2-10ミルヴァとヤーナの事情
ヤーナのいる喫茶屋さんに入ると、ヤーナは頼んだアイスティーの三分の一も飲まずに眠りこけている。
オレたち三人はアイスティーを頼み、火曜日の朝まで何をしようかと話し合う。
「……私はもう王都でやり残した事はない」
眠っていたヤーナはいきなり目を開いた。
「レインは日曜日に小麦の買い付けに行かないの? 私は行ってみたい」
「そうね、何もやる事がないのは一日で十分よね。レイン、行きましょう」
ミルヴァの一言にエレーナも同意してヤーナはコクッと頷く。
「じゃあ、月曜日の鉄の買い付けも行く?」
女性陣三人は、ほぼ同時に頷いた。
三区は御者から注意を受けた通り、商店街の裏通りはスラム街になっている。
まだウトウトして足取りの重いヤーナを守るかのように、オレたち三人は腰に剣を下げたまま歩く。
エレーナとミルヴァは剣に手を掛けたまま不審な目を向ける輩を威嚇する。
馬車に乗り込み中央商業エリアにあるリンデールの倉庫に向かってもらう。
商人のジャンは笑って頷き日曜日の九時に待ち合わせの約束をした。
「――お待ちください!」
後ろから大声で呼び止められて振り返ると、王都便の責任者が全力疾走して来る。
「どうしました?」
「ユリウス様、近衛大隊、アルフレート司教、エルドレッド公爵の使者がこちらに参りましてレイン様を探しておられました。明日また来ると、皆さん仰っていたので、お泊りの宿だけでも教えてもらえませんか?」
「まだ決まってないので、八区か九区に宿を取ろうと思っています」
「八区か九区と言われましても……」
王都便の責任者は泣きそうな表情で訴える。
「この紙に書かれている三つの内のどれかに宿を取る予定です。日曜日の九時にはジャンさんと小麦の買い付けに行きますから安心してください。あと、我々の居場所を軽々しく教えないでくださいね。何処に神国派の残党がいるかも知れないので」
王都便の責任者は真剣な表情で頷いてから、胸ポケットから羽根ペンと紙、ズボンからインクの小瓶を取り出して素早く紙に宿の名前を書き記す。
八区の宿は池の周りに平屋の家が点在する変わった宿だった。
受付の女性に空きの確認をすると、一つしか空いていないと言われてしまい、オレたちは礼を言って帰ろうとする。
「空きの宿には四部屋ございますが、ご覧になってみますか?」
「お願いします」
受付の女性はハンドベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。
案内された宿は誰にも邪魔されずに寛げる隠れ家のようだった。
女性陣三人は大いに気に入ったらしく、すぐに全員で受付に戻って四泊で支払いを済ませる。
食事は任意に注文できるし前日までに予約をすれば数種類から選べるようだ。
とりあえず、日曜日の朝食までの料金は先払いで払っておく。
総額で金貨四枚近く支払ったが、三人とも少し驚いただけで文句は一切言わなかった。
部屋を決めるとすぐにヤーナは夕飯まで少し寝ると言って部屋に向かう。
ソファーで寛いでいると、ミルヴァは急に真面目な表情になった。
「レイン、私はこの恩にどう報いればいい? 何をすればいい?私にはお金も何もない。あるのは……この身体だけなの……」
「ミルヴァ、自分で何を言ったか分かってる? オレはミルヴァに対価を求める事はない。でも、お願いする事はある。お願いと言っても、性的なお願いじゃないからね。だからと言ってミルヴァに魅力がないという訳じゃない。ミルヴァは可愛いし綺麗だと本気で思う。だから自分には何もないだなんて、二度と言わないで欲しい。もっと自分に自信を持って欲しい。だから、お金の事は気にしないで。リンデールに戻ったらオレたちはパーティーメンバーになるのだから」
