3-4秘術と密談
今日のミルヴァは普段の可愛さをはるかに超えている。
魔核照明のカバーを降ろさずにノーマルな範囲で愛し合った。
ミルヴァはエレーナに比べると控えめな胸だが、スレンダーな割に形は綺麗で大きい方だと思う。
引き締まった身体のラインは素晴らしく、特にお尻のラインは芸術的だとオレは思っている。
「ねえ、そんなにマジマジと見られると恥ずかしい……」
「ごめん、でも止められない」
ミルヴァは素早く手を伸ばして魔核照明のカバーを下げた。
「もう終わり」
「残念です。非常に残念です」
「ねえ、もしものためにエレーナと同じ金額を預けておきたいというレインの気持ちは嬉しいのだけれど、私には両親の遺産があるの。セディラの商業ギルドで両親のカードの残高をそのまま引き継いだから、あんなには必要ないと思う」
ミルヴァは急に真剣な表情になった。
「イザという時のために必要だと思う。オレを安心させるという意味もあるから、黙って受け取って欲しい」
「分かった。それと……ルチアの事、ごめんね。私が不用意にルチアに妹になって、って言っちゃったの」
「ミルヴァが謝る事じゃないよ。そういえば、お風呂に来たファビオラさんは、オレがルチアを性的に弄ぼうとしていると勘違いして自分の身を投げ出そうとしたんだ。もちろんファビオラさんに何もしてないよ」
「そうだったんだね。ちょっと疑ってごめんなさい」
ミルヴァは耳元で囁いた後にオレの頬にキスをした。
「三人でベビィキウイを食べながら話をした時にルチアは恐ろしい事を言ったの。お母さんはお父さんに殺されたと言うのよ。一年前にお母さんが妊娠してお腹が大きくなった頃に、いなくなってしまったそうなの。数日後に城壁の外の崖の下で亡くなっていて、調べに来た王国軍の兵士にルチアはお父さんが殺したって言ったそうよ。それから父親からと家に転がり込んだ義母の二人から暴力を受けていたみたい。義母は魔術士だったらしく、酷い暴力をした後にヒールを掛けていたそうよ」
「オレも同じだけど、クズだな」
「レインは自分のためにやる訳じゃないでしょう。だからレインはクズじゃない。それでね、父親も義母も土地を借りて農業をしているのだけれど、大酒のみでルチアは一日一食だったそうよ。半年くらい前にルチアはたまたま聞いてしまったらしいのだけれど、父親と義母の二人でルチアのお母さんを崖から突き落とした、と」
「明日もカミル神父の事情聴取があるから、その事を兵士に言えば父親と義母は犯罪奴隷か処刑になるだろう。だからルチアは父親の顔を踏み付けながら、ああ言ったんだな」
オレがそう言うと、ミルヴァをビクッと震えた。
「何だか寒気がする」
「本当? 風邪になるかも知れないから今すぐもう一度お風呂に入ろう。早く服を着て」
オレは素早く飛び起きると、ミルヴァは少し困った表情で頷いた。
朝食を取った後にルチアはエレーナとミルヴァに連れられて商店街に向かう。
ルチアの服や下着を買いにオレも一緒に行こうと思ったが、十時の密談に遅れる訳には行かないのでエレーナにお金を渡して自粛する。
何もする事がないので、オレは教会の中庭のテーブルで薬の調合を始める。
「――シスターニコラ、少し休憩室で休みなさい。いいですね!」
温和なシスターコニーの強い口調にオレは驚き、調合中の手を止めて顔を上げた。
「レイン様、申し訳ございません」
シスターコニーはオレに近寄り頭を下げた。
「シスターニコラは体調が悪いのですか?」
「熱はないと思うのですが、少しフラフラしていたので」
「魔力切れではないですか?」
「今日はまだ誰も治療はしていませんが……」
シスターコニーは少し困った表情をしている。
「薬の調合が終わったら、シスターニコラを診てみますね」
「お願いします」
シスターコニーは礼を言い講堂の方へ向かった。
ノックをしてから休憩室に入ると、横になっていたシスターニコラは慌てて長椅子から飛び起きる。
オレはテーブルを挟んだ反対側に座り、シスターニコラの目を見た。
