13話 発表会④
それから四日が経ち、孤児院の発表会と『不滅の灯』の夕食会が行われる日がやってきた。
礼拝堂の舞台袖にて全員を並ばせる。そろそろ開演だ。
「よかった、可愛い可愛い」
子ども達は皆、教会に余っていた修道服をリメイクして作った子ども用ローブを身に纏っている。散歩で使っている帽子もセットだ。もちろん、アルクとイオーラの分も同じように用意した。
「なんで私のだけ丈が短いのよっ!」
「ご、ごめん……布が足りなくなっちゃって……イオーラならミニスカートも似合うかなって……」
結局衣装の仕上げは当日の朝までかかってしまったのだが、計画性の無さが災いして最後の最後に布が足りないというトラブルに見舞われた。そのためイオーラのローブのみ膝程までの丈になってしまったのだ。仕方なくリボンをウエストベルトの様に使い、Aラインのワンピースの様なスタイルの物に仕上げた。
真っ赤な顔で怒るイオーラに私はひたすら平謝りだ。
「ホントごめんて……イオーラ許して……ふわぁ……」
「サクラさん寝不足すか」
「衣装がギリギリでねぇ……二日も徹夜しちゃったよ。まぁ、お昼寝の時に一緒に寝たりはしたけどね……」
「……」
「だってさ。ほら、イオーラ」
「フン! ……分かったわよ! これで出ればいいんでしょ! 言っとくけどねぇ徹夜なんて偉くもなんともないんだからね!! アピールしてんじゃあないわよ!!」
大きくそっぽを向くイオーラ。折角セットした髪がぐしゃぐしゃになってしまわないか心配だ。
腕を組みつつソッポを向く彼女にバレない様に、私とアルクはこっそり目配せをする。ナイスアシスト。
「ねぇ、ママ―……ぼく、ちゃんとできるかなぁ……」
カントが私のスカートを軽く引き、不安そうな表情で私を見上げる。
彼だけではない。ウルヒム、エル、オルレリ。小さな子ども達は全員、初めて大勢の前に立つのだ。もちろん緊張しているのだろう。私に抱かれているキルンも、普段との環境の違いからか落ち着かない様子だ。
「大丈夫。私も、アルクもイオーラも付いてるからね。ドンやロンド、マリオさんも見ていてくれてるし、何も怖くないよ」
「でも……」
「……そうね、それじゃぁ今から私が皆に魔法の薬をあげる」
「魔法の薬?」
ウルヒムをはじめ、全員が興味深そうにしている。
「そう、この薬を食べるとアラ不思議、ドキドキしてたのはどこかへ行って、元気いっぱい歌えるようになるからね」
「すごーい!」
「ハイじゃぁ目を閉じて口を開けてくださ~い。アルクとイオーラも」
私は、目を閉じた子ども達の口に「喉に詰まらせないように気を付けて食べてね」と声をかけ、“ある物”を順番にそっと運んでいく。
咀嚼をする一同。
一番に飲み込んだイオーラが「何よコレ、ただの野いちご……」と口を滑らせ始めたので、私は急いで彼女の口を右手で塞ぐ。
「おいしー」
エルが小さく微笑む。つられて他のゴブリンの子ども達も笑顔になった。
キルンにも潰したものを舐めてもらった。彼にとってはまだ酸っぱかったらしく顔をしかめたがその姿がまた可愛らしい。キルンの様子を見て全員が笑う。
「ほんとだーもうドキドキしないよー」
「まほうのくすりすごいね!」
オルレリとカントも、もう平気そうだ。
緊張の解けたウルヒムは、「ママ、僕いっぱい頑張るね」と頼もしい事を言ってくれる。彼はこの発表会の練習を通して一番成長した様に感じた。
「みなさぁん、そろそろですよぉ」
丁度良いタイミングでロンドが呼びに来てくれる。
ドンが開幕の挨拶をし始めたので、それが終わったら出番だ。
「皆、一回丸くなろう」
全員で円陣を組むと、一人ひとりの顔が良く見えた。
「今日までよく頑張ったね。あともう少しだよ。『不滅の灯』の人達に、皆の頑張ってるところ、いっぱい見てもらおうね」
