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2-11それぞれの願い


 昼過ぎにオレたち四人はリンデールに戻ってからの話をしていると、先程食器を下げたばかりのメイドが青い顔をして現れた。


「近衛兵の方がお見えです。お通ししても宜しいでしょうか?」

「いいよ」

 メイドはホッとした表情をしてダッシュで戻る。


 態度の悪いフルプレート近衛兵の一団はオレが登城を断ると、いきなりバカそうな奴がレイピアを構えた。


 女性陣三人はいつの間にか各々の武器を手にしている。


「ちょっと外で話をしてくるから待っていてね。武器は部屋に戻して大丈夫だから」

「素直に登城すればいいものを……バカめ」

 オレは外に出た瞬間に五センチの【障壁】を掛けて、態度の悪い近衛兵に向けて近付く。


「バカと仰いましたが、相手の実力も知らずにケンカを売るようなあなたは、賢者かな?」

 態度の悪い近衛兵いきなりバックステップを踏んで距離を取り、一気に右手に持ったレイピアをオレの心臓近くで寸止めしてニヤリと笑う。


「A級剣術士の突きに手も足も出るまい。黙って登城しろ。これ以上恥は搔きたくあるまい」

「おい! 国王はどんな事をしてでも登城させろと言ったのか?」

「貴様ーーー!」


 態度の悪い近衛兵は鋭く踏み込んでオレの左肩に突きを放つが、手前で弾かれて一瞬呆然としていた。


「――お止めください! 我々はお伺いを立てろという指示なのですよ!」

「黙れ!」

 近衛兵の同士で言い合いを始めてしまう。


「とりあえず、オレは頭に来た! 今から国王にエノス最強の魔術士の恐ろしさを教えてやる! 昨日の教区は周りに被害が出ないように手加減したが、王城は頑丈だろうから人より大きな雹を降らしてやろう! お前ら、ここでよく見てろ!」

 かなり大げさに啖呵を切ってしまったが、近衛兵たちには効果絶大だった。



 フルプレートを凹ませた態度の悪い近衛兵が帰ったのも束の間、今度は改革派アルフレート司教本人がやって来た。


「この度はフェデーレ司教とヴィルップ司教を救っていただき、ありがとうございました。私は以前ドラン様にヘイブンで助けていただきました。ドラン様の事は残念でなりません。私は命を懸けて教会本部を縮小し、各教会の自主性に任せようと考えております。火曜日には王都を発たれるとお聞きしました。カミル神父にありがとうとお伝えください。この国と教会を救っていただき、本当にありがとうございました」

 丁寧にお辞儀をして踵を返した司教の言葉と足取りに、オレは違和感を覚える。


「司教、申し訳ないのですが十分ほど私の部屋で内密な話をさせていただけませんか?」

「やはり、誤魔化せませんか……」

 司教は少しバツの悪そうな表情をしていた。


「その事ではありません。病気の事ですよ」

 司教は目を見開いて驚き、諦めたかのように頷く。


 オレは毒による大病を患っていた司教の全身を六度の全力の【解毒ヒール】で治療してから話をする。


 司教は改革派という派閥を作ってしまった事を悔いているようだ。

 神国派に対抗するためとはいえ、数に頼った派閥を作った事が一因で、自分の求心力不足がそもそもの原因である、と。


「組織が大きくなれば必ずそうなると聞きます。働きアリの法則というものです」

「アリとは小さい虫のアリですか?」

「はい。詳しく説明しますと――」

 オレの説明を司教は一言一句聞き逃すまいと真剣に聞き、時折質問をして納得した。


 オレは司教に六歳より前の記憶がない事を話す。


 誰にも教えられた事のない事を知っている時がある、と例を挙げて話した。

 司教は何も言わずに最後まで真剣に聞く。


「レイン様、ドラン様は何も話してはくれませんでしたが、質問には答えてくださいました。どうして茨の道を行くのかと質問したところ、昔の世界では楽な生き方しかできなかったからだ、と仰ってから、慌てて子供の頃の話だと言い直しました。この話は墓まで持って行くつもりでしたが、レイン様には必要だと思い、初めて他の人にお話しました」


「ありがとうございます。私は今の生活が楽しいですし、お恥ずかしい話ですが、二人の伴侶と出会えました。私は自分のやらねばならない事をやり、自分のできる事をやります。そして、自分の理想とする事をやりたい。先ずはリンデールで誰でも無料で学問を学べる学校を作ろうと思います」

 司教は微笑みながら何度も頷く。


 最後に司教は簡単な結婚の祝福をしてくれる。


 嬉しそうに微笑むエレーナと涙の止まらないミルヴァに司教は何か囁いてから帰った。



 小麦の種を大量に買い込んでから、穀物商に紹介された農家へ向かう。


 農家で注意点等の話をジャンが聞いている間にオレたち四人は近くを散策するが、十五分ほどで幌馬車が迎えに来てしまう。

 ジャンと一緒に昼食を取ってから八区の宿に送ってもらい、ジャンは明日十時にここに迎えに来ると言ってくれた。


 宿屋の近くに停まっている高そうな二台の馬車を見て、オレは嫌な予感がした。

 嫌な予感は的中し、ユリウスとジュディが宿の前で待っている。


「――いましたわ!」

 オレたち四人はすぐにジュディに見付かってしまう。


 嫌がるヤーナをジュディが美味しい料理が食べられると言って騙し、オレたち四人は着替える事も許されずに王宮へと拉致される。



 国王はただ礼を言いたかっただけらしく、オレたち四人が逃げ回ったと勘違いして、少し拗ねていた。

 子供じゃないんだから拗ねないでよ……国王でしょう?


