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プロローグ


「はぁ……」


 大量の洗濯物をようやく干し終え、やっとお茶でも飲んで一息つこうと戻ってきたらこれだ。


 確かにこの礼拝堂はこの子たちの遊び場ではあるが、なぜ朝掃除をしたにも関わらずもうすでに足の踏み場も無いほどに物がちらかっているのか。極めつけは奥にインク壺がひっくり返っている事だ。なんなら見なかったことにしたい。


「アァーアァー!」


 部屋の隅では伝い歩きがようやく出来る様になったばかりの赤ん坊が泣き喚いていたので、まずはその子を抱き上げた。本来は愛嬌のある子なのだ。――ほら、抱き上げるとすぐに泣き止んで、私の顔を見て笑った。可愛い牙が二本見えている。


 それから私は渦中の人物達に対し、張り上げそうな声を何とか堪えて冷静に口にする。


「エル、オルレリ、カント。ここに座ってください」



 どうやら今やっと私の存在に気が付いたらしい。ギクッと体が硬直した。

 バツの悪そうな表情の目の前の三人の少年少女は、亀の歩みで寄ってくると正座をした。


「エルはなにもしてない……この二人がけんかして……」

「ちがうの、カントがやったの!」

「オルレリが!ボールをそとにやったんだ!」


 一人は半泣きでブツブツ呟いており、二人はすぐにでも髪の引っ張り合いを始めそうな勢いだ。まあ、全員髪は無いのだが。


「オルレリ、カントに意地悪をしたの?」


 私に名指しをされた少女はビクッと体を震わせ、恐る恐る顔を上げた。鼠色の瞳と目が合う。涙をいっぱいに貯めてはいるが、まだ反省の色は無い。


「だってね、カントがはしっててね、キルンのあしをふんずけてね、わたしは、はしっちゃダメって……」

「ダメって言ったの。でもカントが走ってたの?」

「うん」

「それでキルンが泣いて、オルレリは腹を立ててカントのボールを窓から捨てたのね?」

「そ、そう……そうなの……」

「他の子の物を勝手に取り上げていいんだっけ?」

「だめ……」

「オルレリはちゃんと分かるもんね。もうしないでね」

「はいママ……」



 よしこれで取り合えず1人落ち着いた。次。



「カント」

「……」

「お部屋走っちゃった?ちょっと間違えちゃったかな?」

「……うん」

「キルンの足踏んずけちゃった?」

「ちがう」

「踏んでないの?」

「て」

「手を踏んだの?」

「うん……」

「そう……キルンは踏まれた時どう思ったかな?」

「いたかった……」

「そうだね。痛かったと思うな。……キルンにはごめんなさいした?」

「……まだ」


 カントと呼ばれている少年は、私の腕の中の赤ん坊に対し蚊の鳴くような声で「キルン、ごめんね」と呟いた。

 それ聞いて隣にいるオルレリも「ボール投げてごめんね」とカントへ。カントも同じ言葉をオルレリに返した。



 さて最後。この子は少し厄介だ。



「エルはどうして泣いちゃったのかな?」

「うぅ……ママがおこってるから…」

「ママは怒ってないよ?エルは何もしていないんでしょ?」

「でも、エルがとめなかった、キルンもいたかったし……ママはエルのこと、き、きらいになっちゃうんでしょ……」


 この子は少し心配症なところがある。そして周りの事に敏感だ。誰も気にしていない事を、「もしかしたら」で考えてしまいがち。これについては今すぐに解決する事は難しいだろう。


 私は小さく震える薄緑色がかった体を抱き寄せ、笑顔で「大丈夫」と伝えた。


「二人は仲直りしたし、キルンはもう泣いてない。ほら見てごらんもう笑っているよ。ママはエルの事も他の皆の事も大好きだし、心配しなくていいからね。……さて、お部屋は今から全員で片づけて、お昼ご飯にしよう!今日はシチューだよ。お片付け一等賞の子は大盛だ!」

「やったー!」

「お片付けが終わったら、あとの三人も呼んでこようね」

「うん!」


 先ほどまで泣いていた子ども達は、もう何があったかもほとんど忘れて手近なおもちゃを収納箱に入れていく。


 エルはまだ心配そうにこちらをチラチラ確認しているが、すぐに輪の中へ戻っていくだろう。鋭く尖った爪を前歯でがじりとやっている。あの癖は少し気になるが、あれが安心感に繋がっているのだろうから、とやかく言うのはやめている。無理にやめさせてチックが始まるのはもっと困る。



 ――ここまでで子どもの描写に違和感を持つかもしれない。


 しかしこれは私が目にしている光景に間違い無いのである。



 私は志村桜子(しむら さくらこ)


 本来F県で保育士として働いていた二十四歳の女なわけだが、かくかくしかじかで今は教会に住み込んで七人の子ども達のお世話をしている。

 そしてこの子ども達は皆、ニンゲンとは少し違っているのだ。


 人狼。


 エルフ。


 そして、ゴブリンが五人。



 ただのニンゲンの私は、彼らの「ママ」として日々この孤児院で生活をしている。





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