「うん!」
「よーしじゃぁ皆、がーんばーるぞ!!」
「えいっえいっ!おー!」
「それじゃぁチビ達、よろしく頼む」
ドンの合図で壇上に上がり整列した。ゴブリンの子ども達は年齢順に並び、その左右にアルクとイオーラが立つ。キルンはアルクに抱きかかえてもらう様に頼んだ。
視線を前にやると、30人程の『不滅の灯』メンバーがベンチに座ってこちらを見ている。
「皆さん、今日はお忙しい中お集まり頂き心から感謝申し上げます。孤児院の子ども達は、今日のために毎日一生懸命練習してきました。どうぞ温かく見守ってあげて下さい」
私は挨拶を軽く済ませると一礼し、パイプオルガンの前へ向かう。まばらな拍手が鳴っている。その中でいくつか大きな拍手も聞こえてくる。叩いてくれているのは、ロンドやマリオ達だろう。
一曲目の前奏を弾き始める。パイプオルガンはピアノと違い、強弱が付けられないためなかなか難しい。
「きーらーきーらーひーかーるー」
子ども達が歌い始める。一曲目は「きらきら星」だ。
歌い始めた瞬間、一同がどよめき出す気配を感じた。自分たちが耳にした事のない曲を、しかも伴奏付きで聴く事になるとは思っていなかったらしい。マリオによれば、この国の庶民たちに音楽をやる余裕は無く、娯楽らしい娯楽も無いとの事。であれば、今日は私が思った以上に楽しんで貰えるかもしれない。
「よーぞーらーのーほーしーよー」
一曲目を歌い終える。オルガンによる合図で子ども達が礼をすると、先ほどとは違い大きな拍手が返ってきた。
「す、すごいじゃないか…」
「こんな風に歌えるものなのね…」
そんな感想まで聞こえてきた。にやつく口元を抑えられない。
「ではここで皆さんに、孤児院の子ども達の紹介をしようと思います」
私はまた壇上へ戻り、一人ずつ順に話してもらうよう促す。
「アルクっす。こっちはキルン。今日は集まってくれてありがとうございます…これからも…どうぞ、よろしく…っす」
相当恥ずかしいらしく顔を真っ赤にして段々小声になっていく。
ゴブリンの子ども達は、
「ウルヒムですっ。頑張って歌います!」
「エル…です!」
「オルレリです!シチューがすきです!」
と、元気に自己紹介をしていく。そしてカントが最後に、
「かっ、かっ、カン、カントですっ!」
大きな声で名前を言う事が出来た。話す事があまり得意で無い彼だが、大勢の前で声を出す事が出来た。この成功体験が彼の財産になってくれればと思う。
「イオーラです。よろしく」
そして何の感慨も無くさらっとイオーラが終わらせ、私に対してじっとりとした目を向けて、「あ・ん・た・は」と声を出さずに口を動かす。
(忘れてた……)
そうか、私も自己紹介しなくてはならないのか。
「私は、志村桜子……サクラと呼んでください。ご迷惑をおかけすると思いますが、仲良くして頂けると嬉しいです」
確かにこれは照れる……と思いながら 頭を下げると、またしても温かな拍手を受けた。
「よろしく!」「期待してるぞ」と声も掛けられた。どうやら私の今回の目標は十分に達成できたらしい。
発表会はまだ続く。私はオルガンに戻り、二曲目の準備をするのだった。
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「終わったー!」
全員での「きらきら星」「手を叩きましょう」、年少組で「こぶたぬきつねこ」を歌って、年長組で手作りパペットを使っての人形劇「赤ずきん」を披露し、そしてまた全員で「楽しいポーレチケ」を歌って終わった。最後には今日一番の盛大な拍手を送られ、嬉し恥ずかしの子ども達はもじもじして壇上からなかなか降りて来なかった。
