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3-3妹になったルチア


 ルチアはしばらくオレの傍から離れなかった。


 親から日常的に暴力を振るわれていても明るかったルチアが、オレのローブを掴んだままブルブルと小刻みに身体を震わせている。


 美味しい物で釣る作戦が功を奏して、やっとルチアはオレのローブから手を放した。

 何度も振り返りながら、ルチアはエレーナとミルヴァに連れられて休憩室に入って行く。


 カミル神父は既に兵士から事情聴取を受けたらしく、応接室でオレの治療を待っていた。


 応接室には王都から来た三人、トゥーニス神父、シスターニコラも一緒だった。

 何故かカミル神父はシスターカトリナに睨まれて申し訳なさそうにしている。


「私は最初に魔術を教えられた時から詠唱が苦手でした。師匠からスパルタで教えられたので、必死に楽をしようと考えたのです。詠唱の意味を頭の中でイメージして魔力を流していたら、自然と無詠唱でできるようになってしまったのです」


「努力すれば、私たちにもできると思いますか?」

シスターカトリナは真剣な表情で質問する。


「諦めたら無理だと思います。魔術を使えない人がいきなり無詠唱の魔術を覚えるのとは訳が違うのです。ちょっとしたキッカケがあればできるようになると思います。そのキッカケは人それぞれだと思いますので、常識に囚われず色々試してみてください」


 来週の土曜日に教会で無料治療を行うと言うので、オレは喜んで参加しようと思う。


 カミル神父を治療する際に試しで五人に無詠唱の実験をしてみたら、シスターカトリナとシスターニコラはもう少しで成功するのではないかと思えた。

 実験する人の手に触れて魔力の流れを感じ取っていたので、オレは五人に現状を話してアドバイスをする。



 オレはシスター二コラと一緒に休憩室に入ると、ルチアはエレーナとミルヴァに驚くほど懐いていた。

 餌付け効果なのか、シスターニコラも驚いている。


「これはシスターニコラの分だよ」

 ルチアは小さい木箱に入ったベビィキウイをシスターニコラに差し出す。


「いいのですか?」

 シスターニコラはオレを見て許可を求めるので、オレは黙って頷く。


「みんな四つずつだから気にしないで食べて」

「違うよ、エレーナお姉ちゃんは五つだったよね。そうだよね、ミルヴァお姉ちゃん?」

 エレーナの嘘をルチアが正直にバラし、エレーナのバツの悪そうな表情、ミルヴァとシスター二コラの困った表情、ルチアの屈託のない笑顔にオレは何となく癒される気がした。


「レイン、ちょっと相談なんだけど……ルチアを私たちの妹にしていい?」

 エレーナの突拍子もない相談にオレだけでなく、味わいながらベビィキウイを食べていたシスターニコラも口を開けて驚いている。


「レイン、お願いします」

 ミルヴァは立ち上がって頭を下げた。


「ルチアはどうしたいの?」

「……レイン様の妹になりたい。エレーナお姉ちゃんとミルヴァお姉ちゃんの妹になりたい」

 ルチアは真っ直ぐオレの目を見ながら話した。


「分かった。でも、二つだけ条件がある。一つは、様は付けちゃダメ。二つ目は、オレ、エレーナ、ミルヴァは三人で旅に出る事があるけど、その時にルチアは一緒に連れては行けない。いいね?」