「……ありがとう!」
ミルヴァはエレーナがブロックするより早く、飛び付くようにオレの頭を抱き締めた。
ミルヴァはまるでオレの顔に自分の胸を押し付ける体勢のまま大泣いている。
ある意味、危険な体勢だと分かっていたが、やはりオレの身体は正直だった。
限界まで元気にパオーンとしているモノはどうやっても隠しようがない。
エレーナはすぐに気付いたらしくオレの左腕に爪を立てながら掴んでいるが、ミルヴァは全く気付いてはいない。
むしろエレーナの好きな体位に近付いている。
左手の痛み耐えながらオレはミルヴァの柔らかさを堪能し、自由な右手でミルヴァの頭を撫で続ける。
オレが頭を撫でたのがいけなかった、ミルヴァは身体を捩りながらオレの頭を両腕で包み込む。
もう無理かも知れないが、このままでは今夜エレーナに刺されるかも……。
こうなったら、ミルヴァにはこの体勢が如何に性的に危険か知ってもらわねばならない。
オレは右手でミルヴァを強く抱き締めて密着度を増した。
エレーナはミルヴァを抱き締めるオレの両腕を爪で掻きむしり、ミルヴァは突然の密着と内腿に当たる異物に戸惑いながら身を捩じる。
ミルヴァさん、その動き……オレにはご褒美です。
「……レイン、ありがとう。もう大丈夫だから離して……」
「ミルヴァ、この体勢が如何に危険か分かってくれたね。オレも男だから身体は正直に反応してしまうんだ」
オレはミルヴァを抱き締めていた腕の力を弱める。
「いつまで抱き合ってんの!」
エレーナの鋭い一言にミルヴァはオレから離れた。
オレは覚悟を決めてゆっくりと立ち上がり、堂々とミルヴァに身体の異変を見せ付ける。
「ちょっとトイレ」
「トイレの前に、私たちは話し合わなければならないようね」
エレーナは逃げようとしたオレの手に掴み爪を立てながら部屋に引っ張った。
夕食後までエレーナは冷静を装っていた。
お風呂で暴走したエレーナをオレは止められない。
長風呂を心配したミルヴァにしっかりと全裸を見られてしまい、オレは只今空いている部屋に引き籠り続けている。
「――ごめんなさい。ちょっと暴走し過ぎました」
「――ごめんなさい。逞しい身体だったから……その……」
「――減るもんじゃない。私も見たい」
エレーナとミルヴァの謝罪に意味の分からないヤーナ。
今夜だけは一人にして欲しいとお願いして、オレがドアに【硬化】の魔術を掛けたのは数時間前の事だ。
トイレに起きて部屋のドアを開けると、廊下に座り込んだエレーナとミルヴァが寒そうに身を寄せ合って眠っていた。
オレはトイレに行ってからお風呂の湯を魔術で温め直して、エレーナとミルヴァを起こす。
エレーナとミルヴァの涙ながらの説得により、何故かオレは一緒にお風呂に入る。
開き直りというのは怖いモノで、オレは全く隠しもせずにお風呂に入りエレーナとミルヴァの身体を隅々まで手で洗い、湯上りには二人の身体をタオルで拭くまでに至る。
「約束だから、今日は二人きりにしてあげる」
エレーナはそそくさと着替えて部屋に戻ってしまう。
オレはミルヴァの部屋に引き摺られる形でベッドに入り、時間を掛けてミルヴァの初めてをいただいてしまった。
「……ありがとう」
ミルヴァはまだ恥ずかしいらしく、抱き寄せると少し身体を硬直させる。
ミルヴァは年上だと思っていたが同じ歳だった。
獣人族の血が流れているとは言っても全く見分けは付かないし、首の後ろから背中に掛けての体毛も人族と全く変わらない。
オレの腕の中でミルヴァは淡々と身の上話を話してくれた。
ミルヴァはセディラの開拓村出身でヤーナとは家が隣同士というだけでなく、母親同士が親友、父親は同じパーティーの冒険者同士。