発表会は大成功だ。
私は解放感から大声を上げて、赤く染まってきた空を仰ぐ。
発表会が終わり、夕食会が始まった。いつの間にか教会の外にテーブルや椅子が運ばれていて、料理が少しずつ並び始める。
気づけば子ども達は、マリオやロンドをはじめ色んな大人達の所へ呼ばれては褒められている様だった。
「上手だったよ、また聴かせてね」
リンダが料理を運んでくる。子ども達は目を輝かせて料理を眺める。「いただきます」をしないと食べてはいけないと私に散々言われているので、勝手に手を付けたりはしない。偉い。
私の近くに子ども達を呼び、皿に料理を取り分ける。合掌をしてから各自食べ始めていった。「おいしい~」とオルレリが嬉しそうにそのとろけそうな顔を向けてくる。
膝の上のキルンはパンや果物を掴み食べしている。気に入ったのか手放そうとしない。
「なんだお前ら、乾杯の前にもう食い始めてんのか。俺を忘れるなよ!」
ドンが酒と思わしきものを両手に抱えて登場すると、一同に笑いが起こった。
「出遅れたリーダーに乾杯!」
「うるせぇわ!」
いつもの『不滅の灯』の様子とは違い、和気あいあいとした雰囲気で進む。私は彼らが楽しそうに話しながら酒を飲む姿を、この一カ月で初めて目にした。普段は見られなかっただけで、普段から個別ではこうやって仲が良いのだろうと思いながらその姿を眺める。
「いいから一度フォークを置けー。全員飲みもん回ったな? 仕切り直すぞ」
ドンは立ち上がると、酒の入った器を掲げる。
「それじゃ、日頃の疲れを癒してまた明日からの糧として欲しいのと、チビ達の発表会成功、サクラの歓迎、んでもってマリオとニーナの婚約祝いと全部ひっくるめておめでとさん!乾杯!」
「へっ?」
「ブッ……」
「かんぱ~い!」
木製のカップがあちこちで打ち鳴らされる音がする。ぽかんとしているのは私とマリオの二人だけだ。子ども達はイマイチよく分かっていないが嬉しそうに隣同士で乾杯をしている。
「ようこそサクラ。凄いなゴブリンをここまでまとめるたぁ信じられねぇよ。リーダーが孤児院をやるって言いだした時は流石に無理だと思ったがなぁ、なかなかどうして」
「あ、ありがとうございます、ヤコポさん」
髭を蓄えた男性から突然話しかけられる。彼は私のカップに葡萄酒を注ごうとして、全く減っていないと見るや「今日の主役の一人が飲まねえでどうする!」と豪快に笑った。
「ヤコポ、無理に勧めるな。子ども達、最近よく村の中で見かけていたけど礼儀正しくて本当に驚いたよ。そうだ、ウルヒムだっけ? 彼もそろそろ剣の練習でも始めてみないかな。よかったら俺が教えるよ」
ヤコポの後ろから細身の男性がそう話す。
「マッテオさん。ウルヒムに剣は早くないですか?」
「そんな事ないさ。こういうものは早ければ早いほど良いんだ。ま、考えておいてくれよ。よかったから君からウルヒムにやる気があるか聞いてみてくれ」
「はぁ……」
あまり乗り気では無かったが、そう言われては仕方がない。しかし今は祝いの席、後程改めてウルヒムには話そうと思う。
それはともかくとして、
「マリオさんの婚約祝いって……?」
私がキョロキョロと辺りを見渡したその時、教会の扉が開かれ、ドレスに身を包んだニーナと小綺麗な恰好をしたマリオが腕を組んで出てきた。
歓声が上がる。
「おめでとー!」
「マリオー! 羨ましいぞコノヤロー!」
「ニーナさんおめでとう」
気づけば子ども達は手に野花を握っており、それを一人ずつニーナに渡していた。
全くいつの間に。
「まぁ、ちゃんとした結婚式なんて挙げてやれねぇからな。勘弁してくれよな二人とも」
「と、とんでもないですよリーダー! でもなんでこんな……」
「私からリーダーにお願いしたのよ」