「はい!」


「じゃあ、みんなでカミル神父に話しに行こう。シスターニコラ、ゆっくりでいいよ」

 慌ててベビィキウイを食べようとしたシスターニコラは恥ずかしそうに頷いた。


 カミル神父はオレたちの無茶なお願いを実にあっさりと了承する。

 神父同士で話をしていたトゥーニス神父とサイラス神父も驚くほどの即断即決だった。


「良かったね、ルチア。でも、我がままは言ってはいけませんよ」

「はい、神父様。助けてくれてありがとう。お顔は痛くないですか?」

 カミル神父は微笑みながら頷いてルチアの頭を撫でた。


「ルチアもケガをした時にレイン様に治してもらったでしょう。私も治してもらったのですよ。だからもう痛くはありません」

「はい……明日も教会に来ていいですか?」

「もちろんです。いつでも大歓迎ですよ」


「神父様、ありがとうございます」

 ルチアはカミル神父に抱き付き、カミル神父は再びルチアの頭を撫でた。



 カミル神父の家でルチアをオレの妹として紹介する。


 ルチアはメイドの三人だけでなく、調理場のコックの二人にも一人一人に挨拶した。


「お部屋を見に行きましょう」

 エレーナとミルヴァはルチアを連れてエレーナの部屋へ向かう。


 オレはメイドの三人にルチアが今まで父親と義母から虐待を受けていた事を伝えた。

 何かをして欲しいというのではなく普通に接して欲しいと頼むと、この家の一番年上のメイドは静かに涙を流した。


「レイン様、いつでも構いませんので、ルチアちゃんの髪を切らせていただけませんか?」

「はい、よろしくお願いします」

 一番年上のメイドは泣き笑いの表情でオレの目を見ていた。


 目の前の夕食を見てルチアは周りをキョロキョロしている。

 隣に座った一番年上のメイドが何かルチアの耳元で囁くと、ルチアは隣を見ながら食べ方を真似て美味しそうに料理を食べ始めた。


「レイン様、明日午前十時にヴィーラント家のベルノルト次期当主とアウレリア令嬢が教会でお会いしたいとの事です。この後の話し合いの時に兄ユリウスにも話そうと思うのですが、私では判断できませぬ」


「気にしなくて大丈夫ですよ」

「そう言っていただけると助かります」

 カミル神父は申し訳なさそうに頭を下げた。



 オレは一人でお風呂を楽しもうと努力している。


 エレーナとミルヴァはルチアと一緒にお風呂に入ったので、オレは仕方ないと割り切ったつもりだ。

 慣れとは非常に恐ろしく、大人になったらお風呂は一人で入るというオレの常識が強制アップデートされてしまった今では、一人で入るお風呂は物悲しく思えてしまう。


「――レイン様、メイドのファビオラでございます。入浴中に申し訳ありませんが、ルチアちゃんの事でご相談させていただきたい」

 声の主はファビオラと名乗り、振り返ったオレの視線の先には一番年上のメイドがドアの前で服を脱ぎ始めていた。


「ファビオラさん、すぐに服を着てください。それと、手短に話してください。相談とは何でしょう?」

 湯気でよく見えないとはいえ、オレは湯船に浸かったままファビオラに背中を向けた。


「――はい、ルチアちゃんをどうされるおつもりですか? ルチアちゃんは幼すぎます。どうしても我慢できないというのであれば、経験豊富な私がレイン様を必ず満足させますので、どうかルチアちゃんだけは……」


「あの……オレだけでなくエレーナとミルヴァもルチアを妹として育てるつもりです。その言葉に嘘偽りはありません。それに、オレはそちらの性癖はありません」

「――え……申し訳ございません。私はその……レイン様の事を……」


「ファビオラさん、ルチアを気に掛けてくれてありがとうございます。当初ルチアは孤児院で暮らす事を望んでいたのですが、オレとカミル神父が別室で話をしている間にエレーナ、ミルヴァ、ルチアの三人で何か話をしたらしく、戻った時には三人からお願いされたという経緯なのです。ルチアの心の傷は深過ぎるので、オレもいきなり孤児院にというのは厳しいのではないかと思っていました。ですから妹なのです。それと、そろそろお風呂から上がりたいので外に出てもらえませんか?」