 宰相は問題の近衛兵の事を自分の事のように謝るので、オレは気になって訳を聞いたら、宰相の甥っ子で近衛兵の問題児でした。

 どうやら今回の件で厳しい事で有名な第一遠征師団に配置換えにするという。


 明日の予定を聞かれたので鉄の買い付けと理由を話した。

 すると、国王は文官を呼び何かの書類を書かせて最後に自分のサインをする。


「これはその商人に渡して欲しい。王国の備蓄を安く提供しよう。矢が足りぬのなら軍の在庫から定期的に融通できるが」

「ありがとうございます。鉄でなければならないのです。矢が定期的に入ってくればリンデールの鍛冶屋が矢を作らなくなってしまいます。それではリンデールが発展しません」

 国王は嬉しそうに何度も頷く。


「そうか、そういう事なのだな。他に何か協力できる事はあるか?」

「十分です。ただ、今回の一件を全て公表すれば教会の信用は地に落ちてしまいます。何卒、教会への配慮をお願い致します」


「その点は心配いらん。明日、今回の一件は全てカラン神国と教会本部を牛耳っていた神国派上層部の暴走だと発表するし、今週中には第二遠征師団をカラン神国との国境へ出発させる。だが、魔獣と戦っているのにカラン神国と戦うつもりはないが、向こうはどう思っているのか分からん。そこで頼みなのだが、カラン神国のS級魔術士三人を葬った我が王国のS級魔術士を第二遠征師団と一緒に国境へ出発させる、と明日発表させて欲しい。もちろんブラフだが」


「名前を伏せていただけるなら、カラン神国が震え上がるまで構いません。もし、カラン神国がバカな事をする気配があれば、私をお呼びください。カラン神国の教皇ごと中枢部を一瞬で破壊します」

「……その時はユリウスに早馬を出す」

 国王はブルッと身体を震わせてから答えた。



 個室での夕食の前にオレだけ呼ばれて近くの部屋に案内される。


 ユリウスとにこやかに話をしていた三十代後半と思われる男女は、オレが部屋に案内されるなり話を止めて、物凄い勢いで近付いた。


「君がドランの弟子なの?」

「……はい」

 男性はいきなりオレの身体を触り、女性はオレの右手を両手で握って握手をする。


「二人ともレインが怯えてしまうじゃないか……レイン、この二人が十年以上前にドランが死んだと私に嘘を吐いた張本人だ」

 ユリウスは笑いを堪えながら何だか嬉しそうだ。


 二人は師匠と五年ほど一緒に旅をした仲間だった。


 男性の方はフランツと名乗りA級魔術士でもありA級剣術士、女性の方はバネッサと名乗りS級魔術士、B級剣術士、B級弓術士であり、二人とも万能タイプだが本業はポーション等を作る薬術士だという。


 フランツはセディラに工房を持ち、バネッサは王宮のお抱え薬術士だという。

 フランツの方に普通サイズの水袋をそのまま渡し、バネッサの方には大きい水袋の半分ほどの首長竜の血を三本の大瓶に注いだ。


「僕の方は大金貨百五十ほどでいいかな?」

「私の方は特大金貨五十枚ね。私個人のお金じゃないから安心して」


「……ユリウス支部長にポーション作りに必要だからと言われて血を保管しただけですし……オレは首長竜が売れたから、それほどお金は要りません」

 何故かフランツとバネッサは困った顔をしてユリウスに助けを求めている。


「レイン、二人ともお前よりたんまり金貨を持っているから受け取りなさい。この大金貨百五十枚は私のヘソクリになるのだから。それに、また竜を狩ったら二人に優先的に血を分けて欲しい」

 微笑みながら全く悪びれないユリウスを見た二人は笑い出した。


*****


 国王からの書類を受け取ったジャンは、そのまま帰らぬ人になったのではないかと思うほど幌馬車の中で力が抜けていた。


 王国軍の警備する倉庫から二十トンほどの鉄の塊を買い、三区経由で手入れされた片手剣を受け取ってから八区の宿に戻る。


 受付で夕食の注文と明朝の馬車の手配を頼む。


 オレはリンデールまであまり触れ合えないミルヴァに色々な事をしたら、ミルヴァは少し目覚めてしまったようだ。


 おかげで翌朝ヤーナに軽い嫌味を言われミルヴァは真っ赤になって恥じらう。

 オレはその恥じらいように反応してしまい、それに気付いたエレーナは何故か微笑んでいた。


*****


 リンデールの倉庫ではもう出発準備が終わりそうだ。


 オレとエレーナは四番目にミルヴァとヤーナは五番目の幌馬車に乗り込むと、クレメンテ大隊長を乗せた王国軍の幌馬車が到着する。

 少し遅れて馬車が到着し、ユリウス、トゥーニス、テオだけを降ろして走り去る。


 ユリウス、クレメンテ大隊長、王都便の責任者で少し話してから出発時刻まで待機となった。


 出発時間の十五分前に到着した馬車からは神父と二人のシスターが降りる。

 全員が馬車に乗り込むのを確認した王国軍の幌馬車が発車する。


 中央商業エリアの通用門を抜けた直後に声が聞こえた。


「――レイン様、三人をよろしくお願い致します!」

 オレは慌てて幌馬車から身を乗り出すと、道端でアルフレート司教、フェデーレ司教、ヴィルップ司教が数人の神父と共に大きく手を振っていた。


「またお会いできる日を楽しみにしています。お元気で!」


 オレは見えなくなるまで手を振り続けた。



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