12話 発表会③
「サクラさん、寝室の掃除とシーツの洗濯終わりました」
あれから十日が経過した。マリオさんはすっかり孤児院の仕事に慣れて、雑用を一手に引き受けてくれている。その分私は発表会の仕事に専念できるのでありがたい。
発表会まではあと四日だ。
「ありがとうございます、マリオさん。とても助かります」
朝からカントがおねしょをしてとてもバタバタだったが、大人の手があってかなり楽だった。
「次は何をしましょうか」
「練習終わったのでしばらく室内で遊んでいようと思うんですが…今すぐ手伝ってもらえるような仕事が無くて…良かったら休憩してきますか?」
「いや…今日は、子ども達の近くで様子を見ていようかなって」
「えっ」
どういう心境の変化だろう。ずっと少し離れて様子を窺うだけだった彼が、初めて自分から子ども達に近寄ろうとしている。
「あっでも、まだその、触るとか、抱っこするとかは…」
「分かってます、分かってますよ」
「でも、お話くらいなら…十日間この子達を見ていたら、そんなに大きくはニンゲンと変わらないなって思えてきて…森の猛獣と同じようなものかとずっと思っていたから…」
マリオは自身の後頭部を手で軽くかきながら、ぼそぼそとそう口にした。
彼の言葉に、私のこれまでの仕事が認められたような気がして、なんだか嬉しくなる。
「じゃぁ、こっちで一緒に遊びましょうか」
「うん」
「今は、三つ子が積み木で遊んでいて、キルンは…まぁいつも通りですね、ただ最近つかまり立ちを覚えたので、ちょっと転びやすいです」
「わかった」
「ウルヒムは字の練習中です。分からない所があったら教えてあげて下さい」
私の作った手本を見ながら一生懸命に字を書いていくウルヒムを見て、マリオは目を丸くする。低年齢から初めている事に驚いているのか、ゴブリンが字を書く事に驚いているのかは聞かなかった。
ちなみにこちらの言葉は、英語に似ているように感じた。私は語学に全く明るくないので確かな事は言えないのだが。ちなみに私はこの世界に来てから、この国の言葉で話せるし字も読み書きできる様になっている。召喚妖精の仕業だろうが、便利なものだ。
「アルクとイオーラは?」
「アルクは今日の食事当番で、イオーラは…ドンと弓の練習に」
「弓…まぁ、彼女はエルフだからね。すぐに上達するよ」
「そういうものらしいですね。私としては怪我しないか心配なんですが」
「ま、『不滅の灯』に加わっている以上、なにかしら戦う手段はあった方がいいと思うよ」
正論だ。しかし彼女が戦いに出るとなったら、かなり複雑な思いになるだろう。
「じゃぁマリオさん、よろしくお願いしますね」
「了解」
マリオはウルヒムの近くへ、私はすぐに喧嘩を始めるオルレリとカントの傍へ行き、遊びを見守る事にした。
「こんにちは、ウサギさんです」
「こんにちは、くまさんです」
二人は机で積み木を使って見立て遊びをしている。見立て遊びとは、目の前にある物を目の前に無い別の物に見立てて遊ぶ事だ。カントはかなりコミュニケーションを取って遊べるようになってきたし、想像力も育ってきた。
ゴブリンの成長は本当に早い。大人になるまではニンゲンの五倍の速度で成長するらしいので、この時期の教育は本当に重要だと感じる。
「…」
対してエルは、1センチメートル程の薄さに切った木材をひたすらに並べている。新しく作ったドミノだ。少し不安定ではあるが、アルクが丁寧にやすりをかけてくれたので、かなり平らになっている。おかげで十分遊べている人気のおもちゃだ。
その横で、
「ウサギさんはごはんたべよーっと、むしゃむしゃー」
「あっ、それはくまさんのごはんだよ!」
(はじまった…)
オルレリがぱっと手を出し一つの積み木を手に取る。それはまた、たまたまカントが”自分の物”と思い込んでいた物だったらしい。ちなみにそれを口に出して説明はしていない。あくまでも”カントの中では”の話だ。
「しらないよそんなの!」
「かえして!」
途端に揉み合いになりそうになる二人。予想は出来ていたので間に入っていて正解だ。「まぁまぁ」と宥めつつ落ち着いて対処をしようと思っていると、暴れていたカントの体が机に当たり、大きく揺れる。その衝撃でエルが並べていたドミノが倒れ始めてしまった。
「う…ううぅ…ぅぇえええええぇん」
倒れ切ったドミノを見つめていた灰色の瞳から、大粒の涙が零れ始めた。
「エル…大丈夫、もっかいやろ…」
大声で泣くエルに声をかけようとするが、私の左側から別の泣き声が響く。
「いたいよぉぉ」