「――畏まりました」

 オレはファビオラが外に出るのを確認して湯船から上がった。


 廊下では何故かミルヴァがファビオラを抱き締めている。

 オレは見てはいけないモノを見てしまったような感覚に陥った。


「レイン、後でちゃんと説明してね。もうみんな待ってる」

 ミルヴァはファビオラから離れてオレを見据えた。


「はい」

「ミルヴァ様、私が勘違いをしただけなので、レイン様に罪はありません」

 ミルヴァとオレの態度から何かを感じ取ったのか、ファビオラは慌ててミルヴァに説明する。


「気にしなくて大丈夫です。私はレインを信じていますから」

 ミルヴァはファビオラに微笑み、オレの手を必要以上の力で握りみんなの待つ部屋へと引っ張った。



 ユリウスはヴィーラント家での出来事と明日の密談を聞いて頭を抱える。


 政治的な話なのか、オレたちに話せない内容があるのか、オレには分からないがユリウスは珍しく真剣に悩んでいる。


「王都での一件だけで全てが終わった訳ではない。神国派に加担していたのは二貴族だけという事にはなっているが、それは表立ってというだけで裏ではどれほどの数の貴族が加担していたのか分からない。王都には七十近い貴族がいる。その中で血縁や利害関係でグループを組む派閥がある。今回の一件で国王を始めとする王宮は貴族の数と権限を制限するつもりのようだ。一代貴族だけでなく世襲貴族も対象にしている。ヴィーラント家は来年謹慎が解けて伯爵に復帰できるハズだったが、ある貴族から我がバリエンホルム家を陥れて伯爵の地位から蹴落とせば、すぐにでも伯爵に復帰させて将来は侯爵になれると唆されたという噂を王都で耳にした。現在、我がバリエンホルム家だけでなく、モンテスパン子爵家とセンティーノ子爵家から一名ずつ王都での情報収集に当たっている」


 ユリウスは一気に話して大きくタメ息を吐く。


 王都でユリウスは宰相からある報告書の提出を命じられた。


 その報告書はヴィーラント家の処遇を決定するための資料になるらしく、爵位の永久剥奪を視野に入れたモノだった。

 宰相は前次期当主の素行不良、首長竜の保管された倉庫をヴィーラント家の者が狙った件、その後の前次期当主および執事の自殺を重く見ているようだ。


 それ以外にオレがリンデールに来る前にバリエンホルム家を狙った数々の嫌がらせもあったらしく、ユリウスは詳細に調査をして王宮に報告していた。

 それらが重なり、その後の報告書の提出を命じられたらしい。


「来月の王都便までに報告書を送るように言われている。明日の会談はいい判断材料になるかも知れないな。カミル、私の代わりに立ち会って見極めて欲しい」

「はい。密談の際には神父服は脱いで立ち会います」

 カミル神父の答えを聞いたオレを含めた全員に笑みがこぼれた。


 ルチアの件に関してユリウスはただ笑みを浮かべて頷いただけだった。


「以前、ドラン様はご自分の事を欠陥品だと仰っていました。困っている人を一時的にしか助けられない、と。私は一時的にでも救えればいいのではないかと思っていましたが、レイン様の考えを聞いて初めてドラン様の気持ちが分かりました」


「いえ、トゥーニス神父。自分の考えが甘いだけなのかも知れません。ルチアを特別扱いしてしまうのは新たな差別を生んでしまうかも知れない。ルチアは七歳なのに驚くほどやせ細り、心にはとても深い傷を負っています。似たような境遇の子供を今後どうするか、自分には考えがありません。ルチアの父親と義母に相対した際、カミル神父は無抵抗に殴られ、トゥーニス神父はルチアにだけ障壁を掛けて自身で投石を受けるなんて、自分にはそのような発想はありませんでした。どうか皆さん、自分に色々な知恵を授けてください」


 オレは立ち上がり、全員に頭を下げた。


「レイン様、あれは大人の悪知恵ですぞ。私とトゥーニス神父はルチアの親がいつもより早く来るように仕向け、教会近くの信者に目撃者になってもらおうとしたのです。正当な理由もなく教会関係者に危害を加えれば、加害者の罪が重くなる事を我々は知っておりますので、それを最大限利用したのです。人にはそれぞれ役割があるのです。レイン様は大人の悪知恵などは使わず思うがまま進んでくだされ。我々は全力でレイン様のサポートをされていただきます」


 カミル神父は恥ずかしそうに頭を掻いていた。



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