ヤーナは見掛けによらずミルヴァより一歳年上の頼れるお姉さんだという。
一年半前に開拓村を襲った三頭のマッドグリズリーにより、ミルヴァの両親とヤーナの父親は死亡。
ミルヴァとヤーナはヤーナの母親の実家のあるリンデールに移り住むが、ヤーナの母親の実家は獣人族の血の流れた男と駆け落ちしたヤーナの母親やミルヴァとヤーナへの風当たりは酷かったようだ。
ミルヴァは自立するために、ヤーナは自立して母親を呼び寄せるために冒険者となった。
しばらく二人で必死に魔ウサギ狩りを続けている内に、仲良くなったダリアという女性のいる三人組のパーティーに入る。
パーティーに入ってから半年の間でミルヴァとヤーナは経験を積んで成長した。
魔トカゲや小さいビッグボアなら二人の先制攻撃で倒してしまうため、他のパーティーメンバーは自分の実力を過大評価してしまったようだ。
それが一因となって最近は危険な一角獣を狙って無理をしてしまった。
それが先週の友人女性のケガに繋がったという。
「確かに、ミルヴァとヤーナがスカウトならパーティーは楽勝だろう。でも、残りの三人はそれに甘えて努力を怠った結果だと思う。ミルヴァとヤーナが気にする事はない」
「うん。最初の三ヶ月は和気あいあいとして仲は良かった。でも、私とヤーナがB級の登竜門になっているビッグボアを倒した辺りから変になって、先週の一角獣との遭遇戦で決定的に壊れた。あの三人は私とヤーナを置き去りにして逃げたの。私とヤーナはクロスボウを撃ち尽くして、死を覚悟して剣を抜いたのに……しばらく一角獣と睨み合った後、急に一角獣は逃げた三人の方へダッシュした。私とヤーナは腰が抜けてしまって、しばらく動けなかったの」
「それでパーティー解散になったのか……」
「違うの。ダリア以外の男二人はギルドに虚偽報告をしたのよ。私とヤーナは一角獣に殺られたって。馬車でギルドに戻って、受付でレインが瀕死のダリアを助けた事と虚偽報告を聞いたの。ギルド職員は私とヤーナの話を聞いて怒ってくれた。月曜日の朝にパーティー全員を呼び出して重大虚偽報告で男二人は追放となったの。追放と言っても冒険者ギルドではなく、あくまでリンデール支部からの追放だそうよ。ダリアと付き合っていたリーダーだったバートは王都の商人の三男坊だから、三人仲良く王都便の乗客として乗っていた。向こうは私とヤーナに謝りもしなかったし、目も合わせなかった」
ミルヴァは一気に話すと、オレとの密着度を増してくれた。
*****
目覚めたオレの目の前にミルヴァの可愛らしい顔があった。
ミルヴァの表情は一瞬で硬直し、オレが抱き締めると体まで硬直させる。
「おはよう」
「……おはよう」
オレは思わず右手をミルヴァの背中からお尻に滑らせると、ミルヴァは慌てて逃げようとする。
「ごめん、つい手が動いちゃった」
「……まだ身体が変なの」
ミルヴァはオロオロしながら表情を曇らせた。
「痛い? ヒール掛けようか?」
「違うの……体調は凄くいいのだけれど……」
「じゃあ、ちょっと身体に魔力を流して調べてみるから、背中を向けて」
ミルヴァは素直に横になったまま背中を向ける。
背中に手を当てて微かに魔力を流してみたが、時折ミルヴァの身体がビクッと震える以外は問題なかった。
オレは心を鬼にしてミルヴァにエロい治療をじっくりと時間を掛けて施す。
オレはまたつい夢中になってしまった。
ぐったりしたミルヴァに薄い布団を掛け、オレは宿にあった薄いローブを羽織ってトイレに向かう。
トイレを出て廊下の角を曲がると、エレーナとヤーナがニコニコ顔で待っていた。
二人とソファーに向かい合って座る。どうやら尋問されるようです。
「するの?」
先手はヤーナだった。
「もう昨夜致しました」
「知ってる。ミルヴァの声、聞こえた。結婚」
