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15話 追究


 一晩が明け、私は出勤前にカタリラと共に、ペルフェが泊まっている医師の元へと出向く事にした。朝早く訊ねる事に申し訳無さも感じていたのだが、昨晩の話を一刻も早く彼女の耳にいれておきたい。


「あれ? ルーオじゃん」

「カタリラ! お前どこ行ってたんだよ!」


 どこで嗅ぎつけたのか、医師の家の前にはニンゲンの顔立ちに鱗を纏った少年――ルーオが立っていた。カタリラは私達が住む屋敷に宿泊していたのだと告げると、彼は「ずるい」と口にした。


「ルーオは、シスターを襲った誰かを追ってくれてたんだよね……どうだった?」

「スラムまで逃げて……それから見失った。今もスラムのどこかに身を隠しているのかもしれない」

「なんだよ逃げられたのか。しっかりしろよ」


 私の問いにルーオ苦々しく答え、それをカタリラが鼻で笑う。ルーオは言い返す元気も無いらしい。空腹なのか、彼は腹をさすって項垂れた。

 残念ながら何も食べ物は持っていない。話が終わってから何か奢ると伝えると、ルーオは少年らしい笑顔を見せた。


「よっしゃ。ならさっさとババアと話をしようぜ」

「ルーオまでその呼び方……ちゃんと、シスターと呼びなさいね」

「やだねそんな痒い呼び方」

「……うお?」


 私とルーオが話していると、カタリラが何かを気にするかの様に背後を振り返った。しかし何も感じなくなったのか、訝しんだ様子で顔をこちらに戻す。


「どうしたの?」

「……なんかいると思ったんだけど……気のせいだったみたいだ」


 私もそちらに目を向ける。人気のないただの通りにしか見えない。アルクの耳と鼻、そしてクロの気配を察知する能力があれば、気づけたのかもしれないが……いない人の事を言っても仕方が無い。


「立ち話もなんだし、さっさと入っちゃおう」


 私は医師の家の扉を叩いた。私達が中に入ったら、護衛の人にはしばらく玄関前を張っていて貰おうと思う。





「……ご心配をお掛けしました」


 シスター・ペルフェがベッドから体を起こして私達を眺めた。この場には、私、ペルフェ、ロゥ、ルーオ、カタリラの五人が集まっている。

 

「どうですか、具合の方は」

「ええ、お医者様の回復魔法でほとんど治ったわ。ただまだ痺れが残っているから、要観察ってとこね……あと、出血量が多かったからまだちょっと動けないわね」


 ペルフェは私の質問に、穏やかに笑みを見せながら答える。気落ちしていないかと心配していたのが、思ったより元気そうで安心した。

 私は「こんな時にすみません」と前置きしてから、昨晩ノアスミルから得た情報を彼女に伝える。するとペルフェは表情を硬くしていった。


「……なるほど。裏での金の動き……ね」

「それと、カタリラから聞いたのですが……スラムに、住み付き始めた謎の者たちがいる……と。これは何か関係があるのでしょうか……」


 私の言葉に、ルーオは頷いて見せる。


「俺が昨日伝えようと思ってたのはそれだ。迷ったが言っておくべきかと思ってさ。……結局、アンタを刺した奴には逃げられちまったんだけど、ババアは見覚えあんのか?」

「ちょっとババアって……」

「ロゥ、いいの。……いえ、私は話し合いの後に声を掛けられて……『スラム閉鎖計画を中止しろ』と脅されたわ。断ったらあの様よ。相手は顔を隠していたし、声にも聞き覚えが無かった……一体誰がこんな事……」


 その場にいる全員に心当たりは無かったようだ。しかし、スラムに居ついた者達、金の動き、スラム閉鎖を計画するペルフェを襲撃した謎の人物……それぞれ独立した問題だが、きっとどこかで繋がっている筈だ。

 ペルフェは細い指先でシーツを握る。やっと上手くいきかけたと思ったスラムの閉鎖が、また危機を迎えている。しかも彼女が負傷し、今後も命を狙われているかもしれない今、大っぴらに動けないことはあまりに口惜しいだろう。