「シスターニコラ、まさか魔力切れではありませんよね?」
「……違います」
シスターニコラは目を逸らしながら答えた。
「分かりました。シスターニコラを信じます」
オレは魔術鞄から先程調合したばかりの薬の入った箱とコップを出し、魔術コンテナから山羊の乳の水袋、特製リンゴ水の水袋、特製洋梨水の水袋を取り出す。
「シスターニコラは山羊の乳、リンゴ味の水、洋梨味の水、どれがいいですか?」
シスターニコラは驚いた表情のまましばし固まってしまう。
「とりあえず、リンゴ水を試しに少し飲んでみてください」
コップに特製リンゴ水を三分の一ほど入れて、シスターニコラに差し出した。
薬一粒を口に含んでシスターニコラは温かい山羊の乳をゆっくりと飲んでいる。
オレも一緒に別のコップに入れた温かい山羊の乳を、シスターニコラの飲むスピードに合わせて飲む。
「ごめんなさい……本当は魔力切れです」
「正直に話してくれたから、シスターニコラに魔力切れを治す秘密の魔術を掛けますね。この魔術はエノス島でも秘密とされる非常に難しい魔術です。大陸で知っている人は王都に一人だけです。秘密にしてもらえますか?」
山羊の乳を飲み干したシスターニコラは真剣な表情で頷く。
オレとシスターニコラは袖をまくり向かい合ってお互いの両腕を掴み合う。
エレーナとミルヴァが見たら怒られそうだがオレは至って真剣だが、シスターニコラは顔を真っ赤にして目を閉じている。
「何があっても身体に力を入れちゃダメだよ。始めますね」
「はい」
オレはできる限りゆっくりと魔力をシスターニコラの全身に何度も流す。
ぐったりと力の抜けたシスターニコラを長椅子に寝かせる。
中庭で右手からお湯を出してコップを洗い、温風で水気を飛ばしてから魔術鞄にコップを入れた。
シスターニコラに施した魔術はオレがたまたま見付けてしまった魔術だった。
数年前に魔力斬撃の乱発で魔力切れを起こしてブッ倒れた爺ちゃんに、オレは魔力切れだと分からず爺ちゃんの身体に魔力を流して原因を確かめようとした。
身体に魔力を流して病気の原因を調べる方法は以前婆ちゃんに教えられていたが、動揺していたオレは病気の原因を調べようと爺ちゃんの全身に何度も魔力を流してしまう。
突然飛び起きた爺ちゃんは魔力切れが治っている事に驚き、婆ちゃんに話してから実験して新しい魔術だと認定されてしまった。
毒が全身に回ったアルフレート司教に治療する際に同じ魔術を施したらバレてしまった。
アルフレート司教は大昔の言い伝えで、同じような魔術を使った『山脈の魔女』と呼ばれた人がいたと教えてくれた。
アルフレート司教は口外しないと約束してくれた。
昨日ヴィーラント家の次期当主にも同じ事をしてしまったが、大丈夫だろう。
約束の十分前に現れたヴィーラント家の二人はいきなりオレにハグをした。
昨日母親とキャットファイトをした恐ろしい女性はハグをしたままなかなか離れず、密談の護衛にとルチアの買い物の付き合いを途中で切り上げたミルヴァに引き剥がされる。
恐ろしい女性はミルヴァとしばし睨み合いながら互いのソファーに座った。
「昨日は命を救っていただきありがとうございました。私はベルノルト、こちらは妹のアウレリアと申します」
ベルノルトと名乗った男性とアウレリアという女性は優雅に一礼する。
「堅苦しい挨拶は苦手なので、最初に謝っておきます。オレはレイン、隣は婚約者のミルヴァ、昨日お邪魔した女性も婚約者のエレーナです」
オレの紹介に面喰ったベルノルト、悲鳴を上げそうな勢いのアウレリア、見兼ねたミルヴァの軽く咳払いでプチフリから回復した。
ベルノルトはアウレリアと一緒に母親を尋問したらしく、事の詳細を正直に語る。
二ヶ月前にダルフォンソ公爵の使者が訪れてから、母親と亡き兄のカールハインツの様子が変わったようだ。
即時伯爵復帰と将来侯爵という条件で、バリエンホルム家の評判を落とす工作とユリウス暗殺を約束したようだ。
先月カールを冒険者ギルドに送り込み、ユリウスの動向を探らせながらギルド内でユリウス失脚を画策していたようだ。