いまだ状況が掴めていないらしいマリオに、ニーナは静かに微笑む。ドレスを着ているとより一層美しさが際立っていた。
「プロポーズは本当に嬉しかった。でも先の見えない不安から、私は貴方に意地悪を言ってしまったわ。それなのに貴方は自分の弱点を克服しようと本当に努力をしてくれて、結果あの子達と触れ合える様になっていた……。だから私も約束を果たさないといけないと思ったの」
「ニーナ……」
「私と結婚してくれる?」
「もちろん!」
マリオはニーナを抱き上げると、感極まったらしく鼻を啜りながら泣き始めた。
うっかり花嫁を落とさないか、私は見ていてハラハラしてしまう。
しかしあのドレスはいつ準備したのだろう。
「綺麗でしょ、ニーナさん」
気づけば私の隣にはイオーラがやって来ていて、私の皿からチキンを奪って食べ始めた。
「お行儀が悪いから座って食べなさい……ドレスはとても素敵だけど、一体誰が用意したのかな」
「マリオさんよ」
「え? でもマリオさん婚約祝いなんて知らなかったんでしょ?」
「知らずに縫ってたのよ」
「…………あ」
マリオが孤児院勤務を始めた一日目、イオーラが彼に渡していた大量の布はドレスの素材だったのだ。マリオは用途を知らぬまま作業をさせられていたわけだ。
「パーツごとに型紙や説明書きを渡していたから、マリオさんには何を作ってるか分からなかったと思う」
「それを最後に、イオーラが縫い合わせたってわけ? 粋な事考えたねぇ……素敵なドレス……準備も仕上げも大変だったでしょ。凄いよ」
「企画したのはリーダーよ。付き合ってるのは知ってたから、どこかのタイミングでお祝いしようと狙ってたみたい。型紙は……元々あったものを寸法変えただけだったし、そんな難しいものじゃないから。あと、余ってた布を繋ぎ合わせたから本物のドレスとは見劣りするし……」
顔を背けながらペラペラしゃべっているが、耳が少し赤くなっている。これは相当照れているらしい。
「けど……ニーナさんは本当なら、普段から綺麗なドレスを着て生活してたはずなんだけどね」
「どういう事?」
聞けばニーナは五年前まで貴族の令嬢だったらしい。彼女の父は、国王の圧政や他種族への差別に否定的で、当時まだ『不滅の灯』を名乗らず義賊の様な活動をしていたドン達へ秘密裏に援助をしていた。それが見つかり領地は剥奪。両親や男兄弟は国家反逆罪により死刑。ニーナだけが命からがらドンに救出されたと言う成り行きだそうだ。
「ニーナさん、幸せになって欲しいな」
イオーラが遠くを見つめるような目でそう呟いた。きっと彼女は、保護されたばかりのニーナの姿を見たことがあるのだろう。
仲間たちに肩を小突かれつつも笑顔を隠せないマリオと、彼の腕から手を離そうとしないニーナ。こちらも胸がぽかぽかと温かくなってくる。
「心配ないよ。マリオが傍にいるんだから、きっと見ていてホッとするような家庭になるよ」
「……うん」
珍しくしおらしく返事をするイオーラの背中を私はそっと撫でようとして、突如腕を掴まれ捻りあげられた。
「いだだだだだだだ」
「分かった気になってんじゃないわよ! まだローブの件は許してないんだからね!」
「ご、ごめんってごめんごめんごめん」
私の叫び声が夕焼けに響く。
酒に酔った笑い声があちこちから起こり、心配した子ども達が私達の周りにまた戻ってきた。「イオ姉! ママをはなしてあげて!」「こいつが悪いの!」とまた一段と賑やかになる。
そして夕食会はその後日付が変わる前まで続いた。
余談ではあるが、就寝時間のため途中で離脱した子ども達はどんちゃん騒ぎがうるさくてなかなか寝付けなかった。次回開催の際は教会から離れた場所で行ってもらおうと私は心に決めたのだった。