眠いのか、ヤーナはいつもに増して言葉の短い。
「私が話します。レイン、私とミルヴァとも結婚するわよね? しないとは言わせないわよ。すると言いなさい。私とミルヴァを平等に愛しなさい。今晩は私ね。いい?」
エレーナは真剣な表情で、というより恐ろしいほどの迫力でした。
「はい、分かりました。今更なんだけど……ミルヴァは嫌がらないかな?」
「大丈夫よ。昨日の買い物中にミルヴァは納得してくれたわ」
「ミルヴァにちゃんと考える時間はあったのかい?」
「二晩考えてもらって昨日返事を聞いたのよ」
パーティーに誘う云々の夜には話していたのか、エレーナさんあんたは凄いよ。
「分かった。ミルヴァには直接聞いて来る」
「レイン、ミルヴァを幸せにしてね」
オレは立ち上がってヤーナに頷くと、ヤーナは嬉しそうに笑った。
朝食を取った後からエレーナとミルヴァは内緒の話があると言い、エレーナの部屋に入ったまま出て来ない。
オレとヤーナは近くを散策しながら今までとこれからの事を話した。
昨夜ミルヴァから聞いた話に重複する内容は多かったが、ヤーナは更に詳しく教えてくれた。
以前のパーティーの話は聞いたオレが他の三人に怒りを覚えるほど酷い。
パーティーリーダーのバートはC級魔術士なのに攻撃が当てられない、すぐに魔力切れと言ってヒールすらミルヴァとヤーナに掛けないクズだった。
もう一人の男は体格がいいだけの木偶の坊で基本荷物持ち。
オレが治療したダリアはミルヴァとヤーナを扱き使うただの性悪ビッチだった。
「金曜日にギルドで助けてくれたコンラッドさんには本当に感謝している。エレーナのお父さんだったなんてビックリ。王都便の応募もコンラッドさんに勧められた。選ばれたのは偶然じゃない、と思う」
「コンラッドさんは凄く真面目な人だから。そういえば、ヤーナはリンデールに帰ったら家の手伝いをすると聞いたけど」
「半分は本当。お母さんと二人暮らしを始めるのは本当。家の手伝いは嘘。お母さんは頭がいいからすぐに仕事は見付かる。開拓村では子供たち全員に読み書きや計算も教えていたから、どこでも働けると思う」
「そうなんだ! オレは首長竜の売却したお金で教会系列の学校を建てるつもりなんだ。すぐにじゃないけど、お母さんに話してもらえないかな? 子供たちに学問を教えてもらえないか、と。何だったら、リンデールに戻ったらすぐに住むところを用意するから孤児院の子供たちに学問を教えてもらいたい。もちろん報酬も出す。できれば、お母さんと会わせてもらえないかな?」
矢継ぎ早に話を進めるオレに驚いたのか、ヤーナはプチフリしている模様。
「……うん。私だけじゃ決められない。リンデールに戻ったら、早めにお母さんと会って」
「戻った次の日でもいい?」
「うん。ありがとう」
「これから仕事はどうするんだ? オレたち四人でパーティーを組まないか?」
「ありがとう。でも、私は職人になりたい。女性用の服とか防具を作ってみたい」
「ジロドゥー姉妹みたいに?」
ヤーナは驚いて目を見開いた。
「知ってるの?」
「エレーナのバトルローブと防具はジロドゥー姉妹の工房で買った物だよ。近い内にミルヴァ用の装備を作ってもらおうと思っている。リンデールに戻ったら一緒に工房に行ってみる?」
「おお! 行きたい! ありがとう!」
喜びを爆発させたヤーナは宿に戻っても異常なテンションだった。
エレーナとミルヴァはヤーナを見た途端、殺意を込めた眼差しでオレに近寄る。
ヤーナの一言ですぐにエレーナとミルヴァは誤解だと気付いたらしく、何事もなかったかのように誤魔化そうとした。
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