「えっカント、ぶつけたところ痛かった!?」
カントが先ほど机にぶつけたと思わしき腕を押さえて痛がっている。大げさに泣いているだけかもしれないが、処置が必要かもしれない。
二人が泣き始めた事によって、残されたオルレリが不安になったのか私の右腕にしがみ付く。
「カントがエル泣かした!わたしじゃないもん!」
「わかってるよ、ちゃんと見てたから…だから泣かなくていいんだよ…」
突如として混乱に陥る三つ子。毎日の事なので慣れてはきたが、今日はまた一段と酷い。
(ドミノをする時は他の子と別の机か、床でさせるようにしようかな…)
そんな反省をしながら、一人ずつフォローをしようと声かけをしていると、その様子を机につかまり立ちをして見守っていたキルンが、バランスを崩して後ろに倒れる。
「びゃあぁあぁぁぁ」
涙の三重奏が今度は四重奏へ。随分豪華なコンサートだ。
キルンを抱きかかえてから三つ子とゆっくり話をしようと一度立ち上がるが、必死の形相の三人に服を掴まれる。「行っちゃヤダー!!」流石は三つ子。素晴らしいハーモニーだ。
そんな事を言っている場合ではない。
「キルンを抱っこするだけだから、すぐに戻るよ」
「ダメー!」
「えー…」
無理に振りほどこうものならこの泣きは益々こじれるかもしれない。しかしキルンを放ってはおけないため、とにかく三人から離れようとしていると、ウルヒムの傍にいたマリオが泣きじゃくるキルンに近寄って行くのが見えた。
「マリオさん…」
「き、キルン君…泣き止んで…」
「びゃあぁぁ、びゃあぁぁ」
泣き止むわけが無い。赤ちゃんだもの。それは恐らくマリオも分かってはいるはずだ。
「ハーッ、ハーッ…」
こちらにまで聞こえてくるほどの大きな深呼吸。というかほとんど過呼吸だ。震えながら両手を出し、キルンに近づけていく。恐らく抱っこをしようとしているのだろう。
「マリオさん…キルン、お願いできますか…」
「うん、うん…やってみる…」
薄緑色で分厚い肌、ぎょろりとした目、大きな口で泣くたびに見え隠れする牙。恐らくその全てが彼にとっては恐怖の対象だ。この十日間でマリオも、彼らが我々に危害を加えるような存在ではない事が理解できたとは思うが、それとこれとは話が別なのだ。
「ママ―ッこっち見て!!」
「ママ―ママ―」
「ふえっふえっ…」
「ごめんね、ごめんごめん。よしよし…皆悲しかったね…」
泣きじゃくる三つ子を見ながらもマリオの動向に注視する。彼がいけないのなら、今すぐにキルンを抱きかかえねば…キルンがかわいそうだ。
「ハァ、ハァ……サクラさん、す、すみません…僕、やっぱり無理です…」
体を屈め、あと10センチメートル程でキルンに触れるという距離まで腕を伸ばしたマリオだったが、口惜しそうに呟いた。その時、
「マリオさん、キルンが怖いの?」
と、彼の後ろからウルヒムが声をかけた。ウルヒムはキルンの髪の生えていない頭を「よしよし、泣くな」と優しく撫で、1年前に産まれたとは思えないような逞しさで抱き上げる。
「うぶうぅぅ…うぶうぅぅ…」
キルンはぐずぐずの鼻を鳴らしながら、兄貴分の腕の中で静かになっていった。
そのまま絶妙なステップでキルンをあやし、あっという間に泣き止ませていく。
「偉いぞキルン」
(ウルヒムが一番偉いでしょっ…まじでかっこいいっ…)
三つ子にもみくちゃにされつつ、彼の成長に目頭が熱くなる。私は涙が零れないように天井を仰いだ。
ウルヒムはすっかり泣き止んだキルンを抱きながらマリオの方へ一歩踏み出す。
近寄られて怖かったのか一層体を強張らせるマリオと対照的に太陽の様な笑顔を見せる。
「マリオさん、抱っこしてみなよ」
「えっ…いや、でも…」
戸惑うマリオに対し、ウルヒムは心の底から不思議だと言わんばかりに首を傾げた。
「怖くないよ?キルンは何もしないよ?」
ウルヒムの素直な疑問にハッとしたように、マリオは荒かった呼吸を整える。
そして、指を吸うキルンをじっと見つめ始めた。
「何も、しない…」
「そうだよ。赤ちゃんだもん」
「そっか…それも、そうだな…」
自分の半分ほどの背丈しかない少年の言葉が相当腑に落ちたのだろう。マリオは何度も頷くと、ウルヒムの腕からそっとキルンを預かった。
両腕でしっかりと抱きかかえて立ち上がる。
「…キルン、さっきはごめんよ抱っこできなくて。…ウルヒム、本当だ。何もしないね。ただの…可愛い赤ちゃんだ」
涙に濡れた顔で笑うキルンに、潤んだ目をしてマリオはそう呟いた。
その瞳の色は偶然にも彼らと同じ灰色をしていた。




