2話 ミルクを求めて
詳細を聞きたくないと思いつつも勇気を振り絞って自分から質問する。
「ミノタウロスって…?」
「牛の頭に人の体。牛人の事を我々はそう呼んでいますぅ」
「…で、そのミノタウロスに乳を分けてもらうの…?それって…母乳なの牛乳なの?」
自分でも間抜けな問いだと頭を抱えたが、ドンは「そこだ」と私を指さした。人に向かって指を指すんじゃありません。
「さっきサクラが言ってたろ。粉ミルクって聞いた事があるかって」
「うん…えっ、あるの?」
「あぁ。王都で見たことがある」
「じゃぁそれでいいじゃない。解決解決」
わざわざミノタウロスを訪問する事はないと私が喜ぶと残念そうにドンは首を横に振った。
「あれは王族や貴族向けの超高価な代物だ。とてもじゃないが毎日クロに与えてやれる程俺たちの蓄えは多くない」
「なんだ…そっか。でもそういう人たちって乳母さんとかいるんじゃないの?」
「隠し子とか乳母に頼りたくないとか色々あるんだろ」
「なるほど」
「サクラの国では、粉ミルクってどうやって作ってたんだ?」
彼の問いかけに私は記憶を辿っていく。あまり自信はないが…。
「確か、牛乳の乳脂肪を取り除いて、ビタミンとかカルシウムとか他の栄養素を足してるんだった気がする」
「びたみん、かるしうむう…?」
知らない単語が多くて戸惑っているのか、ロンドは激しく瞬きをした。
その横で顎に手を当てたドンが、頷きながら続ける。
「俺達の国に、恐らくそういう技術は無い」
「じゃぁその粉ミルクはどうやって?」
「あれは、ミノタウロスの乳を乾燥させて作っているんだ」
一瞬、ドンは冗談を言ってるのだと私は思った。しかし、その目は真剣そのものだ。
「どうやら王都のどこかに、その工場があるらしい。奴隷のミノタウロスから乳を搾取し、加工して販売している。…それを飲んでるのはさっきも言ったが王族や貴族の子どもだ。そのおかげで品質は保証されているがな」
「う…」
あまり気分の良く無い話だった。ミノタウロスは獣人の一種と言う事だから、人狼のアルクの様にニンゲン同様の知性があるはずだ。
(この国の奴隷制度や種族差別はかなり酷いとは聞いていたけど…)
「一番良いのは工場を襲って捕らえられている奴らを助け、乳を分けてもらう事だが…流石に今王都に攻めるのは無理だ。人数が足りん」
「そう…残念ね」
「いずれは解放するさ、絶対にな。…で、俺達が行くのは王都では無くもっと郊外の方だ。そこに、色んな種族の獣人達が身を寄せている集落がある。行って協力してもらえないか頼みに行くんだ」
「赤ちゃんのミルクを下さいって協力?」
「違う。『不滅の灯』との同盟への参加、協力を要請しに行く。どういう口実で訪問しようか悩んでいたんだがな…クロは良いタイミングだった」
ドンは地図を広げると私に王都、この村、向かう集落の場所を教えてくれる。
カッサ王国はビグーラ大陸の中で一番大きな国だ。その中央あたりに王都があり、この村は王都より北東にいくらか離れた所にある。そして獣人の集落は、ここから更に北へ離れた所の様だ。
「ここよりも寒いから防寒具の準備を忘れるなよ」
「…誰に言ってるの?」
「もちろんお前だよ、他に誰がいるんだ。寒いから心配ではあるが、クロも連れて行こう。見せなきゃ話にならねぇし。サクラ不在の間の孤児院は、ロンドとマリオに任せる」
「了解ですぅ」
「えー…まぁ、仕方ないか…」
ドンには違う目的があるが、私も私でクロのミルクを手に入れなくてはならない。孤児院の子ども達が心配ではあるが、発表会を通じて成長が見られたし少し離れるくらいは大丈夫だろう。
クロの顔を覗き込むと、少し唇が乾燥している様に見えた。とりあえず今日はホットミルクくらいしか与えられそうにない。
一刻も早く、この子に十分な栄養を手に入れなければ。
「日の出とともに出発…といきたい所だがな、チビ達も急にサクラがいなくなったら泣くだろうし、朝食後出発でいいだろう。俺も他の奴らにいくつか引き継ぎがあるしな」
「分かった。何日くらいかかるかしらね」
「特殊なルートから手に入れた魔法の薬があってな、それを使えば馬の足を速める事が出来る。ただそれでも片道だけで丸一日はかかるだろう。向こうでどれだけ滞在するかは未定だが、往復五日は空ける事になるだろうな」
「そう…。ロンド、長くなって悪いけど…」
「大丈夫ですよぉ、任せてくださぁい。クロちゃんのご飯、なんとしてでもゲットしなきゃですよぉ」
「うん、ありがとう…」
不安はあるが、先日の発表会以後『不滅の灯』の人達との交流は増えている。アルクやイオーラ、マリオもいれば五日くらいは何とかなるだろう。
二人が自分の住まいに戻った後、私はドンに貰った持ち物リストと睨めっこをしながら、片っ端から鞄に詰めていった。
それから不在の間の計画案を簡単に用意し、子ども達の最近の様子、注意事項のメモをロンド宛てい書き記した。
そんな事をやっているといつの間にか日が昇る時間になっていた。最近は子ども達の夜泣きは減り、キルンも夜通し眠ってくれるので助かる。
その間、謎の赤ちゃん「クロ」は一度も目を覚まさなかった。
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朝。朝食を終え外に出ると、教会の前には馬車が用意されており、私はまとめた荷物を積み込んでいく。
