? ……今の話、他の警備兵にも聞かせた方が良いじゃろう……」

「しかし……! 我々はマザーを危険に晒すことは出来ません! 下手に手を組んでここが襲撃されでもしたら、貴女は動く事が出来ないのですよ……!」

「その様な事は気にしなくても良い……どうせ老い先短い身……シュー……若い衆にこの様な狭い空間で生きて貰うのは忍びない……この者達と同盟を結び……お前たちの無念、先祖の無念、同胞達の無念を晴らしておいで……」


 涙を浮かべ必死でマザーに縋りつくデニス。彼に向けられた彼女の目は、慈愛と凛々しさを含んでいた。

 そしてマザー・ネフカロンは懐からブローチの様な物を取り出し、真ん中の石を指先で押した。

 私達も持っている、書類を収納するアイテムだ。中から出てきた膨大な書類の中から迷いもせずに一束を手にすると、ドンに見せる。


「これは……このネフカロン地区の住人との誓約書……先ほどの話がまとまり次第……これをお主に……渡そう」

「はぁー……ったく。若い衆を説得したかったんなら、先にそう言えよな。アンタがろくでなしババァになっちまったのかと思って焦ったぜ」

「え?」

「どういう事っすか?」

 

 ため息を吐きながら額を掻き毟るドンに対し、私とアルクは全く話が見えていない。


「本当はさっさと『不滅の灯』なり多種族連合なりに合流したかったんだろ。でもそれが出来ない理由があった。それは、マザー・ネフカロンが病気で動けない事だ。ネフカロン地区の住人の一部が俺達と同盟を結ぶ、亡命するのどちらかを選択すると、残された奴らが目立ってしまう。そこをカッサに叩かれたら逃げられないマザーは一巻の終わりだ」

「わ、分かっていらっしゃるのなら話は早いでしょう……我々は、マザーを見捨てません。ここの集落の住人の総意です。我々はここで、一秒でも長く平和に……」


 デニスがドンの前に立ちふさがる。一歩も引く気は無い、覚悟を持った顔つきに見えた。

 しかし相手が悪い。


「そうやって日和ってるから、先の大戦でお前ら獣人は絶滅寸前まで追い込まれたんだろうが」

「なんだと!?」

「このまま目立たずに平和に……な。そんなの持ってあと一年かそこらだよ。マザーを看取った後に戦力を集めて……と思ってるのかもしれないがな? それからじゃ間違いなく手遅れだ。……今なんだよ。一刻も早くカッサに対抗し始めないといけないんだ。一体もうどれだけの血が流れたと思ってる? 安全地帯でくっちゃべる事に夢中で手こまねいてよぉ、そんなに死にたいならテメェ一人で死ね、ボケ」


 デニスは四つん這いになって嗚咽を漏らしており、見ているとなんだか少し不憫になってきた。私はこっそりと、「口が悪い……」と呟く。

 

 するとドンは泣いているデニスの肩を優しく叩くと、「しかしお前達の気持ちもわかる」と、満面の笑みを披露しながら諭す。……あ、これ。


「恩を感じているマザーを見捨てる事になるかもしれないと考えれば苦しくもなるよな。しかし心配はいらない。なぜならすぐにでもマザー・ネフカロンを俺達の拠点に移動させ、安全に過ごして貰う事が可能だからだ」

「そ、そんな事……マザーを運べる力のある人なんて……仮にいたとしても、目立ちすぎます……」


 私はドンに肩を掴まれ、泣き腫らした目で見上げるデニスの前に、引っ張り出される。


「大丈夫だ。マザーにもまだ紹介していなかったがな、ここにいるサクラの能力は“召喚魔法”。今ここでサクラとマザーで契約を結び、俺達が村に戻った後にマザーを召喚すれば良い。契約書さえ作っておけばいつでも召喚は可能だから、もし俺らの村に敵襲があった時にもすぐに対処が出来る」

「そんな事が可能なのですか!?だったら私達の懸念は解決です。いつでも協力体制に入ります!」


 なるほど、ドンは最初からこの地区の住人が動けない理由も、対処法も考えていたらしい。しかし、もっと早く言ってあげたら良いのでは、と私は苦笑した……そう、デニスの心を折る前に。

 私の心の声に気づいたのだろうか、ドンは私をチラリと見ると胡散臭さが半端ないウインクを寄越したのだった。心の底からお返しする。


「ほう……そなたは召喚魔法を使うのか……」

「は、はいっ。私がお運びします……っ」

「かなり距離があるが……可能なのか……?」

「ふ、ふぇっ、それは…」


 自分の使える魔法について、ロンド達の協力を得ながら、距離や人数、重さなどを一応は調べてきた。今の所、“召喚する場所”については、“私が目視できる場所”に限られているのだが、“召喚される者の元の位置”は制限が無かった。契約書さえあれば良いと言った感じだ。

 しかしこれまでの調査で召喚に使った最長距離は、せいぜいが2、3キロメートル……丸一日馬車に乗って来なければならない距離で本当に召喚出来るかは自信が無かった。


「あの……」


 それを伝えるべきかと思い口を開くと、目つきを鋭くしたドンがこちらを睨んでいるのが視界に入った。多分「余計な事は言うな」という事なのだろう。

 私の不用意な発言で、今折角まとまりかけている同盟の話を潰すわけにはいかなかった。


「どうかしたかえ?」

「いえっ……で、出来ますっ! お任せください……!」

「ほほ……それはそれは……心強い……」


 マザー・ネフカロンの笑顔を初めて見た。彼女も肩の荷が幾分か降りて楽になったのかもしれない。


 その代わりに私がプレッシャー背負ってますけどね……。










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