元々素行不良だったカールは手に負えなくなり、母親は使用人を使いバリエンホルム家への嫌がらせを始めた。
嫌がらせが効果を見せ始めた頃、カールが地下監獄に収監される。
母親は狂ったようになり、即座にオレたちに直接攻撃を仕掛けるように子飼いの用心棒に指示を出したそうだ。
オレが盗賊団に襲われたのは、その用心棒の手下が盗賊団にカモがいると囁いたのが原因だという。
盗賊団が全員返り討ちになり、その翌日には大隊本部に対して大規模魔術を平気で行うオレを恐れて直接攻撃は控え、オレとユリウスの弱みを探そうとしたが、エレーナはいつもオレと一緒で無理だと判断したようだ。
諦めかけていた時に子飼いの用心棒から使える情報が入る。
オレたちとエルドレット家の令嬢が竜を倒して王都で売ろうとしていると知り、エルドレット家を敵に回す危険を冒して、倉庫襲撃を用心棒自ら実行し返り討ちに遭った。
子飼いの用心棒が捕縛されたと知り、母親は慌てて証拠隠滅に走りカールと筆頭執事に自殺を強要したという。
王都便でダルフォンソ公爵本人に書簡を送ったが返事は来なかったようだ。
前々から不審に思っていたベルノルトは仲のいい使用人夫婦に協力を求めた。
筆頭執事に自殺の秘密を打ち明けてくれた使用人夫婦を火曜日のセディラ船便で逃がし、その夜に母親に問い詰めたという。
白を切る母親に絶望したベルノルトは遺書を書いてから、地下室にあった液体毒物を飲んで母親の目の前で自殺しようとして失敗し、床にこぼれた液体を舐めて意識を失ったという。
そして、昨日オレの治療を受けて意識を取り戻したようだ。
「私は兄の遺書を見て使用人に頼み教会に兄の治療をお願いしたのです。カミル神父様がバリエンホルム家の次男である事は知っていました。教会に頼めば奇跡の魔術士に来てもらえるのではないかという一縷の望みを持って……」
アウレリアはオレに手を伸ばそうとしてミルヴァにブロックされる。
「ベルノルトさん、アウレリアさん、経緯は分かりました。これからは後始末の話をしましょう。お母様を今後どうなさるつもりですか? オレの婚約者を狙おうとしたという事実を聞いて、昨日問答無用で二度も弓矢を当てられたのに、殺さなかった自分の甘さを後悔しております」
オレが本気で怒っているのが表情に出たのか、ベルノルトとアウレリアは真っ青になり、ミルヴァはオレの手を強く握り締めた。
「この密談に臨む前に母の身柄は大隊本部に引き渡しました。もちろんこの場でお話した内容の告発文と一緒に。母には生き恥を晒していただきます」
「そうですか。ベルノルトさん、あなたは次期当主として母親と同じようにならないと誓えますか?」
「はい。口では何とでも言えますので、信用はできませんよね。私は自害して逃げる事を選びましたが、レイン様に助けていただいたこの命を無駄には致しません。私は次期当主として母と同様に生き恥を晒して生涯を全うすると決めました。もう現当主である父は寝たきりで、もうすぐ生涯を閉じると思います。両親と兄の悪行のツケは私一人で背負います。これはまだ誰にも言ってはおりませんが、妹の嫁入りと使用人たちが次の職に就いたら爵位は返上しようと考えております」
「爵位に関しては国王が決めるでしょ。ベルノルトさん、オレはあなたを信用します。じゃあ、これから将来の話をしましょう。オレは……」
オレは教会主導の学校を作る話などを話した。
ベルノルトは学校建設の協力を約束し、ヴィーラント家の空き地に学校を建ててはどうかと提案する。
その空き地はバリエンホルム家とヴィーラント家の間にある土地で、教会からは三百メートルほど離れた場所にあるようだ。
現在は昔の朽ち果てた牛舎があるだけのなかなか広い土地らしい。
他にも候補地がある事を話すとあまり押しては来なかった。
そして、ベルノルトに代わってアウレリアは、教会関係者や学校関係者が住めるような物件があれば紹介させて欲しいと付け加える。
隙あらばオレに触れようとするアウレリアを、ベルノルトは申し訳なさそうに引き摺りながら帰った。