 私の視線に気づいたのか、ペルフェは白に近い銀髪を揺らしながら私を見上げた。


「……物は相談なのだけれど、サクラさん……そして、ルーオとカタリラにお願いがあります」


 まさか、と思った。

 しかし本当に、『まさか』と口にする前にペルフェは続ける。


「今回の事、貴方達三人で調査して貰いたいのです。サクラさんが仕事を休む事に関しては、私の方から孤児院に伝えておくから心配しないで」

「調査……って、一体どうやって……! しかも、それならもっと専門の方にお願いした方が」


 私には荷が重いと辞退しようとするが、彼女は「だめよ」と口にした。


「この状況で信頼出来るのは今この部屋に集まっている貴方達だけ……そう思った方がいいと思うの。ロゥにはしばらくの間、私の手足になって貰わなきゃいけないし、ルーオとカタリラだけでは聞き込みに問題があるでしょう?」

「問題ってなんだよババア」


 カタリラがすかさず噛み付くと、ロゥが低い声で「そういう態度じゃないんですか」と呟き、一触即発の雰囲気に陥りかけた。


 ペルフェの言う事には一理ある。誰が襲ったのか分からない状態で、あのまま放置されれば命を落としていた可能性だって大いにあった。そもそも腕の傷だけで済んだのは幸運だったのかもしれない。

 暴漢に襲われたところに割って入ったルーオとカタリラ、捜索し医師の元へ運んだロゥと私達の事はとりあえず信じられるのだろうが、他の者は現状分からない。分からない以上は動けない。だから私達が探るしかない……この事件の真相を。


「分かりました……やります」

「頼んでおいてなんだけど、くれぐれも危険な事だけはしないでね。ルーオ、カタリラ……サクラさんの事をよろしく。貴方達も無理せずに」


 静かな病室で、私達はそれぞれの言葉で了承した。




***




 首都ニラグルの西部。

 ツフト共和国最大のスラム街がそこに広がっていた。

 元は小さな町だったのだろうそこは、住居と呼べるようなものは存在しているが倒壊寸前のものも多い。常にどこかしらで異臭が立ち込めており、普段見かける事の無いサイズの虫がうようよとそこらじゅうを這っている。あまり長居はしたくない場所だ。

 しかし……。


「前来た時よりは、綺麗になってる?」

「そりゃそうさ。病人とチビガキがいないんだからな」

「あぁ、なるほど」


 私の疑問にカタリラが当たり前の様に答えた。

 今ここに住んでいるのはニンゲンで言うところの十二、三歳以上の健康な子どもと大人達。トイレの始末が出来ない子ども達や、連日増える死体が無いだけでもかなり違うらしい。

 ここを出て行くまでに一ヶ月を切ったと言う事で、住人によって少しずつ掃除も進められていたのだとか。


「自分達の食い扶持探してくるくらいなら、そんなに苦労もいらねぇしな。少しは時間も出来たからよ」

「ルーオは、閉鎖ギリギリまでここにいるの?」

「そのつもり。……だったけど、昨日の事があったからしばらくは帰ってこれないな」

「……昨日、シスター・ペルフェを襲った“誰か”が、ここにいるから……って事だよね……」


 昨晩、ペルフェを刺した相手はスラムに逃げ込んだとルーオが言っていた。ならば姿を見られている彼はここにいると危険だ。今私達はローブを纏って姿を隠しているが、広い通りを歩くのは避けた方がいいだろう。


「ルーオとカタリラは、ほとぼりが冷めるまではうちに泊まって。その方が安全だし、動きやすいでしょ」

「……いいのかぁ? あのエルフがキレるぞ?」

「カタリラがもう少し歩み寄ってくれれば大丈夫でしょ」


 私が笑うと、カタリラは舌打ちで応えた。イオーラは恐らく怒りに震えるとは思うが、背に腹は代えられまい。

 するとルーオは「泊まるのはいいけどさ」と言葉を続けた。


「スラムに戻って来たけど、ここからどうすんだ? どうやって情報を集める?」

「……“餅は餅屋”」

「はぁ?」

「下手に嗅ぎ回るより、専門家に頼るのが一番だよ。……情報を得るなら、情報を扱う人に聞きましょ」

「当てはあるのか?」


 私の言葉を怪しむルーオとカタリラ。

 勿論、私が頼ろうと思っている人物は決まっていた。彼はスラムの情報を私に流し、そして『そっちの取材に掛かり切りになると思う』と言ったのだ。つまりきっと、この町のどこかにいる。


「記者の知り合いが近くに来ていると思う。……探そう」


 まずは合流する必要がある――――記者、ノアスミルと。





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