「えっ、アルクも連れて行くの?」
「俺達だけじゃ道中不安だしな。念のため、お前の”召喚許可申請書”も他の連中に何枚か書いて貰っておいたぞ。しまっておけ」
「う、うん…でも、アルクまで居なくなったら、孤児院は大丈夫かな…」
残されたメンバーの事を思うと、なんだか居た堪れない気持ちになってくる。
すると、見送りに来てくれていたマリオやニーナが柔らかく微笑んだ。
「心配しないでよ。リーダーがいないんだから、僕らにしたらちょっとした休暇だ。子ども達と楽しく遊んで待ってるよ」
「私も出来る限りお手伝いするわ。心置きなく行ってきてね」
「ありがとうございます…助かります」
「あんま油断しすぎんなよ。なんかあったら、この村は捨てて逃げろ。分かったな」
「了解です」
ドンはマリオを始め、他の『不滅の灯』メンバーに自分が不在の間の指示を出していく。彼がこの村を不在にする事は少なくないらしく、手慣れたものだ。
私はあらかた準備を終え、見送りに出てきてくれていた子ども達の所へ向かう。
子ども達は籠の中で眠る孤児院の新入りに驚きつつも、この事態を素直に受け入れてくれていた。
「皆、ごめんね急にお出かけしないといけなくなって…」
「赤ちゃんのご飯を探しに行くんでしょ、仕方ないよ!」
ウルヒムがクロの籠を優しく揺らしながら明るく言う。そのまま「な!お前らも我慢できるよな!」と三つ子達に問いかけると、三つ子はそれぞれ不安そうな顔をしつつも、首を縦に振ってくれた。
「ママ、はやくかえってきてね」
「うん、急いで行って帰ってくるよ」
エルは今にも泣きそうな目をしていたが、なんとか堪えてくれていた。
「はやくクロちゃんとあそびたいなぁ」
「そうだね」
オルレリはお世話をする気満々だ。実に楽しみである。
「ぼくがんばってまってる」
「カントは強い子だもん。大丈夫だよ」
私のスカートを握りながらも、力強く約束してくれるカント。
三人の頭を撫でさすり、一人ずつぎゅーっと力強く抱きしめる。
そして、
「んだーん」
と言いながら笑っているキルンを最後に抱きかかえた。本人にはこの状況が分かってはいないだろうが、雰囲気は伝わっているのだと思う。今日はよく甘えてくるのだ。
「キルン、ごめんね。お留守番よろしくね」
「だぅー」
小さな手が、私のブラウスを強く掴んだ。離れがたい。後ろ髪を引かれるとはこの事だ。
「めんどくさ。さっさと行きなさいよ」
「あぁっ」
横から割り込んできたイオーラに、キルンを奪われる。
今朝外出の事を知った彼女は、当然の様に怒り狂い「私も連れて行け」と大騒ぎだった。そのため先ほどアルクが同行すると知って、朝食で一度収まった機嫌の悪さが復活してしまっている様だ。
「アルクが同行するって、私も今知ったのよ…。イオーラまで連れて行くと、この子達が不安になるから…ごめんね…」
「フンっ!…べっつにー?怒ってないしー?好きにすればいいんじゃなーい?」
「い、イオーラ…」
彼女はキルンを抱えたまま、私に背を向けてしまう。
どうにか弁解しておきたいが、背後から「オイ、そろそろいいか」とドンが急かしに来ている。
「イオ姉…ママ行っちゃうよ…」
ウルヒムが心配そうにイオーラの顔を覗き込む。それに倣う三つ子達。
「………な、」
四人の純粋そのものの瞳に耐えきれないのか、イオーラは声を絞り出す。
「な?」
「なんかあったら…一番に、召喚しなさいよ…私の事…」
「!」
そう口にしながら、少しだけ振り返る。
整った横顔は真っ赤になっていて、なぜか涙まで滲んでいた。
「全然!これっぽっちも!心配なんかしてないけど!…さ、サクラはどんくさなんだから、アルクやクロが巻き込まれるかもでしょ!だから、…だからよ!」
そこまで言うと、また後ろを向いてしまう。
私は「うん、ありがとうね」と彼女の頭を後ろからそっと撫でた。
そこへ、突然の辞令に慌てて荷造りをして来てくれたアルクが教会の中から出てくる。
「すんません、遅くなったっす…あれ、イオーラ泣い…」
「泣いてないっ!」
「そ、そう?ならいいけど…サクラさんお待たせしました、もう出発っすかね」
「うん、そうみたいだよ」
チラリと馬車の方を窺うと、ドンが「早くしろ」とジェスチャーしていた。
さて。名残惜しいが行かなくては。
クロが眠っている籠を、ウルヒムから預かる。クロはホットミルクを口に運んだところ、ある程度は飲んでくれた。しかしその間もずっと眠ったままだ。ミルク問題とは別に、こちらも心配である。
私はアルクの手を借りて乗車した。布張りの簡素な馬車だ。床は木の土台の上に、クッション替わりの干し草と布が敷かれているだけなので、お世辞にも居心地がいいとは言い辛い。
私は荷台から顔を出し、見送ってくれる子ども達に手を振った。
「皆、ロンドやマリオさんの言う事ちゃんと聞いて、なるべく怪我しない様に過ごしてね。ご飯も残さず食べる事。夜も早く眠る事。……それじゃぁ、行ってくるね」
「よし、お前ら出発だ!」
「イオーラ!チビ達の事よろしくなー!」
ドンが手綱を引き、馬が歩を進める。
「ママ―!!ママ―!!」
「アル兄ー!行ってらっしゃーい!!」
「リーダーご無事でぇ~!」
そんな声を受けながら、村を出る。
私は、走ってこちらを追いかけようとするオルレリとカントが躓いて転ばないかが不安で仕方が無く、いつまでも目が離せないでいた。




